ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
今よりほんの少しだけ先のお話。
バハルス帝国の首都、帝都アーウィンタール。
その日、アインズ・ウール・ゴウンは社交シーズンの到来と皇帝であり友人でもあるジルクニフの誘いもあって、久しぶりに帝都にある館に滞在していた。
「アインズ様、次の面会予定の方がいらっしゃいました」
「うむ」
アインズはセバスの言葉に、いつもどおり支配者らしく鷹揚に頷いた。
貴族との会うなんて本音を言うと面倒ではあるけど、ジルクニフの顔も立てないといけないし、何よりわざわざ面会のアポを取ってまで足を運んでくれているのだから会うくらいはしないとなぁ。
そう言えば次に会う貴族ってどこの誰だっけ?
知らずに会って困るのも嫌だし、セバスに聞くとするか。
「セバスよ、次の面会予定者は一体何者なのだ?」
「はい、アインズ様。次に御会いになられる予定の者はバハルス帝国の東の端にある小さな領地を治める貴族で、名はエルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ、位は子爵でございます」
子爵か、地方の弱小貴族では中央の権力とは何の関係もないだろうに。
弱小であるがゆえに新たな大貴族が生まれたのなら自ら足を運んで挨拶をしなければ相手からどんな不興を買うか解らないし、場合によっては自らの立場を左右しかねないのだから無理をしてでもアポイントメントを取って会いに来ているのだろうけど、それにしてもわざわざこんな所にまでご機嫌伺いに来ないといけないなんて貴族は本当に大変だ。
「解った。ここへ通せ」
上から理不尽な仕打ちを受けても耐えるしかない下位の者の悲哀を感じながら、俺はセバスに通すよう命じた。
「畏まりました。アインズ様」
その言葉に軽く腰を折って返事をした後、セバスは部屋の外へ出て行く。
そして30秒ほどした頃だろうか。
コンコンコンコン。
「アインズ様、エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵様とその従者をお連れしました」
「うむ、入室を許可する」
ノックの後、子爵の到着を知らせたセバスの声に、俺は入室の許可を出す。
「失礼いたします」
ドアを開けたセバスに促され、二人の男が部屋に入ってきた。
一人はこの国では珍しくも無い金髪で多少は鍛えているのか比較的引き締まった体をしている、しかしただそれだけの平凡を絵に描いたような男で、服装からするとこの男がカロッサ子爵なのだろう。
そしてもう一人は、館の入り口で剣を預けてしまっているので丸腰ではあるが、その立ち振る舞いから子爵を守る騎士のような役割であろう、少し赤めのウェーブの掛かった金髪とダークブルーの切れ長の瞳が印象的な一見するとクールで知的な雰囲気を持つ美しい見た目の男だ。
「ようこそ我が館へ参られたな。私がアインズ・ウール・ゴウン辺境候だ。」
「お初にお目にかかります、アインズ・ウール・ゴウン辺境候閣下、バハルス帝国貴族の末席に名を連ねさせて頂いております、エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵です。以後お見知りおきを。そしてこの者は我が子爵家の筆頭騎士であるアンドレアス・ミラ・リュハネンでございます」
「アンドレアス・ミラ・リュハネンです。アインズ・ウール・ゴウン辺境候閣下、御会いできて光栄です」
二人はなにやら緊張した面持ちで俺に挨拶をしてきた。
ふむ、この様子からすると私がどのような者であるかをよく知っていると見える。
いやこの様子からして、もしかすると伝わる話がより大きくなり、実物よりもなお恐ろしい化け物と思っているのかもしれないな。
「ははは、そう硬くならずとも大丈夫。このようにアンデッドの体はしておりますが、これでもジルクニフの友人であり、あなた方同様バハルス帝国の貴族の位を頂いている言わば同士、気楽に接してもらっても構わないぞ」
「これはこれは、そのような温かいお言葉、痛み入ります」
極度の緊張からか、噴出した汗をぬぐいながら返事をする子爵を見ていると、ブラック企業の歯車だった頃の自分を幻視してなにやらいたたまれなくなってくる。
向き合うだけでもかなりのストレスになっていそうだし、これはなるべく話を早く切り上げて、開放してあげたほうがよさそうだ。
「それで今日はどのようなご用件で?」
「はい、遅ればせながらアインズ・ウール・ゴウン閣下が辺境候になられたお祝いをと思いまして、挨拶と共に祝いの品をお持ちしました」
辺境候になったのは結構前だけど地方領主ともなると中央まで来るのも大変だろうし、俺自身生徒の振りをしてずっと学園にいたから会う事が叶わず、今頃の挨拶になったんだろうな。
そんな事を考えながら気遣いに対するお礼を述べる。
「おお、それはご丁寧に。それで祝いの品と言うのは?」
「はい。アンドレアスよ、祝いの品をこれへ」
「畏まりました、子爵」
従者の男はそう言うと一度部屋の外へ退出し、再度部屋に入って来た時には赤い布に覆われた、なにやら少し大きなものを持ち込んできた。
多分これが祝いの品と言う事なのだろう。
これまでも色々な物を贈り物として受け取ってきたし、その中には伯爵や公爵など上位の者からの物も多かったが、残念ながらアインズを唸らせる物は一つもなかった。
それだけにこの演出を見て「たいした物でもないであろうに、このように布で隠して持ち込むとは。いや、田舎者の貴族ではこれも致し方ないか」などと考えてしまう。
しかし。
「異国から持ち込まれた椅子でございます。どうぞお納めください」
カロッサと言う子爵はその布のかけられた物の横へと移動すると、そう言って徐に赤い布を取り去った。
そしてその瞬間、俺は目を見張ることとなる。
「おお、これは!」
一見すると何の変哲も無い椅子に見えるそれは、宝石や金箔で飾り立てられているわけでもなく、材質も高価な大理石やクリスタルのような物は使わず、樫のような硬い木材で出来ていた。
それだけならば贈り物には相応しくない、まさにただの貧乏貴族から送られたいらない物だっただろう。
しかし目の前のこれは少し違った。
華美な派手さはないものの、木目と表面に塗られた暗色のニスの光沢を考えて彫られた細やかな飾り細工に座る者が心地よくなるよう計算された背凭れの形、そして座面と背凭れの一部に張られている暗いワインレットに染められた絹のサテン生地が座り心地のよさを主張していた。
「座ってみてもよいかな?」
「はい、是非に」
子爵の了解を得てその椅子に腰掛けてみる。
「これは!?」
俺はそう言うと、即座に立ち上がりその椅子を持ち上げた。
その姿に部屋の隅に控えていたセバスが色めき立つが、そんな事に気を回している場合ではない。
っ!
俺は椅子を裏返し座面の裏を見て声にならない声を上げた。
なんと、この椅子は座面下の板材にまで気を配っているではないか。
この世界の椅子は上にクッションのような物を張る場合、平板を使う事が多いのだけど、この椅子は人が座った時に落ち着くよう綺麗な曲線を描いていた。
その上小さな子供が座った際、膝の後ろが当たることを想定してか淵を丸く加工してあり、その上から緩衝材のように布が巻かれてその上をサテン生地が覆っていた。
「素晴らしい! 王宮などでこれまで色々な椅子を見てきたが、華美な物は多くともこれだけ座る者の事を考えて作られたものはなかった。それにこの飾り細工の見事さはどうだ。派手さこそないものの、落ち着いた中に職人のこだわりが見て取れる。そして何よりデザインが素晴らしい。子爵よ、これをデザインした者は何ものだ? できれば一度御会いして話を聞いてみたいのだが」
「あっ、いえ、すみません。その椅子なのですが、実は私が懇意にして頂いているある都市国家の女王様が、このたび私が辺境候閣下にお目通りが叶うと聞いて、お祝いの品にしてはどうかと御自らデザインして下さり、その国の職人が製作した物でして」
「都市国家の女王が? ふむ、小国とは言え他国の女王となると私のような高位の貴族では」
「はい、閣下が御会いになられますと皇帝陛下や他の大貴族様方が気をもまれるのではないかと愚考する次第であります」
子爵に目を向けると、先程とは比べ物にならないほどの汗の量と焦りに引きつった顔を見て少し引く。
これは、俺から不況を買うのではないかと恐れている表情だな。
いけない、あまりの興奮に無理を言ったようだ。
「うむ、私が少し先走って無理を言ったようだ。許して欲しい」
「そのようなもったいないお言葉。こちらこそ、ご期待に沿えず申し訳ありません」
その後、このような家具が他にもあると聞き、早めに話を切り上げようと言う考えはすっかりどこかへ消え失せた私は、その後の予定を全てキャンセルしてかなり長い間子爵との会話を楽しむ事となったのだった。
■
「それで辺境候様は、私の椅子をお気に入りになられたのですか?」
「はい、アルフィン姫様。それどころか私の所有しているアルフィン姫様御自らデザインなされた家具を譲って欲しいとまで言われまして、その上我が子爵家とこれから懇意にしてくださるとまで仰って下さいました。それもこれも皆、姫様のおかげです。本当にありがとうございます」
そう言って感謝を表すカロッサさんを見て私は「ああ良かった、うまくいったんだなぁ」とほっと胸をなでおろす。
実は私、ある不確かな情報を持っていたからあのデザインの椅子をカロッサさんの手土産に持たせたのよね。
あれはまだ私が1プレイヤーとしてユグドラシルで遊んでいた頃の事。
私は自分のデザインした家具や装備の完成品を普段はイングウェンザー城や主要都市にある販売施設で売っていたんだけど、たまに手数料はかかるけど誰でも買える運営が管理している自販バザーに外装データーだけを数量限定で出していたの。
その頃にはもうリアルである程度名前が売れていたから、私のデザイン外装は割高でもよく売れていた。
私のデザインはユグドラシルでは珍しく華美な装飾はなかったからか、落ち着いた物を好んでいた層が、ファンって言うのかな? 毎回のように買ってくれている人達が一定数いたのよね。
でもその人たちは外装も買うけど、直接店にも来て買うって言う人が殆どだった。
それはそうよね、だって店でなら気に入った物を見つけた時に外装と違って買い逃す心配がないし、何よりバザーには出ない物もあるもの。
でも、数人だけど城や店に一度も買いに来たことがない人達もいたの。
異形種でプレイしていた人達がそれ。
私の場合、問題さえ起こさなければ城に異形種のプレイヤーが買いに来てもなんとも思わなかったんだけど、買う方は私の考えなんか解らないから仕方がないよね。
それだけに残念だなぁ、一度来て欲しいなぁなんて思いながらいつも買ってくれる人の名前を眺めていたのよ。
そんなある日、私はいつも外装を買ってくれている異形種のプレイヤーの一人がどこの誰かを知った。
それは6ギルド連合と傭兵プレイヤー、それにNPC合わせて1500人もの大軍勢を退けたと言う最凶ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名前を初めて知った時のこと。
「モモンガ? う~ん、どこかで見た事がある名前だなぁ・・・あっ!」
そうだ、いつも私のデザインした外装を買ってくれる異形種のプレイヤーの一人の名前が確かモモンガだったはず。
もしかしたら違う人物かもしれない。
でも私のデザインした外装は人気商品だけに結構高めに設定して出していたにもかかわらず毎回のように買ってくれているって事はそれだけお金を持っているって事だけど、この人ならそれに当てはまりそうだし、そもそも異形種のプレイヤーと言うのは数が少ないから同じ名前のプレイヤーがそんなに大勢いるとは思えなかった。
「そうか、この人が私のデザインを気に入ってくれているモモンガさんなのか」
あの日、お尋ね者のようにデザインされたアバターの外見スクショが映し出されたデーターブックを、そんな想像をしながら見たのを私は今でも覚えている。
私の予想が正しければこのデザインの椅子を気に入ってくれるはず! 私はそう確信してカロッサさんに渡したんだけど成功してよかったわ。
今考えると、もしかしたら私の思い込みが間違っていて、こんな質素なデザインの椅子なんか持って来てどうするんだ? なんてあきれられていたかもしれないんだよね。
ホント成功してよかったわ。
今回喜んでもらえたからといって、そのモモンガと言う人物が今アインズ・ウール・ゴウンと名乗っている人と同一人物とは限らない。
でも、少なくとも自身のデザインを気に入ってくれる人だということが解って少しだけほっこりするアルフィンだった。
実はこれ、ボッチを書き始める前のプロット段階で完結後に書くと決めていた話なんですが(第18話にこの話の伏線があるけど、これを読んで気付いた人います?)今は完結したらそこで終わらせてしまおうと考えているので幾つかの話がお蔵入りしそうなんですよね。
でも、この話だけは連載開始前からどうしても書きたかったのでここに持って来たしだいです。
因みに、アインズ様は華美な家具を好まれませんがアルフィンのデザインした外装を毎回買っていた人かどうかは解りません。
ただ、気に入ったデーターは使うかどうかは別としてとりあえず収集しておくと言う彼の癖を考えると、同一人物なのかもしれませんね。
あと、アインズ様の名前が出てきたけど、これは外伝なのでノーカウントで。
さて来週なのですが、お盆で更新できる環境に居ません。
なのですみませんが一週お休みさせていただき、次回更新は20日となりますのでよろしくお願いします。