ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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89 そんなに強い(弱い)の?

 

 バハルス帝国皇帝の愛妾であるロクシーさんと他国の女王である私との会見と言う大事な場ではあったのだけれど、流石にこの子供のように泣く女性を前にして口を挟む人はいない。

 それが嬉しさのあまり感情が爆発したのだと、事の経緯を知っている者ならなおさらだろう。

 だから私たちも、ロクシーさんも、そしてドアのそばで控えているメイドさんまでもが優しい笑顔でロックブルズさんを見守っていた。

 

 やがて落ち着いたのか嗚咽が止まり、腰につけていたポーチからハンカチを取り出すと彼女は自分の目元をぬぐう。

 そして顔をあげたその表情はまるで晴れ渡った青空のような笑顔で、先程までの無表情な彼女はもうどこにも存在しなかった。

 

 よかった、今まで彼女の心に巣くっていた闇も涙と一緒に流されたみたいね。

 

 うん、いい事をした! なんて思っていいたんだけど、彼女の次の一言で私の顔は引きつる事となる。

 

 「私、決めました。アルフィン様、あなた様に私の剣を捧げたいと思います。受けていただけないでしょうか?」

 

 ロックブルズさんは腰の剣を引き抜くと私の前で跪き、頭を下げながら両手で剣を捧げてこんな事を言い出したのよ。

 

 へっ?

 

 これってこの剣を私にとれって事? それに剣を捧げるって、騎士として永遠の忠誠を捧げるって事よね。

 待って、待って、待って! 流石にそれはダメだから。

 

 ふと視線を感じてそちらを見てみれば、そこにはあっけに取られたような、しかしそんな中にもしてやられたと言う感情が見て取れるロクシーさんの顔が。

 いやいやいや、違うから! 別に私はこれを狙って彼女の呪いを解いたわけじゃないからそんな顔しないでよ。

 しかし、実際問題、この状況はそうと取られても仕方がない。

 でも、もしそう取られてしまったら最悪バハルス帝国と事を構えるなんて事にもなりかねないわ。

 

 だめよ! そんなの、めんどくさいもん!

 

 勝てない事はないだろうけど、ただただめんどくさい未来しか思い浮かばないのよねぇ。

 と言う訳で、何とかこの話をうやむやにする方向に進めるとしよう。

 

 「ロックブルズさん」

 

 「レイナースとお呼び下さい、アルフィン様」

 

 まだファーストネームで呼ぶほど親しくはなっていないはずなんだけど・・・仕方がない、姓で呼んでも話が進まなさそうだからね。

 

 「レイナースさん、私はあなたの忠誠を受け取る訳には参りません」

 

 その一言でレイナースさんは絶望に染まったかのような顔になった。

 

 「なぜですか、アルフィン様? 私では力不足だからでしょうか? ならば騎士でなくても結構です。メイドでも、それこそ下女としてでもいいのです、おそばにおいてください」

 

 いや、そこまでの事じゃないでしょ?

 私はただ呪いを解いただけなんだから、それ程の忠誠心をもたれる理由が解らない。

 

 「いや、流石にあなたほどの方を下女としておく訳には。それに私はあなたが力不足だから忠誠を受け取れないと申しているのではありません。むしろ、あなたの能力を認めているからこそ受け取れないのです」

 

 「能力を認めているから?」

 

 私の言葉にレイナースさんは訳が解らないと言う顔をする。

 それに反して、目の端に映るロクシーさんの顔は、ほぅと感心したようなものになっていた。

 どうやらあの人は私がこれからどう話すか理解したみたいだね。

 

 「そうです。先程あなたから自己紹介された際、ロクシー様は帝国四騎士の一人であり、我が国の誇りであると仰られました。これはロクシー様だけがそう考えているのではなく、バハルス帝国の騎士の方々が、そして国民の方々が皆思っている事なのではないですか?」

 

 「それは・・・」

 

 「そんなあなたが私に剣を捧げると言う事は、バハルス帝国から出奔して我が都市国家イングウェンザーへ下ると言う事になります。もしそうなった場合、あなたを慕うこの方々はどう思うでしょう? 悲しみに包まれるのではないでしょうか?」

 

 うつむいて黙り込むレイナースさん。

 ちょっと可哀想だけど、ここはこのまま押させていただく。

 

 「あなたは先程まで呪いを受け、絶望の中にいました。そして今はその呪縛から開放され、その嬉しさのあまり私に仕えたいと考えてしまったに過ぎません。時間が経てば心を通わす同僚や部下たち、仕え守るべき本当の主君の顔が頭に浮かぶようになるのではないですか?」

 

 「同僚たちの、四騎士たちの顔が浮かぶ・・・」

 

 ん? 仕える主君はいいの?

 いや、口に出さないだけよね、私にこんなに熱い視線で仕えたいと言い出すくらいだもの、忠誠心は人一倍あるに違いないわ。

 ただ、常にそばにいる人たちのほうが頭に浮かびやすかっただけよね。

 

 「こほん。とにかく、あなたの周りにはあなたを必要としている人たちがいるのです。それなのに私があなたを取りあえげてしまったらその人たちに恨まれてしまうわ。それにあなたほどの人を引き抜いてしまったらバハルス帝国の皇帝陛下のお怒りを買うことになってしまうかもしれないでしょ。そんな恐ろしい事、私には出来ませんわ。だからね、お願い。私のためにもその剣は納めてもらえないかしら?」

 

 少しの逡巡の後、レイナースさんは決意の篭った瞳を私に向けた。

 

 「・・・解りました、この剣は納める事とします。しかしアルフィン様、これだけは覚えて置いてください。私は気の迷いや一時的な感情でアルフィン様に剣を捧げたかったのではありません。もしアルフィン様に一大事あれば、何をおいてもはせ参じます。その事だけは御許しいただきたく」

 

 「ええ、その時はよろしくお願いしますわ」

 

 私はそう言うと、にっこりと微笑みかけた。

 忠誠心は受け取れない、でも彼女のそうしたいという気持ちまでは止められないからね。

 

 「お騒がせして申し訳ありません、ロクシー様」

 

 こちらのほうの話も済んだと言う事で、今まで蚊帳の外だったロクシーさんに向き直ってお詫びをした。

 ある意味仕方がないとは言え、流石に会談相手をここまで放っておいたのは失礼に当たるからね。

 ところが彼女はなぜか私の声に反応せず、ただただ驚いた顔をしていた。

 

 そして少し震えた声で此方に問い掛けてきた。

 

 「本当に、宜しかったのですか?」

 

 は? さっき私の考えは全て解ったみたいな顔してたじゃない。

 えっ? えっ? もしかして私、また何か間違った?

 

 だっ、だってレイナースさんはバハルス帝国の中でも四騎士の一人といわれるほど兵を率いるのがうまい騎士さんなんでしょ? ならその人を引き抜かない方がロクシーさんからすると有利なんじゃないの?

 なのにこの反応って。

 

 「えっと、一体何がでしょうか? 我がイングウエンザーは所詮都市国家。小国ですからレイナースさんのように大軍を動かす才のある方を生かす術がありませんし、何よりバハルス帝国国民の誇りとなる方を取り込もうなどと、そんな野心的な事は私、少しも考えていないのですが・・・」

 

 とりあえず何が悪かったのか解らないから、正直に今の考えを述べてみた。

 だって相手の意図が解らないのに駆け引きを仕掛けても意味がないからね。

 それに、もう所有権を放棄した人に関して新たな価値が生まれたからと言って、バハルス帝国との関係悪化を危惧する発言をした私が意見を翻して触手を伸ばすとは普通考えないよねぇ?

 

 そして何より私がレイナースさんの仕官の願いを断った事に対してどうしてロクシーさんがそれ程驚いたのか? それが解らない以上、今はそれを知るほうが得策だと思うのよ。

 

 「本当に気付いていらっしゃらないのですか? それとも他にお考えが・・・いやしかし」

 

 私の言葉を受けてもこの反応。

 一体ロクシーさんは何をそんなに疑問に感じているのだろうか? まったく解らないわ。

 そこで私は、こうしていても埒が明かないから素直に聞く事にした。

 

 「ですからどうなされたのです、ロクシー様? 私がレイナースさんの忠誠を受け取らなかった事に対して、それ程驚く事があるのでしょうか?」

 

 だって、騎士としてはうちの城の自動ポップのモンスターより弱いんだよ。

 それなのにこれ程の価値を示すと言う事は、彼女は私が看破できない程の凄い才能を持っているということなんだろうから。

 

 と、ここまで考えた所で私は自分の失態に気付く。

 そうよ、たった今自分で指摘した通りならちょっと不味いんじゃない?

 今のこの状況は私がレイナースさんの才能を見抜く事ができない無能ですと自分で宣言したも同様なんじゃないかしら?

 だって、ロクシーさんは私がレイナースさんの忠誠を受け取らないと宣言したのを見てこれ程驚いているんだから。

 

 ところが、現実は私の思考の斜め上を行った。

 

 「レイナースは先程も申し上げたとおり我がバハルス帝国で最強の4人に数えられる猛者です。特にその戦闘力は凄まじく、例え敵方に100や200の雑兵がいたとしても彼女一人で半刻もたたないうちに平定する事でしょう。それ程の武力を、アルフィン様は無用と申されたのが、わたくしの目からすれば信じられないのです」

 

 へっ? この世界の人たちってそんなに弱いの?

 エルシモさんが出自さえよければ近衛兵にもなれると言っていたからそれ程強くはないとは私も思っていたけど、まさかそこまでとは。

 

 いや、それ以前にこの人がそれ程の力を持ってるって、それ何の冗談?

 比較的ポップモンスターが弱いうちの地上階層でも、攻め込んできたら1分とたたずに死ぬ姿しか浮かばないよこの人、それが最強って。

 

 ああ失敗したぁ、一体どうやってこの場面を切り抜けたらいのだろう?

 正直言って、今の状態は最悪だ。

 私は先程大軍を動かす才を持っていても小国のうちでは意味がないからと断ったのに、実はこの国最強の4人の内の1人だったと言われたら私が断った理由自体が意味のないものになってしまうもの。

 

 あ~、レイナースさん、私の驚いた顔を見てもうワンチャンありそう! なんて期待を籠めた目でこっちを見ない!

 それを知ってもあなたの忠誠は受け取らないからね、受け取ったら最後、絶対にバハルス帝国ともめる事になるんだから。

 

 ちょっと頭がくらくらしてきたけど、ここで現実逃避をするわけにもいかないもの。

 とりあえず目の前のお茶に口をつけて、その間にどう答えたものかと考える。

 

 普通に考えてそれ程の戦力を欲しがらない人はいないよね。

 だってこの状況って相手の戦力を大幅に削り、自分たちの戦力は大幅に強化できるってチャンスなんですもの。

 

 ・・・ん? まてよ? ならなぜロクシーさんは私に”彼女がそれ程の戦力である"事を伝えたの?

 

 そうよ、普通に考えたら私が勘違いをしている事を利用してこの話をなかった事にする方がロクシーさんにとって得策なはず。

 そんな事にこの人が気が付かないはずがないのよね。

 あの”眼”を持つ人なんだから。

 

 ・・・うん、頭が冷えた。

 そうか、今私はロクシーさんに引っ掛けられたんだ。

 私の神聖魔法の威力を知っていたんだから、当然ボウドアの村での出来事は耳に入っているはず。

 ならシャイナの実力や同行したセルニアの事も当然知っているはずよね。

 いや、ライスターさんを通じてシルフィーやルリの事も知っていると考えるべきなのかも知れない。

 となると先程の言葉の意味も正確に解る。

 

 ロクシーさんは先程、それ程の”武力を”アルフィン様は無用と申されたのがば信じられないのですと言った。

 そう、彼女は知っているんだ、私がレイナースさんに匹敵する、またはそれ以上の戦闘力を持つものを従えていると言う事を。

 その上で、その戦力がどれほどのものか知りたくてカマをかけたのだろうと思う。

 あなたにとって、レイナースさんは必要としない程度の戦力なのですか? と。

 そしてあわよくば、驚いた私が此方の戦力を口にするのではないかと期待をして。

 

 あぶなかったぁ、気付かなかったらまたヘマをするところだったよ。

 

 うん、ここはしっかりと言葉を選んで答えるべきだ。

 レイナースさんの武力が必要ないなんて考えていませんよと伝えたうえでね。

 

 と言う訳で、私はレイナースさんの方を見て口を開いた。

 

 「レイナースさん、失礼しました。美しい女性であるあなたがそれ程の力を持つなどと私は考えていなかったのです。マジックキャスターである私は前衛職の方々と違い身のこなしで力量を測るなんて事はできないので、てっきり指揮官として有能なのだろうと勘違いをしてしまいました」

 

 「では!」

 

 私の言葉を聞いて喜色満面な顔をするレイナースさん。

 ごめん、無駄に期待させちゃったね。

 でもこうしないと言い訳が立たなかったのよ。

 

 「でもごめんなさい。やはりあなたの忠誠は受け取れません。なぜならあなたは私が考えていた以上にバハルス帝国に必要な人材だと解ったのだから」

 

 「アルフィン様?」

 

 「あなたはこの国にとって攻撃の要的な存在なのでしょう? それがこの国にとってどれだけ大切な存在なのか、そんな事は戦いに赴く事のない私にだって解ります。それに先程ロクシー様はあなたの事を”それ程の武力”と表現なさいました。ならばその武力を知って先程の言葉を翻すと言う事はそれすなわち我が国が強兵に舵を取っていると宣言するようなものです。そんな国の城が国境の目と鼻の先にあるとなれば、いかに寛大な皇帝陛下でも兵を起こさないわけには行かないでしょう? 私はあの周辺の村の方たちと顔馴染みになりました。平和なあの村を戦場にしたいと私は考えません。ですから、あなたの忠誠を受け取るわけにはいかないのです。ごめんなさいね」

 

 私の言葉を聞いてうつむくレイナースさん。

 でもちゃんと解ってくれたようで、小さな声で「解りました」と答えてくれた。

 ああこの子がもっと弱い、それこそ騎士見習いとかなら連れて帰ったのに。

 でもごめん、あなたはこの世界では強すぎるから、私の元へこさせるわけにはいかないのよ。

 

 そして私は再度ロクシーさんの方に向き直る。

 

 「ロクシー様、私は無用な争いを好みません。ですからレイナースさんがどれほどのお力を持っていたとしても私が望む事はありません。私が求めるのはただの平穏な日常です。ですから戦力を求めない事をそれ程驚かれる必要はないのですよ」

 

 「なるほど、アルフィン様は剣より花を愛される方なのですね」

 

 「はい、後できれば美味しいお菓子もあるとうれしいですね」

 

 そう言って私は笑う。

 そしてこの言葉から、

 

 「そう言えばわたくし、アルフィン様の国で作られるお菓子は大層美味であると耳にしましたわ。もし機会があれば食べてみたいものですわね」

 

 「ロクシー様にそこまで言っていただけるなんて、本当に光栄な事です。そこまで仰られるのでしたら、後日届けさせますわ」

 

 なんて会話に発展したんだけど、これが私にとってこの日最大の失敗となってしまった。

 

 「まぁ、嬉しい。それでしたら数日後にこの都市を管理する貴族と近隣貴族によるパーティーが行われますの。そのパーティーにご招待するのでその時にお持ちいただけませんか? それでしたらご令嬢たちにもアルフィン様を紹介できますし、私も美味しいお菓子を頂く事ができますわ。アルフィン様、ご出席していただけますわよね?」

 

 「パーティーですか? 私のようなものが出席しても宜しいのでしょうか?」

 

 「もちろんですわ! むしろ他国の王族に出席していただけるとなればパーティーの格も上がると言うものです」

 

 なるほど、まぁ親睦を兼ねてというのなら出席した方がよさそうね。

 

 「はい、では喜んで出席させていただきます」

 

 「まぁ嬉しい。可愛らしいアルフィン様がダンスをする姿がわたくし、今から楽しみですわ」

 

 えっ!? ダンス? ダンスって社交ダンスの事だよね?

 

 私はこの後、会見終了まで笑顔が引きつらないように会話するので精一杯だった。

 

 どうしよう? 私、リード(男役)でしか踊った事がない・・・。

 今からフォロー(女役)の練習、間に合うのかしら?

 

 心の中で脂汗を流し続けるアルフィンだった。

 




 色々な人がニニャとかアルシェの事を救う話を書くけど、レイナースの事を救う話ってあまり見かけませんよね? 彼女の場合、自分の領に出るモンスターを領民の為に狩っていたら呪われ、その結果世間体を気にする実家から追い出されるは婚約を破棄されるはと、かなり理不尽な目にあっているんですよね。

 それなのに誰もそれに目を向けないのは流石にどうなんだろうか? なんて前から思っていて、この物語のプロット段階からこのキャラだけは救済をしようと考えていました。
 と言う訳でボッチプレイヤーの冒険の裏目標の一つ、達成ですw

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