ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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78 旅は道連れ

 

 話はあやめがイングウェンザー城から出発した次の日まで遡る。

 

 バハルス帝国の東の外れ、カロッサ子爵の治める領地から衛星都市イーノックカウへと続く街道。

 そこには王族か大貴族が乗っているのでは? と見るものが皆想像する程豪華な造りで立派な4頭立ての馬車が、見事な鎧をつけた軍馬に引かれて街道を滑るように走っていた。

 

 「まるん様、此度は私どもの同行を御許しいただいて、まことにありがとうございます」

 

 「いえ、カロッサ様にはアルフィンからの無理を聞いて頂いたのですから、私もこれくらいの事はいたしませんと」

 

 10歳くらいに見える、豪華なドレスを身に纏った少女、まるんは馬車に同乗しているカロッサ子爵家の筆頭騎士であるリュハネンにたいして「ホホホ、お気になさらずに」と、どこかの少女マンガに出てくる悪役令嬢を思わせるような笑い声を上げながら答える。

 

 その姿を見て、まるん様はまだお小さいのに無理をしてアルフィン様のような威厳を出そうとしているのだなと微笑ましく思い、リュハネンは笑顔を見せた。

 

 

 

 この日、いつもはアルフィンが使っているこの豪奢な4頭立ての馬車の中には、本来の乗客であるまるんたちイングウェンザー勢だけではなく、リュハネンとイーノックカウ所属の帝国騎士であるライスターとヨアキムの姿があった。

 

 マスターの言いつけで衛星都市イーノックカウへと行くにあたり、都市で動きやすいようカロッサ子爵に紹介状を書いて貰おうと考えてアルフィンがしたためた手紙を持って領主邸を訪れた所、イーノックカウに用事があるリュハネンと、部隊に戻るライスターたちを行きの馬車に同乗させてほしいと頼まれたので、それを了承して旅の共としたからである。

 

 

 

 「しかし、流石イングウエンザー所有の馬車ですね。これほど乗り心地の良い馬車は皇帝陛下でも所有してはいないのではないでしょうか?」

 

 「そうかもな。外を見ればとんでもない速さでこの馬車が進んでいるのが解るが、中は信じられないほどゆれが少ない。ゆれを軽減するマジックアイテムがある事は知っていたが、まさかこれほどの効果があるとは。それに」

 

 ヨアキムさんの言葉にライスターさんは<快適な車輪/コンフォータブル・ホイールズ>らしきアイテムの話をして、ちらりと窓の外、馬車の前方に目を向ける。

 ああ、そう言えば出発前にばらしちゃったもんねぇ。

 

 「しかし、まさかアルフィン様の馬車を引く鎧をつけた軍馬が、いや、軍馬だと考えていたものが話に聞くゴーレムだったとは。まったく恐れ入る」

 

 そう、この馬車を引いているのがただの馬ではなく、ゴーレムであるという事を出発前にこの3人には話しておいたの。

 

 と言うのも隠して進むとなると普通の馬のように休ませる時間を取らないといけないし、何よりスピードを馬車の全速である60キロほどに落としたとしても、普通の馬では1時間ごとにちゃんと休息を取ったとしても走り続ければ半日と経たずにつぶれてしまうはずだ。

 

 もし黙ったままで旅をするとしたら普通の馬車旅の速度である6~7キロで普段は進み、難所と呼ばれるところだけ少しスピードを上げるという行程になるし、なおかつ馬を休ませる体を整える為に2時間ごとに30分ほどの休憩を取らなくてはならなくなる。

 でも、そんなペースで走っていては、イーノックカウに今日中に着くどころか4~5日もかかってしまうという事でカミングアウトしたというわけなのよ。

 

 「でも、さっきも言った通りこのゴーレムたちは馬車を引く為だけの物で、先程窺ったこの大陸のゴーレムのような力は持っていないですよ。ただ早くて疲れないと言うだけです。魔力の補充も要りますし」

 

 ライスターさんたちが言うには、この世界の人たちが知っているゴーレムは、強大な力を持つ他種族の町を壊滅させるほどの力を持つらしいの。

 ならばこの馬たちはそんな力はもっていないと説明しないといけないよね。

 だってその1体で町を壊滅させる事が出来るほどのゴーレムが4頭も居るなんて考えたら、そんな恐ろしい存在を都市に連れ込むことを許容してくれるはずがないもの。

 

 と言う事で、上のような説明をしたという訳なの。

 因みにこのアイアンホース・ゴーレム、話してもらったゴーレムより確実に強いけど・・・その強さを見抜くタレント持ちなんていないよね?

 

 「ハハハ、解っていますよ。いくらなんでもそんな強力なゴーレムを馬車馬などに使うなんて私たちも考えてはいません。どう考えても過剰能力なのですから。しかし疲れない馬ですか、皇帝陛下に献上すれば喜ばれるでしょうね」

 

 「ダメですよ、リュハネンさん。疲れないだけで所詮ゴーレムは道具です。メンテナンスをしないとすぐに壊れるし、修理する技術も作る技術もない相手に渡したら1年もたたない内にただの置物になってしまうのですから。それに何より、アルフィンが許すわけがないですよ。それこそおーばーてくのろじーです! なんていいながら怒る姿が目に浮かびますもん」

 

 同じ理由でこの馬車も渡せないし、調べさせる事も禁止されてる。

 サスペンションなんて技術は、魔法があるこの世界ではあまり広めない方がいいとマスターは考えているからね。

 

 「残念ですが、それでは仕方がないですね」

 

 「あきらめてください。それになんでしたっけ? スレイプなんとかって言う魔獣、それが居ればこのゴーレムもいらないんじゃないですか?」

 

 「スレイプニールですか? そうですね、あの魔獣であればこの馬型ゴーレムに匹敵する速度が出せるし、疲れ知らずとは言いませんが馬とは比べ物にならないほどの持久力と耐久力がありますから」

 

 そう、そんな名前だったね。

 馬車を引く為の8本足の魔獣らしいけど、それこそ私もほしいなぁ。

 農場で繁殖させれば増やすのも難しくなさそうだし、それが居ればゴーレムを使って何時ばれるか? って心配しなくてもよさそうだもん。

 

 そんな話を聞きながら前方のゴーレムを見ていたライスターさんだけど、何かを見つけたみたい。

 ちょっと身を乗り出して窓の外を覗き込んでるもの。

 

 「おっ、もうイーノックカウの防護壁が見えてきたぞ。この距離を半日か。馬車の椅子も素晴らしいし、メイドのユミさんに出していただいたお茶や軽食も素晴らしかった。こんな楽で快適な帰還を一度体験してしまったら、次からは辛いだろうなぁ」

 

 そんなライスターさんの言葉に私の横に座るメイドが笑顔を向けた。

 今回の私付きのメイド、ユミちゃんだ。

 

 「うふふ、お褒め頂きありがとうございます。ご指摘のように都市まであと少しのところまで来ていますが、停車の際の安全を考えますとこのまま近づくわけにも参りません。この辺りから少々速度を落とす事になりますので到着までもう少しかかります。ですから皆様、お茶のおかわりはいかがですか?」

 

 「催促したようですみません。いただきます」

 

 給仕メイドが座る席の横に設置されているマジックポットを手に新しいお茶を入れようとしているユミちゃんを見て、私はついでにと注文をつける。

 

 「あっユミちゃん、私にはクッキーもね」

 

 「はい、ライスター様、まるん様。カルロッテ様もクッキーをお付けしましょうか?」

 

 「お願いできますか?」

 

 「はい」

 

 私のクッキー頂戴発言にユミちゃんは気を利かせて、甘いものが好きなカルロッテさんにも声をかけた。

 そしてそれを見て物欲しそうな顔をするものの、流石に言い出せずに居る大人の男3人にも可哀想だから出してあげてとユミちゃんに指示を出して、私はすでに冷めてしまっている残った紅茶を一気にあおった。

 

 

 

 今日、私に同行しているメイドは先程も言った通りユミちゃんだ。

 

 ユミ・フォーチュン。

 紅薔薇隊4人の内の一人で、背が低く、茶髪のツインテールと見る者に安心感を抱かせる優しげなたれ目に丸顔の、愛嬌のある顔立ちをしている童顔の女の子。

 しかしその顔に似合わずホーリーナイトを主とした楯系のスキルをそろえた所謂タンクと呼ばれるタイプの前衛で、いざ戦いとなれば紅薔薇隊への攻撃を一手に引き受けて戦線を維持する強力な壁となる。

 その安定感は素晴らしく、防御力は10程度レベルが上の相手でもある程度は耐えられる程のもので、聖☆メイド騎士団の中では珍しい、しっかりとしたコンセプトでビルドを組まれた子だったりする。

 

 普段はにへらぁっとぼけた笑顔で笑っている子だぬきさんなんだけどねぇ。

 

 「そう言えばまるん様は今回、少々長くご滞在になられるそうですが、どのような御用事で?」

 

 新しいお茶をいただき、ほうと息をついた所でリュハネンさんが今回のイーノックカウ訪問の理由を尋ねてきた。

 

 「そうですねぇ、まずは観光かな? アルフィンたちがお仕事でしばらくの間外出するし、一人で城に残っても退屈だからその間にこの国の都市を見に行こうと考えたんです。それと、異国の人たちがどのように暮らしているかも興味がありますし、食べ物とか宿泊施設がどのようなものかもアルフィンから見てきて欲しいと頼まれています。後日訪れる事になるからと言って」

 

 「ああ、だから子爵の所に紹介状を頼みに来られたのですね」

 

 そう、適当な宿ならともかく、高級な所となると殆どが一見さんお断りだと思うのよ。

 だっていくらお金を持っているとは言え、大商人や貴族などの地位の高い人が泊まるところに得体の知れない人を入れるわけには行かないものね。

 

 「それと商業ギルドやある程度大きな商会にも顔を出すつもりです。とは言っても、そちらはギャリソン任せなんですけどね。私はただ着いて行って、そこで売られている物の中でいい物があればお土産に購入したいなぁなんて思っています」

 

 「まるん様のお眼鏡にかなうものですか? それは難しいかもしれないですね」

 

 うん、マスターたちが前に見せた品物をリュハネンさんは見ているからそう考えても仕方ないだろうね。

 でもね、私だってイーノックカウで売られているものがうちで作るものより劣っていると言うくらいの事は解っているのよ。

 それでもね、今回はあえて数点、買っていくつもりなのよね。

 

 だって今回の私の本当の目的は市場調査だもん。

 どれくらいのものがどれくらいの値段で取引されているか、それを知るためには実際に購入して品質をしっかりと調べなければいけないからね。

 

 「後、冒険者ギルド! 私たちの国には冒険者ギルドと言うものはないから見に行きたいと思ってます。幸いカルロッテさんがイーノックカウの冒険者ギルドに所属していた事があるらしいから、まったく知らない冒険者ギルドに行くよりは安心して訪れる事ができるみたいなので」

 

 「なるほど、確かに知っている者が同行するのであれば安心して視察できますね」

 

 冒険者と言うものも観察対象の一つだ。

 エルシモさんの話からすると、イーノックカウにはもうそれ程高レベルの人は残っていないらしいけどそこは冒険者ギルド、それでも色々と情報は集まってくるはずだし、もしかすると私たちに有用な、または害となる特殊なタレント持ちが見つかるかもしれないものね。

 マスターがいずれ訪れる事が決まっている以上、調べておかないわけには行かない。

 

 「後はそうだなぁ、魔法ギルドと言うものもあるんですよね。そこではスクロールも売っているみたいだし、見に行きたいなぁと思っています」

 

 「魔法ギルドもですか? それは大忙しですね」

 

 「はい、遊んでいる暇はないのです」

 

 ふんぬ! と気合を籠めて答える私。

 でも最初に観光と言ったのだから、今話した全ては仕事ではなく遊びという名目なんだけどね。

 

 そんな私を見て、馬車の中は笑顔で包まれる。

 

 「まるん様、後数分でイーノックカウの東門に到着します」

 

 伝令管から御者台に座っているギャリソンの声が聞こえてきた。

 その言葉に外を見ると、確かに都市の外を守る石壁がかなり近くまで来ているのが見て取れた。

 

 「まるん様、門に付きましたら私が子爵の紹介状を持って門番の所まで行って参ります。まるん様は降りる必要はございません。私が戻るまでこの馬車の中でごゆるりとお寛ぎください」

 

 「ありがとう、リュハネンさん。よろしくお願いしますね」

 

 

 数分後、東門に着くと先程の宣言どおり、リュハネンさんはカロッサ子爵の紹介状を持って門番の所へと向かった。

 そしてしばらくして帰って来た彼は、

 

 「まるん様、我々は都市に入る列に並ぶ必要はございません。今貴族用の門を開けさせているので、それが開き次第その門を通って都市に入る事ができます」

 

 「ありがとう。お手間をかけさせてしまったわね」

 

 そう言うと、私はホホホと笑う。

 前にやった時、思いの他周りの反応が良かったからね。

 すると今回も皆笑顔になってくれた。

 

 でもこのホホホ笑い、いかにも令嬢っぽいから少しでも威厳が出るようにとやってるけど、なんか周りの笑顔が微笑ましいものを見ているような感じがするのは私の気のせいかしら?

 でもまぁいいか、誰もおかしいって言わないし。

 

 開門した貴族用の入場門を通り、目の前に広がったイーノックカウの景色を見ながら、まるんはこれから数日間過ごすこの都市での生活を想像し、どんな楽しいことが待っているのだろうと子供らしい笑顔を浮かべるのだった。

 

 





 実際は子供ではないんですけどね。

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