ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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26 サンドイッチとメルヴァ

 なんとなく気まずい雰囲気が流れる執務室

 エルシモさんは一瞬私の顔を見上げて何か言いたそうな素振りはするものの、座っている椅子の横に立って背凭れに手を添え、上から見下ろすようにして微笑む私の無言の圧力に屈してあきらめたような表情を浮かべて俯き、黙り込んだ。私はその姿を確認してから、とりあえず今までの事はすべて無かった事として仕切りなおす事にする

 

 自分の中で冷静に今の状況を再確認して姿勢を正し、すべての体面を完全に整えてから入り口前のココミの方に体を向け、にっこりと微笑みかけながら声を掛けた

 

 「軽食を持ってきてくれたのね、ありがとう」

 「はい、アルフィン様。こちらが料理長から御預かりした軽食でございます」

 

 私の表情を見てとりあえず安心したのか、それとも私が体面を整えている間にすべてを理解して空気を読んだのか(多分後者であろう)、ココミも先ほどまでのやり取りなどまるで無かったようにそう言うと一抱えもあるバスケットを先ほどまで私が座っていた椅子の前の机の上に置いた

 

 ん? これ、ちょっと大きすぎない? 頼んだのってサンドイッチとワインだけだよね? それにしては目の前にあるバスケットはたとえワインが入っているとしてもあまりに大きすぎるような? まぁ、そんな蓋を開ければすぐに解るような事をあれこれ考えていても仕方がないし、いつまでも立っていてはココミもやりにくいんじゃないかな? そう思った私は先ほどまで座っていた椅子に座り、居住いを正す。するとと当然のようにギャリソンも移動して、私の右斜め後ろに立った

 

 それを確認してからココミは私に一礼し、その大きなバスケットの蓋を開ける。すると蓋によって封じ込められていた美味しそうな香りが部屋中に一気に広がり、そしてそのいい香りに触発されたのか、誰かさんの喉がゴクリと鳴った。先ほどまでの話から、この収監所で出されているものより私たちが食べている物の方がおいしいと言う事を聞かされているから、自分の常識では計り知れないほど美味しい物があのバスケットの中には入っているのではないか? と言う想像まで加わって、エルシモさんの中ではとんでもない事になっているのかもしれないわね

 

 ん~、でも確かにいい香り。こんないい香りがすると言う事は単純な野菜サンドではないみたいだね。そう思って中を覗き込んで見ると案の定そこには色々な種類の、それも結構な量サンドイッチが所狭しと並んでいた。わざわざ料理長が作るのだから本当に簡単なものが出てくるとは思っていなかったけど、流石にこれは予想外ね

 

 「あれ? 私は軽食程度のものを頼んだつもりだったけど、どこかで行き違いがあったのかしら?」

 「いえ、最初は御一人分をお持ちするだけの予定でしたが、料理長がアルフィン様がお好きなスフレオムレツとホワイトチェダのサンドイッチを作り始めたところで肉料理担当者が、折角の機会なので先日アルフィン様から改良するようにと御指示頂きましたローストビーフが完成しているのでその試食も兼ねて、それを使ったサンドイッチも一緒に御持ちしても宜しいでしょうか? 言う話になりまして」

 

 ああ、前にA7の牛のモモ肉を使ったものを出されたのだけど、油を落として調理する炭火焼ステーキやハンバーグならA7でもいいけど、低温で焼くローストビーフだと肉に含まれる油分が多すぎで少しくどいから牛のランクを少し落として作ってほしいと話した事があったっけ

 

 「それを料理長が了承した所で、その様子を見ていた他の料理担当者たちも、それならば私たちの料理もアルフィン様に味を見て頂きたいですと言う話になりまして・・・」

 「それで、こんな状況になってしまったわけか」

 

 首をすくめ、申し訳なさそうに話すココミ。別にこの子が悪い事をした訳ではないし、指示したものよりも足りないほど少なかったら困るけど、逆に多すぎると言うだけなのだからそんな申し訳なさそうにしなくてもいいのに

 

 「う~ん、それにしてもこの量は流石に作りすぎではないかしら。6~7人分くらいあるんじゃないの? これ」

 「はい。料理長からも流石に全員の物を御持ちするのは、数が多くなりすぎて御迷惑になるのではないかと言う話が出たのですが、そこでメルヴァ様が別にいいのではないですか? と仰られて」

 「メルヴァが?」

 

 メルヴァの事だから折角の料理人たちの申し出だから無碍にせず、すべて持って行って後は私が好きなものを選べばいいとでも考えたかな?

 

 「はい、メルヴァ様が仰るにはすべてのものを完食していただく必要もないから、アルフィン様のお好きなものを一口ずつ食べていただいて感想を頂けばいいではないですかと仰られました」

 「う~ん、確かに一口ずつなら食べられない事も無いけど、それは流石にちょっと勿体無くない?」

 

 どうやら選んで食べるのではなく、全種類を少しずつ食べてもらえばいいと言う判断みたいね。私の立場と照らし合わせて考えた場合、確かに貴族や王様みたいな物だから普段からそんな食事をしていたとしてもおかしくは無いのだろうけど、私の感性からすると・・・ねぇ。それにこんなにきれいに作ってくれた料理人たちに対しても、一口だけ食べて捨ててしまうなんて言うのはちょっと申し訳ない

 

 「それについてはメルヴァ様から、アルフィン様がかじった物はすべて廃棄せずに自分の所に持ってくるようにと仰せつかっております」

 「えっ? メルヴァの所に? 私が口をつけた物すべてを?」

 「はい、メルヴァ様から「かじった物すべてを、絶対によ!」と、そう強く仰せつかりました」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 

 思わず無言でココミと見詰め合ってしまった。まったくもぉ、メルヴァったらなにを考えてるんだか

 

 まぁ、大体の考えは読めるけど・・・どうしてあんな変態になってしまったかなぁ? それともこの世界に来てからの私の接し方が悪かったのかな? 確かにメルヴァのフレーバーテキストにはアルフィンとは恋人だと記入した記憶はあるけど、変態であるなんて一文は入れていないはずなんだけど

 

 とにかくこれ以上メルヴァの病気が悪化するようなことを許してはいけない。本来片手に持って簡単に食べられるのが利点なサンドイッチだし料理人たちもそのようにして食べた時が一番美味しくなるように細心の注意を払って作ってくれているのだろうけど、この際仕方がないか

 

 「ねぇココミ、手間を掛けるけど収監所の食堂まで行って、料理担当の子達からフォークとナイフを借りてきてくれない?」

 「それでしたら、バスケットに入れてお持ちしております。それに一口大に御切りするのでしたら、切り分ける為の調理道具と盛り付け用のお皿、あと小さく切り分けても食べやすいように銀の楊枝も用意してありますので、御許し頂ければ私が御用意いたしますが」

 

 そう言ってにっこり笑うココミと満足そうに頷くギャリソン。ちゃんとメルヴァの暴走に対してギャリソンがあらかじめ色々な事態を想定し、どんな場面に遭遇してもその都度きちんと対応できるように指示を出してくれていたみたいね

 

 「ありがとう、お願いするわ」

 「はい、それでは早速かからせていただきます」

 

 そう言うと、ココミは壁の近くにおいてあったサブの小さめの机を持ってきてバスケットをその机に移し、中に入っていたテーブルクロスを取り出して私の前の机に掛ける。そのあと、サブの机の上に調理道具と皿を並べたあと、手際よくサンドイッチをバケットから取り出しては切り分けをはじめた

 

 うちのメイドたちは皆、お店で料理の派手な最終調理をする演出がお客さんの前でできるように料理スキルを持たせている。当然この子も料理スキルを持っているのでサンドイッチを一口大に切り分けて小皿にきれいに盛りつけるなど造作も無い事のようで、私たちの目の前でいくつものサンドイッチが具の割合を考えられながらもちゃんと一口大に切られ、お皿の上に色合いも考えてきれいに並べられていく

 

 「(あっ、いけない)」

 

 それを見ている内に、先ほどの騒ぎで頭からすっかり抜け落ちていた軽食を頼んだ理由を思い出した

 

 「ココミ、途中まで作業を進めてからで悪いけど、私が食べる分とは別にもう一つ同じものを用意してくれない?」

 「はい、解りました」

 

 理由はよく解らないと言う表情を一瞬するものの、そこはギャリソンに指導されているうちの優秀なメイドさんだ。すぐさま了承の返事をして作業を続ける。こうして私の前の机の上には色とりどりのサンドイッチが乗った皿が二枚置かれることとなった

 

 「ではアルフィン様、少々お手間を掛けますが料理長や各種料理担当者から頼まれてきているので、ワインを抜く前に各サンドイッチの説明をさせてください」

 「はい、いいわよ」

 

 私の返事に深々とお辞儀をした後、サンドイッチの説明に入る

 料理長が用意したスフレオムレツサンドや肉料理担当者のローストビーフにレタスや生のオニオンを一緒に挟んだサンドに始まり、生の貝柱とボイル海老にタルタルソースを加えた物や溶かした8種類のチーズと焼いたトマトなどの温野菜にマスタードを加えた物、薄切り豚肉とモッツァレラチーズを大葉ではさんだカツなどの色々な具のサンドイッチがそろっているし、使われているパンも普通の食パンやライ麦パン、クロワッサンやスイスパンなど、それぞれの具に一番あうと判断されたパンが並んでいる。その上、中には食事用の物だけではなく、パティシエ担当が作ったデザートサンドのような甘いものまで皿の上にはあった。ココミはその一つ一つを作った者から聞いた説明が書かれたメモを見ながら、懇切丁寧に解説して行く

 

 そんな説明が続く最中、ふと目をエルシモさんに向けるとその目はお皿の上のサンドイッチに釘付けだった。今声をかけられても気が付かないんじゃないかな? なんて思うくらい真剣な表情で見つめているんだよね。折角説明をしてくれているココミの声もまったく耳に入っていないんじゃないかしら? いや、実際本当に聞こえていないんだろうと思う。彼からしたら見た事も聞いた事も無い料理も多いだろうし、その上ものすごく食べたいのに手を出す事ができないお預けをくらった犬状態なのだから解らないでもないけどね

 

 「それでは説明はこれくらいに致しまして、ワインを御用意します。白と赤、ロゼと3種類用意しておりますが、どうなさいますか?」

 「毒無効のペンダントをしているから酔いはしないけど流石に3本は空けられないし、ロゼはそのままにしてシーフードと肉系に合わせて白と赤をグラスについでくれればいいわ」

 

 酔わないなら呑む必要はないと思われるかもしれないけど、味と香りが好きなのだからしょうがない。まぁ、酔うために呑むのならワインよりビールの方が好きだしね

 

 ワイングラスをココミが用意している間に、どこから出したのかギャリソンが手に持ったソムリエナイフを使ってワインのコルクを抜いて行く。抜いたコルクでワインの香りに異常が無いかを確かめた後、これまたどこから出したのか白い布をワインのビンの底に敷いて持ち、ココミがサンドイッチの皿の横にセッティングした計4脚のワイングラスに赤白各2脚ずつ、注いでいった

 

 あれ? ギャリソンには何も話してないはずだけど・・・まぁ、ギャリソンだからなぁ。私の考える事程度なら解ってもおかしくはないか

 注ぎ終わったワインボトルをあらかじめココミが用意しておいたワインバスケットに置き、ギャリソンは一礼して元の位置に戻る

 

 「アルフィン様、ご用意が整いました」

 「ありがとう」

 

 本題に入る前に折角私のために用意してもらったのだからと、とりあえず白ワインに一口、口をつけてから本題に移る

 

 「さて、エルシモさん。・・・エルシモさん? 聞いてますか?」

 「ん? あっ、ああ、聞いているとも」

 

 うふふっ、嘘ばっかり。聞いていると言っている割には目は私の方ではなく、サンドイッチの方を向いているじゃないの。でもまぁ、この蛇の生殺し状態もかわいそうね

 

 「そんなにサンドイッチが気になりますか?」

 「サンドイッチ? ああ、これはサンドイッチと言う料理なのか。なにやら色々な具材をパンにはさんでいるようだが」

 

 なんと先ほどから何度も会話に上がっているサンドイッチと言う名前さえ頭に入らないほど、目の前のサンドイッチを真剣に見つめていたのか。本当、凄い集中力と執着心ね

 

 それとこの会話で解った事だけど、どうやらこの世界ではサンドイッチと言うものは存在しないらしい。いや、存在しているのかもしれないけど冒険者の間ではあまり一般的ではないようで、私の説明を聞いて「なるほど、これなら手軽に色々な味を一度に楽しめるな」なんて関心をしている。まぁ、確かにピクニックならともかく探索などに行くのなら傷みやすく崩れやすいサンドイッチを持って行くなんて事はないだろうし、宿ではわざわざこの形にする必要も無いから出される事は無いだろう。存在しているとしても文官や役人などのように、仕事をしながら食べるという習慣でもない限り広まることはないだろうしね

 

 「あら? サンドイッチの形状よりも、味の方に気が行っている様に見えるけど?」

 「・・・・」

 

 図星のようで、黙り込むエルシモさん。まぁ、意地悪はこれくらいにしてと

 

 「さて、目の前にはサンドイッチの皿が二つ用意されています。なぜでしょう?」

 「なぜと言われても・・・なぁ」

 

 そんなあいまいな返事をしているけど口元は緩み、顔は今の質問を投げかけられた瞬間から一気に変わって、その表情は期待にあふれている。多分、最初に二つ用意しろと私が指示を出した時はギャリソンの分だろうとでも思ったのかもしれないけど、今の私の発言で、もしかしたらと言う淡い期待が生まれたからだろうね

 

 「先ほどまでの話の中で、私はある疑問を持ったの。それはもしかしたら、この国は私の国に比べて食事などのレベルがかなり異なっている。と言うか、言い方は悪いけど私の国のレベルよりかなり劣っているのではないかと言う事です」

 「ああ、そうだな」

 

 何を今更と言うような顔をするエルシモさん。でも、これって結構重要なのよね

 

 「そこで確かめなければいけないのが、私たちが食べているものがこの国の人たちにとってどれだけのレベルのものなのかと言う事です。今後私はこの国の領主や貴族と会う事になるでしょう。その時に相手から出されたものが私の常識から見て極端に劣っていた場合、私は相手に不快感を感じてしまいます」

 「確かにそうだろうな。俺でも客として行った先でわざわざ不味い物を出されたら、なめられたと思うだろう」

 「そこでです。先ほどの話からエルシモさんがこの国の帝都にある高級宿屋の料理を食べた事があるとの事でしたので、実際に私が普段食べているものを食べてもらって、その差を教えてほしいと思ったのです」

 

 「食事を」ではなく、「サンドイッチを」と指定したのもこれが理由だったりする。サンドイッチなら料理長もそれほど凝った料理は作ってこないだろうし、ワインもいい物だと堪能したくなるからハウスワインをお願いねと指定したからなおさらだ。これなら私たちが食べている普段のもの以上のものが間違って出てくることは無いからね

 まぁ、味を見てほしいと他の料理人たちが用意したものは予定外だし少し不安ではあるけど、目の前に出されているのに「他のものは想定外のものだから、食べていいのは料理長のだけね」なんて言うのは流石にかわいそうだろう

 

 「本当に食べていいのか?」

 「はい。ただ、先ほどのあなたの話であった初めてのここでの食事のように、あまりにおいしくて無意識の内に全部食べてしまったと言うのは無しでお願いしますよ。感想を聞くのがあなたにこれを提供する理由なのですから」

 「ああ、解っている、解ってるとも!」

 

 そう言うエルシモさんの目はもうすでにサンドイッチに釘付けだ。ホント大丈夫かなぁ?

 

 少々不安はあるものの、今までにこの世界で自分たちと接点を持った人物の中で、ある程度の知識を持っていて、なおかつ自分たちの常識の中で何か他に伝わっては困る情報が出てきたとしても絶対に外に漏れないのはこの人くらいだから仕方がない。不安を押し殺しながらも、サンドイッチへの期待ですでに上の空とも言えるような表情を浮かべるエルシモのどんな小さな反応をも見逃さないようにと、真剣な表情で見つめるアルフィンだった 

 




今週はすでに書きあがっていたのですが、外食に行って帰ってくるのが予想より遅れ、最終確認の読み直しが遅くなってしまったのでいつもより更新が遅れました。すみません

 ここからがあとがき

 実はメルヴァの方がギャリソンより一枚上手で、きっと切り分けるように言われるだろうから、その時は銀の爪楊枝を使わせてその爪楊枝をコレクションに加えるから洗わずに持ってくるようにとココミに口止め込みで命令しています。また、切り分け用の調理道具はギャリソンの指示ですが、ナイフとフォークをココミがあらかじめ用意していたのも実はメルヴァの指示だったりします。策士ですねlw

 因みにメルヴァがこんな感じなのは、主人を愛している系の事をフレーバーテキストに書くと暴走すると言う特性が実はこの世界に転移したときに加わるのではないかとアルベドを見て思ったからです。ゲーム的にはまったく意味は無いのですが、きっと運営の誰かがプレイヤーキャラを愛してるとか恋人であるなどの言葉がNPCのフレーバーテキストに書かれるとそれに反応して暴走する性格になると言う裏設定をしていたのでしょうw じゃないとアルベドの行動は色々と説明がつかないですからね

 ・・・いつかアルフィンもメルヴァに襲われるのだろうか?

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