ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
草原の中を延びる一本の街道、その上を一台の馬車と護衛であろう鎧を着た男を乗せた馬車が土煙を上げて疾走する。
その姿は何かに追われでもしているのかと見まごう程ではあるものの、その後ろには何も続くものはなかった。
それもそのはずで、その旅路を急ぐ馬車は貴族の紋章を掲げており、この国で貴族の馬車に手を出すようなおろかな野盗はどこにも居ないからだ。
今の皇帝が即位する前ならば貴族の馬車とて、この様な少ない数の護衛で移動をするなどと言う事は無かっただろう。
しかし今は現皇帝の政策により国軍が動きやすくなったおかげで、この帝国の治安は格段に良くなってきている。
その上もし皇帝の臣下である貴族が襲われる様な事があれば、それすなわち皇帝に弓を引くののと同じ事であり、すぐさま討伐部隊が組まれて派遣されるだろう。
そして、たとえその討伐隊からうまく逃げおおせたとしても、馬車であろうが装飾品であろうが貴族の持ち物を売りに出したとたん、その場所に軍の部隊が差し向けられるのだ。
これではどんな盗賊団でも逃げ通せるはずも無い。
そんな割に合わない事をする者などこの世に存在するはずも無く、だからこそ貴族たちが紋章を掲げる馬車はこの帝国内限定ではあるが常に安全に移動することができた。
ではその安全な馬車が何故このように疾走しているのか。
それはただ一つ、今向かっているボウドアの村に一秒でも早くたどり着く為であった。
「まだか、まだ着かんのか」
「子爵。いかにこの馬車でも、これ以上の速度で走るのは危のうございます」
疾走する馬車の主人であるカロッサ子爵は、居ても立ってもいられないのか馬車に同乗する老婦人、カロッサ家のメイド長相手に声を荒立てたのだが、しかしそこは年の功、彼女はやんわりと子爵をたしなめる。
「都市国家イングウェンザーから頂いたこの馬車だからこそ、これ程の速度で走ることができているのは子爵にもお解かりでしょう。その馬車でさえ、これ以上の速度で走れば車輪が跳ねて転倒してしまう可能性があります。しばしご辛抱を」
「ぐぬぬっ」
こう言われてしまってはカロッサも黙るしかない。
事実この馬車は普通ではありえない、30キロを超える高い速度で走っていた。
それだと言うのに普通の速度で走る馬車と比べても格段に揺れが少なく、また大きめの石などを踏んだとしても車輪が跳ねる事も殆どなかった。
それもそのはずで、この馬車には実験的に作られた魔道ダンパーが仕込まれているのだ。
これはあやめ、あいしゃ、アルフィスの3人による共同開発で生まれた機構で、本来のダンパーはオイルや圧縮空気が入った筒の中を穴の開いたピストンが移動することで衝撃を受け止め、スプリングと併用する事でその効果を最大に発揮するものなのだが、それだと概観を見ただけで仕組みが解ってしまい、この世界には似つかわしくない。
と言う事でダンパー自体は普通にオイルを使ったものを使用し、風魔法によってそのスプリングの代わりをする現代技術とマジックアイテムの融合と言う、ギルド”誓いの金槌”製らしいマジックアイテムになっていた。
そのような物が仕込まれた特別仕様の馬車ではあったが、車軸は金属製であるものの車輪自体は普通の馬車と同じ木製の輪を鉄で補強しただけのものなので、タイヤと違ってあまりに早く走りすぎれば衝撃を吸収しきれなくなってしまう可能性がある。
そうなれば脱輪したり転倒したりしてしまうので、これ以上早く走る事はできなかった。
余談だがイングウェンザー城が採用している馬車は、車体にこの魔道ダンパーとサスペンション、そしてフローティング・ボードの魔道具を使用している上に、車輪にもベアリングやコンフォータブル・フォイールを使用した特別仕様であり、だからこそたとえ100キロを超える速度を出した所で何の問題も無かった。
「そう急がずとも、ボウドアの村は比較的近い場所にあるのですから後しばらくすれば到着いたします。ここは心静かに、あまり急いては表情に表れ、それは到着したとしてもすぐに戻る事はありません。アルフィン様にそのようなお顔を見せるわけには行かないのではありませんか?」
「・・・確かにそうだな。すまぬ」
カロッサとしても生まれた時から屋敷に居るこの老婦人に窘められては、これ以上強く出ることもできなかった。
こうして静かになった馬車の中で老婦人は静かに微笑み、座席そばに据え付けられている<くーらー>と呼ばれるマジックアイテムから冷えた果実水を取り出し、同じく取り出したグラスに注いでカロッサに渡す。
「アルフィン様との謁見前ですからワインではなく、果実水で申し訳ございません」
「いや、ありがとう」
細やかな気遣いに感謝し、カロッサは冷たい飲み物で興奮して熱くなっていた体を冷やすのだった。
■
「アルフィン様。街道警備のシモベからの報告によりますと、カロッサ子爵様がもうすぐ到着なさるそうです」
ボウドアの館にある、私たちが食事をする為に誂えられた部屋。
そこでメルヴァを含む私たち4人で朝食後のお茶を飲みながら寛いでいると、館のメイドの一人がそう報告をしに来てくれた。
「ありがとう。じゃあ館の前で出迎える事にしましょうか」
今日の私付きであるヨウコにそう伝えると、彼女が椅子を引いてくれたのでゆっくりと立ち上がる。
するとヨウコがすかさず私の身だしなみに乱れがないかチェックをして、座っていた事により少しだけ皺になっていたスカートを調えた。
とまぁ、どこぞのお嬢様の朝の風景のような光景になっているけど、普段はこんな事は当然しない。
だけど今日は人に会うということで特別だ。
私同様、シャイナやまるん、それにメルヴァもメイドたちに服装をチェックしてもらって準備完了! 部屋を出て屋敷の玄関へと進み、そこから外に出て外門のところまで移動してカロッサさんの到着を待つ。
しばらくすると、そこにカロッサさんを乗せた馬車が到着した。
そして執事さんがまず御者台から降り、馬車後ろに据え付けてあるボックスからステップを取りだ・・・そうとしたタイミングで馬車の扉に付けられた窓が開けられ、そこからニューっと手が伸びて来た。
「子爵、おやめください。はしたないですわ」
「ええい、黙れ」
そんなやり取りが馬車から聞こえる中、その手が扉に引っ掛けられていた金属製のかんぬきを外してまた扉の中へと引っ込んだ。
そして。
「アルフィン様、お久しぶりでございます。一刻も早くお目通りしたいと思い、このカロッサ、急ぎ参上してございます」
扉を開けるとカロッサさんが身軽に馬車から飛び降り、私の前に膝をついてそう挨拶をした。
う~ん、なんか前よりも私への態度が悪化してる気がする。
何かあったっけ? っと考えたんだけど、特に思い当たる事がないんだよね。
そんなカロッサさんの姿に首を捻っていると、リュハネンさんが館から出てきた。
「遅れて申し訳ありません、アルフィン姫様。本来なら私こそが真っ先に門へと参じて子爵を出迎えなければならないものを」
そう言って頭を下げるリュハネンさんと、その姿を見て少し慌てるような素振りを見せる館のメイドたち。
あら、どうやら私たちにはカロッサさんの到着を知らせたのにリュハネンさんに知らせるのを忘れたのか。
これは後で説教だな。
「いえ、その様子からすると館のメイドから連絡が行かなかったのでしょう。私どもの落ち度ですから、こちらこそ申し訳ありません」
そう言って私はリュハネンさんに頭を下げる。
どう考えても私たちの落ち度なんだから、ここは素直に謝るべきだろう。
そして何より。
そう思いながらメイドたちの方を見るとみんな青い顔をしていた。
私のこの態度がどんな説教よりあの子たちには効くだろうからね。
後でしっかりお説教はするけど、こうしておけば次からは失敗しないはず。
そう考えればここで頭を下げる事なんて、私にとっては何のことも無いのだ。
頭なんていくら下げても減るもんじゃない。
それでメイドたちの教育ができるのなら安いもの、いくらでも下げてあげるわ。
「あああアルフィン姫様、頭を、頭をお上げください。そのような事をされては」
ただ、この行動には一つ、大きな弊害があったみたいなのよね。
それは私が頭を下げた事によりリュハネンさんが物凄く慌ててしまったと言うのと、怨念とも見紛うほどの怒りの念がカロッサさんからリュハネンさんへと向けられた事だ。
その怒りの波動の凄まじさに、私は更に首を捻る事になる。
だってどう考えてもおかしいもの。
最後に顔を合わせた皇帝陛下が出席されたパーティーでは未だに私のことを女神だと疑っている素振りはあったものの、ここまで極端じゃなかったのよね。
なのに今のカロッサさんは信仰する神様に頭を下げさせた、まさに神敵を目の前にしたような怒り様なんだもん。
どう考えてもおかしいよ。
まぁ、解らないものはいくら考えた所で結論が出る訳も無い。
だからカマをかけてみることにする。
「カロッサさん。前から私はそうではないと言い続けているのに、まだ女神扱いしているのですか? あなたの今の行動はどう考えても他国の王族に対して自分の家臣が行った事に腹を立てている行動には見えないのですが」
「いえ、確証が取れた以上女神であるアルフィン様を人と同等に扱うなど、このカロッサ、とてもできません」
へっ?
いいいっ、今なんて言ったの? 確証が取れた? なんの?
「女神の確証が取れたって、そんなはずは・・・」
そう言って私はシャイナやメルヴァの方を見る。
でも、私が解らない事を行動を共にしていた彼女たちが解るはずも無いんだよね。
だからリュハネンさんの方を見たんだけど。
「子爵、アルフィン姫様が女神様であると確信したとしても、ご本人がその扱いを望まないのですから今までどおり接するべきだと申し上げたのではないですか」
そんな事を言いながら苦笑していた。
ちょっと待って、って事はリュハネンさん中でも、私のことは女神であると確定してるって事?
何でこうなった!
「何を言うか。アルフィン様は伝説の幻獣を複数使役し、あまつさえその幻獣を農作業の手伝いにお使いになられるほどの大いなる御方なのだぞ。その女神様を人と同じ扱いするなど、できるはずが無かろう」
ほへ? げげげ幻獣って・・・なんで!? 子供たち、ちゃんと口止めしたよね?
私は”昨日”子供たちにちゃんと口止めしたことを思い浮かべながら、何故この話がカロッサさんに伝わっているのか解らずプチパニックを起した。
「それはそうですが、昨日も子供たちの遊び相手にもさせていらしたご様子ですから、アルフィン姫様はそれが人の身にとって大変な事だとはお考えになられていないのでしょう。ならばこれも前に見せていただいた篭手と同じ様なものです。我らは外部には伝えず、今までどおりお仕えすべきだと私は申し上げたではないですか」
子供の遊び相手にしていることまで知ってるんだ・・・。
話を聞いてみたところ、館に滞在していたリュハネンさんは昨日、シャイナや子供たちがグリフォンにのって遊覧飛行をしているところをばっちり見ていたらしい。
それだけに私が驚いている事が不思議だったようで。
「秘密にしているおつもりだったのですか?」
そうリュハネンさんに驚かれてしまった。
またこの後、村で事情をしっかり聞いてみた所、どうやらボウドアの村では館裏で伝説の幻獣であるグリフォンやオルトロスを飼っている事は公然の秘密だったらしい。
なにせピイちゃん(グリフォン)たちが毎日仕事終わりに子供たちを背に乗せて空を飛んでいるのだから、子供たちがほぼ毎日遊びに来れるほど近くにある村の人たちが気付かないはずも無く、その他の魔物に関してもどんな魔物かまでは理解していないものの村の子供たちが、やれ二首の大きな黒い犬(オルトロス)の背に乗って走っただの、大きな動く木(トレント)の蔓で作った滑り台で遊んだだのと言う話を夕食時に親たちに自慢げに話すのだから、気づくなと言うほうが無理な話だろうね。
そして子供たちに秘密にしておくようにと念を押したおかげで昨日一日だけは子供たちは誰も魔物の話をしなかったらしい。
でも、そんな日が一日くらいあっても何の不思議ではないから親たちは誰も不審に思わず、未だに村人たちはこの話が秘密であるなんて考えていないようだとの事だった。
何の事はない、亭主ならぬ知らぬは私ばかりなりと言う状態だったんだよね。
この話を聞いて、私は全身の力が抜けて行くような錯覚に陥った。
思っていた以上にこの世界の、いやこの村の人たちは物事への対応力が高かったみたいだ。
傷心の中、なんとか立ち直った私は片膝をついて臣下の礼をとるカロッサさんを立ち上がらせて、館の中へと招き入れる。
その際、彼はずっと私のことを女神として扱おうとしたんだけど、今の私はそれに抗う気力も無かったので放置。
そのまま客間に押し込んで、私は一旦休ませてもらう事にした。
だって、このままでは話が出来る状態じゃなかったもの。
主に私の精神が。
必死に隠そうとしていた強大な力を持つ魔物たちの事を、まさか村人たちが許容しているなどとは夢にも思わず、なんとか隠し通そうとしていた自分行動が全て無駄骨だったと知って寝込みたくなるほど頭が痛くなるアルフィンだった。
122話でアルフィンはうまく口止めできたと思っていたようですが、ちょっと考えれば誰でも解りますよね。
グリフォンは子供たちを背に乗せて”空を”飛んでいるんですから。
ただそれを最初に目撃した人たちは、まさに自分の目を疑った事でしょう。
でも子供たちに聞いて見れば、その魔物たちが畑で害虫をついばんで駆除していると言うのですから、みんなああ、あのアルフィン様なら不思議でもないかと納得しただけのことです。
実の所、ボウドアの村は牛や馬がいないし、害虫にも悩まされているのでなんとかその幻獣たちを貸してもらえないかとアルフィンに進言するよう村長がせっつかれて居たりします。