ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
冒険者ギルドを出た後、私たちはこの街でも比較的美味しいと言われているレストランへと移動する事に。
私たちが今居るイーノックカウは治めているフランセン伯爵の趣味が高じて国中のいたる所から有名なお店を誘致しているそうで、そのおかげで町から出ることなく帝国中の地方自慢の料理を堪能できるんだそうな。
それで今、私たちが向かっているのは帝都にある有名な高級レストランの二号店らしい。
「ユミちゃんからの情報によると派遣している城の料理人たちが食べに行ったレストランの中では、比較的マシな方だって話だよ」
「マシな方って。美味しいお店って訳じゃないの?」
「うん。シェフの腕自体は確からしいんだけど、私たちの城の食事に比べると食材と調味料の関係でどうしても落ちるんだって。特にこの世界の塩や砂糖は魔法で作られているから、それを使った料理はどうしても味が平坦になるんだって前にユミちゃんがそう言ってたよ」
「そっかぁ、確かに塩が美味しくないと料理の味が落ちるって言うのは解る気がするなぁ」
まるんからこの世界の料理事情を聞いて、私はちょっと納得してしまった。
いい塩梅とか言われるとおり塩加減によって料理の味は変わるものだし、その塩の良し悪しでも味は大きく変わってしまうもの。
これは塩をただ舐めただけでも解るくらい大きく違ってしまうものだから、その塩が美味しくないのではいくら腕の立つ料理人でもどうしようもないって事なんだろうね。
「塩や砂糖を魔法で作れるって聞いた時は凄く便利だなぁなんて考えたけど、そう考えるといい事ばかりじゃないんだなぁ」
「うん、あるさんの言うとおりだと思うよ。例えばクッキーを作るにしても普通の砂糖を使うのと黒砂糖を使うのとでは味が全然違っちゃうし、ちょっとしたパウンドケーキでもメープルシュガーやハニーシュガーを使えば香りが物凄く良くなるもん。塩や砂糖がどれだけ大事かなんて言うまでも無いことだよね」
まるんは彼女らしく、甘いもので例えて私に調味料が如何に大事かを説いてくれた。
でもそっか、塩よりも砂糖の方が味がダイレクトに伝わるから、魔法で作り出すよりも原材料になる樹液を精製したものを使った方が料理やお菓子はおいしくなるだろうなぁ。
「今まではあまり気にしてなかったけど、私たちがイングウェンザー城で色々な塩や砂糖を手に入れる事が出来るのって実は物凄く幸せな事なのね」
「うん、そうだよ。だから地下4階層に海を設置して場所によって違う味の塩が取れるようにしたり、小さな塩湖を何個か置いて色々な成分の岩塩が取れるようにして置いて本当に良かったね」
そう言って笑うまるんの姿を見て、ギャリソンは微笑を浮かべながらまるで自らが仕える主を自慢するかのように、私にある事を教えてくれたんだ。
「アルフィン様、実は地下4階層で色々な塩が取れるようになっているのはまだイングウェンザー城が元の位置にあった頃、まるん様がそのように整備するようにと手配されたからなのでございます」
「へぇ、そうなんだ。ありがとうね、まるん」
私のそんな褒め言葉に複雑な表情を浮かべるまるん。
まぁ、まるんからするとその指示を出したのは私だって知っているから当然なんだけど、私がまるんを使っている時に設定したんだから彼女の手柄であるのは間違いないんだし、アルフィンとしてはまるんにお礼を言うのが正しいと思うのよね。
そんなたわいも無い話をしているうちにレストランに到着。
私たちがまだ冒険者ギルドにいるうちにサチコが一人、先にレストランに訪れて予約を入れてくれていたので、私たちは特に待たされること無くレストランの二階にある個室へと通された。
そこで出される料理は昼食と言う事で本格的なコース料理ではなく、サラダ、スープ、メイン、デザートの4種類。
最初にバスケットに入れられた結構な量のパンとデザート以外の料理が出されて、それを食べ終わる頃を見計らって最後にデザートが出てくると言う構成だった。
「なるほど、塩と砂糖が大事だって言うのはよく解るわね」
何と言うかなぁ、味が少し尖ってる感じがするのよね。
「確かにそうだね。メインはソースである程度誤魔化せてるけど、スープはあんまり色々入れられないからなんだろうけど、特にそう感じたなぁ」
「そうですか? 私にとってはとても美味しい料理と思えるのですが」
私の感想にまるんは頷いてくれたけど、カルロッテさんからするととっても美味しく感じたみたい。
多分この違いは料理系ジョブを取っているかどうかの違いなんじゃないかな?
普通の人ならそこまでは感じないのかもしれないけど、駆け出し程度でも料理人のスキルがある私たちにとっては、この違いがはっきりと解ってしまうんだと思うのよね。
私の趣味で入れていたジョブだけど、転移してしまった今では入れるべきじゃなかったかなぁなんて思うことがあるのよ。
だってもし持ってなかったら、このお料理もカルロッテさんと同じ様に心の底から楽しめたのかもしれないものね。
まぁ今更そんな事を嘆いても仕方がないし、その程度の違いが解るだけで料理自体は合格点レベルなのは間違いないのだからしっかりと堪能する事にしよう。
こうして私たちはメインまですっかりと食べ終え、しばらくの間雑談をしていると最後にデザートがお目見えした。
「アイスクリームでございます。生クリームを凍らせたデザートですから、解ける前にお召し上がりください」
ここで出てきたのはなんとアイスクリーム。
「帝都でアイスクリームが食べられると言うのは知っていたけど・・・そっか、この店は帝都からの出店だから出て来てもおかしくはないわね」
中央では食べられているものでも、こんな地方都市では滅多に味わう事ができないものだろうから、このアイスクリームをデザートとして提供すれば評判になると思う。
最後に出す事で客の満足度を大きく上げることができるだろうから、作る事ができるのならこれをデザートに持ってくるのは正しい選択なんだろうね。
ただ。
「う~ん、やっぱりバニラは入ってないか。それにとりあえずアイスクリームになってはいるけど、なんとなく重たい感じがするわね」
「多分自然分解した生クリームを使ってるから脂肪分が多すぎるんじゃないかな? 後、魔法で凍らせようとしたからだと思うんだけど、少し凍ったものをかき回してもう一度凍らせるって言う方法で作ってるんだと思うよ。おかげで氷が混ざってシャリシャリするし」
魔法では徐々に冷やすなんて器用な事はできないから、こうやって作るしかないって思ってるのかも? 一応幾つかやり方はあるんだけど、それはアイスクリームの作り方が完全に確立されているから私でも思う付くだけで、一から作り出すとなると結構難しいんだと思う。
まぁ、いずれは誰かが気が付いてもっと美味しいものができてくるだろうけど、まだアイスクリーム製造の初期段階では仕方が無い事なのかもね。
「アルフィン様、まるん様、一つお聞きしても宜しいですか?」
「ええ、いいわよ。私に答えられる事だといいんだけど」
とその時、カルロッテさんがちょっと驚いたような顔で私たちに質問してきた。
それでその質問の内容と言うのは、こう言う物だったの。
「このアイスクリームを作る事が出来る職人は非常に限られていると聞いているのですが、お二方はもしかしてその製法をご存知なのですか?」
「ええ、知っているわよ。そう言えばカルロッテさんは城でアイスクリームを食べた事、無かったっけ?」
「いえ、主人との面会の折に何度か頂いてはいるのですが、まさかアルフィン様がその製法をご存知とは思いませんでしたので」
言われて見れば一国の女王がお菓子の作り方に精通してるって言うのはおかしな話か。
でもまぁ今更否定するような話でもないし、元々カルロッテさんの前で色々とやらかしてる私だからアイスクリームの作り方を知っていても別におかしいとは思われないよね。
「アイスクリームって、私たちの国では面会時に子供たちに振舞うくらいには一般的なお菓子なのよ。だからその製法もある程度は一般常識として知られているの。まぁ知っていると言うだけで、私がうちの城の料理人たちみたいにおいしいアイスクリームを作れるかと言われれば、それは無理なんだけどね」
「そうだよ。面会の時、チョコやイチゴのアイスクリームを食べた事、あるでしょ? あんなアレンジができるくらい、イングウェンザーじゃ広く知られてるお菓子なんだよ」
「なるほど、そうでしたか。ですからイングウェンザーのアイスクリームはこちらで頂いたものより美味しいのですね」
もしかするとこのアイスクリームも過去にこの世界の迷い込んだプレイヤーが伝えたものなのかもしれないけど、この出来を見る限りそのプレイヤーは現物を広めたんじゃ無く、こんなものが作れるはずなんだって言う程度の説明しかしてないんじゃないかなぁ?
だとすると今出された物は生クリームに砂糖を混ぜてただ凍らしただけじゃなく、きちんと固まりきる前に一度かき混ぜると言う改良を加えているんだからむしろ賞賛されるほどの出来だと思うのよね。
でも長い年月かけて研究され続けた物より発展途上の物の方が味が落ちるのは仕方がない事だし、だからこそ私たちが日常的に食べているものの方が美味しいのは当たり前なのよね。
私たちはこの後、カルロッテさんに聞かれるまま、やれ凍らせながら攪拌をしないと口解けが滑らかにならないだとか、ここまで生クリームが濃いのなら少しだけ牛乳を混ぜた方がいいだとか、素人が思いつく程度のアイスクリームの作り方を話しながらちょっとだけもったりとしたデザートを楽しんだ。
と、この日は個室のおかげで周りには誰もいないからってこのように言いたい放題だったんけど、この話には後日談があるんだ。
「え? あのレストランの味が変わったの?」
「はい。デザートのレベルが一段上がったと、イーノックカウの食通の間では話題になっているそうでござます」
ギャリソンの話によると、前から評判だったアイスクリームに更なる工夫を凝らしたそうで、少し重かった味がすっきりとして、口溶けもかなり滑らかになったそうなのよ。
・・・あれ? それってもしかして。
誰も聞いて居ないと思って話した内容を、もしかしたら扉の外にいた店の従業員に聞かれてしまっていたのかも? そんな事を考えて、
「これからは個室だからと言っても、少しは言動に気をつけに後いけないわね」
と、ちょっとだけ反省するアルフィンだった。
オーバーロード本編でアイスクリームの話が出てきた時に、ああこれもプレイヤーが伝えたんだろうなぁって思ったんですよ。
だからこの話をどこかで書けないかなぁと前々から思ってまして、この週は執筆の時間があまり無く、短編しか書けなかったと言う事で閑話的にこのエピソードを入れる事にしました。
今私たちが日常的に食べているアイスも日本に伝来したころは今日の話に出て来るものと同じ様な感じだったらしいんですよね。
前にどこかの観光地で食べた事があるんですが、べったりしているのに氷の粒のようなものが入っていて、かなり変わった味だなぁと思った記憶があります。
それ以降もアイスは物凄く進化していて、私自身初めてハーゲンダッツを食べた時はこんなに美味しいアイスクリームがあるのかと感動したものです。
イングウェンザーの料理は私たちよりも未来の味を再現しているのですから、この世界の料理人もそれと比べられてはたまったものではないでしょうね。