ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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42 毒と志願兵

 林に向かい走る二頭のアイアンホース・ゴーレム。その水先案内人となって飛ぶ風の精霊は林に近づくにつれ、より一層正確な情報を得てその内容を逐一後ろに続く者達に伝えていた

 

 「シャイナ様、シャイナ様、林に入ってすぐです。怪我をして倒れている人は林の入り口付近で倒れています。そのすぐ近くに馬が居るようなので、もしかしたら落馬をしたのかもしれないです」

 「落馬? シルフィーさん、ならもしかして大怪我なの? シャイナ様、もし首の骨を折ったりしていたら一刻を争います。急ぎましょう」

 

 シルフィーとルリの言葉に手綱を握る手に力が入る。でも、これ以上をスピードを上げる訳には行かない。確かにこのアイアンホース・ゴーレムならさらに早く走る事は出来るだろう。しかしこれ以上早く走ると林に着いた時に馬での戦闘ができる私ならともかく、ろくに馬に乗った事が無いであろうルリちゃんでは勢いがつきすぎて止まる事が出来なくなる危険があるし、何より先導しているシルフィーがそれ程のスピードを出せるとは思えない。実際焦った顔で飛ぶあの姿からすると、今のスピードがすでに限界なのだろう

 

 「ルリちゃん、焦る気持ちは解るけどこれ以上スピードを上げるのは危険だし、場所が正確に解るシルフィーより先行してはかえって怪我人を探すのに手間取る可能性があるわ。それに、もし落馬ではなく何者かに襲われたのだとすると、その者は探知疎外を使っているはず。そんなところに無防備に飛び込むのは愚作よ」

 「解りました、シャイナ様」

 

 私の言葉に素直に従うルリちゃん。彼女は医療班だけあって戦闘に出た事がないから、きっとこのような場面での対処法を知らないだろう。それだけにきちんと危険性を指摘してあげないと思わぬ事態に巻き込まれる可能性があるから気をつけないと

 

 「怪我人を見つけたら私が助け起します。私ならたとえ不意を撃たれても対応できるからね。そこで危険がないと確認できたら指示を出すから、その時はすぐに治療をお願いね」

 「はい!」

 

 そうこう言っているうちに林はどんどん近づき

 

 「シャイナ様、シャイナ様、あそこです。あの木の陰に馬が居るのですが見えますか? そのすぐそばに人が倒れています。それにこの血の匂いは・・・毒?」

 「毒だって!? と言う事は誰かに襲われたと言う事?」

 

 倒れている人が毒を受けていると言う事は、毒を持つ動物か毒が塗られた武器を使う何者かに襲われたと言う事だろう。でも、もし相手が動物ならシルフィーが発見しているはずだし、人なら既に立ち去った後かどこかに潜んでいると言う事。これで待ち伏せの危険度は大幅にアップした訳だ

 

 このような状況では戦闘能力のないルリちゃんやシルフィーを先行させる訳には行かない

 

 「シルフィー、場所は解ったわ。あなたとルリちゃんはここで止まって指示があるまで風の結界を張って待機。私が先行します」

 「「解りました!」」

 

 二人が指示を聞いたのを確認して私もいくつかの戦闘スキルを発動させ、そしてその勢いを維持したまま林に飛び込んでアイアンホース・ゴーレムから飛び降りる。これは草原ならともかく、林の中では体が大きくて木が移動の邪魔になる馬の上よりも降りて警戒した方が奇襲に対応しやすいからだ。そして周りを確認し、自分が出来る範囲で周りの気配を探る

 

 「敵は・・・居ないいみたいね」

 

 ユグドラシルの高レベルプレイヤークラスの盗賊やレンジャー並みの隠遁能力を持つ者が居るなら話は別だけど、エルシモさんから聞いたこの世界の住人レベルならばこの状態の私に察知されずに奇襲の機会を窺えるほど近くに潜伏する事は多分できないと思う。でも、倒れている怪我人が襲撃者でないとは言い切れないので、念の為ルリちゃんたちを呼ぶ前に駆け寄って確かめた

 

 「ううっ・・・」

 

 顔が土気色で呻いている。これはどう見ても演技ではないよね。そこであわてて近づき助け起し

 

 「大丈夫!? しっかりして!」

 

 声を掛けながら体の状況をチェック。装備からするとこの国の騎士と言ったところだろうか? 何かと戦った後のようで鎧や手足に真新しい傷があけど、そのほとんどはかすり傷程度のようだ。でも、右手の浅い傷口が紫色に変色している所を見ると毒の塗られた武器で傷つけられたみたいで、傷の軽さから見て付けられた時点ではたいした怪我ではなかったから事の重大さに気が付かなかったのかもしれないわね。それに少し吐血しているみたいだし、これは急がないと命にかかわるかも

 

 「ルリちゃん、危険はないみたいだから急いで来て。この人、早く解毒しないと命にかかわるかも知れないわ」

 「はい!」

 

 私の言葉を聞いて急いで駆けつけるルリちゃんとシルフィー。ルリちゃんはアイアンホース・ゴーレムが完全に止まるのも待たずに飛び降り(危ないなぁ。まぁ怪我をしなかったからよかったけど)私が抱き起こしている騎士風の男の人に毒消しのキュアポイズンと体力回復の為にミドル・キュアウーンズを掛けた

 

 私の肩にとまって心配そうにしているシルフィーと二人して固唾を呑んで見守っていると、ルリちゃんの魔法が間に合ったのか見る見るうちに土気色だった顔には赤みが差し、苦しそうだった息が整っていく

 

 「よかった。何とか治療が間に合ったみたいね」

 

 その様子を見てやっと緊張が解け、私たちの顔にも安堵の笑みがこぼれた

 

 「んっ、」

 

 そしてその私の言葉に反応したかのように、騎士風の男は目を開けて

 

 「女神様と妖精・・・か。とても美しいなぁ。それが目の前に居ると言う事は、やはり俺は死んだのだな・・・」

 

 などと、私とシルフィーの顔を見てとんでもない事を言い放った

 

 

 ■

 

 

 フリッツ・ゲルト・ライスター

 

 帝国人に多い金色の、刈り上げられた清潔感のある髪と鍛え上げられた肉体を持ち、そして標準より少し整ってはいるものの幾つもの死線を潜り抜けた事によって精悍さを増した事により、まだ22と若いにもかかわらず30近い年齢だと勘違いされる老け顔が悩みのこの男

 

 彼は元々バハルス帝国の西の外れにある衛星都市イーノックカウの冒険者組合に所属する銀の冒険者だったが、鮮血帝の改革により元からトブの大森林方面の町に比べて少なかったモンスター退治の仕事が絶望的に激減し、彼のパーティーも半失業状態になってしまった。この町に愛着を持っていた彼はそれを機に、大森林方面の町に拠点を移すと言う仲間たちと別れイーノックカウの駐留帝国軍に志願。無事合格して騎士の称号を得る事ができた。その後彼は実力が認められ、元冒険者の騎士4人の部下を持つ小隊長に就任。町の治安維持や辺境の村等からの依頼による野盗討伐などの任務を請け負っていた

 

 「討伐要請任務ですか?」

 

 その日、彼とその小隊は町の警備を担当する大隊長から西の辺境に出没する野盗討伐の依頼を受けてこの辺境まで来ていた。その地を納める貴族からの要請書によると、その野盗達のアジトの位置は判明しているのだが相手は元冒険者らしく、自分の子飼いの騎士達では手に余るので兵を回してほしいとの事。そこで元冒険者で構成された彼らが適任であろうと命令が下ったのだ

 

 領主の館に到着後、早速その地を治める領主に仕える騎士から判明している野盗のアジトを聞き、偵察。ライスターの見立てでは鉄と銅の冒険者崩れで構成されている野盗のようで人数は12~3人とそれほど多くない。これならば自分たち5人だけでも大丈夫であろうと判断し、見張り以外は全員が寝静まっているであろう夜が明ける少し前を狙って急襲した

 

 倍以上の人数でかつ元冒険者と言えどアジトに戻り、安心しきっていて鎧さえ着ていない状態では元鉄の冒険者以上で構成され連携訓練もつんでいるライスター小隊の敵ではなく、余り時間を掛けることなく野盗アジトを制圧を完了する事ができた。その際、唯一抵抗らしい抵抗が出来た者は手下を楯にして奥に逃げて装備を整えた野盗のボスくらいだが、そのボスも騎士になって正規の訓練を受けて冒険者時代よりも腕を上げたライスターの敵ではなく、かすり傷を右腕と鎧に数箇所つけられた程度で倒す事が出来た

 

 「小隊長、奥に捕らわれた女性たちを発見しました」

 「女性達? それは何人くらいだ? そして健康状態は?」

 

 部下の報告によると捕らわれていた女性達は18人。そのほぼ全員が衰弱状態で、この場所から歩いて脱出するのは困難との事

 

 「解った。それなら俺が領主の所まで戻り、移送の為の馬車を用立ててもらえるよう頼んで来る事にする。お前達は野盗の残党が居るかもしれないから、ここに残ってご婦人達の警備を頼む。勝利の後の気を抜いた隙を突かれるような事が無いようにな」

 「「「「ハッ!」」」」

 

 こうして彼は一人、領主の館へと馬を飛ばす事になった。しかしこの後、彼はこの判断を後悔する事になる

 

 

 

 部下たちを残し、林の中を馬で疾走するライスター。そんな彼の体の異変は突然訪れた

 

 「何だ? 先ほど付けられた腕の傷が・・・」

 

 つい先ほどまで付けられた事さえ忘れていたかすり傷が最初は少しずつ、やがて猛烈に痛み出した。そして

 

 「くっ、体が重い。それに目まで・・・」

 

 その痛みが増す毎に体の自由が利かなくなり、目も少しずつかすみだした。ここまで来ればこの状態が非常事態であり、その原因が先ほど野盗のボスに付けられたかすり傷だとライスターも嫌と言うほど思い知らされる

 

 迂闊だった。他の野盗達と違い、ボスだけは仲間を楯にして奥に逃げ込んで装備をそろえたのだから武器に毒が塗られていた可能性を考えておくべきだった。しかし今更悔いた所で後の祭りである。ポーションなどの薬は重くて嵩張るから急いで馬を駆る為には邪魔だと思い、またご婦人方の体調を慮って部下たちに預けた方がよかろうと判断してすべて置いて来てしまったのだ

 

 「このままではいけない。ここは一旦戻るべきか? しかし、この痛みからするとたどり着く前に力尽きてしまうのではないか? それならばこのまま進むべきではないのか? この林を抜ければ街道まではあと少し。そこまで行けば、運がよければ誰かが通りかかるかもしれない」

 

 通りかかったとしても、それが地元の農民だとしたら意味はないだろう。しかし、もしかすると冒険者や巡回している騎士が通りかかるかもしれない

 

 「どの道引き換えしたらたどり着く前にお陀仏だ。それならば一か八か、自分の運に掛けよう!」

 

 そう考えてライスターは馬を急がせる。今はまだ何とか耐えられる。しかし徐々に毒が体を蝕み、目はかすみ、体はより一層重くなって行っている。腕の痛みが増す事はないが、これはすでに限界を超えて痛み続けた為に麻痺し始めたと言う事でもあるのだろう。このような状態では何時馬を走らせる力さえ尽きるか解らない

 

 「もう少しだ、もう少し行けば林の縁に着く。そこを越えれば街道は目と鼻の先・・・」

 

 たとえ街道までたどり着けなかったとしても、近くまでたどり着きさえすればこんな林の中で倒れるのとは違って誰かが見つけてくれる可能性はぐんと高くなる。通りがかった人が偶然目を向けるかもしれないし、もし周りに気を配っている巡回兵が通りかかれば見落とされるなんて事はまず無いだろう

 

 だんだん木と木の間隔が開き始め、先の方に明かりが差し始める

 もうすぐだ、もうすぐこの林を抜けることが出来る。そうライスターが思った時それは起こった

 

 林の縁が近づき、木が疎らになったからだろう。ふいに木が途切れた場所へ出て、今まで枝や葉によって遮られていた太陽の光が彼の頭上に降り注いだ。その光は普段の彼からすれば何の事は無い、少し眩しいと感じる程度のものだったろう。いや、いつもならむしろ気持ちいいとすら感じたかもしれない。しかし今の彼にとってその光は猛毒だった。目がかすみ、頭も毒によって朦朧とし始めていた彼は、ただただ林を抜ける事だけに気を取られていた為に、その光でめまいを起してしまったのだ

 

 「ぐっ!」

 

 悪い事に手綱を握る手も毒を受けた痛みにより片手はほとんど効かず、体の自由もかなり失われた今の彼では片手だけの力ではよろめいた体を支える事ができなかった。そのままかなりの速さで走る馬からライスターは地面に投げ出されてしまう

 

 転げ落ち、投げ出されたその位置は林の縁から約5メートルの場所。そう、たった5メートルだ。しかし、今の彼にとってその5メートルは絶望的な距離である

 

 あと少し、あと少しだけ外で落馬をすれば林の外に投げ出されていただろうし、そうなれば誰かに見つけてもらえたかもしれない。いや、落馬の勢いで飛ばされていれば、遠くに居る者でもその動きが目の端に止まって気づいてくれたかもしれない。しかしここはまだ林の中だ。この位置ではきっと外から自分の姿を確認する事はできないだろう

 

 普段の訓練の賜物か、野盗討伐の為に普段の軽装備ではなくブレストプレートメイルを装備していたからか、落馬による傷その物はそれほどひどくはない。草でむき出しの手足を切ったり、木にぶつけて痣になった所はあるだろう。しかし大きな傷を負った場所も無く、骨もどこも折れてはいないようだ。あのスピードで走る馬から落馬したのにこれだけで済んだのだから、むしろ運がいいと言える。だがそれだけだ

 

 「くそっ、ブレストプレートがこんなに忌々しいものとはな」

 

 怪我は無くともすっかり回ってしまった毒によって体にはほとんど力が入らない。その上、今着ているのは重い鉄鎧だ。もう這いずって林の外に出る力さえライスターには残っていなかった

 

 だんだん腕の痛みが引いていく。いや、違う。体の感覚がなくなって行っているんだ。そうぼんやり考えた次の瞬間

 

 「げふっ!」

 

 ライスターは吐血した

 と言う事はとうとう毒が肺まで達したのだろう。これではもうだめだ。今からではたとえ巡回兵に見つけてもらえたとしても毒消しの薬などもっては居ないだろうし、緊急時の為に持ち歩いているであろうポーションだけではたとえ飲ませてもらえたとしても、もう助からないだろう

 

 彼は重く思い通りにならない体をなんとか動かし、仰向けの体制になる。どうせ死ぬのなら地に伏せて死ぬのではなく、空の方を向いて死のうと思ったからだ

 

 「はぁ、はぁ・・・お前達、すまない。俺はここで野垂れ死に、とても馬車を届けられそうに無い。大変だろうが、ご婦人方を頼むぞ」

 

 そう言うとほとんど見えなくなっていた目を瞑る

 もう体には一切力が入らず、感覚も無い。しかし重い圧迫感と肺を侵された事による息が出来ない苦しみだけは消えなかった。だが、毒によって自分の命が奪われて行っているその苦しみだけが彼がまだ生きている理解させてくれていた

 

 やがて音も聞こえなくなり、ついには何も考える事ができなくなって、最後に残った意識を手放しそうになる。そして次の瞬間、彼はすべての苦しみから解き放たれた

 

 あれほど苦しかった胸も、猛烈に痛かった腕も、暗闇の閉ざされていた思考のもやも、彼を襲っていたすべての苦しみから解き放たれていた

 

 誰かの柔らかな腕に抱き起こされているような感じがする。そして鼻腔をくすぐるこの甘い、とてもいい香り。そう言えば子供の頃に近くの神殿の司祭からよく聞かされたな。人は死ぬと神の御手に抱かれ天に召されると。そしてその神の世界は花が咲き乱れた楽園だと。そうか、俺は死んだんだな

 

 そう思い、ライスターはゆっくりと目を開ける。その瞳に映ったのは、この辺りではまず見かける事の無い褐色の肌とエメラルドのような輝く緑の瞳を持つこの世の物とは思えないほどの美しい女性と、その肩にとまる緑の髪と悪戯好きそうな瞳を持つ妖精がこちらを見て微笑みかけている姿。そしてどうやら自分はその美しい女性に抱き起こされているようだった

 

 「んっ、」

 

 ああ、このいい香りはこの人から漂ってきてるのか。いや、これだけの美しさだ。きっと人ではないのだろう。俺は先ほど死んだ。と言う事はこの方は女神様に違いない

 

 「女神様と妖精・・・か。とても美しい。それが目の前に居ると言う事は、やはり俺は死んだのだな・・・」

 

 死んでしまったのは残念ではあるが、こんな美しい女神様の腕に抱かれることが出来たのなら本望だろう

 

 もう少しだけこの幸せに浸る為にライスターは再び目を閉じ、芳しい香りを胸いっぱいに吸い込む。目を瞑る事によって、その目の前の女神様とも見間違うほどの美女が自分の言葉に頬を真っ赤に染めて口をアワアワとさせている事にも気付かずに

 




 今回の話ですが、元々の文章からあまりいじる場所が無かったのでうちのHP掲載時とあまり変わっていません。下手に何か入れようとするとおかしくなりそうなのでご容赦ください

 さて、前回のラストでシャイナが「厄介なことにならなきゃ良いけど」と言っていたので戦闘があるかと思われた方、すみません。この話では人と戦う事はまず無いだろうし、モンスターと戦うこともほとんど無いと思います。まったく無いとは言いませんけどね。ただ、前回の引きは見当違いのものではありませんでした。まぁ、まったく違う意味での厄介な事ですがw

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