ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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141 ヨアキムからの報告

 

 リ・エスティーゼ王国との戦争に参加するためにイーノックカウから出発した部隊が帰って来た。

 だから私はてっきり大々的に帰還式典でも開くんじゃないかと思ってたんだけど。

 

「どうやら体調不良を起しているものが多く、式典を開く事ができないようでございます」

 

 ギャリソンが言うには戦争によって怪我をした人は一人もいなかったらしいんだけど、心的疲労によって殆どの人が体調を崩してしまったらしいんだ。

 う~ん、前線ではないとは言っても戦争だからなぁ。

 バハルス帝国軍の兵士とは言え、普段は他国から遠く離れたイーノックカウに住んでいる人たちだから魔物の討伐ならともかく、実際に人と人との殺し合いの場に出た事がある人なんか殆ど居ないと思うのよね。

 それだけに戦争で心を病んでしまっても仕方がないと思う。

 

 昔あったって言う現実世界の戦争でも、やっぱり帰って来た人たちはどこかしらおかしくなっていたって言うし、それだけ戦場と言うのは精神に負担をかける環境なのだろう。

 

「精神的なことでは魔法でなおす事もできないし、私たちでは何もできないわね。せめて美味しいものでも食べたり飲んだりして静養できるよう、ライスターさん経由でお酒と料理を差し入れておいて頂戴」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 こうして兵士たちが帰還してからも数日の間はヨアキムさんからの報告を受けることもなく、私はレストランやアンテナショップの視察などをしながら過ごした。

 

 

 

「戦争に行った兵士たちが次々と除隊してるの?」

 

「はい。そのようでございます」

 

 私がギャリソンからそんな報告を受けたのは、戦争から部隊が帰って来た日から10日ほどたった頃。

 どうやら余程戦争に行った経験がつらかったのか、参加した人たちの多くが兵士と言う仕事をやめてしまっているらしいんだ。

 

 でもたった一日で終わったって言うのに、戦争ってそこまで過酷なのかしら?

 

 今の所ライスターさんからはヨアキムさんが除隊したって話を聞かないから大丈夫なんだろうけど、こんな話を聞かされるとちょっと不安になるのよね。

 シャイナがライスターさんにはじめて会ったのは野盗のアジトを襲撃した時だって言うし、対人戦を経験した事はあるって話だから大丈夫だとは思うんだけど、もしかしたら私が頼んだ偵察によってより凄惨な現場を見ることになってしまったかもしれないもの。

 実際に自分でその場に居るよりも、他の人たちが殺しあっている現場を見るほうが心に負担がかかってしまう事があるかもしれない。

 そう思うとちょっとだけ、いやかなり心配になるんだ。

 

 しかしその心配は杞憂に終わる事になる。

 

「アルフィン様。ライスター様から使者が参りました。ヨアキム様からの報告の為の謁見申し込みでございます。日時は此方に任せるので、連絡を頂きたいとの事でが、いかがなさいましょう」

 

 実はその数日後、ライスターさんから謁見依頼が入ったんだ。

 

「まぁ、ヨアキムさんは大丈夫だったみたいね。よかったわ」

 

 報告に来られるって事は、ヨアキムさんは戦争に行っても心に傷を負ったりはしなかったみたいね。

 さて、では何時会うかだけど・・・私としてはいつでもいいのよねぇ。

 ロクシーさんが帝都に帰ってしまってからは正直絶対に外せないような用事があるわけじゃないし。

 

「ギャリソン。私としては別に今日でも明日でもいいんだけど、流石にそれだと向こうの準備が間に合わないわよね」

 

「はい。このような場合は相手方の予定も考え、数日開ける方が宜しいかと」

 

「解ったわ。では5日後の午後に大使館で会うと伝えて」

 

「畏まりました。そのように伝えます」

 

 こうしてヨアキムさんからの報告を受ける事になったんだ。

 

 

 そして当日。

 

「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。アルフィン様」

 

「いいえ、戦場の様子を聞かせて欲しいと頼んだのは私ですもの。此方こそ時間を取らせてしまって申し訳ありませんわ」

 

 社交辞令を交えた挨拶と供に、私はライスターさんとヨアキムさんを大使館の応接室で出迎えた。

 私と同席しているのはギャリソンと秘書官のような役割を担ってもらっているカルロッテさん、そして、

 

「アルフィンの我侭を聞いてもらえて助かったわ。ヨアキムさん、ありがとうね」

 

「いえいえ、シャイナ様。そんなお言葉、私如きにもったいないです」

 

 ことが戦闘の話と言う事でシャイナにも同席してもらった。

 本当は魔法戦闘の話もあるかもしれないからって、まるんにも同席してもらうかと思ったんだけど、

 

「私の外見を考えてよ。戦争の報告会に子供が居たらおかしいでしょ?」

 

 って言って断られてしまった。

 まぁ確かに本来なら子供に聞かせる話じゃないだろうし、何より人と人との殺し合いの話を子供の前でしろと言うのも酷と言うものだろう。

 と言う訳でまるんの参加は断念、この四人でヨアキムさんからの報告を受ける事になったんだ。

 

「それでは立ち話もなんですから席へどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 2人に席を進め、私たちもテーブルにつく。

 とは言っても、ギャリソンは相変わらず私の斜め後ろだけどね。

 

 こうして全員が席につくと、メイドたちの手によって各自の前にお茶が置かれていく。

 多分ちょっと長めの話になるだろうから、のどを潤すものがないと大変だろうからね。

 そしてそれが全員に行き渡ったところで、いよいよヨアキムさんからの報告会が始まった。

 

「まずはどこから話しましょうか」

 

「取り合えず順序だって話してもらえるかしら。いきなりクライマックスから話されてもどうしてそのような状況になったのかうまくつかむ事ができないかもしれないもの」

 

「ええそうですね。では私たちが戦場となるカッツェ平原に到着した所から話しましょう」

 

 話によると、ヨアキムさんたちがカッツェ平原に着いたのは戦争が始まる1週間ほど前だったんだって。

 それで到着したその場でどこに配属されるかが決められて、彼らは当初の予定通り後方の砦勤務になったそうなんだ。

 

「そこは戦場からは少し離れているのですが、大きな建物と物見やぐらがあるおかげで戦場を見渡せるようになっておりまして、将軍たちはそこから指揮を取る事になっていました。それと同時にその場所は到着した兵たちが集まる場所でしたから、戦争が始まってからよりも、むしろその前と戦後が一番忙しい部署でした」

 

 前に聞いた時はてっきり小さな砦があるだけだと思っていたけど、ヨアキムさんの話からするとそこって今回参加した全軍6万人が駐留できるほど大きな砦だったらしいのよね。

 だからそんな場所に配属されたヨアキムさんは、ある意味物凄く大変だったみたい。

 新しく部隊が到着するたびにその人数を確認して報告、砦のどの場所に入ってもらうのか指示を聞いては部隊を案内しなければいけなかったらしいからね。

 

 そしてそんな忙しい日々を送っていると、会戦の3日前に突如ヒポグリフが3匹飛来したそうなのよ。

 

「どうやらそのヒポグリフはロイアル・エア・ガードと呼ばれる皇帝陛下直轄の近衛隊の騎士が操る魔物のようで、その3騎の内の一匹には帝国4騎士の1人である、「激風」ニンブル・アーク・ディル・アノック殿が乗っておられました」

 

 帝国4騎士ってあれよね、レイナースさんが含まれてる帝国最強の4人。

 そっか、流石王国との戦争だけに、そんな人も参加するんだ。

 私はその話を聞いて、てっきりそう思ったんだけど、どうも違ったみたいなのよ。

 

「どうやらニンブル殿は先触れだったようでして、辺境候閣下の馬車がまもなく砦に到着するとの事で、その指示により砦の到着門近くに居た者たちは全て整列させられて最敬礼で迎えるよう指示が出されたのです」

 

「へぇ、最敬礼で」

 

 最敬礼ってあれよね、前に皇帝陛下がロクシーさんのパーティーにお忍びできた時に貴族たちがやってた奴。

 辺境候は侯爵よりも上って話だし、やっぱり大貴族相手だと最敬礼で迎えるものなのね。

 

「はい。最敬礼で迎えるのは本来、皇帝陛下の御前や他国の王族を迎える正式な場でしか行われる事のないらしいです。それをあのような砦で行う事になるとは思いませんから、将軍や騎士たちも驚いていました。それに私もそうですが、周りにいる兵士たちは最敬礼なんて聞いたこともなったのでやり方がわからず、皆大慌てでしたよ」

 

 あら、普通は大貴族相手でもやらないのね。

 まぁそれだけに、この新しく辺境候という貴族位に付いたものはバハルス帝国にとって大事な存在であると知らしめるのが目的だったんだろうけど・・・そこまでするって事は皇帝陛下もアインズ・ウール・ゴウンを名乗る者がそれだけ脅威だと感じてるってことかな。

 

「そしてその後、見たことも無い旗をなびかせた荘厳な馬車が到着しまして、我らは合図と共に最敬礼しました。いやはや、冒険者上がりの私としてはあのような場に参加した事が無かったので、少し感動しましたね」

 

 貴重な体験だったって笑うヨアキムさん。

 でも次の瞬間、彼は真顔になってこう言ったんだ。

 

「しかしそんな感動をしていたのは流石に私たちだけだったようでして。我々のような下っ端は遠く離れた場所から頭を下げていたので気楽でしたが、馬車近くにいた騎士たちはまるで凍りついたかのように緊張に身を硬くしてました。中には少し震えている様なものも見受けられましたから、あの様子からすると辺境侯閣下はかなりの使い手なんだろうとその騎士たちの姿を見て思い知らされましたよ」

 

 ああ、そうか。

 私やシャイナはいくら強くても人間種だから周りに威圧感をもたれる事はあまりない。

 でもアインズ・ウール・ゴウンを名乗る以上は辺境候はきっと異形種のはず。

 ならばある程度の力を持っていて、なおかつその存在に近づく事ができたのなら、本能的に身の危険を感じてもおかしくはないかも。

 たとえその中身が元人間のプレイヤーだったとしても、存在から感じる気配はその異形種のものだからね。

 

「そのまましばらくは辺境候閣下が将軍たちとなにやら話しこんでいたので、私たちはともかく近くに居た騎士たちは大変だったでしょう。極度の緊張感のまま直立不動を保つ。一種の拷問みたいなものですから。しかしあくまでそれは拷問のようなものであって拷問じゃありません。本当の意味で拷問だったのはその後でしょうね」

 

 そう言ってヨアキムさんにやりと笑った。

 最初の頃こそ畏まった話し方をしてたけど、だんだん興に乗ってきたのか口調が冒険者っぽくなってきてるわね。

 でもまぁ畏まった言い方をされるよりは私もその方が気楽だから注意はせずに、そのまま話を聞く。

 するとヨアキムさんから、ある意味この戦争のクライマックスなんじゃないかって思えるような話が飛び出したんだ。

 

「辺境候閣下の部隊が到着したとの報告があったようで、砦の門が開かれたんです。するとそこから入場してきたのはなんだったと思います?」

 

「そうねぇ、ドラゴンでも入ってきたの?」

 

「へっ? いやいやアルフィン様、そこはもう少し弱いものを言ってもらわないと。流石に世界最強の魔物であるドラゴンでもいたのかってなんて言われてしまっては、どんなものが出てきても霞んでしまいますよ」

 

「ああそうね。ごめんなさい」

 

 いけない、いけない。

 戦争が一日で終わったって聞いてドラゴンでも並べたのかしら? なんて思ってたからつい口に出してしまったわ。

 でもそうよね、先にドラゴンなんて出されたら、たとえ武装したサイクロプスの軍団が入場してきたって聞かされても驚かないもの。

 ちゃんと聞き手の方も気をつけて発言しないと、面白さが半減してしまうわ。

 

「それで何が入場してきたの? もったいぶって話すくらいなのですから、それ相応の軍だったのでしょう?」

 

「はい。なんと入場してきたのは冒険者の間でも出会ったらすぐに逃げろと言われているスケリトル・ドラゴン。そしてその背にはタワーシールドを持った黒い鎧のアンデッドが乗っていました」

 

「あら、やっぱりドラゴンだったんじゃない」

 

「いえ、シャイナ様。スケリトル・ドラゴンはドラゴンの名を関していますが、実際はアンデッドの集合体でございます」

 

「あらそうなの? ギャリソン」

 

 もうシャイナったら。

 ドラゴンのアンデッドならドラゴン・ゾンビかドラゴン・スケルトンでしょ。

 それにそもそもスケリトル・ドラゴンはアンデッドの中でも弱い部類に入るんだし、ドラゴンと同列に扱ったらうちに居るドラゴンたちに怒られるわよ。

 

「はははっ、この話を聞いてそんな反応ができるとは流石シャイナ様ですね。しかしその数を聞いたらきっと驚くと思いますよ」

 

「あら何匹いたの?」

 

「その数300です。どうです、驚いたでしょう? 私なんかあの姿を見ただけで、イーノックカウに帰りたくなりましたよ」

 

「まぁ、300もいたの」

 

 それなら掃討するのに5分くらいかかりそうね、と言うシャイナの小さな声は多分私にしか聞こえてなかったと思う。

 でもさぁ、もし聞こえたら大変なんだから口にしないの。

 そう思った私は視線だけでシャイナに注意をしておく。

 

 すると私の意図がちゃんと伝わったみたいで、シャイナは私にだけ解るよう、小さく頭を下げて苦笑いをしたんだ。

 

「それで、スケリトル・ドラゴンの上にいたのはどんな名前のアンデッドだったの? ずっと戦場に居たんですもの、流石に解っているんでしょ?」

 

「はい。どうやらデスナイトと言うアンデッドらしいです。帝都からきていたマジックキャスターが言うには、あれもかなり凶悪なアンデッドらしくて、小さな町なら1体紛れ込むだけで壊滅する恐れがあるくらいなんだそうです。いやぁ、そんなのがスケリトル・ドラゴンの上に乗ってるんですから、相手をしなければいけない王国軍は大変だなぁって思いましたよ」

 

「大変だなぁって。王国の兵士ってその殆どが招集された民兵なんでしょ? それじゃあ勝つどころか戦いにもならないじゃないの。ああだから普段なら1ヶ月はかかるって言う戦争が一日で終わったのね。王国軍がその辺境の軍勢を見て逃げたしたから」

 

「いえ、それが違うんですよアルフィン様。その軍は確かに戦場に整列はしましたが一歩も動いてはいませんし、王国軍もその脅威に気付いていたのかどうかは解りません。ですからその軍団が元でこの戦争が終わったわけではないんですよ」

 

 違うのか。

 てっきり辺境候がつれてきたアンデッド軍団に恐れをなして逃げ出したとばかり思っていた私はちょと意外に思ったんだけど、その後のヨアキムさんが”笑顔のまま”言った次の言葉を聞いて私は納得した。

 そう納得してしまったんだ。

 

「戦争が一日で終わったのは、いや数時間で終わってしまったのは辺境候が放った魔法によって王国軍が壊滅してしまったからなのです」

 





 大虐殺の始まりです。
 この後何が語られるのかは皆さんご存知だとは思いますが、なら何故ヨアキムはこんなに気楽に話せているのか、疑問に思う人も居るかもしれません。
 それは単純な理由で、彼が元冒険者だからです。
 訓練によって強くなった兵士や騎士と違い、冒険者は常に命のやり取りに身をおいて強くなって行くのでたとえどれほどの脅威を前にしても冷静にその状態を分析できるようになっているんですよね。
 書籍版でレイブン侯の元に居た元冒険者チームが山羊たちを前にしても冷静に対応していたのと同じ理由だと思ってください。
 ただ、帰還から報告までに日数はあいてますが。

 後、所々に出てくる日数ですが、これは私が勝手につけた物ですから正確な数字ではございません。
 ですから違うんじゃないか? と思われたとしても、この話ではそうなんだと広い心で見逃してやってください。

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