ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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50 意外な一面

 

 「実はその騎士なのですがこの城の絵を描いた後にその付近で野営して一晩を過ごし、次の日にまたボウドアの村に戻ってもう二泊、館に逗留したようなのです。館の者の話では、どうやら城から戻った次の日はボウドアの村の周辺の、特に城に続く新しく作った街道の周辺状況を一日かけて調べていたようです。また、これは騎士が館のメイドに語った話なのですが、村での用事が思いの他時間が掛かるものだったようで本来はその日の内に村を出るつもりが日が暮れてしまったで、予定外ではあったのですが館にもう一泊してからその次の日の朝帰って行ったとの事です」

 「えっ、そうなの? ならやっぱり城の話を村で聞いて気になって見に来ただけなんじゃないかなぁ?」

 

 新しく作ったと言ってもこの国と同じ規格で作っただけのただの道だから、特に怪しい所はないはず。まさか魔法で作ったなんて思わないだろうし、特に不審な点も問題点もなさそうな街道の状況をわざわざ調べていたって事はこの騎士さん、道が出来た事によって野盗や野生動物が出没するようになっていないかどうかを周囲巡回して状況検査していったって事よね。ならやっぱり巡回警備の騎士だったって事じゃないの。

 

 そうなると絵を描いていたというのも、ただ単にそれが趣味なのかもしれないわね。この城の外観は、ユグドラシル時代の廃城ぽい外見から普通の城に見えるよう庭も含めて偽装したおかげで観光地としても使えそうな位綺麗だからなぁ。絵を描くのが趣味の人なら思わず筆を取ってしまったとしてもおかしくはないかも。

 

 「アルフィンの言うとおり、それならやっぱり気になって見に来ただけだと私も思うな。密偵が偵察をした後にもう一度ターゲットに自分がそこにいると解る行動をしたなんて話、聞いた事無いし」

 「ですが、その騎士の描いた物の中にはこの城を俯瞰で見た絵図面のようなものまであったとの事です。この事から考えて、この騎士が領主から密命を受けていた可能性は捨てきれないかと思われますが」

 「そうなの? で、それはどの程度正確なものだったか解っているの?」

 

 それがもしかなり精巧なものなら、その騎士が偵察任務に携わっているという可能性はぐんと高くなる。そしてその場合、帰りに逗留したのも巡回警備を装ったのもカモフラージュだったという事なのだろう。そしてそこまでする相手なら、こちらもかなり注意を払う必要があるかもしれないわね。

 

 そんな事を考えもしたのだけれど、その後にギャリソンから受けた報告は予想以上に拍子抜けする物だった。

 

 「はい。報告によると建物の大体の位置は書かれていますが縮尺や距離はかなり適当で、どの施設がどのような目的で作られたか等の情報も書き込まれてはいなかったとの事です」

 「あらそうなの。なら情報と言う点で見れば殆ど意味を成さないじゃない、その絵。この話からするとやっぱり密偵を専門にやっている騎士である可能性は低いっぽいし、領主の密命を受けて偵察に来たって事もなさそうね」

 

 正直外から見るだけでも位置や形状だけでどこがどのような役割で作られているかくらいは見る目がある人ならある程度解ると思う。まぁ、専門家が見て判断したとしても、この城は外観どおりの構造ではないけどね。本拠地内の各階層は異空間みたいなものだし、外から見た広さと中の広さはまったく別物なのよ。そうじゃなければギルドの本拠地としては役に立たないからね。

 

 でも外観はそれらしく出来ているのだから、それについての情報が書き込まれていなかったという事は偵察としての最低限の情報も得られていないという事なのだろう。一応、得た情報を全て頭の中に記憶して書き込んでいないだけと言う可能性も無いわけじゃないけど、誰かに見られるかもしれない街中での偵察ならともかく離れた場所からの偵察でそのような事をする意味は無いんじゃないかなぁ。

 

 「もしかするとこの人は城を調べに来たのかもしれない。でもそれは密偵と言うより仕事熱心で、近くに他国が城を築いたという話を村で聞いて見に来ただけっぽいね。それで城壁も無いからたいした驚異でも無いと判断して、でも折角見に来たんだし一応大体こんな形だという事だけは解るように絵にしたんだと私は思うなぁ。それなら偵察中に城から見られていたかもしれないなんて警戒もせず、帰りに館に泊まったというのも説明がつくしね」

 「確かに姿を消していたとは言え描いている物を見る事ができるほど近づいても気が付く様子も無く、わざわざ密命を受けて使わされた者にしてはお粗末な面も見られました。密偵としてはかなり未熟な者のようでしたからアルフィン様の仰るとおりなのかもしれません」

 

 盗賊やレンジャー技能があるのなら姿を消して気配を希薄にしていたとしても、描いている物を覗き込めるほど近づけば気が付きそうなものだしね。でも単騎で、もしかしたら敵対するかもしれない城の偵察までするのか。本当にこの国の騎士は鍛えられているなぁ。こう言う所を見ても、この国の規律がしっかりしている事が窺い知れるわね。前にも思ったけど、この国の皇帝はかなり優秀な人なんだろう。こんな地方の巡回をしている騎士でさえ、この錬度なのだから。

 

 

 ■

 

 

 都市国家イングウェンザーの脅威を胸に、リュハネンは報告を終えることにした。

 

 「今回の偵察で私が見たものは以上です」

 「ん? 予定ではボウドアの村泊まったのではなかったのか? その時に村はずれに作られたという館は見ては来なかったのか?」

 

 ぴくっ。

 

 カロッサ子爵の言葉にリュハネンの肩が一瞬跳ねる。まるで悪戯が見つかった子供のように。 

 

 「どうしたのだ? まさか私の耳に入れる事が出来ないような懸念事項がボウドアの館にあったというのか!?」

 「あっいえ、そのような訳ではありません」

 

 正直アレは私の失態でもあるし報告をしなくても特に問題は無いであろうから黙っているつもりだったのだが、聞かれた以上は答えなければならないだろう。

 

 「お前の事だ。館も見ては来たのであろう。外観だけでもよい。見て感じた事を申してみよ」

 「はい、実は・・・」

 

 リュハネンは意を決して口を開いた。

 

 「子爵、実は今回の偵察任務で私は一つ失態を犯しました」

 「失態だと?」

 

 突然の部下の告白にカロッサ子爵は眉をひそめる。

 

 「はい。今回の偵察ではボウドアの村の村長宅に泊まり、その次の朝、イングウェンザーの城を見に行くつもりでした。ところがここで予想外の事態に見舞われたのです」

 「予想外の事態? 城の偵察中ではなくボウドアの村でか?」

 

 城の偵察中に不測の事態が起こったというのなら解る。しかしその城にたどり着く前、ボウドアの村で一体何が起こったというのだ? 

 

 「実はこのボウドアの館なのですが、先ほどもお話したとおり門の外に少し大きめの小屋が設置されています。これが何かが判明しました。風呂です。それも一度に20人ほどが入れるほどの大浴場になっていました」

 「風呂とな?」

 

 館の外。それもわざわざ門の外に風呂を作るとは。規模からすると使用人用の風呂と考えられるが、それにしても都市国家イングウェンザーと言うのは変わった風習がある国なのだな。屋敷の外に作るにしても、普通なら敷地内に作るものだろう。これが使用人の住む館も外に作られているのなら解るが、今の話からすると風呂だけが外にあるというのだからな。

 

 しかし、この話のどこに失態があるというのだ? 新たな事実が解っただけではないか。今回の任務は偵察なのだから、この程度の情報でもこれは成果であって失態とはどう考えても結びつかないのだが。

 

 「わざわざ門の外に風呂を作るとは変わった風習だが、それとそなたの失態とどう繋がるのだ?」

 「すみません子爵。私の失態をお話しするには前もってお話して置かないといけない事がありまして、これはその前段階の報告内容なのです」

 

 そうなのか。どうやら結論を急ぎすぎていたようだな。

 

 「そうか、解った。では話を続けてくれ」

 「はい、では続けます。この大浴場についてなのですが、子爵は勘違いしておいでです。これは館の者が入る為の浴場ではありません。ボウドアの村人たちの為にアルフィン姫によって提供された風呂なのです」

 「なんと!? わざわざ村人たちの為に風呂場を作ったというのか。しかし、あのあたりは草原で林も遠い。おまけに水源である川も少々離れていたのではないか? それでは風呂場を作ってもらっても沸かすのは一苦労だろう。村人たちのことを考えて場を提供したのであろうが、水と薪の調達が大変な場所だけに村人たちも宝の持ち腐れだな」

 

 せめて川が村の中に流れていたのであればまだよかったのであろうが、それでも20人も一度には入れる風呂となるとかなりの水が必要だろう。そしてそれだけの水を沸かすとなると薪の量もかなりいる。本当に村の者たちが使う事を考えたのであれば、もう少し小規模なものを作るべきだったのではないか? 少しでも大きく立派なものを作ったほうが喜ばれると考えての事だろうが、エントの村長に高価な宝石を渡した事といいアルフィン姫は城の外の事情には少々疎いようだな。

 

 「いえ子爵、それが違うのです。アルフィン姫は風呂場を作ったのではありません。大浴場を作ったのです」

 「ん? その二つの何が違うというのだ?」

 

 リュハネンの言葉にカロッサ子爵は頭を捻る。 確かに規模と言う点では違うかもしれないが、風呂場も大浴場も基本的には同じものだろう? いや待て、わざわざ指摘をしたと言う事は違いがあるという事なのだろう。そう思いなおし、カロッサ子爵はリュハネンの話の続きに耳を傾ける。

 

 「まったく違います。村人たちが風呂を沸かす施設ではなく、風呂に入れる為の水が湧き出るマジックアイテムと湯を沸かすマジックアイテムを完備した大浴場を作ったのです」

 「なんだと! それはまことか?」

 

 そんな馬鹿な事がありえるのか? 私でも湯を沸かすマジックアイテムなど持ってはいないのだぞ。

 

 「はい。私がこの目で確かめ、実際にその大浴場に入ってきたので間違いありません。実際肩まで湯に浸かり、手足を完全に伸ばして寛げるほど大きく立派な風呂でした」

 「手足が伸ばせるほどの風呂を、それもマジックアイテムまでつけて村人たちに提供しているというのか!?」

 

 私が普段入っている風呂でも手足を伸ばせるほどの広さなど無いぞ。常識外れにも程があるのではないか。それに確か無限の水差しでさえ新品を手に入れようと思ったら金貨9000枚位したはずだ。それが20人もの人数が一度に入れるほどの風呂桶に水を満たす為のマジックアイテムなら一体いくらするというのだ?

 

 「子爵。都市国家イングウェンザーの、アルフィン姫の金銭感覚についてはもう驚くだけ無駄でしょう。そういうものだと割り切るしかありません。それにこの話は私の失態を説明する為の前段階でしかありませんし、そこでこのように驚かれてばかりでは話が進みません」

 「そう言えばそうだったな」

 

 つい自分の常識でアルフィン姫の金銭感覚を計ってしまったが、確かにリュハネンの言うとおり、それはあまり意味の無いことかもしれないな。

 

 「それでは話を進めます。実はこの風呂に入っている時にある事態が進行しており、その結果私はある失態を犯してしまいました」

 「おお、ここでやっとアンドレアスの失態に繋がるのだな」

 

 風呂のマジックアイテムの衝撃で忘れかけていたが、やっと失態の話にたどり着いたか。

 

 「はい。実は私が風呂に入っている最中に村長が気を利かせて、館の者に私を一泊泊めてもらえないかと頼みに行ってしまったのです」

 「・・・アンドレアスよ。まさかお前はその館の主であるアルフィン姫の城の偵察任務で使わされたにもかかわらず、その姫の別宅とも言える屋敷に直接足を踏み入れたのか? それも偵察をする前に」

 「面目次第も御座いません」

 

 そう言うと頭を下げるリュハネン。これには流石にカロッサ子爵も呆れ返ってしまう。この館に泊まると言う事は密偵であるリュハネンの存在を相手に知られるという事なのだから。

 

 「しかしアンドレアスよ、城の外観や大体の見取り図を書き記す事が出来たという事は偵察任務は成功したという事ではないか?」

 「はい。そこが少々不可解でして」

 

 普通に考えて巡回兵士ではなく、騎士がわざわざボウドアの村を訪れる事は無い。それなのに急に訪問したとなると何かあると考えるのが普通だろう。それだけに相手に知られぬよう行動していたのに村長の気遣いによって自分がそこにいるという事が知られてしまった。普通ならこれだけで偵察任務は失敗である。しかし、リュハネンはその後の任務を無事こなして帰ってきたのだ。

 

 「ひそかに監視されていたと言う事はなかったのか?」

 「残念ながら私は姿を隠すなどの技能も持った者の存在を見破るすべを持ち合わせておりません。ですから絶対に無いとは言い切れませんが、もし監視者がいたのなら私が城の絵を描いている時点で妨害などの工作が行われたと思います。ですからそれは無いかと」

 

 確かにな。本来訪れる事がない騎士が現れたと城に伝わっていれば、その者が偵察の為に訪れていると言う事は丸解りだろう。そうなれば速記の技術や自らの姿を隠す技術の無いリュハネンでは、城の周りを警戒するものが注意を怠っているなどと言う事がなければ発見されない訳が無い。

 

 ん、いや待て、

 

 「館に一晩の宿を頼みに行った村の者がお前の素性を話さなかったと言う事はないのか?」

 「それはありません。頼みに行く時に子爵の騎士であると伝えていたそうなので。そのおかげで歓待されましたし」

 

 なるほど、ではリュハネンがただの巡回兵ではなくこの国の騎士だと言う事は相手に伝わっていたという事か。それが解っていたにもかかわらず自由に動くのを黙認していたと言う事は、だ。

 

 「アンドレアスよ。そなたの身のこなしから密偵の実力はけして高くないと見破られたようだな」

 「それしか考えられないでしょう。そう考えると城の内情まで調べる実力が無い私相手なら、あえて城の規模とそこに繋がる街道を見せて自分たちの実力をこちらに伝えるという思惑もあったのかも知れません。それに私が最初に泊まった日に、普段は館にいるはずの無いアルフィン姫付きのメイドが館に居りました。もしかすると私のような者が現れた時に実力を測るよう派遣されていたのかもしれません」

 

 そんな者までいたとなるとまず間違いないだろうな。

 

 「その者は城の偵察の帰りに館に泊めていただいた時はもういませんでした。と言う事は城に戻ったという事なのですが、城から戻る道中ですれ違う事はありませんでした。その事を考えますと、彼女もただのメイドとは思えません。前にボウドアの村で野盗を捕まえたというメイドの例もありますし、かの城には特殊な訓練を受けたメイドがいるものと思われます」

 「そう考えるのが妥当だろう。と言う事はこの先アルフィン姫が護衛をつけず、メイドしか連れていなかったとしても油断は出来ないと言う事だな」

 

 鎧を着た物々しい護衛ではなくただのメイドならば、例えどんな場所であっても連れて行けるだろう。考えたものだ。

 

 と、その時カロッサ子爵は頭の片隅に引っ掛かりを覚えた。

 先ほどリュハネンはおかしな事を言わなかったか?

 

 「アンドレアスよ。そなたは先ほど、帰りも館に泊まったと言わなかったか?」

 「あっ!」

 

 つい失言をしてしまったと言わんばかりの表情でリュハネンが慌てだす。

 

 「行きに村長の気遣いによって泊まった事を失態だと申していたお前が帰りも泊まったと。それはどういう事かな?」

 「そっそれはですね・・・そう! 出かける際に先ほど話に出たアルフィン姫付きのメイドから『また村にお泊り頂くような機会がありましたら気軽にお声をかけてください。歓迎しますよ』と言われていたので、これで村長の家に泊まってしまっては返って怪しまれるのではないかと思いまして」

 

 確かにそう言われたのならば村長宅に泊まるのも変ではあるな。しかし、

 

 「帰還予定が一日延びたようだが? 予定ではボウドアで一泊、城の偵察後野営、そしてボウドアで一泊して帰ってくるとの事だったのだが、もう一泊はどこでしたのだ?」

 「・・・すみません。ボウドアの館で二泊させてもらってきました」

 

 カロッサ子爵のするどい指摘に、リュハネンは観念したようにうなだれて話し出す。

 

 「すみません、誘惑には勝てませんでした。子爵、あの国は異常です。あのような生活をただのメイドたちがしているなんてありえません」

 「どういう事だ?」

 

 続きを促すとリュハネンは館ですごした時の事を話し始める。

 

 「まず館の設備ですが、館に入って真っ先に驚いたのは絨毯です。とても柔らかいにもかかわらず沈み込む事は無いので足への負担がありません。あれほどの絨毯は帝都の高級宿でもほとんどお目にかかる事は無いでしょう。そして次に部屋です。ベッドは子爵がお使いになられている物と比べても遜色が無い、いえ、もしかしたらもっと上質かもしれない物でした。それに部屋に置かれたソファー。まるで羽根の塊にでも腰掛けたかのように柔らかいのに沈み込みすぎる前にしっかりと安定する硬さも併せ持つ座り心地。生まれてからこれまで、あれほどの物に座った事は私はありません。そのような物があるというのに、私が泊まった館は本館ではなく別館だと言うのですから驚きです」

 「元々はまるんと言うアルフィン姫の妹であろう子供の為に作られた館だ。貴族が過ごすための館なのだからすばらしいのも解ると考えながら聞いていたのだが、まさかそのレベルで別館とは。では本館はどれほど豪華な作りになっているのか」

 

 もしかすると私が想像し得る最高級な物よりも遥かに凄い物がそろっているやもしれんな。

 

 「そして風呂なのですが、別館にも当然のように設置されていました。しかし、その豪華さは外にある大浴場とは一線を画す物でした。湯船の広さは同じくらいでしたが、浴場のすべてが輝くほどに磨かれた白い石で出来ており、ドラゴンの顔を模した像の口からは常にお湯が湯船に流れ落ちていました。また香が焚かれているのか常によい香りがしており、どのような仕掛けなのかそれだけの湯量があるならば普通は湯煙にかすむはずの風呂の内部は常にクリアな視界が保たれていました。きっとマジックアイテムか何かで換気を常にしているのでしょう」

 

 その光景を思い出したのか、リュハネンの言葉に熱が篭ってくる

 

 「そして何よりすばらしいのが湯上りに飲み物が用意されていることでしょう。私の場合は一泊目に頂いたラガービイルという酒が気に入っていると伝えておいたのでよく冷やされたそれが用意されておりました。風呂によって火照った体に、頭が痛くなるほどよく冷やされたビイル。これはこの世のものとは思えないほど格別な味でした」

 「ゴクリッ」

 

 リュハネンがあまりに旨そうに語る為に、思わずカロッサ子爵の喉が鳴った。しかし興奮しているリュハネンはそんなカロッサ子爵の様子に気付かず話を続ける。

 

 「そして食事がまた格別なのです。正直初日はメイドたちが語っていた『自分たちが普段食べているものとたいして変わらない物しか出せない』と言う言葉が信じられませんでした。何せ盛り付け自体はそれほど気を使われていないようでしたが、出てくるもの全てが信じられないほど豪華な物なのです。食べる為だけに育てられた家畜の肉があれほどやわらかく甘いとは、あの日あの時まで知りませんでした。そして何よりすばらしいのが酒です! なんとアルフィン姫はまだお若いのに大層酒がお好きらしく、見た事も聞いた事も無いような上質な酒が色々と取り揃えられていました。それらは姫の為に用意されているという話なのですが、なんと姫のご好意でどれを飲んでもいいとの事なのです。おまけに美人ぞろいのメイドたちがその酒をついでくれるんですよ! もうここは天国なのかとまで思いました。いやぁ、スパクリン・ワインとか言う発泡する甘口の白ワイン、アレは本当に旨かったなぁ」

 

 目を瞑り、その味を思い出しているのか顔が笑みで満たされるリュハネン。その姿はカロッサ子爵から見て、思い出すだけで幸せを感じている事がよく解る。

 

 あの至福の表情、先ほど語った館での体験で天国を感じたと言うのは本当のことなのだろうな。しかしこいつ、本当はこんな男だったのか・・・。

 

 あまりに興奮した為なのかいつもの凛とした雰囲気は鳴りを潜め、その後もひたすら自分が体験した事を話し続けるリュハネンを前に、全てを知っていると思い込んでいた部下の信じられない一面を目の当たりにして驚きが隠しきれないカロッサ子爵だった。

 

 




 いつも読んでくださってありがとうございます。おかげさまで50話に到達する事ができました。それも全ていつも読みに来てくださる皆さんのおかげです。これからもよろしくお願いします。

 また、今回の話で領主の館訪問準備編は終わりです。と言っても、話自体は続いているので出てくるメンバーはほぼ一緒ですけどね。

 さて、本編に出てくる無限の水差しの値段ですが、これは資料として使われていると言われているD&Dの値段を参考にしています。数字だけ見ると少々高く感じるかも知れませんが、マジックアイテムは高価なものとしてオーバーロードでも扱われているので、あの世界でもこれくらいなのかもしれませんね。

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