ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

23 / 154
第4章 エルシモとの会見編
23 高級と驚愕


 「いったい何が望みだ?」

 「へっ? 望みって?」

 

 野盗たちを収監してから5日、そろそろ収監所の生活にも慣れただろうから情報を引き出そうとギャリソンを伴ってエルシモさんに会いに行ったところ、開口一番こんな事を言われてしまった。おまけにどういう訳かこちらにかなりの不信感を持ったようで、警戒心がこちらに伝わってくるほど高まっている

 

 「わざわざこんな環境まで用意して、いったい俺たちに何をさせるつもりなんだ!?」

 「えっ?えっ?えええぇぇぇ~~~~!?」

 

 そんなエルシモさんのあまりの剣幕に、何の事をを言われているのか解らない私はただただ困惑するだけだった

 

 

 ■

 

 

 時は俺たちが収監所に連れてこられた日までさかのぼる

 

 「ここからはこの収監所の管理を任せてあるミシェルに任せるから」

 

 俺たちを収容所の中に入れると、アルフィンが一人のメイドを俺たちの前に連れて来た

 エルフ? いや、あのエルフにしては短めの耳の長さと、本来ならきつい感じで切れ長になるはずの目は大きくて少したれている、髪の色もプラチナに近い金髪ではなくて茶色に近いところを見るとハーフエルフか? 純粋種ではなく人が半分混じっているにもかかわらず、一般的に美しい容姿の者が多いエルフの中でもこのメイドはかなりの美人だ。おまけにどちらかと言うとスレンダーすぎるエルフと違って肉付きもいい

 

 優しそうな中に強さと気品が見え隠れするアルフィンや、目が鋭く近寄りがたい綺麗タイプのシャイナのような美人ではなく、どちらかと言うと親しみ易さが前面に出たほっとするセルニアと言うメイドと同じようなタイプの美人で、長い髪を赤いリボンを使って左右に分けたツインテールのストレートヘアーと優しそうな紫の瞳、背は低めなのに胸は大きいと言う男からすると親しみやすいタイプにおける一つの究極系と言っても誰の異論を唱えないであろう容姿を持つ子だ

 

 「ミシェル・ランドラ・ヴィジャーと申します。皆様、私の事はミシェルとお呼び下さい。どうぞよろしくお願いします」

 「あ、どうも」

 

 今まで出合ったこの城の者たちと違い、少しおどおどとしたような雰囲気を醸し出しながら我々の代表であると教えられたのであろう俺に挨拶をしてきたので、思わずこちらも調子を崩されてあいまいな返事をしてしまう

 

 「それではミシェル、よろしくね」

 「はい、アルフィン様。後はお任せください」

 

 そう言うと、アルフィンたちはメイドをひとり残してこの館を去って行った

 その後遠くで何か重いものが動く音がして、最後に扉が閉まるような音が轟いたので実際この敷地から彼女たちは出て行ったのだろう。と言う事は、本当にこのメイドにすべての権限を任せて行ったと言う事か。この行動から見て、彼女にとってこのメイドはすべてを任せてもいいと判断するほど信頼していると言う事だな。ならばこの娘は見かけによらず、かなり優秀だと言う事なのだろう

 

 「それでは皆さん、今日はお疲れでしょうからここでの仕事についての説明はまた明日にして、今日は各自が生活する部屋と施設についての説明と案内をさせていただきます。ではこちらへ」

 

 そう言うと、メイドは館の中へ歩いて行った

 一瞬、館の前で聞いた先ほどの説明時に感じた不安を思い出して二の足を踏んだが、このままここに居ても仕方がない。覚悟を決めてメイドの後ろをぞろぞろと付いていく

 

 最初に連れて行かれたのは広間のような所に長机と椅子がいくつか並べられた場所で、その奥には隣の部屋とカウンターのようなもので繋がっている窓が開いていてその横にドアがある。奥に見えるのは調理場だろうか?

 

 「この施設の配置からするとここは食堂か?」

 「はい、その通りこちらは食堂です。食事は朝、昼、夜の3回で決まった時間にとっていただく決まりなので、その時間にこの食堂にいない場合はその回の食事はとれなくなりますのでお気をつけください」

 

 それだけ言い終わると、我々の返事も待たずにメイドは再度歩き出した

 

 「こちらからの質問は受け付けないって所か。とりあえずついて行くしかない様だな」

 

 今はただ従うしかないと、今回もメイドの後をぞろぞろと付いていく俺たち。いくつかの入り口を素通りし、館の奥にある階段で2階に上ががると両横にいくつかの入り口が並ぶ廊下にたどり着いた。ほとんどの部屋に扉が無い1階と違い、各入り口はカーテンのようなもので中を見られないようにしてある

 

 「ここがあなた方の寝泊りする部屋区画になります。各部屋は二人部屋になっているのですが、部屋割りは人間関係を知らない私では決められませんからそちらで適当に決めてください。また、部屋の中にあるクローゼットにはこの収容所で過ごす為の制服が各部屋に6着、各自に3着ずつ行き渡るように入っているので、それに着替えた後、今着ている鎧と服をクローゼット前に置かれているかごに入れて食事の時間になったら食堂まで持ってきてください。また、食事の時間は1時間後ですのでそれまでは部屋で寛いでいて貰ってもかまいません」

 「まっ、待ってくれ」

 

 言いたい事だけを言って去ろうとするメイドを俺はつい呼び止めてしまった。なぜならどうしても聞かずには置けない内容が今のメイドの言葉の中に含まれていたからだ

 

 「なんでしょうか?」

 「制服が用意されているだって? なぜ俺たちのサイズを知っている? それに部屋割りは俺たち自身で決めろとも言ったが、それならばなぜその部屋を選んだ者にその制服のサイズが合うと思っているんだ?」

 

 俺が持った疑問は仲間たちすべてが持った疑問だったようで、周りから同意の声が上がる。そんな俺たちの剣幕にメイドは一瞬驚いた顔をしたが、やがてその表情はこの人は一体何を言っているんだろう? とでも言うような不思議な物を見る表情に変わって行った

 

 「まさか、あのアルフィンと言うおん・・・姫様は予知能力まであると言うのか!?」

 「いえ、いくらアルフィン様が至高で偉大な御方でも予知能力は御持ちになられてはいないと思いますよ」

 「ならなぜだ?」

 

 本当に俺が言っている意味が解らないのか、メイドは指を顎に当てて斜め上を見上げながら少し考える。そして「まさかそんな事は無いよね?」と小声でつぶやいた後、こちらに向き直って口を開いた

 

 「あのぉ~、私たちの国では魔法の込められている衣服はすべて着用者に合わせてサイズが変わるのですが、もしかしてこの国では違うのでしょうか?」

 「なんだって・・・!?」

 

 魔法が込められているだと? それも収監される者の制服すべてに? 馬鹿な、魔法の装備がいったいいくらすると思っているんだ、それも全員に各3着ずつだぞ

 

 「俺を、まさか俺たちを収監する為だけに魔法の込められた制服を60着も用意したと言うのか!?」

 「いえ、予備も含めて80着作っておくようにと指示を頂いたので、城の裁縫士さんたちが先ほど作られました。あ、魔法が込められていると言っても急な事でしたのであまり強力なものではなく、汚れがつきにくくて布の服よりも少しだけ丈夫な程度ですよ」

 

 あまりの驚愕に声も出ない俺たち。それに対してこのメイドは、どうやら本当に俺たちがなぜ驚いているのか理解できていないようだ。と言う事は、この城の者たちが着ている衣服はすべて魔法が込められていると言うのか? それに俺たちが捕まってから命令して作らせただと? いったいどれだけの財力を持っているんだ、あのアルフィンと言う女は

 

 「疑問はそれだけですか?」

 「そっそうだ・・・」

 「はぁ~、よかったぁ」

 

 メイドは今までのまじめな表情を崩し、心底ほっとしたと言うような顔で長いため息をついた後でこう続けた

 

 「もぉ~、心配させないでくださいよ。何か失敗してしまったかと思ったじゃないですか。初めてアルフィン様から直々に頂いた仕事で緊張してるのですから、驚かさないでください」

 「は、はぁ」

 

 少し怒ったような顔を作って文句を言うメイド。しかし緊張が解けて柔らかな表情になり半笑いぎみになってしまっている口調では、怖いと思うどころかあまりの可憐さに俺たちは皆見惚れてしまいそうだ

 

 どうやらこの姿がこのメイドの素らしく、心底ホッとしたと言うその姿は先ほどまでのどちらかと言うと硬質な態度とはガラッと変わって、第一印象で感じた通りの少しだけおどおどしたようなかわいらしい印象に戻っていた

 

 「とにかく、これでもう質問はありませんか? はい、無いようですね。それでは皆さん、1時間後に食堂に来てください。その時は今着ている服を忘れないようにお願いしますね。それでは失礼します」

 

 そう言うと、メイドはぺこりとお辞儀をして俺たちの前から小走りで去って行った。多分、先ほどまで緊張していたと言う事が俺たちにばれて気恥ずかしかったのだろう。去り際の顔は少し頬が赤かったような気がするしな

 

 「とりあえず、部屋を確認してみるか」

 「そうですね」

 

 横で一緒にあっけにとられていた俺の片腕で副リーダーとも言える盗賊が相槌を打つ。そこで一番近い入り口の前まで行き、扉代わりのカーテンを開く

 

 「なんだこれは!?」

 

 今日はもう一生分の驚愕を味わったと思っていたが、どうやらまだ驚愕は続くようだ。カーテンを開けて見た部屋の中には二段ベットとクローゼット、机と椅子が設置され、その向こうには鉄格子がはまっていて外から見た時は気付かなかったが、なんと開けなくても外が見渡せるほど透明なガラスの窓があった

 

 「馬鹿な、ガラス窓だと!?」

 「りっリーダー、それよりこれ」

 

 帝都でも帝城や貴族の館くらいにしか設置されていないガラス窓に驚いていた俺に、盗賊が驚愕の声を上げる

 

 「この二段ベット、マットレスがついているぞ」

 「なっ、なんだってぇ!?」

 

 普通冒険者が泊まる宿では木製のベットの上に何かあったとしてもシーツだけ、少しいい宿でも麻や木綿の布を重ねて作った硬いマットが置かれているだけだが、この二段ベットには薄いもののスプリングの入ったマットレスが敷いてあった。おまけにマットレスの下は木ではなく弾力のある金属製の網で、その網とスプリングマットレスのおかげでベットに寝ると体を包み込むように軽く沈み、かと言って弾力がありすぎて背中や腰に負担をかける事がない程度の硬さも兼ね備えていた。おまけにマットレスの上に掛けてあるシーツもしみ一つ無く、目にまぶしいほど真っ白でとても清潔そうだ

 

 正直こんなベットは過去に一度だけ前の仲間たちと泊まった事がある帝都の高級宿屋でしか見たことが無い。あの時も一番安い部屋とは言え、雇い主が払ってくれたから泊まれただけで俺たちではもったいなくてとても泊まる事が出来ないほどの値段だったのに、それと同程度のベットを全員分だと!?

 

 「すげぇ!」

 「こんな部屋、泊まるどころか見たことも無いぞ!」

 

 他の仲間たちもあわてて他の部屋に駆け込み、ベットに飛び込んでは大はしゃぎしているようだ。それはそうだろう、金の冒険者でもまず泊まれないような部屋だ。鉄や銀の冒険者だった奴等では泊まるどころか入り口で門前払いを喰らって、普通なら足を踏み入れる事さえできないほどの部屋だろう

 

 「ここまで来ると何か裏があるとしか思えないな」

 「そうですね。我々は言わば囚人、普通なら殺されてもおかしくないし、拘留されるにしてもベッドなどない冷たい地下牢に足かせ付きで繋がれるのが普通ですから」

 

 別にいい目を見させてから絶望に叩き落すなんて事は無いだろうと思いたいが、この待遇を見せられると「十分楽しんだか? では死ね」なんて事が現実に起こりそうで怖い

 

 「いやいや、あの能天気そうなお姫様がそんな事をするとも思えないな。では、明日から従事させられると言う仕事が俺たちの想像以上にキツイと言う事か」

 「それが一番ありそうですね」

 

 先の事が解らない今の時点で心配しても仕方がない。とりあえずは今やるべき事を先に済ませよう

 

 「お前ら、はしゃぐのはいいが時間に遅れたらその回の飯は無いってのを忘れたのか?早く部屋割りを決めて着替えろ。後30分くらいしかないぞ」

 「おお、そうでした」

 

 部屋割りは各自の判断に任せ、俺は最初に入った部屋のクローゼットを開ける

 

 「なるほど、確かに灰色の布製の服が釣り下がっているな。サイズが合っていないようにも見えるが、あのメイドの話通りなら」

 

 そう思って袖を通してみると本当に俺にジャストフィットするサイズに変形した。嘘偽り無く魔法の服と言うわけだ。これを80着だと? 一体いくらするんだ?

 

 ・・・もういい、これからは何が起きても驚かないぞ! 考えるのもばかばかしくなった俺は、確かにこの時はそう思った。そう、本当に思っていたんだ

 

 

 

 

 

 「うまっ!」

 

 一口食べた瞬間、あまりの美味さに頭の中が真っ白になってしまった。つい夢中で食べてしまい、気付いた時にはスープの入っていた皿は空だ。ああ、もったいない。もっと味わって食べるべきだった

 

 あれから30分後、俺たちは先ほど案内された食堂に足を踏み入れていた。そこにはうまそうな匂いが充満していて、その匂いによって腹が鳴り、今までは見知らぬ場所につれてこられて緊張して空腹を忘れていた事を思い知らされた

 

 食堂の入り口には先ほどのメイド、確かミシェルだったか? が薄ピンクのエプロンをつけて立っていて

 

 「皆さんおそろいですね。それではカウンターで食事の乗ったトレイを受け取って席についてください」

 

 と、奥にあるカウンターの方に案内される。そのカウンターの中では料理人らしき女性がトレイに乗った皿にスープらしきものを注ぎ、パンと付け合せのサラダを乗せていた

 

 「うまそうな匂いではあるが、見た事の無い怪しげな料理だな」

 

 パンとサラダはともかく、スープの方は普通によく見かける豆と少しの野菜が入った塩味のスープではなく、透明度がまったく無い上に色も黒っぽいコゲ茶色だ。どうやら何か具が入っているようだが、とろみが強すぎてよく解らない。入っているのはジャガイモとにんじんか? いや、それならこれは常識から考えて入っている量が多すぎる。多分この料理同様、俺の知らない野菜だろう。あと肉のようにも見える物も入っているが、薄い干し肉ならともかくこんな大きな肉が入っているわけが無いだろう

 

 匂いこそかなり旨そうではあるものの、その異様な姿に警戒して誰も手をつけようとしない

 

 「どうされました? 受け取った方は食事を始めてもらっても大丈夫ですよ」

 「ここまで来て、毒を盛られるなんてことは無いだろう。とにかく食ってみるか」

 

 ミシェルに促され、周りの不安と好奇心の混ざり合った視線の中、ひとくち口に運ぶ。で、その結果が先程のあれだ

 

 「ふぅ~」

 

 息もつかずに一気に食べてしまった為、軽い後悔と圧倒的な美味についため息が漏れる

 驚いた事に、先ほど肉のようだと思ったものは本当に肉だった。いや、肉だったと思う。確たる自信が持てないのはこの肉らしきものがあまりにやわらかく、噛まなくても口の中の圧力だけでほどけていくほどで、なおかつ俺の常識の中にある肉からするとありえないほどの肉汁があふれ出したからだ。その濃厚な肉汁と、とろみのあるスープの味の強さとで食欲が刺激されてつい夢中に食べてしまったというわけだ

 

 今思うと、一緒に入っていた根菜類も本当にジャガイモとにんじんで、なおかつ普段ではありえないほど大きく切られていた様に思える。量も豊富で本当に信じられないほど豪華なスープだった

 

 「美味い! 美味い!」

 「うぉっ! スープだけじゃなく、このパンの香ばしい香りと柔らかさときたら」

 

 俺の姿を見て食べ始めた仲間たちも、今では夢中になって食べている。その姿は捕らわれた囚人とは思えないもので、誰も彼もとても幸せそうだ

 

 「おかしい、これは絶対おかしい」

 

 何が狙いだ? なぜ俺たちをこれほど歓待する? 部屋だけでなく食事も高級宿屋並み、いや、食事にいたってはこれほどの食事を出す事ができる宿は帝都でもないのではないか? そんなものを俺たちに提供するあの女の狙いはなんだ?

 

 「おかわりが欲しい方は言ってくださいね。今日は初日なので、皆さんがどの程度食べるか解らないので余分に作ってありますから」

 「あっ、お願いします!」

 

 ・・・・・・

 

 違うんだ! 俺が悪いんじゃないんだ! このスープが美味すぎるからいけないんだ!  そんな自己嫌悪を感じながらもあまりの旨さにスープをおかわりし、パンの柔らかさに驚愕しながら食べ続けて最後にはほぼ全員が食べすぎで動けなくなってしまった

 

 

 

 その夜は皆、食べすぎで唸りながらもベットの気持ち良さに熟睡し、朝を迎えた。そんな状況だったので朝になってもまだ胃が重かったが、朝食として出されたカリカリサクサクとした何層にも分かれた生地で作られた、少し甘くて信じられないほど旨い焼きたてのパン(クロワッサンとか言うらしいな)と貴重な卵を複数使ったであろう大き目のオムレツらしきもの(あまりにふわふわで、味があれほど濃厚な卵は食べた事がない)を前にして、一気に空腹感に襲われた。この後仕事があるからあまり食べ過ぎないようにとミシェルに言われなければ、まず間違いなく昨日の夜の二の舞になる所だったろう

 

 朝飯を食べ終え、そのクオリティに確信した。これから従事させられるという仕事がきっと死ぬほど辛いのだろう。仲間たちも同じ思いらしく、皆覚悟を決めた顔で収容所入り口広場に集合して、ミシェルからの仕事の内容説明を待つ

 

 しばらく待つと、収容所の奥からミシェルが現れた

 

 「皆さん、準備はいいですか?それでは仕事の説明をするので外に出てください」

 

 さぁ、どれほどの地獄を見せてくれるんだ? 俺たちだって相当の修羅場をくぐってきたんだ、そう簡単には根は上げないぞ。そんな事を考えながらミシェルの後ろをついて庭に出る。するとそこには予想外の物がおいてあった

 

 「おい、あれって」

 「はい、あれにか見えませんね」

 

 あまりの事にこの収容所につれてこられて最大の驚愕が襲ってくる。まさかそんな事が!? いや、そんなはずは無い。いくらなんでもそんな仕事をあてがわれるはずは無いはずだ。しかし、ミシェルの口からは俺が必死にありえないと否定した通りの仕事が告げられた

 

 「皆さんにはここにある農具を使って、この広場を耕してもらいます」

 

 そう、俺たちが目にしたのは草を刈るための鎌や土を耕す為のクワやスキだった

 

 「普通荒地を耕す場合は牛や馬を使うのですが、これは皆さんが犯した罪に対する罰の意味もあるので皆さんの力だけで行うようにとアルフィン様から言い付かっております。大変でしょうけど、がんばってください」

 

 まさか、本当に? 本当に農作業が我々に課せられた仕事だというのか? 冒険者になる者は町に出てくる前は農民だった者も多いと言うのにか? そもそも食うに困って冒険者になる奴が住んでいたような貧乏な村では、牛も馬も買えないから荒地開墾は当然のように人の力だけで行われる。そんなどこででも普通に行われている作業が、野盗に身を落とした俺たちに対する罰になると本当に思っているのか?

 

 それに、農具に含まれる鎌。鉄製のクワやスキもそうだが、特に鎌は武器になる。俺たちがこれを使って反乱を起すとは思わないのか? 確かにガーゴイルは手ごわいが、このメイドを人質に取れば逃げられるかも知れないなんて俺たちが考える可能性を想像すらしていないと言うのか?

 

 「後ですね、ここを作る過程でこのような石が土に埋まっていることがあります」

 

 そんな事を考えているとミシェルが近くにあった高さ1メートルほどの岩に近づいた

 何をするんだ?と思っていたら

 

 「流石にこれは皆さんではどうにもならないでしょうから私に報告してください。その時はこのように」

 

 そう言ってミシェルは岩に片手を添えて腰を落とす。そしてスゥっと息を静かに吸って

 

 「秘奥義! 砕岩超振動波!」

 

 掌から波のような振動を伝えて岩を砂粒レベルにまで粉々に砕いた。俺程度ではどうやったかはとても解らないが、魔法ではなく技で砕いたのだけは間違いないだろう。と言う事はこの娘もあのセルニアとか言うメイドと同様、化け物じみた強さを持っているという事か。確かにこれなら俺たちが武器を持った所で勝てるわけが無いな

 

 そんな事を思い知らされて、意気消沈気味に農作業に入る俺たち。そんな精神状態だったからだろう、仲間の一人が振るったクワが埋まっていた岩に弾かれ隣で作業しているやつの背中に飛んで行ってしまった。意気消沈しているとはいえ、元冒険者が力を振るってはじかれたものだ、それ相応の勢いがついている

 

 「危ない!」

 

 そして、クワと言ってもちゃんと手入れをしてある物は十分に武器となる。それが飛んで行ったんだ。俺たちの中には治療の魔法を使える者はいないし、ミシェルも先程の業からすると神官ではないはずだ。下手をすると死人が出るこの状況に皆、この後に起こるであろう惨事を想像して青くなる。ところが

 

 ガンッ!

 

 背中に鋭角にあたったクワが作業服に弾き返される。そしてそのクワが背中に突き刺さるはずだった男は

 

 「うぉ!? なんだ、何か背中にあたったぞ」

 

 信じられるか?ダメージどころか、背中にあたった物が自分に死をもたらしたかもしれないほどの物だったと言う事にさえ気付いていないんだぞ。そのあまりの光景に、俺たちは今着ている作業着を見下ろした

 

 「これ、もしかしたら俺たちが着ていた鎧よりも防御力、高いんじゃないか?」

 

 確か、ミシェルは布製より少しだけ丈夫な程度とか言ってなかったか?ならあいつ等からすると頑強な装備と言うものはどれほどの強度を持っていると言うのか? 改めて、ボウドアでのシャイナとの戦闘を思い出して背筋が寒くなった

 

 

 

 その後、仕事が終わって収容所に帰ると

 

 「皆さんお疲れ様です。昨日は急だったので間に合いませんでしたが、アルフィス様に湯を沸かすマジックアイテムを造っていただけたのでお風呂が沸いています。ですから食事前にどうぞ」

 

 最後の驚愕が待っていた。用意されていた風呂は、俺たちが普段宿屋で入っているような桶に溜まった冷め掛けの湯をかぶる程度の物ではない。全員が一度に、それもちゃんと肩まで湯に浸かれるほどの豊富な湯量のある大きな風呂だ。こんなものは火山地域に沸いている温泉でくらいしかお目にかかった事は無いぞ。それもこの収容所の風呂のためにマジックアイテムを作っただと?

 

 

 驚きはあるものの、疲れた体に風呂と言うのは大変ありがたい

 

 「これで酒が呑めれば最高なんだがなぁ」

 「流石にそれは無いだろう」

 

 おいおい、俺たちは囚人だぞ? なんて笑いながら風呂を出る。そこには当然酒が用意されているなんて事はなかった。しかし

 

 「こんな物まで用意されているのか・・・」

 

 確かに酒は無かったが、脱水防止の為に水が通常よりもよく冷えるように魔法が付加された永遠の水差しが脱衣場に用意されていて、湯から上がった俺たちはその冷たさを十分に楽しんだ

 

 

 ■

 

 

 ここで冒頭のやり取りに戻る

 

 「寝泊りしている部屋は高級宿屋並みだし風呂はこれほどの物は町ではどこにも無いくらいの大きさ、食事にいたっては帝都の超高級料理店でも食べる事ができないかもしれないレベルだ。それも初日二日目だけでなく、今日までずっとこの調子。仲間の中にはもうここから一生出たくないと言っている者まで出る有様だし、子供がいる奴にいたってはここの食い物を食べさせてやりたいと泣いているくらいだぞ」

 

 「えっ? どう言う事? ここって普通の収容所と何か違うの? 何かおかしいの?」

 

 テレビで見た知識の中だけで知っている刑務所は、鍵つきの個室に入れられている凶悪犯以外はみんなここで使われているような簡易二段ベットのある部屋で生活していたし、今は希望する人はお風呂にもちゃんと毎日入る事ができる。食事も特に高級な物を使っている訳でなく、むしろ私たちが普段食べている物よりかなり落ちる食材を使って作っているくらいだ

 

 「最高級の食事って、一体何の事よ!?」

 

 しかし自分たちにとっては普通だと思っているそのすべてが、この世界では信じられないほど豪華な物だと言う事を知らない私は、エルシモさんの勢いにただただオロオロするだけだった

 




 う~ん、かなり長くなってしまった。今迄で一番長いんじゃないかな?普通なら2回に分ける分量ですよ、これw

 さて、感想掲示板への投稿の返事でも書きましたが、野盗たちはは当初このような状況になる予定ではありませんでした。最初はボウドアの村から直接領主の館に向かい、その手土産にするつもりだったんですよ

 ところが書き始めた後に買った9巻で帝城の護衛が銀の冒険者クラス、近衛兵でさえ金の冒険者クラスの強さだと言う内容が書かれていたので、それでは地方のそれも弱小貴族の館に連れて行ったところでもてあますだけだと思ったのでイングウェンザー城に連れて行くことになってしまいました

 まぁ、そのおかげでこの話ができたからいいんですけどね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。