ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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45 報告

 夕刻のイングウェンザー城。シャイナ、ルリ、シルフィーをテーブルの向かい側へ座らせ、アルフィンはメイドの入れてくれたお茶を飲みながら3人の話を聞いていた

 

 「ウフフ、そんな事があったの」

 「もう! 笑い事じゃないよ」

 

 シャイナが当初の予定よりかなり早く帰ってきたと言う報告を受けて何か重大事件でも起こったのかと慌てて玄関まで転移して話を聞いたんだけど、ちょっとしたトラブルはあったものの特に大きな事件が起こった訳では無い様だから一安心。でも確かに、本人からしたら一大事なんだろうけどね

 

 ここは地上1階層のエントランスに面した一室。ユグドラシル時代はお客様控え室として使われていた場所だ。本来この部屋には調度品はあまり無く、オレンジと桜色を基調とした壁と茶色に近い赤のサテン製ソファーで、開始時間より早めに来た人にゆったりとした気分でパーティーの時間まで過ごして貰おうと考えて用意された部屋だったのだけど、今は人をこの城に招いた時、奥に通す前の控え室として使用する場合や、どこかからの使者がこの城を訪れた時に出迎える為にまずお通しする部屋になっている。そのため壁にはギルド"誓いの金槌”の紋章がデザインされたレリーフが飾られており、その前に置かれたキャビネットには繊細な細工が施された馬のガラス細工が置かれていた。また、壁の四隅には大きな花瓶が置かれており、重要な方をお迎えする時はそこに花が飾られる事になっている。まぁ、そんな日は永遠に来ないかもしれないが

 

 

 シャイナの言葉に触発されたのか、シルフィーとルリが興奮しながら私に自分たちが体験した事を説明してくれた

 

 「アルフィン様、アルフィン様。ホントとんでもない奴だったんですよぉ!」

 「そうです! シャイナ様を押し倒して胸の谷間に顔をうずめるは、胸は揉みしだくは、太ももを撫で回すはと、本当にとんでもない奴でした!」

 

 うわぁ、それは確かにとんでもないわね。シャイナの話を聞いてちょっとしたハプニングでエッチな目にあっただけなんだろうなぁなんて考えていたのに

 

 今のルリの言葉を聞いて私も流石にちょっと引いたんだけど。もし自分がそんな目にあったらと、想像しただけで背筋が寒くなるわ。でも、その言葉をシャイナが顔を真っ赤にして慌てて否定する

 

 「るっルリちゃん! そんな言いかたしたら私が物凄い事をされたみたいじゃないの! アルフィン、違うのよ。いや、全く違う訳じゃないけど、とにかく違うのよ!」

 「そうですよルリさん、報告はきちんとしなくてはいけませんよぉ」

 

 シャイナの言葉を肯定するかのようにシルフィーが口を開いた。それを聞いてシャイナは安堵のため息をついたのだけど、その後に続く言葉でシャイナの顔が凍りつく。だって、別に彼女はルリの言葉そのものを否定したかった訳じゃ無い事が解ったからね

 

 「アルフィン様、アルフィン様。あの不届き者がシャイナ様にした事を正確に説明しますね。まずシャイナ様が膝枕をしてくれた事をいい事に太ももをなでたなでました。その後、右手を上げて目の前にあったシャイナ様の右胸を下から鷲掴みにしました。その手をシャイナ様が振りほどくと今度は体を起して下から胸に顔をうずめたんです。とんでもない奴ですよね。でも体勢的に無理があったらしくて、すぐに頭を下ろして今度はシャイナ様の股間に頭の後ろをこすり付けてきました。その上この後にですねぇ、なんとシャイナ様の匂いを嗅ごうとしていたのですよ。すぅ~って。でもそれは私の攻撃で事なきを得ました。ホント、とんでもない変態ですよね」

 「ちょっ!?」

 

 シャイナの否定を受けて、シルフィーは正確にその場で何があったのかを話し出したんだけど・・・何それ? シャイナ、本当にとんでもない目にあってるじゃない。でも、そのシルフィーの報告にシャイナがまた慌てだした所を見ると、シルフィーの説明には語弊があるのかな? でもそんなシャイナに気付かないのか、シルフィーの報告はまだ続いた

 

 「こいつ、それで死に掛けたんですけど、シャイナ様がどうしてもと言うのでルリさんが治療したんです。それでですねぇその治療を終えた後、目を覚ましたので正座をさせてお説教したんですよぉ。でも、どうやら奴は懲りていなかったらしくて、いきなり立ち上がるとシャイナ様に圧し掛かって押し倒し、胸の谷間に顔をうずめて今度は左胸を右手で鷲掴みにしたんですよぉ。両胸とも右手で触った所を見ると彼は右手で触る専門の痴漢なのかもしれないですねぇ。そして顔を上げてシャイナ様が涙目になったのを確認した後、鷲掴みにしていた右手をさらに動かして左胸を強く揉んでます。以上があの無礼者がシャイナ様にした一部始終です」

 

 流石精霊、事実をきちんと伝えてくれるわ・・・って、確かにこの事実だけ聞くとシャイナがなぜその男を許したのか解らないわね。だって、どう考えても痴漢と言うレベルを超えているもの。そう思ってシャイナの方を見たら耳まで真っ赤になって口をアワアワと動かしていた。自分に起こった事を客観的に説明されて、その時の恥ずかしさが蘇ってきたって所かな?

 

 でも、この話を聞いてなんとなく解った気がする。漫画やラノベに出てくるラッキースケベ属性の主人公みたいな人だった訳か。ここは現実の世界のはずなんだけど、そんな漫画みたいな人もいるんだね。まぁ魔法やスキルがあるのだから属性があってもおかしくは無いんだろうけど、そんな属性を持っていたら生きにくいだろうなぁ。これがスケベの枕詞が付かないラッキーだったら逆に便利なんだろうけど

 

 どんな事をやってもなぜかその人の都合のいいように物事が進んでしまうような。そんな属性だったら私もほしいなぁ

 

 そんな事を考えて、いつものように自分の世界に入りかけていた私の耳に驚く言葉が飛び込んできた

 

 「後、シャイナ様、押し倒されて泣いちゃったのでルリさんがモーニングスターで懲らしめてました」

 「はい、アルフィン様。きっちり思い知らせてやりました! ちょっとやり過ぎたみたいでシャイナ様に後で怒られましたけど」

 

 自慢げに報告するシルフィーとルリ。だっ大丈夫だったの? まぁ、その人とは無事別れたらしいから大丈夫だったんだよね? 一度死んで蘇生させたなんて事は・・・あったら流石にシャイナが私に報告してるか

 

 ちょっとやりすぎた感がある気もしないではないけど、この子達からしたらシャイナを守る為の最善と考える行動をしたのだからこの態度は解る。実際、この子達がいない状況でそんなラッキースケベ男と遭遇したらシャイナだけではどうしようもなかっただろうしね。と言う訳で二人を褒めようとした所でシャイナが再起動した

 

 「ちっ違うの! 違うのよ、アルフィン! 私、そんな事されて・・・いや確かにされたけど、そんなエッチな事じゃなくて、その・・・」

 「うんうん、解ってるから大丈夫よ。ラッキースケベ男だったんでしょ」

 

 私の言葉にハッとした顔をした後、ブンブンと音が鳴るくらい首を縦に振るシャイナ。その顔はやっぱり私なら解ってくれたと言う安堵が浮かんでいる。まぁ、そんな事をされて怒れない状況なんてそんな場合じゃなければありえないけど、現実的にはありえない話だからどう説明したらいいか解らなかったんだろうね

 

 「魔法やスキルがあるんだから属性があってもおかしくないよ。しかしラッキースケベ属性かぁ。私もその人に会う時は気をつけないといけないかもしれないなぁ。この手の属性は一人に対してだけ発動する事もあるけど、ほとんどの場合ロックオン不要の無差別攻撃だからなぁ」

 「あの、アルフィン様。無知な私を御許しいただきたいのですが、私はラッキースケベというものを存じ上げません。そのラッキースケベ属性ってなんですか?」

 

 私たちの話を聞いて疑問に思ったのか、ルリちゃんが私に尋ねてきた。ああ、ユグドラシル由来の子達は知らないか。あの世界ではありえなかったからね、ラッキースケベ。と言う訳で説明をしてあげたんだけど

 

 「そんな物があるんですか。なるほど、だからシャイナ様はあのような者を許して差し上げたのですね。納得しました。しかしそうなると多分あの者のラッキースケベ対象はシャイナ様だけかと思います」

 「そうだよね、ルリさんも私も何もされてないし」

 「そんな・・・」

 

 ルリとシルフィーの言葉に肩を落とすシャイナ

 なるほど、確かにそれなら対象はシャイナだけかも知れないわね。まぁ、その場ではそうでも他の場面では他の子が被害にあうなんて言うのはその手の漫画ではお約束なので今回はシャイナしか被害にあっていないからと言って他の子は絶対に大丈夫とは言えないけど、とりあえずシャイナが対象になっている事は解ったからその人と会う可能性がある時は、可哀想だけどなるべくシャイナを同行させるようにするべきかもね

 

 押し倒されるの、いやだし・・・

 

 「でもその人って町の騎士さんなんでしょ? ならそうそう町の外で会う事は無いだろうし、次にもし会うとしても領主の館だろうから、そんな気を張らないといけない所ではそんなエッチなハプニングは起こらないだろうけどね」

 「そっそうだよね! (はぁ、よかった)」

 

 私の言葉に安堵のため息をつくシャイナ。今度の領主の館への訪問はシャイナも同行する事になってるし、そこでまたあんな目にあったらどうしようかと思っていたのかもしれないわね

 

 「あっそうそう、領主の館で思い出したわ。予定よりかなり早く帰ってきたけど、館までの道の情報はもういいの?」

 「ああ、そう言えば報告がまだだったね。ライスターさんの、さっきから話に出てきている騎士さんの話によるとこの国では街道の広さは基本、どこでもほぼ同じくらいの広さになっているらしいよ。これは税としてお金ではなく作物を治める村も少なくないから荷馬車の通行に支障が無いように決められているらしいね。だからボウドア周辺の街道を通れるのならこの国内全ての街道は問題なく通る事ができるらしいよ」

 

 なるほど、確かに規格を作って道を作った方が色々と便利だと言うのは解る。でも、こんな辺鄙な村までそれを守らせているのか。この国の皇帝と言うのはかなり優秀な人なんだろうなぁ。そうでなければ中央からの目が届きにくい地方領主なら手を抜いていてもおかしくないもの

 

 「あと、野盗とかは? 今回会った騎士さんも野盗退治で来ていたんでしょ?」

 「ああ、それも大丈夫みたい。これだけ辺鄙な場所だと商人もほとんど通らないから街道を襲う野盗は居ないみたいね。今回の任務で急襲した野盗のアジトも町の方の街道で暴れていた野盗たちのものだったらしいし」

 

 なるほど。確かにほとんど人が通らず、通っても農作業の道具しかもっていない住民を襲っても意味がない訳か。んっ、待って?

 それっておかしくない?

 

 「ねぇシャイナ、それじゃあ私たちがいるこの場所から東には国が無いって事? だってもしあるのなら国と国とを渡る貿易商人がいるはずでしょ」

 「そう言えばそうだね。気が付かなかった」

 

 この先が人を襲う凶悪なモンスターが住む森や山と言うのなら解るけど、それならボウドアやエントの人たちがあんなのんびりすごせている訳がないよね? モンスターがいつ襲ってくるか解らないような場所に村があるのなら村の周りに塀くらい作っていそうだし

 

 「う~ん、これに関しては考えても無駄か。実は聖地か何かがあって、この世界の宗教的な理由で町や村を作ってはいけないなんて理由があっても別におかしくはないし、単純に水が無くて人が住むには適さないのかもしれない。それにこの世界の人口がそれほど多くないのなら、わざわざ住みにくい場所に国を作る必要も無いからね」

 「そうだね。あと、もうすぐ領主の館を訪ねるんでしょ。気になるのなら、ならその時に訪ねればいいじゃない。特に隠さなければいけない理由でもなければ教えてくれると思うよ」

 

 そうだね。人に聞けばすぐに解決できる疑問なんだから考えるだけ時間の無駄か

 

 「そう言えばシャイナ。その騎士さんって領主の館にいるんだよね? それならその人に私が会いたいって言ってるって・・・」

 「うん、言っておいたよ。近い内に私の国の姫様が御会いしたいと申しておりますと伝えてほしいってね。正確に何時何時と言うのは解らないけど、私が報告に帰ったらその数日後だろうし、その時は先触れを出しますからよろしくお願いしますって。彼もちゃんと了承してくれたから大丈夫だと思うよ」

 「そうか、それなら大丈夫か。シャイナには色々としちゃったからきっ著ちゃんと伝えてくれるわね」

 

 私のその言葉に、また顔を紅くするシャイナ。当分はこのネタでからかえそうね

 

 

 ■

 

 

 「都市国家イングウェンザーか。聞いたことが無いな。都市国家連合にそのような名前の国は無かったと思うのだが」

 「しかしシャイナ様は、彼女は確かに自分の事を都市国家イングウェンザーの貴族だと名乗りました」

 

 その日、帝国騎士フリッツ・ゲルト・ライスターの姿はこの地を収める領主カロッサ子爵の館にあった。彼はシャイナたちと別れた後、急ぎ領主の館に戻り、保護した女性たちを移送する為の場所を用意してもらうまでの間に取り急ぎ子爵に野盗討伐の成功と、帰りに会って自分を助けてくれたシャイナの事を報告していた

 

 「うむ。毒を消す事ができるほどの治癒能力を持った司祭とライスター殿を一撃で吹き飛ばすほどの力を持った妖精を従えていたと言う事は確かに只者ではないのだろうが・・・怪しい所はなかったのか?」

 「はい。私はかの御方に出会わなければ間違いなく死んでいました。その後も色々と・・・あまり公言できる話ではありませんが、色々と失礼を重ねてしまい、従者のお二人からかなりの叱責を受けたのですが、かの御方はその全てを許してくださいました。私の見立てではあの御方は何かをたくらむ様な方ではないと思います。印象としては蝶よ花よと大事に育てられた箱入りの姫か商家の娘といった所でしょうか。そう言う物とは無縁な世界で生きてきた方のようでした」

 

 なるほど、彼の話すその女性の行動からするとその線が一番ありえそうか

 ライスターの言葉を聞いてカロッサは多分彼の見立ては間違っておらず、ほぼ全てその通りなのだろうと考えた

 

 エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵

 

 髪は帝国人としては珍しくない金髪の上、顔も目立って整っている訳でもない。代々騎士の称号も持つ家系なので日々の鍛錬を積み、そのおかげで体は引き締まってはいるのだけれど貴族である彼は前線で戦う事は無い為精悍さにはかける。その性で見た目から受ける彼の印象は少しスタイルのいい、しかし目立つ所がないという平凡を絵に描いたような姿の男と言った所だろうか。強いていい所を挙げるとすれば領民に向ける優しい笑顔くらいだろう

 

 彼はバハルス帝国の東の辺境にあるエントの村周辺地区を治める領主と言う立場にある。政略謀略方面においてはあまり有能ではないが、もともとがあまり力の無い貴族な上に僻地の領主の為、皇帝からにらまれる事もなく粛清とは無縁だった。また辺りの村もそれほど裕福ではなく、トブの大森林からも離れているため、生活は比較的質素である

 

 治める領地はエントとボウドアの二つの村周辺なのだが、ある事情があって地域の名前をカロッサ領と呼ぶことは許されていない。また自分の領地の東に広がる広大な草原も監視と管理する立場でもある

 

 そんな彼にとってライスターの持ち帰った話は少々困ったことでもあった。彼が言うには都市国家イングウェンザーが城を作った場所と言うのはボウドアの西30キロほどの場所だという。あの辺りはもう帝国の領土ではないのだから別に誰が城を建てようとも別に問題は無いのだが、しかし彼は先に挙げたとおり帝国からはあの土地の監視と管理を任されている立場でもあるのだ

 

 大体、どうやってあそこに城を建てる事が出来たのだ? あそこには・・・

 

 コンコン

 

 カロッサがある事実に思考を飛ばそうとした時、扉がノックされ、彼の子飼いの騎士であるアンドレアス・ミラ・リュハネンが入ってきた

 

 「ライスター殿、馬車の用意が出来ました」

 「これはリュハネン殿、ありがとうございます。それではカロッサ子爵、私は部下が待っているのでこれで失礼させていただきます。詳しい報告はまた帰還した時に」

 「うむ」

 

 そう言うとライスターは領主の部屋から退出した

 

 それを見送った後、カロッサはアンドレアスに声をかける

 

 「アンドレアス、先日報告があったエントとボウドアの話だが、もう一度聞かせてもらえないか?」

 「あの奇妙な服を着た商人の話と、ボウドアを襲った野盗を撃退した者の話ですか?」

 

 カロッサはライスターの言葉を聞いて思い出した事があった。それはここ1ヶ月ほどの間に自分が納める二つの村で起こった事件の事。どちらもこの辺りの者ではない、奇妙な者たちによって起された話だった。カロッサはこの二つの事件と今回のライスターを助けた者が関係していると考えたのである

 

 「はい、では先に起こった話と言う事でエントの村の話からさせていただきます」

 

 何の問題も起こらないのかもしれない。しかし、何か大きな問題に発展した場合、自分のような力の無い貴族では鮮血帝に目を付けられてしまったらすぐに貴族の地位を取り上げられてしまうだろう

 

 善良ではあり小心者ではあるものの、勤勉でもあるカロッサは今回持ち込まれた問題が大事にならないよう、しっかりと情報を精査する事にしたのである

 

 




 出張が長引いてしまった為にこんな時間の更新になってしまいました、すみません

 さて、本編中カロッサ子爵はアンドレアス・ミラ・リュハネンの事をアンドレアスとファーストネームで呼んでいます。しかしライスター君の台詞やカロッサとの会話でも台詞以外では彼の事をリュハネンと表記しています。これはガゼフ・ストロノーフの事を国王がガゼフと呼び、他のものがストロノーフ殿と呼んでいるのでこのようにしているのですが、でもこれってちょっと解りにくいかなぁ?

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