ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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128 無茶振りの末に

 

 果物の値段にちょっと打ちひしがれていたけど、折角ロクシーさんに色々と聞くことができる機会なのだからと、気を取り直して次の商品へ。

 

 今度お出しするのはお酒だ。

 

「ロクシー様、いつも私がお出ししているものに比べると少し劣るのですが、ボウドアの村でも酒造を始めておりまして。そこでできたものを試飲していただきたいと思うのですが宜しいでしょうか?」

 

「まぁ素敵。アルフィン様に出していただけるものでしたら、喜んで試飲させて貰いますわ」

 

 ロクシーさんがそう言ってくれたので、私はヨウコに頼んで数種類のお酒を持ち込んでもらった。

 

「よかった。当初は満足できる完成度のものはエールとラガーのビール2種類だけだと私は考えていたのですが、先日カロッサ子爵に飲んでいただいたところ、その他にも幾つか売り出せると言っていただけたものがあったので、ロクシー様にも感想をいただけたらと思っていたんですよ」

 

 そう言いながら、私は自らロクシーさんの前に置かれた専用のグラスに薄い黄金色の液体を注ぐ。

 その酒を注ぐとグラスの底から小さな泡が一筋の糸のように登り、その美しい姿は見るだけで華やいだ気分になるものだった。

 

「前にロクシー様にはスパークリング・ワインと言う発泡ワインをお出ししましたでしょ? そちらもボウドアの村での製造自体は始まっているのですが、あれは製造に最低でも15ヶ月、普通なら3年は寝かさなければいけないものですのでまだ当分は出荷できません。ですが、先日ボウドアと我がイングウェンザー城の間にあるものが沸く場所が見つかりまして、それを使うことによって似たようなものをより安価に製造する事ができましたの。それがこれです」

 

 そう、これはあるものを発見したことによって飲めるようになった、現実世界ではおなじみのお酒なんだ。

 

 

 

 実は少し前に館のメイドから、ボウドアの村長が密封できる丈夫な金属製のミルク缶のようなものを作ってほしいと言う要請をしてきたので製作して渡しましたって報告がきたの。

 その話を聞いた私はそんな物を何に使うの? って聞いたんだけど、そしたらケンタウルスの縄張りに近づくのを領主であるカロッサさんの先代に禁止されてからはずっと汲みにいけなかったんだけど、村長が子供の頃は村から東に10キロほど行った先にある泉から湧く不思議な水をよく飲んでいたそうで、要請があった缶はその水を運ぶ為に必要なんだそうな。

 

 どうやら私たちの城ができてケンタウロスの脅威が無くなったという事で久しぶりにその水を汲みに行こうと思ったらしいんだけど、何十年も放っておけば金属製の缶なんて錆びてしまうのも当然で村にあったものは全て使い物にならず、その代わりのものを作れませんかって話だったそうなのよね。

 そこでその水がどんなものかを聞いてみたところ、その返答を聞いて私は飛び上がって喜んだわ。

 だってそれは私たちの城の中でさえ、得ることができないものだったのだから。

 

 そのあるものと言うのは炭酸水、それも実際に汲みに行って初めて解ったんだけど、かなりの強炭酸で鑑定してみた所飲むのにも何の問題もなし。

 その上かなりの勢いで湧いていて、その日持っていったガロン缶10本があっと言う間にいっぱいになってしまったほどなのよ。

 おかげで私はビールとスパークリングワイン以外の炭酸飲料を、この世界で初めて飲むことができたわ。

 

 ただ、その時点では私はその炭酸水とお酒が直結しなかったのよね。

 ところがボウドアでは昔からワインをその炭酸水で割って飲んでいたと言う話をリーフが聞いていたらしくって、それを基にして開発したものを先日のカロッサさんとの会談で出してくれたのよ。

 それが今、ロクシーさんの前に出したものってわけ。

 

「ボウドアの村で取れたリンゴと言う果実の内、傷みがひどいものを絞ってできたジュースを甲類焼酎と言うアルコール度数は高いものの癖や香りが少ないお酒に混ぜ、そしてボウドアの近くで汲む事ができる炭酸水で割ったリンゴチュウハイと言う飲み物です。スパークリングワインとはまた違った果実の味わいのあるお酒で、とても美味しいんですのよ」

 

 リーフが言うには、乙類と違って甲類焼酎は純粋なアルコールに近いものを作ってからそれを水で割って作るから寝かさなくてもいいんだって。

 ただ村の作物からでも作れるし製法も解るからと試作してみたものの、水増しして作るという行為がなんとなく安っぽく感じて私たちに出すのは不敬だろうからと村人にだけ振舞うつもりでいたらしいんだ。

 だけど、でもカロッサさんとの会談で急遽出せるお酒を全部持ってきてと言われて、それならば村での評判もいいからとあの日は持ってきてくれたというわけだ。

 あれは本当にファインプレーだったわ。

 

 

 

 初めてのお酒と言う事で、ロクシーさんは口をつける前に香りを楽しむ。

 するとその今まで嗅いだ事の無い甘く芳醇な香りに、ロクシーさんの表情が華やいで行き、そして一口。

 

「まぁ、美味しい。とても美味しいですわ、アルフィン様。ワインほど酒精が強く無く、軽い口当たりの上にさわやかな甘みとこの弾ける泡が爽快感を増して。炭酸水は私も口にしたことがありますが、少々苦味を感じてしまって苦手でしたのよ。でも、このように甘みのある果実とあわせると、とても美味しいのですね」

 

「ええ。アルコールを入れずに果実の汁とあわせる事によってできる、炭酸の果実水もとても美味しいですよ。それに今、私の城ではこの炭酸水の発見により、料理人たちが新たな飲み物の開発にかかっておりますわ。ああ、それが一日でも早く完成しないかと、私も楽しみにしていますのよ」

 

 そう、私は炭酸の発見によってある夢の飲み物の復活を企んでいた。

 

「まぁ、アルフィン様がそのような表情をするほどの飲み物とは! それは何と言う飲み物ですの?」

 

「本国のある周辺地域でも最高の発明とまで言われている飲み物、コーラですわ。これはそのまま飲んでもよし、アルコールを割る水代わりに使ってよし、甘味として肉や魚を煮てもよしと、まさに万能の飲み物ですのよ。しかし、転移の魔道具を使ってしまうと炭酸が抜けてしまうので取り寄せる事が出来ずにいて、とても残念に思っていたのです」

 

 コーラのレシピ自体は図書館から見つかったから材料さえあれば今すぐにでも作れるのよ。

 でもその中には一般的な料理に使われる事のないコーラナッツなどの謎材料も含まれていて、そんなものは当然我が城にはどこを探してもあるはずがない。

 ただ、その殆どがカレーの香辛料とかぶってるし、他のライムとかも良く使う材料だから足りないものをなんとかほかのもので補えないかと今試行錯誤しているってわけ。

 

 因みについ先日もある文献からコーラナッツにはカフェインが入っていると言う事がわかったから、コーヒーを少し加えてみたというものを飲んだんだけど・・・まぁ、完成はまだまだ先かもね。

 

「残念ながら我が国でも出回っていたのは他国からの輸入品でレシピが解らない為に完成までにはまだ程遠いのですが、その折にはロクシー様も一緒に飲んでくださいますか?」

 

「ええ、喜んで」

 

 私たちはこうしてまだ見ぬ夢の飲み物の事で、しばらくの間盛り上がるのだった。

 

 

 それからしばらくは別のお酒の試飲。

 若いとは言え、今までとは違った品種の葡萄で造られているために味わいは十分だとカロッサさんから太鼓判を押された新酒のワインや、甘さが強くて多少角があったとしても許容できると判断されたデザートワインを飲んでもらい、どの程度の値段なら妥当かと言う助言をロクシーさんから貰ってそれをメモしていく。

 そして酒類の最後として、今はまだ完成していないけど将来的には出来上がる酒のサンプルとしてブランデーを出してみたんだ。

 

「外見上はこの国でもたまに見かける蒸留酒に酷似していますけど、これはワインのような果実を使って作られるお酒を更に蒸留して作られているので、甘くてとても芳醇な香りが特徴のお酒ですの。ですので香りを楽しむためにも普通の蒸留酒と違い、氷を使って冷やしたり水で割ったりせずにそのままお召し上がりください」

 

「これは・・・かなり薫り高いお酒ですのね。それに酒精がとても強くて。ただ、わたくしが飲むには少々きつすぎるお酒ですわ」

 

「そうでしょうね。私もこのお酒は強すぎてあまり飲みません。香りはいいのですけどね」

 

 ウィスキー同様このブランデーと言うお酒はとてもアルコール度数が高いんだけど、一般的にはなにかで割る事なく手の平の温度で暖めながら飲むものらしいんだ。

 ただ、普段ならちょっときつすぎるから、この手のタイプのお酒を私はあまり好まない。

 でも、このブランデーの用途は飲むだけじゃないのよねぇ。

 

「あら、と言う事はアルフィン様はわたくしもあまり好まないであろうとお考えになられていたのですか。では何故この場に、このお酒を?」

 

「それはですね、まずはこの甘い味と香りを知っておいて欲しかったからなのです」

 

 そう言うと私はヨウコに目配せをした。

 すると彼女は新たなワゴンを私たちの元へと持ってきて、そこに置かれていたクローシェを開く。

 そこから現れたのは、小麦色した四角い焼き菓子だった。

 

「これはブランデーケーキと言うお菓子です。先ほど出したブランデーは飲むだけではなく、調味料としても優秀なんですよ」

 

 ヨウコの手によって切り分けられたケーキを口にしている間に、ブランデーがどのような料理に使われるのかを私はロクシーさんに説明して行った。

 肉を焼く時や魚のバターソテーの香り付け、それに色々なお菓子へ使用する等、甘い香りが合う料理に幅広く使えることをアピールしたの。

 そしてそのような用途で使うというのであれば大きなボトルで売る必要は無く、小さな容器に小分けして売ることも可能だから貴族だけでなく一般にも広く売り出せるのではないかって話したのよね。

 

「それと帝都にもアイスクリームがあるとお聞きしました。ロクシー様、でしたらブランデーはこのようにして楽しむ事もできるのですよ」

 

 試食会の最後にサプライズ! その言葉を合図にアイスクリームが運ばれてくる。

 私がそのアイスに先ほどのブランデーを少量振りかけるとメイドたちが一斉動き出し、その手によって窓のカーテンの一部が閉じられて部屋が少しだけ暗くなった。

 そしてそんな中、私は指先に魔法で小さな炎を灯し、

 

 ボッ。

 

 その火を近づけると青白い炎がアイスからゆらゆらと立ち上り、ブランデーの甘い香りが周りに広がって行く。

 現実世界では良く見かける演出だけど、貴族の前で魔法を使ったり炎を振りかざしたりする事などないこの世界では、多分見たことも無い光景だったんだろうね。

 ロクシーさんはその炎を見て、うっとりとした顔をしていたんだ。

 

 

 

「あら、演出だけかと思いましたら先ほどのブランデと言うお酒の甘い香りがアイスに移って、とても美味しくいただけるのですね」

 

「ええ。あれは美しさに味が伴う料理法なんですよ。私たちの国にはこの他にも炎を使った演出の料理があるのですが、こちらでは料理人が目の前で調理するという文化がないようなのでお見せできないのが残念ですわ」

 

 鉄板の上で焼いているステーキにブランデーやラム酒をかけて炎が上がるフランベなんて絶対に盛り上がると思うけど、実際いきなり目の前でやられると驚く上に結構な熱量だから貴族の前でそんな事をしたら料理人の首が物理的に飛びそうですもの、調理場では行われているかも知れないけど誰もやって見せようなんて想像もしないだろうね。

 

 ところがそれにロクシーさんが興味を示してしまったんだ。

 

「まぁ、料理でもそのような演出が? アルフィン様の国では料理さえ芸術なのですね。わたくし、是非とも一度拝見したいですわ」

 

「フランベをですか? できないことはないと思いますが」

 

 そう言ってヨウコのほうに目を向けると彼女は小さく頷いた後、部屋を出て行く。

 あれは多分厨房へ今から用意できるかを聞きに行ってくれたんだろうなぁ。

 

「今ご用意できるかどうか確かめに行ったようですから、少しお待ちくださいね」

 

「いくらでもお待ちしますわ。今までアルフィン様がそう仰られて、用意できなかった事はございませんもの」

 

 ああ、そう言えば今までも何度かこんな事があったけど、その全部かなえてきたんだっけ。

 まぁ今までは叶えられない程の無理難題は無かったもんなぁ。

 それにできる事なら別にやって見せても問題はないと思って今まで来たからこそ今の縁があるのだろうし、その事に何の後悔も無いけどね。

 

 そして待つこと数分。

 

 コンコンコンコン。

 

 ノックの後、厨房へと聞きに行ってくれたヨウコではなくギャリソンが部屋に入ってきて一礼。

 

「お待たせしました。ロクシー様、アルフィン様、庭でお見せする用意が整いましたので、ご案内します」

 

 そして彼がそう言うと、扉が開かれた。

 なんと、てっきり聞きに行っただけだと思っていたのに準備まで済ませてきたのか。

 ギャリソンがヨウコに代わってここに姿を現したのも、彼女がその準備の為に色々な所への伝達をして回ってるからなんだろうね。

 

 その行動力に内心驚きながらも、私はロクシーさんを伴って庭へ。

 するとそこには日陰を作るためのターフが張られており、その下には椅子とテーブルのセットが、そしてそこから少し離れた所にはなんとすでに大きな鉄板を乗せた魔道コンロが設置されていたのよ。

 

 よくもまぁ数分でこれだけの準備を済ませたものねぇ。

 家を建てたりするのとは違って魔法でなんとかなるものじゃないから、これだけの事を数分でこなすなんてさぞ大変だったろうに。

 

 私はこの瞬間、改めて自分の周りにいる者たちの優秀さを思い知ったわ。

 

「鉄板が熱くなるまでもう少々時間がかかりますから、此方でもう少しの間お寛ぎください」

 

 そう言ってギャリソンに誘われてテーブルに着くと、すかさずグラスに注がれた白い泡を携えた黄金色のお酒が出され、そのアテとして後でロクシーさんにお見せするつもりだったクラッカーがチーズと共に皿に盛られて出てきた。

 なのでその説明をしながら、

 

「これも店に出す予定ですのよ」

 

 なんて話していると、その内にどうやら鉄板に火が入ったようで。

 

 ジュウッ!

 

 肉の焼ける音と、おいしそうな脂の焼ける香りが辺りに広がった。

 それに釣られて私とロクシーさんの視線が鉄板とその上で肉を焼く料理人に注がれたんだけど、そんな私たちの視線など気にもならないとばかりに彼は華麗な手つきで肉を焼いて行き、やがて待望のクライマックスが訪れた。

 

「行きますよ」

 

 ボワァァッ!

 

 料理人が合図と共に、手に持ったビンからブランデーを鉄板に振り掛けると大きな火の手が上がり、その炎の熱が少し離れた私たちの元まで届いたのよ。

 次の瞬間にはその炎はクローシュをかぶせられることで消されてしまったんだけど、それまでの炎の演出にロクシーさんは大興奮! 凄いですわ! を連発し、目を輝かせて料理人に向かって拍手を送っていた。

 

 その肉が切り分けられた後もロクシーさんが我が国の魚介も気に入っている事を知っていたギャリソンが用意してくれていたので、海老やホタテなどの貝類も同じ様にフランベしてお出ししたものだから彼女の興奮は食事が終わるその時まで続いた。

 

「凄い熱量でしたわね。私、驚いてしまいましたわ。ですが、この料理が貴族の前でできないとアルフィン様が仰られた意味も同時に理解しました。人によってはあの炎に恐怖を感じる方もいらっしゃるかもしれませんもの」

 

「ええ、ですからパーティーなどには向かない料理法ですの。我が国でも、この様な料理法を取る店の中には調理する厨房とお客様の席との間に透明な壁を作って、この演出を見せている所もあるんですよ」

 

「まぁ、それならば安心してこの料理法を拝見することができますわね」

 

 そう言ってロクシーさんは笑った。

 ただ、その後がちょっと問題だったのよね。

 

「アルフィン様、わざわざ透明な壁と仰られた所を見ると、都市国家イングウェンザーでは簡単言われてしまうガラスとは、また違った材質でその様な物を作る技術が確立されているのですね。でしたら貴族が訪れる場所においても安全ですし、イーノックカウにお店を出されるのでしたらそれと同時にこの演出を見せるレストランを開きませんか? エヴィなどは無理だとしても肉や野菜でしたらこの街でもそこそこの良いものが手に入りますし、料理法自体は特別変わったものではありませんでしたから人手が足りないという事でしたら料理人も此方が手配しますので、一度お考えになって頂けませんでしょうか?」

 

 どうやらロクシーさんの無茶振りはこれで終わったわけじゃなかったみたいです。

 

 料理法や材料の事を指摘され、その上透明な壁を作る技術があることまでうっかり喋ってしまった為に断る方法が思いつかないなぁと、半分あきらめの境地に至るアルフィンだった。

 





 なにやらおかしな展開になりましたが、まぁ大問題になるようなタイプのハプニングではないので、アルフィンの事だからのほほ~んといつものようになんとなくこなして行く事でしょう。

 あと本編に書くつもりでしたが、なんとなく蛇足になりそうだったので後書きで補足。
 イーノックカウで出す商品はこのほかにも色々と用意されました。
 それはカロッサ子爵から別に全てをボウドアで完結しなくてもいいのでは? と言う言葉を受けて、チーズやイングウェンザーで作られた食品などを取り入れた食品をレパートリーに加えたからです。

 例えば揚げクラッカーにチーズを挟んだもの(リッ○サンド)とか、塩味で棒状の焼き菓子にチョコレートをコーティングしたもの(○ッキー)とかw

 前者はともかく、後者は間違いなく騒ぎになるでしょうね。
 没で正解だったかな?


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