ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
エントの村の外れ、農業地帯が広がる地域の端にある畑に私とあいしゃはゆっくりと歩を勧めていた。
「ミシェルさん、魔物があちらに移動しています。そちらの方たちの避難をおねがいします」
「解りました。皆さん、けして慌てないで下さい。魔物を刺激しないよう、ゆっくりと、静かに移動してください」
目の前ではミシェルが村人たちに対して、けして走ったりしないよう、ゆっくりと移動するように指示を出しながら避難を進めている。
その姿を視界に治めながら私は隣を歩くあいしゃに声をかけた。
「あいしゃ、シミズくんの準備は出来てる?」
「うん、だいじょうぶだよぉ。ちゃんと予定通りの動きをしてくれると思う。後は始まりのあいずを待つだけだよぉ」
シミズくんとの連絡もちゃんと取れている事を確認して、私たちも避難し終わっている村人たちをモンスターから守っているかのように見えるよう、気をつけながら場所を移動する。
これは作戦通りの行動が取れるように、私の立ち位置を整える為だ。
そして当初の予定通りの方向からシミズくんのいる畑に向かえる位置まで移動を終えると、私たちはゆっくりとシミズくんたちがいる方へと歩を進めた。
「あいしゃ、シミズくんに連絡して、そろそろ村人にも解るように地上に移動の後が見える位置まで上がってもらっておいて」
「うん、わかったぁ。シミズくん、きこえるぅ?」
ここからの動きは村人たちにも解ってもらえなければ意味がない。
だからこそ、一番最初が大事なんだ。
「ミシェルさん、今の内です。最後に残った、そちらの方たちをこちらへ」
「解りました。みなさん、あちらに移動します。先程からも繰り返していますが、けして焦らず、ゆっくりと移動してください。静かに、魔物を刺激しないように。」
私たちがある程度近づいたことを確認して、ユカリがミシェルに指示を出した。
それを見て私は気を引き締める。
最後の数人をシミズくんがいる畑から外に出そうとする。
それがユカリに<メッセージ/伝言>で伝えておいた作戦開始の合図だったからだ。
「今よ、あいしゃ」
「うん! シミズくん、はじめて」
小声で私があいしゃに指示を出すと、彼女はさっそくマジックアイテムでシミズくんに指示を出した。
すると、
モゴモゴモゴ。
村人たちの後ろ、先程まで居た場所の土がいきなり盛り上がり始めた。
「いけない。皆さん、走って!」
「早く! 急いでこちらへ」
先程まで静かにと言っていたミシェルが村人たちに走れと指示を出し、ユカリがあせったような顔で村人たちを呼び寄せる。
「わっわぁ!」
「助けてくれぇー!」
慌てて走り出す村人たち。
そして私はその村人たちとすれ違うようにその土の盛り上がりに向かって駆け出した。
バァーン!
私がその場に駆け込むと同時に土がはじける。
その土をカイトシールドで受け、土煙が収まった所で私がそちらに目を向けると、そこには3メートル近いピンク色の魔物、ジャイアントワームが出現していた。
「ひぃ!」
「化け物だぁ、あんな凶悪な姿の化け物に勝てるはずがない!」
「シャイナ様ぁ、お逃げください」
そのあまりの大きさと異様な姿に村人たちが騒ぎ始めた。
それはそうだろう。
この辺りではゴブリンでさえ出ないのだから、こんな大型の魔物を見たことがある者などいるわけが無い。
その恐ろしさに震え上がるのも仕方がないというものだ。
しかし、だからこそここで私がその魔物を退けることに意味がある。
私の強さと、身を挺して自分たちを守ってくれたという事をこの村の人々に印象付けるいいチャンスだからね。
「大丈夫、危ないからみんな下がって。さぁ、行くぞ魔物よ」
そう言うと、私はカイトシールドとブロードソードを構えてジャイアントワームと対峙した。
さて、私の普段の装備は太刀と呼ばれるツー・ハンデット・ソードだ。
その刀で全ての物を両断し、相手を葬るのが私の戦い方なんだけど、今日はそれを使うわけには行かない。
だって、その武器を使ってしまったら手加減したとしてもシミズくんを殺してしまいかねないからね。
それに、このカイトシールドがこの作戦? 芝居? の肝でもあった。
ガンガンガン。
ジャイアントワームが頭を振り、私に向かって攻撃をしてくる。
その動きは早く、村人たちはこの大きさでこれほどの動きをする魔物に声も出なかった。
それはそうだろうね。
だってシミズくん、30レベル超えているんだもの。
私からするとゆっくりすぎて喰らう気がまったくしないけど、これでもシミズくんにとっては全力なのだから周りから見れば迫力満点だろう。
もしかしたら彼らからは死が具現化した姿くらいに見えているかもしれないわね。
エルシモさんの話からすると、この世界では皇帝を守る近衛兵でも倒せないほどの魔物なのだから、ライスターさん辺りが見たら絶望するんじゃないかな?
彼ならその強さも理解できるだろうし。
そんなシミズくんの攻撃を私は時には剣で、時にはシールドで防いでいく。
たまに避け易い軌道やわざと表面ではじかれる軌道で剣を振るって攻撃をしている振りをしながら、立ち位置を微調整。
シミズくんが畑の端、荒野の方に完全に背を向けた所で私が叫ぶ。
「これでも喰らえ!」
ガンッ!
そして楯を構え、ジャイアントワームに向かって体ごとぶつかり、インパクトの瞬間に楯を突き出す。
所謂シールド・バッシュという攻撃だ。
これは本来相手をシールドで吹き飛ばし体制を崩したところを剣で切りつけるという為の攻撃なんだけど、今回は別の意図があるのよね。
私のシールド・バッシュを受けてジャイアントワームが畑の外、荒野地帯にまで吹き飛んだ。
おおっ。
巨大なミミズの化け物が遠くまで吹き飛ばされたのを見て、村人たちが驚きの声を上げる。
でも実際は私が吹き飛ばしたんじゃなくて、私の合図を受けてシミズくんが後ろに飛んだだけなんだけどね。
あっ、やろうと思えばそれくらい私の力だけでもできるよ。
でも100レベルの前衛である私がそれをやってしまうとシミズくんもただではすまないから、今回は私はあまり力を入れず、大きな音だけはするようにシミズくんの固い場所にシールドを当てて、そのタイミングで後ろに飛んでもらったという訳。
そして私は飛んだシミズくんを追いかけて、ジャンプ!
頭上から追い討ちをかけるように剣を振り下ろした。
それも先程までと違って全力の半分くらいの力を入れてね。
その衝撃で地面が抉れ、周りに土や石がはじけ飛ぶ。
クレーターとまでは行かないけど、土が大きく抉れるほどの攻撃にジャイアントワームが大きな悲鳴にも似た叫び声をあげた。
その声に歓声を上げる村の人々。
因みに、当然この攻撃はシミズくんには当たっていない。
これだけ離れていれば村人には当たったかどうかは解らないし、シミズくんが悲鳴を上げれば攻撃が当たったと勘違いしてくれるだろうから本当に当てる必要は無いからなのよ。
その叫びと共に、ジャイアントワームは周りをなぎ払うように頭を振り、シールドを構えた私を吹き飛ばす。
そして彼はそのまま土にもぐり、周りを凄い勢いで動きながら荒地を耕し始めた。
そう、これが私がマスターから言われた指示の一つなのだ。
折角荒野の近くで戦う振りをするのなら、この荒野も畑にしてしまおう。
シミズくんなら土に混じっている石や岩も砕けるのだから畑に出来る程度まで適当に地面の中を走り回って掘り起こし、後で区画整理をしたら畑として使えるようになるまで耕す。
その時、折角だから眷属もついでにばら撒きながら動き回りなさいというのがマスターの御指示だったりする。
いやぁ知っている私からすると、この光景は感動ものよね。
だって、人が耕したらそれこそ村人総出でやったとしても一月くらいかかりそうな広範囲が簡単に、それも短時間で掘り起こされて耕かされて行くんだから。
後ろにいる村人たちはこの魔物のすさまじい力に恐れおののいているのが解るけど、討伐後にそこが畑に出来ると解った時はまた来てくれないかな? なんて思うんじゃないかしら?
「そろそろね」
かなりの広範囲をシミズくんが駆け回り、土が万遍無く掘り起こされている間も私は油断していない姿を村人たちに見せる為にずっと剣と楯を構えていた。
それでもね、実際は出てこない事を知っているのである程度気は抜いていたのよ。
でも、その耕す作業ももう終わりそうだし、これからがある意味本番だからと私は気合を入れなおす。
何せ戦闘しか能の無い私の数少ない見せ場なんだから、この晴れ舞台で下手な姿は見せられないものね。
そして駆け回っていたシミズくんが私のすぐ目の前まで来て動きを止める。
いや、実際には止めたのではなく、そこから地上に影響が出ないように地中深くもぐっただけだけど。
そしてそれを合図にその場所に白く輝く魔方陣が現れた。
あいしゃによるゴーレム作成の魔方陣だ。
輝いていると言っても別に太陽光に負けないほど強く光りを放っているわけでもなく、また遠く離れている上に間に私が立ちふさがっているから村人たちにはきっと見えていないだろう。
これならば入れ替わったことはきっと気付かれないと思う。
グオォーン!
そしてそこからシミズくんを一回り太くしたようなミミズ型ストーン・ゴーレムが姿を現した。
「まさか! まさかジャイアントワームじゃなくてロックイーターだったと言うの!?」
その姿を見たユカリが驚愕の声を上げる。
その深刻そうな声色は不自然さをまるで感じさせない、舞台慣れした名演技だった。
さすが、戦闘兼接客メイド。
ユグドラシル時代、客前で舞台を披露していただけの事はあるね。
「メイド様、その『ろっくいーたー』ってのはなんなのですか?」
予定調和というか、予定通りというか、村人の一人がユカリの言葉に疑問を投げかけた。
「ロックイーターと言うのはジャイアントワームの上位種で、身の危険を感じた時にその辺りの鉱物を体に取り込んで岩のように硬い体となって相手に襲い掛かる恐るべき魔物です」
「なんと、岩のような体にですと!?」
ユカリの言葉に声を失う村人たち。
先程まででも私の剣をはじいていた魔物がそれ以上の硬い体を手に入れたのだから脅威に感じるのは当たり前よね。
でも、この衝撃のおかげで村人たちは目の前にいる岩の魔物が、先程までのミミズの魔物だと言う事を信じ込んでくれた。
「本来は岩山に単体で生息する魔物だけに、まさかこのようなところ現れるなんて」
「もしかしたら、何かもっと強い魔物にテリトリーを奪われて移動している途中だったのかもしれないわね」
ユカリの言葉にミシェルが補足説明を入れる。
これは私がシミズくんと戦っている間にユカリからミシェルにこう言うようにと説明をしてもらっておいた台詞で、これを聞けばこの魔物は通常単体で行動し、倒してしまえば二度と脅威になる事はないという事を村人に印象付ける事ができるだろうとマスターの考えたものだ。
「そのような魔物だったのですか」
「はい。通常、平原で見かけることはけしてない魔物です」
よし、一通り説明は終わったみたいね。
これでこのゴーレムを倒せば全てうまく行きそうだし、後は最後の仕上げと行きますか。
ユカリたちの説明台詞が終わるまで静かに待機してくれていたゴーレム。
これは戦いが始まってしまうと音がうるさくて説明を聞き逃したりする可能性があったからなんだけど、私が油断無く構えていたからか、お互い相手の隙を窺う為に動けないのだろうとでも勝手に理解してくれた村人たちは、それに対して何の疑問を感じていないみたいだ。
全員がじっと固唾を飲んで私たちを見守っている。
さて、それでは行きますか。
ガン!
剣と楯を打ち鳴らし、ゴーレムを威嚇する。
と同時に私は体から闘気を溢れさせた。
これは本来力が上がるだけのスキルなんだけど私の場合は課金する事により、スキル発動と共に金色の湯気のような物が立ち上るエフェクトを追加してある。
これ、人によっては文字を入れている人もいて、ユグドラシル時代には掛け声と共に後ろに文字を出してキメポーズをするなんて人も居たらしいのよね。
マスターの場合はあまり派手なエフェクトは好まなかったらしいから、私には文字を背負うエフェクトはもって無いし欲しいとも思わないんだけど、もう少し派手に光るエフェクト位なら欲しかったなぁ。
でもこの金の湯気、村人たちには思いの他高評だったみたいで後ろからは期待に満ちた声が聞こえてくる。
そんな声援を受けて、私はゴーレムとの戦闘に入った。
ガン、ガガン、ガガガガガガガガガガンッ!
「くっ、思ったより強いわね」
あいしゃからは50レベルくらいだと聞いていたけど、思ったより強いよ、こいつ。
あっ、そう言えばデータークリスタルを使ってるって言ってたっけ。
それなら普通の召喚ゴーレムより強いよね。
おまけに人型じゃないから、戦い方も特殊だし。
ズダァーン!
そんな事を考えながらストーン・ゴーレムの攻撃を裁いていたら、なんとこいつ、口から大きな石つぶてを吐き出しだ。
とっさに楯で防いだけど、回りには物凄い轟音が響き渡る。
あ~びっくりした。こんな攻撃までするんだ。
もぉ、あいしゃもあらかじめ教えておいてくれればいいのに。
でもこれはちょっと厄介ね。
剣と楯と言うのは私はあまり使い慣れていない武器だし、スキルもあまり無い。
それにただ倒すだけなら簡単だけど、岩を残さないようなるべく細かく砕いて倒すか、耕した所より離れた所に吹き飛ばして倒さないと、こいつの破片で折角耕した所が畑として使うときに邪魔になってしまうのよね。
そんなことを悠長に考えながらも、次々と繰り返されるストーンゴーレムの攻撃を振り払う。
最初こそ驚いたけど、結局の所石つぶて以外はジャイアントワームと同じ攻撃だし、脅威になる所はないのだから。
「だっ、大丈夫なのか?」
しかし攻めあぐねているのは事実だからか、後ろにいる村人たちの中には不安な声を上げ始める者たちも居た。
いけない、早く倒さないと。
でもなぁ、この武器だと粉々に出来ないし・・・ん? 粉々?
私は、自分の考えである事に気が付いた。
そうよ、別に私が粉々にする必要、無いじゃない。
「ミシェル!」
そう、粉々に出来る子が近くにいるのだから、この子を使えばいいだけのこと。
「はい、シャイナ様」
「私がこのロックイーターの動きを封じ、致命傷を負わせます。しかし、このまま倒してしまってはこの岩の体がこの村の方たちにとって邪魔な存在になってしまうから、あなたが粉々に粉砕しなさい」
「解りました、シャイナ様」
ミシェルではストーンゴーレムは倒せないけど、倒すのは私がすればいい。
彼女には体を砕いてもらえばいいだけなんだから。
ミシェルがこちらに走ってくるのを確認して、私は中威力程度のシールド・バッシュでストーン・ゴーレムを吹き飛ばした。
そしてその隙にアイテムボックスに剣と楯をしまい、代わりに愛刀である大太刀「絶刀・阿修羅」を取り出し構える。
そして、
「行くわよ、スキル発動! <隼眼><影縫い><絶剣><鍔走り>」
スキル<隼眼>ですばやく移動する核の動きを確認、<影抜い>で2秒間だけ動きを止め、<絶剣>で刀身にゴーレムの魔法防御を切り裂く黒い炎を宿し、一度鞘に入れた後、居合いのスピードと威力を挙げる<鍔走り>でストーン・ゴーレムの核を切り裂いた。
「ミシェル、今よ」
「はい、シャイナ様! 秘奥義! 砕岩超振動波!」
ミシェルは私の合図と同時に宙を舞うと、拳に光をまとうエフェクトを浮かべストーン・ゴーレムに叩きつけた。
するとその光がストーンゴーレム全体に広がっていく。
核を失う前のストーン・ゴーレムならばこれほどまでに劇的な効果は出なかったと思う。
でも、命ともいえる核を失ったゴーレムは、その核が再生するまでは岩の塊でしかない。
鉱石に対して絶大な効果を発するこのスキル技の前に、哀れストーン・ゴーレムはその体を砂粒以下の大きさまで砕かれ、消えていった。
ストーン・ゴーレム戦終了です。ただいるだけだったミシェル、大活躍の巻でしたw
前に収監所で岩を砕いて見せたミシェルの「秘奥義! 砕岩超振動波!」ですが、出した当初はいずれどこかで使おうと思っていたんですよ。
でも、戦闘シーンがまるで無いこの物語では使いどころが無かったんですよね。
その為実は忘れかけていたんですが、そう言えば今回ゴーレム戦で使えるじゃないかと思いつき、始めはシャイナが吹き飛ばしながら両断するという派手なフィニッシュを決めるはずだったものをこのような形に変えました。