ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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90 小動物のような勇士

 

 都市国家イングウェンザーの女王、アルフィンが去った後の迎賓館。

 その一室ではバハルス帝国皇帝の内縁の妻であるロクシーがソファーに座り、先程まで護衛についていたレイナースが小さなテーブルを挟んで向かい合うように直立不動の姿で立っていた。

 

 

 

 「ロックブルズ、あなたは都市国家イングウェンザーの者たちをどう見ました?」

 

 「アルフィン様はとても素晴らしいお方でした」

 

 まぁ頭がよく、アルフィン様に恩義を感じている今の彼女ならそう答えるでしょうね。

 ならばちゃんと答えるよう、質問の形を変えましょう。

 

 「解っていてはぐらかすのはおやめなさい。もう一度聞きます。都市国家イングウェンザーの者たちの強さ、あなたの目から見てどうでした?」

 

 「さぁ? 私は相手の力量を見抜くタレントを持っていないのでなんとも」

 

 ここまではっきりと問うてもまだ白を切るか。

 完璧に全ての力を把握するのなら確かにタレントが必要だろう。

 しかし、漠然とした力ならばロックブルズほどの力量を持つ者なら見抜く事が出来るはず。

 だからこそ、彼女をこの会見に護衛として同席させたのだから。

 

 「あら、そんなはずはないでしょう? ジルクニフ様から聞いていますよ。辺境候の元を訪れた時は口には出さなかったようですけどバジウッド同様、四騎士全員がそこのメイドの強さを看破したのでしょう。そのあなたが何も解らないなんて事はないはずです」

 

 「・・・チッ」

 

 まったく、この娘は。

 先程のアルフィン様への態度といい、ジルクニフ様にもこのような態度を取っているわけではないでしょうね。

 

 「それにあなたは先程アルフィン様に言いましたね、『私では力不足だからでしょうか?』と。その上『ならば騎士でなくても結構です』とまで。あなたは解っていたのでしょう? あそこに居たシャイナ様や護衛であろう執事よりも自分の方が弱いと言う事を。そうでなければあのような言葉が出るはずがないもの」

 

 「・・・」

 

 忌々しいとでも言いたげな視線をロックブルズは私に向けてくるけど、解っているのかしら? その視線がなにより私の推論を正しいと証明しているようなものだと言う事を。

 

 しかし次の瞬間、その視線は私を嘲るような物に変わった。

 

 「何を的外れな事を仰っているのですか、ロクシー様? 二人ではありません。四人です」

 

 「・・・はっ?」

 

 わたくしは一瞬、彼女が何の事を言っているのか理解できなかった。

 四人とは? そのワードを聞いて私が気付く事が出来なかっただけで、あの部屋にはわたくしたちだけでなく、姿を隠した他の者が居たのかと考えてしまったほどだ。

 しかし、私の考えをロックブルズははっきりと否定する。

 

 「だから四人ですよ、私より強いと感じたのはあそこに居た都市国家イングウェンザーの方々、四人全員です」

 

 ヒヤリ。

 一瞬、わたくしの背筋に冷たいものが走りました。

 

 「まさかそんな・・・。ではロックブルズ、”あの”アルフィン様ですら帝国四騎士の一人である、あなたよりも強いと言うのですか?」

 

 驚きを示すわたくしに、彼女は笑いながら頷いた。

 馬鹿な、普段は騎士の格好をしていると言うシャイナ様や護衛であろう執事、そしてあのメイドもエントの村で起こった時の報告とは違う人物のようですが、それでもアルフィン様についている以上、報告書のメイドと同等の力を持つ可能性が捨てきれず、もしやとは思ってはいたのですが・・・。

 しかし、まさかアルフィン様までもがロックブルズより強いなんて事が本当に?

 

 わたくしは先程まで目の前に居て微笑んでいたアルフィン様を思い浮かべた。

 手足は細く華奢な体つきな上に指は白魚のように美しい、あのお姿から察するに剣を握った事など殆どないであろう事が窺えます。

 それどころか、あの小さな体では金属鎧を纏ったらその重さで身動き一つできなくなるのではないかしら?

 

 ではマジックキャスターとしての力量によってロックブルズを上回っていると言う事なのでしょうか?

 いえ、アルフィン様を見た印象から、歳は14~5歳と言った所でしょう。

 童顔ゆえに多少若く見誤っているかもしれませんが、彼女は人間でありエルフなどの異種族ではありませんから、それでも大きく外れていると言う事も無いでしょう。

 

 神の力を借りる為に実力さえその域に到達すれば自動的に使える様になると言う神聖魔法と違い、魔力系魔法は自力で覚えなければ使えないと聞きます。

 あれ程若くては如何に彼の方が天才だったとしても、クリエイト魔法と同時に魔力系の魔法まで覚え、習得する時間はなかったであろう事は容易に想像できます。

 では何か特殊な力をお持ちになられているのでしょうか?

 

 そんなわたくしの葛藤を見抜いたのか、ロックブルズはアルフィン様の強さをわたくしにも解りやすいように語りだしました。

 

 「マジックキャスターとしてではありませんよ。一人の戦士として、きっとあの方は私よりも強い。正直あのお姿ですから、どのような戦い方をするのかは解りません。しかし戦場で出会い、一対一で相対したら多分私はアルフィン様に簡単に倒されてしまう事でしょう。彼の御方は隠している御つもりなのかもしれませんが、ヒールを履いているにもかかわらず馬車から降りる時も石畳の上を歩く時もまるでぶれないあの姿勢と隙の無い身のこなし。これが鍛え上げられた肉体を持つ女性騎士ならともかく、あの小動物のように可愛らしいアルフィン様の行動ですよ? 一見するとまるで力など入っていない優雅な立ち振る舞いに見えるにもかかわらず、その御姿はまるで歴戦の勇士のようでした。どのような鍛え方をすればあの体であの身のこなしが出来るのやら」

 

 うっとりとするかのようなロックブルズの表情に、わたくしは戦慄を覚えました。

 だってそうでしょう、あの表情から察するに彼女は嘘を言っていない。

 真に自分よりアルフィン様の方が御強いと語っているのが伝わってくるのですから。

 

 「そうですか。にわかには信じられない話ではありますが、あなたのその姿から嘘をついているとは思えません。と言う事はアルフィン様は実際にそれ程の力をお持ちなのでしょう」

 

 「はい。それ程の力を御持ちなのにあの慈悲深さ。ああ、なんと素晴らしい御方なのでしょう」

 

 またもうっとりとした表情になるロックブルズ。

 会見前のあの無表情の彼女は一体どこに行ったのやら。

 

 もうこの女は都市国家イングウェンザー相手の時は役に立たないわね。

 ですが幸いな事にアルフィン様は我がバハルス帝国と敵対する気は無いご様子。

 一騎の力量次第で戦局が大きく動くこの世の中で、それ程の強さを持つ者が四人、いや、他の報告からすれば最低でもあと数人居ると予想される以上警戒をしなければいけないのは確かですが、友好的な対応さえ続けていれば脅威と見る必要はなさそうですね。

 

 「解りました。ロックブルズ、もう下がってもいいですよ。これ以上あなたの話を聞いても、アルフィン様への賛辞しか聞こえてこないでしょうから」

 

 「解りました。それでは失礼させていただきます」

 

 そう言うと、ロックブルズは一礼して部屋の外へと出て行った。

 

 念のため、裏切らないよう監視をつけるべきか?

 いや、アルフィン様から直接帝国に仕えるよう言われたのだから、その言葉に逆らって裏切る事も無いでしょう。

 あの女はアルフィン様の言葉にだけは絶対に逆らわないであろうから。

 

 

 

 「疲れたわ。ワインと何か摘まめるものを持ってきて頂戴」

 

 「承りました」

 

 ふぅ。

 

 外に控えているメイドに伝達するために、一時的に部屋の外へと出て行くメイドを横目に見ながら私は小さくため息をつく。

 思ったより疲れる会見でした。

 

 わたくしはソファーの背凭れに身を預けて今日の出来事を一から思い出す。

 

 今回の会見、相手が幼いまるんと言う少女からアルフィン様に変わったと聞いて私は一計を案じました。

 集めた情報によるとアルフィン様は女王の地位に御付きになられてはいるものの、まだ少女と言ってもおかしくない年齢だとの事。

 それならばこのような他国の来賓、それも女王に当たる方をお迎えするには相応しくない服装で出迎える事により、アルフィン様の意表をついて素の表情を引き出そうとしたのです。

 

 彼の方は怒り出すだろうか? それとも驚きのあまり表情を失うだろうか? わたくしはまだ若い女王陛下がどのような反応を示すかによってそれからの対応を考えるつもりでした。

 

 ところがあの方の反応はわたくしの中には無い、想定外のものでした。

 わたくしが会見相手であると解った瞬間、彼女は笑顔になったのです。

 それも親愛を示すかのような満面の笑顔に。

 まさか意表を付くつもりだったわたくしが逆に意表を付かれる事になるとは。

 

 あの方は、わたくしのしている事は初めて訪れる場所で緊張しているであろう自分をクスッと笑わせて、その緊張をほぐしてやろうと考えての小さないたずらと好意的に捉えられたのでしょう。

 その証拠に、わたくしの服装や相手を驚かせてやろうという思惑に気が付いていない振りをしてそのまま挨拶を始めてしまったのですから。

 あの満面の笑顔はそのままでしたけれど。

 

 「きっとそのいたずらがよほど可笑しかったのでしょうね。あの笑顔でずっと対応するのではなく、しばらく後、微笑むような笑顔に変わられた所を見ると」

 

 それ以降の振る舞いから考えれば、ああ言う所はまだ少女らしさを残している部分だと言う事なのでしょう。

 もし今日が初めての会見ではなくお茶会やパーティーでしたら、アルフィン様はきっとあの満面の笑顔のままクスクスと可愛らしい声を聞かせてくれたのではないかしら。

 

 しかしアルフィン様が少女らしい一面を見せたのはそれが最後。

 以降は色々と楽しませてくれましたわ。

 

 王族と言うものは常に命を狙われる立場に居ます。

 そしてその中でも一番多いのは毒殺、しかしそれを疑っていますとあからさまに行動すれば相手に対して失礼にあたります。

 ですから普通は自国の流儀等の理由をつけてカップに魔法のかかった花びらなどを浮かべて毒の検査をするのが普通なのですが。

 

 「それをあんな方法で解決するなんて」

 

 まず何も疑っていない振りをしてカップを手に取り、執事が自発的に毒の検査をする。

 そしてその執事を叱ってから相手に誠意を籠めて詫びれば、確かに相手に非礼を受けたと取られる事はありません。

 前王の指導の賜物なのか、それとも教育係が優秀なのか、どちらにしてもアルフィン様はきちんとした教育を受けていらっしゃるようでしたね。

 

 「それにしても、あれには驚いたわね」

 

 此方から切り出すつもりだった今回の会見を申し込んだ理由、わたくしがなぜ都市国家イングウェンザーに興味を持ったのかをアルフィン様の方からお尋ねになられるとは。

 

 突然の事とは言え、詳しい話を何も聞いていないと言うのは多分嘘でしょう。

 カロッサ子爵殿のところの騎士、リュハネン殿には貴重な宝石が多数持ち込まれた事にわたくしが興味を持ったと伝えてあったのですもの。

 今日のご様子からアルフィン様が本当にその事を聞いていなかったなんて思えません。

 なのに、まるでご自分がエントの村に持ち込んだルビーだけが理由であると勘違いなされたようなあの物言いは、きっと此方の本当の意図を見抜いての事でしょうね。

 

 「わたくしが本当に気にした部分。貴族とは言え、小さな子供がミスリルとオリハルコンを持ち歩いていたという信じられない事実を」

 

 ミスリルだけでもかなり希少で、それだけを使って作られた武器や防具を身に付けている者はアダマンタイト級冒険者を含む一部の者たちだけ。

 オリハルコンにいたってはダンジョンや遺跡からの発掘品以外ではそれのみで作られている武具はなく、それどころか少量でも使われている物を見かける事さえ珍しいというほど希少です。

 我が国のアダマンタイト級冒険者では所有している者は多分一人も居ないでしょう。

 実際冒険者の薄いプレート以外で一般人がその目にする事はないと断言していいほど貴重なものなのです。

 

 それなのに、報告によると持ち込まれたオリハルコンは片方の篭手が製作できるほどの量と聞きます。

 これを気にしない者が居たらそれこそお目にかかりたいものですわ。

 

 「だからこそ、そこから話をそらす為に宝石の件で今日は呼ばれたのだと念を押されたのでしょうね」 

 

 その後も宝石の話に終始したもの。

 そこでわたくしは気になったもう一つの事柄から切り込むことにいたしました。

 手に入ったルビーが等しく同じものだったという事実を。

 

 アルフィン様にはお話しませんでしたが、あの二つのルビー、透明度や大きさだけではなく重さもまったく同じでした。

 ほぼ同じ大きさの物が二つあるという偶然があったとしても、ルビーが天然石である以上重さがまったく同じになることなどありえません。

 その事から私はある仮説を立てました。

 これはクリエイトマジックで作られたのではないかと。

 ところがクリエイトマジックを使う事ができるマジックキャスターに聞いた所それはありえないとの答えが帰ってきました。

 

 曰く、理屈は解らないが宝石を作ろうとしてもただの石しかできないと。

 

 ならばあのルビーは一体何? その疑問からわたくしは考えたのです。

 アルフィン様は宝石だけではなくミスリルやオリハルコンさえも作り出す事ができる特殊なタレントをお持ちなのではないかと。

 タレントならば普通のマジックキャスターに作れないのに、あの方だけが作れるというのにも納得できます。

 

 「でもまさか・・・ふふふっ」

 

 その言葉であのような態度に出られるとは思いませんでしたわ。

 

 その時の光景を思い出し、一人笑うロクシーだった。

 




 本編中でロクシー様がアルフィンの年齢を14~5歳と予想していますが、キャラの設定年齢は17歳です。
 しかし童顔な上、背も低い為実年齢より幼く見えるのでこう判断されました。

 因みにカロッサ子爵たちにアルフィンが自分は女王だといくら説明しても彼女の事を姫と呼び続けているのを見ても解るとおり、彼らもアルフィンの事を少女だと思っています。

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