ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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142 山羊と大量破壊兵器

 ヨアキムさんが言った壊滅と言う言葉に応接室の中が静まり返る。

 と言うのも、私を含むイングウェンザー関係者はその言葉でどれほどの魔法が使われたのか、想像したからだ。

 

 例えばウィザード系の第10位階魔法にメテオスウォームと言う魔法がある。

 この魔法は任意の4箇所に火の玉を落とし、その爆発によって範囲内にいるものに火と物理の両ダメージを与える魔法なんだけど、この魔法のえげつない所はたとえ壁などの後ろに隠れたとしてもそれを回り込んでダメージを与える所だろう。

 もしこの魔法を密集した軍隊の真ん中に落としさえすれば、この世界の兵士のレベルではレジストできないだろうから一箇所に付き数千、4箇所あわせて2万人以上の兵士を殺す事さえできると思うんだ。

 

 因みによく似た魔法にメテオフォールと言う魔法があるけど、これはレイドボスなんかに使う魔法で、破壊力はこのメテオスウォームに近いものの範囲というより1体の巨大モンスターに対してのダメージを与えるタイプの魔法だから、こちらはあまり戦争には用いられないだろうね。

 

「そうなの。それは余程強力な魔法だったのでしょうね」

 

 実際にそんな魔法が用いられたとしたら、王国軍の方はパニックだったでしょうね。

 そしてそれ以上にアインズ・ウール・ゴウンを名乗っている人は慌てたんじゃないかな? ゲーム時代ではこの魔法を使ったとしても傭兵NPCはともかく、プレイヤーなら大ダメージを受けるかも知れないけどその殆どが生き残るはずですもの。

 そんなつもりで撃ってみたらそこにいた人達が皆死んでしまっていた。

 その光景を前に、彼は何を思ったのだろう?

 

 そんな魔法を放った方の気持ちを思いながらこう口にしたんだけど、その後のヨアキムさんが語った話を聞いて私はもっと凄い状況だったのだと知らされることになる。

 

「ええ、最初に辺境候閣下が魔法の準備に入られた時は青白く光るドーム型の魔法陣が展開されまして、その美しさに皆目を奪われていたのです。まさかあの後、あれほどの凄まじい魔法が放たれるなど想像もしていなかったのですから」

 

「青白く光る・・・ドーム型の魔法陣?」

 

 それってまさか超位魔法!? そんなものを使ったの?

 流石にこれは私もまったく予想していなかった。

 なぜならそんな魔法を使わなくても、この世界の住人相手なら5位階の範囲魔法でさえも耐えられないのだから。

 そんなところに一度使ってしまうと同陣営では一定時間使えなくなる、切り札ともいえる超位魔法を何の備えも無く放つなんて考えもしなかったものだから。

 

 最初に超位魔法を使うなんて・・・もしかして自分たち以外はこの世界にプレイヤーは存在していないと思ってるの?

 

 先ほども言った通り、超位魔法は一度使ってしまったら一定時間使う事ができなくなってしまう。

 それに前兆を見せれば誰かが防ごうとしてくるはずだから、相手が隙を見せるか此方の妨害ができなくなる状況を作ってからでなければ普通は使わない魔法でもあるのよ。

 それだけに、そんな超位魔法を一番最初の魔法に持ってくるなんて普通は考えられないんだよね。

 

 そんな私の考えをよそに、ヨアキムさんの軽快な、ちょっと明るすぎる報告は続く。

 

「ええ、その魔法陣が弾けて消えた瞬間、なにが起こったと思います?」

 

「何が起こったんですか?」

 

 超位魔法と言うものは色々な物があるが戦場で使われるものに限定するのなら、その殆どは広範囲殲滅魔法だ。

 それだけに私たちイングウェンザー城の住人はその次に来る答えを想像できたんだけど、唯一カルロッテさんだけは超位魔法と言うものを知らなかっただけにこう訊ねてしまった。

 そしてその質問を聞いて、私はカルロッテさんをここにつれて来た事を後悔し始めたんだ。

 

「黒い風のようなものが吹き抜けてそれを浴びた王国軍の右翼にいた者たちが、馬も人も、貴族も平民も訳隔てなく、約5万もの兵士たちが全て一瞬にして崩れ落ちたんです」

 

「っ!?」

 

 息を飲むカルロッテさんと、笑顔のままそれを語るヨアキムさん。

 これを見て私は解ってしまった。

 ヨアキムさんもかなりの精神的ダメージを負っているんだと。

 

 確かに人や魔物との戦いには慣れているかもしれない。

 でも、そんな光景に出会うことなんか、普通に生きている人たちは経験した事が無いはずですもの。

 こうして報告できていると言う事は耐える事は出来ているんだろうし、傷付いた心も多分時間が癒してくれるだろうとも思う。

 でも、こうして顔に笑顔を貼り付けて居ないと報告ができないくらいには、今の彼の心は傷ついたままなのだ。

 

「解ったわ。無理をしなくてもいいから。報告はここまでにしましょう」

 

 それが解った以上、この報告会は続けられない。

 多くの人がその戦場に出ているんだから、時間が経てばかなり正確な情報を得る事はできるはずですもの。

 だからこそ、ここでヨアキムさんの傷をさらに抉るような事は止めてしまおうと思ったのよ。

 

「いえ、最後まで報告させてください」

 

 ところがヨアキムさんからはこんな言葉が帰って来たの。

 その顔にはまだ笑顔が張り付いたままではあったんだけど目だけは真剣そのもので、その目を前にした私はただ頷く事しかできなかったんだ。

 

「解ったわ、続けてください。でも無理はしないでね」

 

「ありがとうございます、アルフィン様。では続けます」

 

 そう言うとヨアキムさんは一度お茶に手を伸ばし、一口含んだ後、報告を続ける。

 

「どこまで話しましたか・・・ああ、王国軍の右翼約5万が倒れ伏した所でしたね。私たちはその光景に言葉を失いました。なんと凄い魔法だろうと。しかし、そこでこの魔法は終わったわけではなかったのです。異変は戦場の上空に起こりました。先ほど王国軍の右翼を吹き抜けた黒い風が天に昇り、それが消えた後には真っ黒な、それこそまばゆい夏の太陽の光でさえ照らす事ができないほどの闇を連想させる黒い球体が浮かんでいたんです」

 

 そこまで聞いた私はこの超位魔法の正体を知った。

 <イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢>

 ユグドラシル時代、その異様さと共に、その派手な演出から異形種プレイヤーたちが好んで使っていた超位魔法だ。

 

「そしてその球体はやがて地上に落ち、5体の5メートルを超える異様な魔物を生み出しました。多分この魔物たちこそがこの魔法の正体なんだと思います。何せその魔物たちが動き出すことによって、王国軍は文字通り壊滅したのですから」

 

 5体も? いや、あの魔法は確か最初の即死魔法で死んだ数によって次に召還される山羊の数が変わったはず。

 たとえ一ケタ台のレベルの者しか居なかったとしても、5万人も殺したのならそれくらい出てきてもおかしくないのかもしれないわ。

 

 

 実の所、この魔法って威力と言う点で考えれば超位魔法の中でもそれ程高いわけじゃないのよね。

 何せこの超位魔法は即死魔法と言う性質上、スキルなどを乗せて破壊力を上げることができないんですもの。

 

 そして肝心の即死効果がある最初の黒い風も100レベルのプレイヤーなら対策を何もしていなかったとしてもある程度の確立でレジストして生き残るだろうし、即死耐性が多少なりとも上がる装備をつけているのなら余程運が悪く無い限りはまず死ぬ事は無い。

 また、それによって多くの傭兵NPCは倒されるかもしれないけれど、それを生贄にして現れるあの黒い山羊は90レベル以下な上に体が大きいから攻撃魔法や弓などのいい的で、そんなの生き残ったプレイヤーたちからすればたいした脅威では無いからね。

 

 でも、これがこの世界で使われたとなるとそうはいかない。

 

「多くの触手と蹄の生えた強靭な5本の足を持つ黒い蕪を大きくしたような形の魔物、それが山羊のような鳴き声をあげて触手を腕のように振り回しながら王国群の中を駆け回ったのです。その強さは私たちが出合った事がある、どの魔物より凄かった。もしドラゴンより強いと言われても、納得するほどでしたよ。それが5体もいるのですから、王国軍に逃げ場などあるはずも無く」

 

 きっと多くの人が逃げ惑ったのだろう。

 でも逃げ切れるはずがない。

 たとえ馬を使って逃げたとしても、レベル90近いと言われているあの山羊の方が早いだろうから逃げ切るのは不可能だったはずだ。

 もし逃げられる方法があるとすれば、敵は5匹しか居ないんだからその間をすり抜けて敵陣へ、バハルス帝国の軍の方へ降伏を訴えながら全力で逃げるしかなかっただろう。

 あの魔法で生み出される山羊は自軍の兵を巻き込むことを避ける程度には頭がいいはずだから、そうすれば多分助かったと思うんだ。

 まぁ、そんな事を戦場で思いついた人が居たとも思えないんだけどね。

 

「すばやく撤退を開始した部隊もあったようですが間に合わず、最終的には20万人は居たであろう王国軍の半分以上が死亡しました」

 

 まさに声も出ないとはこの事だろう。

 いや私がじゃなく、この話を聞いていたカルロッテさんの様子が、だ。

 青い顔をして小刻みに震える彼女を見て、私は本当に後悔していた。

 まさかこんな事になるなんて。

 

 戦争なんだから多少衝撃的な話を聞く事になるかもしれないとは考えていたのよ。

 でもカルロッテさんは元冒険者なんだし、普通の人よりはこの手の話に耐性があるだろうって、簡単に考えてしまったんだ。

 でも、ここまで来て下がらせるわけにはいかない。

 だって中途半端なところで話を終わらせることが出来なかった以上、最後まで結末を聞かせたほうが後々に残る傷は癒えやすいだろうと思うから。

 

「そう、大被害だったのね」

 

「アルフィン様はそれ程衝撃を受けていないようですね」

 

 話を聞いてその感想を洩らす、そんな私の言葉に答えず、ヨアキムさんは逆に質問を返してきた。

 何故この話を聞いてショックを受けていないのかと。

 言われて見ればその通りで、もしこの魔法を知らないのであればそんな魔法の存在を知った私が錯乱しないのはちょっとおかしいよね。

 

 なるほど、私が報告会をやめようと言った時にヨアキムさんが続けると言った理由はこれか。

 

「もしかしてアルフィン様はこの魔法の存在を、アインズ・ウール・ゴウンを言う存在をご存知だったのではないですか? だから私に戦争の詳細とアインズ・ウール・ゴウン辺境候の様子を報告するよう、依頼されたのではないですか?」

 

 そうよね、そんな魔法を見せられては私の意図がどこにあるか気付いてもおかしくはないと思うわ。

 でもここで肯定するわけには行かない。

 だって私たちがユグドラシル出身だと言う事を知るという事は、何の対抗手段を持たないままなのにプレイヤーから狙われるようになる可能性だけが跳ね上がると言う事なのだから。

 

「そうね。私は戦争で起こったこの悲劇を聞いても、それ程の衝撃を受けていません」

 

「ではやはり」

 

「いえ、そうじゃ無いわ。別に辺境候閣下の強さを知っていたわけでも無いし、その魔法をあらかじめ知っていたわけでも無い。ただ私が元いた場所では過去、もっと凄惨な破壊が、それも特殊な力を持った存在によってではなく普通の人間が作り出した一つの兵器によって行われた歴史を知っていたから、ただそれだけなのよ」

 

 私はヨアキムさんに語った。

 過去、私たちの国で起こったことを。

 人が作り出した兵器によって多くの人が、それも兵士ではなく普通に暮らす人々が焼かれ死んで行ったという話を。

 

「その兵器が空から投下されたことによって一瞬にして10万人近くの人が死に、その傷が元で数週間の間に更に3万人以上の人が死んだそうです。そしてその兵器の恐ろしい所はそれとは別に50万人以上の人々が病魔に犯されたことでした」

 

 私が話した内容にヨアキムさんは言葉を失う。

 それはそうだろう、私もその被害写真を見、話を聞いたときは物凄いショックを受けたのだから。

 

 そして私は語る。

 それと同等の悲劇が起こったと聞いたとしても、私の頭の隅にその兵器の存在がある以上、酷いショックを受けたりはしないのだろうと。

 

「その兵器は私の国だけでなく、近隣の国でも条約によって使用は禁止され、最終的には全てなくなりました。しかしここにはその条約はありません。私が恐れているのはその兵器がまた作られ、使用されることだったのです」

 

 ここからはただの作り話。

 強大な力を持つ魔法使いが何の前触れも無く辺境候という今までにない地位に着いた事を聞いて、裏に何かあるのではないかと疑った事。

 そしてその辺境候が戦争に参加すると聞いたこと。

 マジックキャスターと言う触れ込みではあるものの、もしそのような兵器を操り、その大威力を持ってこの世界では誰も成し遂げられないほどの強大な力を持つマジックキャスターを名乗っていたとしたら取り返しがつかなくなる。

 そう思った私は、ヨアキムさんにその様子を探るようにお願いしたんだと言って聞かせたんだ。

 

「なるほど、そのような心配をなされていたのですか」

 

「ええ。ですがそのような魔法を使ったと言うのであれば、ゴウン辺境候閣下は本当に強大な力を持つマジックキャスターだったと言う事なのでしょう。ただ、かなり規格外の力を持った方のようですが」

 

「はい、その通りだと思います。ところでアルフィン様、一つお伺いしても宜しいですか?」

 

「なんでしょう? 私に答えられる事だといいのですが」

 

「先ほど、兵器を使われた後も50万人以上の人々が病に犯されたと仰られていましたよね? ならその兵器が使用された場合、私も危なかったのではないですか?」

 

 あっ、そっか。

 確かにあれが使われたらヨアキムさんたちも灰をかぶるわよね。

 でもまぁ、それに関しては言い訳できるから問題なし。

 

「そうね。でもそこにアインズ・ウール・ゴウン辺境候閣下もいらっしゃったんでしょ? ならその兵器は使われる事は無いわ。だって自分やバハルス帝国軍も巻き込まれて病魔に侵されるもの。私が心配したのはそれを持っているかどうかであり、もし持っているのなら力を示す為にそれに類似する兵器を使用すると思ったからよ。病魔に犯される心配がない武器の中にも1万人くらいなら殺傷できるものもあるのだから」

 

「恐ろしい話ですね」

 

「ええ。できれば二度とあのような兵器が作られないことを願うわ」

 

 とっさに思いついた本や映像媒体でしか知らない歴史的な事実を並べ、なんとか話をうやむやにする事ができてよかったと思うアルフィンだった。

 




 未来の世界で核兵器はすべて廃棄されたという事実はオーバーロードの世界にはありません。
 これは私のオリジナル設定なので、どこに書いてあるなどの質問は無しの方向でお願いします。

 因みにですが、原作者の話によるとオーバーロードの世界では火薬は無いし、あっても爆発しないそうなので通常兵器を作る事はできません。
 ですがそんな事をアルフィンは知る由も無いので、この話をでっち上げた後、本気でプレイヤーが作ったりしないよね? って1人心配になったりもします。

 でも現実世界もこの話に出てきたアルフィンたちの居た未来みたいに、核兵器が無くなるといいんですけどね。
 隣の国が核兵器を持ったから日本も持った方がいいって主張する人の話を聞くと毎回、「そんなの、血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」って言う、ウルトラセブンの名台詞が浮かんでくるんですよね。

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