ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
ケンタウロスの最大部族であるミラダの族長、チェストミールは偵察の者からの報告を聞いて早急な判断をせまられていた。
「エルフの少女がこちらに進路を変えたとなると、族長たちが揃うのを悠長に待っておるわけには行かなくなったようじゃな。仕方がない、村の女子供、年寄りたちを集めよ。他の部族の元へ避難させる準備をさせるのじゃ」
「はい」
部族の者たちに伝える為、近くに控えていた若いケンタウロスの一人が駆けて行くのを見送りながらワシは考える。
生き物が生活するのに水はどうしても必要じゃ。
だから件のエルフの少女は湖の近くに我らの部落があると考えてこちらに向かったのであろうと。
「空を飛ぶ妖精を供にしているのであれば、湖まで来てしまえばこの部落が見つかるのも時間の問題じゃろうて。それまでに方針を決めねばなるまい」
幸い他の3部族の部落はここから離れておるから、時間さえ稼げば逃がした者たちの安全は確保できるじゃろう。
しかし、その時間稼ぎが本当にできるのじゃろうか?
戦いになってしまえば上位精霊相手にできる時間稼ぎなどない。
たとえこの部落で戦える者たち全てでかかったとしても文字通り瞬殺、あっという間に皆殺されてしまう事じゃろうて。
だからこそ、最終的にワシら全員が殺されるにしても戦端が開かれるまでになるべく話を長引かせて時間を稼ぐ事が出来るよう、思案すべきじゃな。
となると威圧行為ととられかねない多数で出迎えるのは愚作。
「うむ、やはりここはワシ一人で出向くべきじゃろうな」
相手は強大な力を持つとは言えエルフの少女じゃ。
いかに我らを討伐に来たとは言え、年寄り一人にいきなり襲い掛かるほど非道ではないじゃろう。
そう考えてわが身一つで湖に向かおうと判断したのじゃが、
「いくらなんでもそういう訳には行きませんよ、チェストミール」
「むっ?」
ワシの独り言に答えるものがおる。
振り返るとそこにはフェルディナントが苦笑を浮かべて立っておった。
「なんじゃフェルディナント、早いのう。もう着いておったか」
「私の部族がここから一番近いですからね。それより」
なんじゃ、話をそらそうと思ったのじゃが、やっぱり誤魔化されてはくれんなんだか。
朗らかに答えた後、フェルディナントは金色の目を細め、まじめな顔をしてワシに話しかけてきおった。
「確かにチェストミールの判断は正しい。こう言ってはなんだがあなたはお年寄りでこちらに向かっているのはエルフの少女。彼の少女があなたにいきなり牙を剥くとは私も思いません。そう考えればあなた一人で出向いた方が時間稼ぎをするという目的からすれば一番でしょう」
「そうじゃろう、だからこそワシ一人で出迎えるのが一番・・・」
ワシの意見を肯定的に語っているうちにと話を進めようとしたのじゃが、フェルディナントは片手をあげてワシの言葉を遮ってきた。
「それは解りますが、やはりあなた一人を向かわせることはできません。自分たちの安全の為にお年寄りをただ一人、死地に向かわせたとあっては私たち男の、戦士としてのプライドが許さないのですよ」
「しかしじゃな、相手は上位精霊さえ従えるほどの者じゃ。いくら人数をそろえた所で物の役にも立つまいて。それどころか、最悪敵対行為と思われていきなり戦いになる事さえあり得るのではないか?」
ワシの一番の懸念はそこじゃ。
彼らはまだ若い。
これからのケンタウロスの未来を背負って立ってもらわねばならん者たちなのじゃから、無駄に命を散らしてほしくは無いんじゃ。
戦いとなれば、いや戦いにすらならない一方的な蹂躙が行われるような事になれば誰も生きては帰れないと言う事が解っている場にワシらは向かうのじゃ。
一人でも多くの若者を逃がしたいとこの年寄りが考えるのは至極当然ではないか。
「確かにそうかもしれないけど、やっぱりお爺ちゃん一人向かわせるのは私も反対ね」
「オフェリア、おぬしも到着したのか」
「俺も居る」
何時の間にやらオフェリアとテオドルも到着していたようじゃの。
エルフの少女が湖に着くまでに間に合わないかもと思ったが事が事じゃからのう、この者たちも急いできたのじゃろうて。
「オフェリアも反対か。テオドルは・・・やはりおぬしも反対のようじゃの」
族長会議は基本多数決。
3対1ではワシの意見は却下と言う事となる。
「解った。ワシ一人で赴くと言う意見は取り下げるしかなかろうて」
「では私たちは4人とも行くとして、共に行く者を急いで選抜しないといけないわね」
オフェリアが緊張を押し殺した少し強張った笑みを浮かべてこう言った。
じゃがな、本人は行けばどうなるかを承知の上で決意を籠めて発言したつもりなのじゃろうが、生憎その意見にも物言いがかかる。
「オフェリア、そなたは留守番だ。ミラダの部族の女子供を率いて我がオルガノの部落に避難してほしい」
「ちょっと待ってよフェルディナント。私だって族長の一人よ。こんな重要な場面で仲間はずれは無いんじゃない?」
「いや、避難だ」
フェルディナントの言葉にオフェリアが批難の言葉を上げるが、その言葉をテオドルが却下する。
「オフェリアよ、ワシも同じ意見じゃ。族長会議の議題は基本多数決で決するのはおぬしも知っておろう。先程のワシと同じで3対1ではおぬしの意見の方が却下される。解っておるな」
「でっでも!」
流石に納得できないと言う顔のオフェリアに、ワシは諭すように語り掛ける。
「オフェリアよ、ワシらがこれから赴く先は死地じゃ。よほどの幸運に恵まれない限り多分誰も帰っては来れぬじゃろうて。そうなった場合、4部族の族長全てがいなくなってしまったらこれからのケンタウロスはどうなるのじゃ? それにおぬしは替えの効く我らと違って、ケンタウロス全体にとって大事な唯一無二の強力な力を持つ精霊使いじゃろう。まず生きて帰る事のできないであろう場におぬしを連れて行く訳にはいかんのじゃ。解ってくれ」
「でも、でもその精霊使いだからこそ役に立つのではないですか? なら!」
頭では理解できても感情的には納得が出来ていないのか、必死について来ようとするオフェリアの肩にフェルナンドが手を置いて首を振る。
うむ、ここはあやつに任せるべきであろうな。
ワシはそう思い、一歩引いてフェルディナントに説得役をバトンタッチする事にした。
「そなたも本当は解っているのだろう? 人族の城を偵察に行った時、精霊が言う事を聞かなかった。その事から想像するに、上位精霊が支配する場でそなたの精霊魔法が本来の力を発揮できるのか、いやもしかすると発動さえしないかもしれないのではないかと言う事を。そのような場所に出向けば、そなたは自分の身さえ守れないかもしれないのだ。私にはそなたにそのような場に立っては欲しくない。解ってくれ」
「・・・うん」
フェルディナントの説得にオフェリアは涙を流しながら頷いてくれた。
うむ、これで同属たちが精霊の加護さえ失うことになると言う最悪の事態だけは避けられそうじゃな。
「納得してもらえたようでよかったわい。オフェリアよ、死地に赴かないとは言え、おぬしの役割は重要じゃ。わが部族の避難もそうじゃが、オルガノの部落に着き次第これからのケンタウロス族全体の身の振り方を考えねばならんからの。本当ならフェルディナントも残して二人でケンタウロスの行く末を守って欲しい所なのじゃが」
そう言ってフェルディナントに視線を向けたのじゃが、予想通り彼は無言で首を横に振った。
「このようにこやつの説得は無理そうじゃ。おぬしの細腕に全てを任すことになってしまって心苦しいが、何とかがんばってくれ」
「はい」
何とか心の整理がついたのか、オフェリアは笑顔を作ってワシの言葉に頷き、
「それでは時間も無いので、私は部落の者たちの避難指揮をしてきます。皆さん、どうぞご無事で」
そう言うと足早に出て行った。
「さて、それではワシらはワシらの役割を果たすとしようかのう。それで、どれだけの者を連れて行くつもりじゃ?」
「あまり多くてはこちらに争う意思があると相手に思われてしまいます。そこで私たち族長一人につき2名ずつ、計6名をつけて9名で行くのはどうでしょうか? 最初に我々がそれぞれの部族を率いていると名乗れば、その護衛としてそれくらいの数がいたとしてもおかしくは無いでしょうから」
確かに多すぎるのも問題じゃが、少なすぎるのも問題かもしれんのう。
伏兵が居るのではないかと相手によけいな警戒心を植えつける事にもなりかねんし。
「ワシ一人なら余計な事を考える必要もなかったのじゃが、雁首そろえて出迎える事になった以上、それくらいの人数の生贄は必要か。なるべくならこの人数の命だけでこちらの降伏を受け入れてもらいたいものじゃ」
「そうですね」
ワシらは人族と争ったことは無いが、他の獣人たちは人族を食料と考えて争いを起していると聞く。
もしこちらに向かっているエルフの少女がその獣人たちとワシらを同列に考えて殲滅しに来ているとするのなら、なんとしてもその誤解を解かねばならぬ。
その為にもワシらの命を差し出し、こちらに争う意思はないと信じてもらわねばならんのじゃ。
「のう、やはりワシ一人で出向いてはいかんか? この年寄りの命一つならそれ程惜しくはあるまい。じゃが、おぬしら二人を含む若いケンタウロスの命を無駄に散らすのは流石にためらわれるのじゃが」
「もう決まった事ですよ。それに相手は精霊を味方につけています。オフェリアが精霊で偵察を出来る以上、上位精霊を使役するあの少女がそれをできないとは考えられませんから、もしかするとこちらに複数の部族があるという事を知っているかもしれません。もしそうなら全体の総意ではなく、一つの部族が生贄として年寄り一人送り出したと相手が考える可能性もありますからね。やはりここは複数の部族の長が出向くべきでしょう」
確かにフェルディナントの言う通りじゃ。
若い者の命をなるべく失いたくないとは思うのじゃが、これ以上言葉を連ねても貴重な時間を失うだけとその考えを封じ込め、話を先に進めることにする。
「フェルディナント、テオドル、それぞれの護衛の中から二人ずつ同行する者を選出、その者たちに何があろうとけしてエルフの少女に手を出さぬよう言い含めよ。たとえいきなり我らの誰かが殺されたとしてもじゃ。こちらが手を出せばケンタウロスは滅ぶと肝に銘じるようしかと命じておくのじゃぞ。後、ワシにつき従うのは・・・ついて来てもいいと思う者はこの場で手を上げよ」
ワシは近くに居る部族の男たちに声をかける。
するとその場に居る全ての者の手が上がった。
まったく、みんな見事な笑顔じゃのう。
着いてきたものはまず生きて帰れないと言う事が本当に解っているのじゃろうか?
「その心意気や良し! ではお前とお前、同行を許す。ほかの者はオフェリアを手伝って部落の者たちの脱出準備を急ぐのじゃ」
「「「はい!」」」
それからしばらくしてフェルディナント達の同行者の準備も終わり、ワシらはエルフの少女が向かっている湖の方へと出発した。
「部族長方、なぜ代理の者ではなく皆様自らがお越しになられたのですか? エルフの少女は一人だけですが、魔獣を使役しています。こちらに来られては危ないのでは?」
「ワシらは彼の者と話し合う為にここに来たのじゃ。危ないからと言って引き返すわけにもいくまいて」
湖の近くまで来た所で、偵察の者と部落との連絡を担っているものたちと出くわした。
双方同じ地点を行き来しているのだから当たり前の話ではあるからこちらは特に驚くような事ではないのじゃがな。
「話し合いですか? しかし、族長3人がお出ましになられているのに護衛の数が二人ずつとは。お願いします、私もその護衛に加えてください。知らぬならともかく、こうして知ってしまった以上そのまま行かせるわけには参りません」
連絡役の者たちの内、一人がワシらに同行を申し出てきた。
しかし行けばまず生きては帰れぬじゃろうし、どうしたものかのう。
時間があれば熟考もできるのじゃが、今この時も彼の少女は湖に向かっているのじゃから考えておる時間もあまり無い。
本人に覚悟を聞くのが一番か。
「行けば死ぬかもしれない、いや、戦いともなればまず確実に命を落とす事になるのじゃが、それでもか?」
「はい、お供させてください」
そこまで言われては無碍にするわけにも行かぬのぉ。
「ふむ、仕方がないのぉ。じゃがくれぐれも言っておくが、けして手出しはするでないぞ。例え相手が先に手を出してきたとしてもじゃ。ワシらは話し合いに行くのであって争いに行くのではないからな」
「はい、解りました」
まぁ、生贄が1人増えて10人になった所でたいした違いはあるまいて。
そう思ってワシはこの者の同行を許した。
それがどんな結果を及ぼすか想像もせずに。
「チェストミール、どうやらあちらもこちらに気が付いたようですね」
「そうじゃなフェルディナント、おぬしの言う通りこちらに向かって一直線に駆けて来おるわい」
湖に到着してしばらくした頃、ワシらの目に件の少女の姿が映った。
まだかなりの距離がありエルフの目ではこちらを視認出来ないはずなのじゃが、一直線にこちらに向かってくると言う事はこちらの存在に気が付いたという事なのじゃろう。
と言う事は予想通り精霊の力を使って周りを探索していると言う事であり、また当たってほしくない予想ではあったが彼の少女の目的がワシらケンタウロスであると言う証明でもある。
「水場が目的で、ワシらの事など眼中に無ければよかったのじゃがのう」
「流石にそこまで都合よくは行かないと言う事なのでしょう」
ワシの心からの言葉にフェルディナントは肩を竦めながらそう答えおった。
そしてテオドルも無言で肩を竦めておる。
じゃが内心では両名ともワシと同じ気持ちであったのじゃろうて、その顔には苦笑が浮かんでおった。
「しかし、凄いスピードですね。見る見るうちにこちらに近づいてきますよ」
「うむ、あの様子では我らでも走って彼の者から逃げおおせる事はできぬじゃろうな。ああ、恐ろしや恐ろしや」
そんな軽口を叩いているうちに件のエルフの少女がワシらのすぐそばまでたどり着いた。
ここで相手に先に口を開かれては主導権を握られてしまう恐れがあるからのう。
声が届く距離まで来た所でこちらから声をかけさせてもらう。
「エルフの子や、ワシはケンタウロスのミラダ族の長、チェストミールと言うものじゃ。ここはワシらケンタウロスの縄張りなのじゃが、ワシらに何か用かのう? それとも知らずに迷い込んだだけか?」
「ケンタウロスの・・・お爺ちゃんかな? あたしの名前はあやめ。別にあたしは迷い込んだわけじゃないよ。あんたたちがうちの城を数回見に来たと聞いたから、そっちが何かあたしらに用があるかもしれないと思って出向いただけ。この近くの領主に聞いたらケンタウロスは場合によっては人を襲う事もあるって聞いたからね。もし戦いになったりしたら面倒だし」
ふむ、どうやら何か見解の相違があるようじゃな。
ワシらは人を襲った事などないのじゃが、どこでそのような勘違いが生まれたのやら。
しかしこの様子からすると、この少女はワシらを殲滅しに来たわけではないようじゃ。
そう思い、ワシはホッと胸をなでおろした。
ところが、
「おい、小娘! 貴様、族長に向かってなんて口のきき方だ!」
「なっ!?」
いきなり後ろから激昂した叫び声が聞こえて、驚いたワシは慌てて後ろを振り返った。
そしてその視線の先には先程合流した偵察任務についておった男の姿があった。
しもうた、話し合いに行くから手を出すなとは伝えたが、この少女がワシらにとってどれだけの脅威かと言うのを伝えておらなんだ。
なんと言う事じゃ。
折角穏便に事が済みそうだったというのに。
グルルルルルッ
低いうめき声と共に、強烈な重圧と強大な魔力がワシらを包む。
そのあまりに強烈な圧力に溜まらず首をすくめながら少女のほうを見れば、その少女がまたがる魔獣、いや上位精霊のダオ様が強烈な殺気を籠めた視線をワシらに向けているのが見えた。
「ヒィッ!」
ワシらはまだいい、この少女の危険性をよく解っており、この場が死地であると覚悟をしてこの場に立っているのじゃから。
そしてじゃからこそ、その殺気に満ちたダオ様の視線にも地の底から聞こえるかのようなうめき声にも耐える事が出来たのじゃが、しかし先程合流したばかりのこの者はそんな心構えが出来ておらなんだ。
そしてその違いから、こやつはとんでもない事をしでかしおったのじゃ。
「ばっ化け物め!」
そう言うとこやつ、事もあろうにダオ様に向かって矢を射掛けおった!
ただ、その矢も本来の狙い通りダオ様の方に飛んで行ったのであればまだ良かったのじゃ。
ダオ様の硬い体にあのような怯えて力の入っていない矢が通るはずも無いのだからな。
ところがろくに狙いも定めずにはなった矢は事もあろうにエルフの少女めがけて一直線に飛んで行ってしまった。
遠く離れているのならともかく、ワシらと彼の少女との距離は10メートルと離れておらん。
いくらなんでも、これを避ける事など熟練の戦士でさえ無理じゃ。
少女が自らの身を庇う様に右手を前に差し出したが、その小さな手で矢を防ぐ事が出来るはずも無い。
次の瞬間訪れるであろう少女の身に起きる悲劇を想像しワシの血の気が一気に引いてったのじゃが、
パァーン。
何かにはじかれるような音を残し、飛んでいった矢は真っ二つに折れ、あらぬ方向へと飛んでいった。
「なっ!? 一体何が起こったのじゃ?」
まるで目に見えない何かに斬り飛ばされたかのように見えたのじゃが、ダオ様が何かやったのか?
しかし土の上位精霊であるダオ様がやったのであれば我らにも見えたはず。
そう思い、思考の堂々巡りに巻き込まれて固まっていたワシらの周りでいきなり風が吹き荒れだす。
そしてつい先程まで肩にとまっていたはずなのに、何時の間にやらエルフの少女のすぐ横に浮かんでいた妖精のような姿をした何かが、緑色の光を巻き上げながら膨大な魔力を周りに撒き散らしだしたのじゃ。
「私のぉ、私たちのぉ、偉大なる神でありぃ、支配者でもあるぅ、あやめ様にぃ、あやめ様にあろう事か矢を射掛けるなんてぇ! 許さない、許さない、許さないぃぃぃぃぃ!」
「よっ、妖精!?」
矢を射掛けた者の言葉にワシはつい声を荒げてしまう。
「ばかもん! 解らんか、あの方は妖精などと言うちっぽけな存在ではない。しくじったわい。ワシとした事が、ダオ様がいるというのに妖精と聞いてなぜ思い浮かばなかったのじゃ。多分あれは風の中位精霊であるシルフじゃ。それも普通のものではない。人の言葉を解すほどの知恵と力を持った強力な精霊様じゃろう」
その強力な中位精霊様が今怒り狂っておられる。
その怒りに呼応したかのように風は次第に強くなり、周りの草が千切れ飛ぶ。
そしてその飛んで宙に舞った草が粉々になるまで切り裂かれていく姿がワシの目にはっきりと映っておった。
多分あの風の壁に触れればワシらも同じ様に細切れにされ、死体さえ残らぬじゃろうな。
くそう、完全にワシの失態じゃ。
本来なら争いなど起こらずに済んだ物を、ワシの迂闊さからこの状況を作り出してしもうた。
こうなったからには最悪の事態を、ケンタウロスの絶滅と言う悪夢だけは避けねばならん。
ワシらはこのままこの風の壁に切り裂かれても果てても良い。
じゃから、この命だけで怒りを納めてもらえるよう、あやめと言う少女に訴えねば。
「あやめ様、このたびの無礼はワシらの命で償う。だから他の者には、他のケンタウロスたちには慈悲を・・・」
慈悲を願い出た後、ワシは自ら風の壁に飛び込んで自害する事で怒りを納めてもらおうと、あやめと言う名のエルフの少女に声をかけたのじゃが、驚いた事にそんなワシ思惑とはまったく別の方向に事態は進んでいくのじゃった。
「う~ん・・・ていっ」
ぺしっ。
「いったいぁ~い」
振り下ろされる人差し指、悶絶するシルフ様。
なんとあやめと言う少女は突き出していた右手を見つめた後、人差し指を出してその指でシルフ様の頭を叩いたのじゃ。
と同時に霧散する風の壁。
辺りには今、先程まで吹き荒れておった風の刃があたかもワシらが見た夢幻であったかのように緩やかな風が吹いておる。
「あやめ様、あやめ様。いきなり何するんですか!」
声に釣られてそちらに目を向けると、シルフ様がエルフの少女の方へと振り返り、両手の拳を振り上げて少女に抗議の声を上げておった。
ふむ、ワシの目には軽く叩いただけのように見えたのじゃが、どうやらかなりの力が篭っておったようじゃのう。
その目は涙目じゃ。
「何するんですかじゃないでしょ、まったく。それにザイルも」
ぺしぺし。
「あんたが威嚇するからケンタウロスが怖がって混乱しちゃったでしょ。だめじゃない! 弱いものいじめしちゃ」
「すっすみません、である」
続いて頭をぺしぺしと叩かれ、叱りつける少女相手に痛そうに涙目で謝るダオ様。
ワシは夢でも見ておるのか?
土の上位精霊であり、神に匹敵するほどの力を持つはずのダオをまるでペットの子犬を躾けるかのようにやすやすと支配する小さなエルフの子供と言うシュールな光景に、自分の目と頭がおかしくなったのではないかとつい考えてしまうチェストミールだった。
シルフィーは召喚精霊ですが、NPCたち同様あやめに対して絶対の忠誠を誓っています。
ですからそのあやめに矢を射掛けたものを許すわけが無く、その反応も激昂したものになるのは仕方がないんですよね。
そしてザイルがあやめに対して暴言を吐いた相手を威嚇するのは当たり前です。
しかし二匹とも当たり前の事をしただけなのにあやめに叱られてしまいました。
理不尽以外何者でもありません。
今回の話の一番の被害者はこの二匹でしょうねw