ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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123 役割は人それぞれ

 

 

 取り合えず農場のシモベたちに関してはこれで問題はないだろうと、視察を再開。

 リーフの話によるとこの農場では魔法やマジックアイテムを使わず作物を栽培しているので、ここで収穫できたものは全てボウドアやエントの村でも問題なく育つということが確認できたらしい。

 

 因みにこの試験場で育てられている農作物はイングウェンザー城地下4階層から持ち込まれた現実世界の作物をベースに品種改良されているものなので、この世界の流通している農作物に比べて遥かに味が良く、収穫量も多い。

 それに冷害や病気にも強いので極端な不作に陥る事はないだろうから、ボウドアとエントの村は作物をこれらの品種に替えるだけでも飢饉とは縁のない土地に生まれ変わるだろう。

 

 それにこの世界と私たちが元居た現実世界とでは農作物は微妙に違っているから、ここで作られている一部の農作物はこの二つの村以外で生産される事はない。

 これもこの地域の強みになるんじゃないかな? 特に果物関係はそのまま食べるだけで無く、それぞれの村の人たちの手によってジャムやお菓子、ジュースなどに加工して売り出すつもりだから、これから出店するつもりのイーノックカウのアンテナショップでも主商品になってくれるだろう。

 

「この時点でお酒に果物類、そしてそれらで作った加工品と、お店に並べる品物の目安が大体付いてきたわね」

 

「そうだね。ここで作っているものだけでもオープン時の店に並べるくらいの量は採れるだろうし、後は店で売れ筋の物を中心に各村で生産を始めてもらえば、それらをこの周辺の名産品にできると思うよ」

 

 まるんとそんな事を話しながら農場を一回り。

 試食用にここで採れたリンゴなども試食させてもらって、取り合えず農場の方の視察は終了した。

 

 

 

 と言うわけで次は牧場の方なんだけど、なんか嫌な予感がするのよねぇ。

 前にあいしゃからエントの村に牧場とか作れないかって聞かれた時に、地下4階層で動物の世話をしているのが人じゃないからエントへは派遣できないと考えていたんだけど、まさかここにいないよね?

 あれ、グリフォンたちとは違った意味で外に出しちゃいけない魔物なんだけど。

 

 そんなことを考えながら、やってきました試験牧場。

 ここには牛や馬、豚や鶏などの家畜を育てる実験をしている。

 そして、その育てる役をここでもボウドアの館別館の女性たちが手伝っていたんだけど・・・その中にやっぱりいたよ、サテュロスたちが。

 

 サテュロスと言うのは上半身は人間で下半身は山羊、馬の尻尾と山羊の角を持つ魔物で、お酒と音楽をこよなく愛する魔物だ。

 神話的には好色で悪戯好きと結構面倒な魔物だけど、ゲーム時代は運営がその手の事に厳しかったからかもう一つの特徴である豊穣の化身らしい働きをイングウェンザー城ではしてくれていたんだ。

 ただ現実の世界に転移してからは、もう一つの欲情の塊と言う面を見せるようになったから常に見張りをつけないといけないと言う面倒な魔物になってしまっていて、それだけにあまり城の外に出したくないシモベでもあるのよ。

 

 因みにこのサティロス、豊穣の化身と言われるだけあって住み着いた場所の農作物が豊作になるんだけど、実はその他にもある特徴があって、なんとそこに住み着いただけで牛も馬も羊も繁殖力が高まって、とにかく牧場の家畜の数が全種類異常に増えるの。

 

 これだけ聞くと良い事ぽいけど、サテュロスが現れた殆どの農家では養える限度を超えるほど家畜が増えてしまって、最後には餌代を賄えなくなって結果的に破綻してしまったり、そこまで行かなくても農場拡大のために借金を負ってしまったりする為に、豊穣の厄神とも言われていたりする。

 まぁ、お金がある農場では現れて欲しいそうだけどね。

 

 因みにイングウェンザー城では、とっても怖い見張りが常に近くにいたからメスの魔物に手を出す事も無く従順だった。

 その見張りと言うのが・・・ああ、ここにもやっぱり居た。

 

 私が見つけると同時に彼らも此方に気が付いたらしく、代表らしき者が私のところへと挨拶する為にやってきた。

 

「アルフィン様、シャイナ様、まるん様、ようこそお越しくださいました。試験牧場へようこそ」

 

「ご苦労様。ここにいる人たちは収監所にいる人たちの奥さんや子供なんだから、くれぐれもサテュロスに悪戯されないよう見張っておいてね」

 

「解っております。我らドラゴニュートはこれくらいしかお役に立てないので、しっかりとお役目を果したく思います」

 

 ドラゴニュート。

 彼らはドラゴンのような外見をした亜人で、かなり強い種族だ。

 基本的に戦闘を主とする種族なので生産系は苦手なんだけど、ユグドラシル時代では生産系ギルドとは言え一応他のプレイヤーに攻撃される可能性があるから防衛用NPCとして配置されていたんだよね。

 

 ただ、この世界に転移してきてからは彼らの立場って結構微妙だったのよ。

 生産系の子たちでも能力的に言うとこの世界では過剰戦力だし、何かに襲われる心配も無いから防衛の為に働いてもらう機会も無い。

 でも何でも良いから仕事が欲しいと言うので、メルヴァが苦労して捻出した仕事がサテュロスたちの監視だったと言うわけだ。

 

「ところでリーフ、サテュロスなんか連れてきたら家畜が増えすぎて困るんじゃない? それ程広くないんでしょ、ここ」

 

「確かに増え続けてはいますが、今の所はこの牧場内だけで大丈夫です。また今のペースで家畜が増え続ける事を念頭に、ギャリソンさんからの指示でボウドアの村長に農場を作る場所の手配を頼んであるので、そこが整い次第そちらに順次家畜を移動させる予定です」

 

「あらそうなの」

 

 将来的にはボウドアの村でも牧場を開こうと思っていたけど、ギャリソンが先にその準備をしてくれていたのね。

 まだ先のことだと思っていたけど、前に何気なく言った一言から全てを察して手配し、前もって整えておくだなんて、なんて優秀なNPCなんだろう。

 

 ん? 待って。

 と言う事は、予め指示を出しておけばエントの村でもすぐに牧場が開けていたんじゃないかしらん? ・・・ダメだ、これ以上考えると自分とNPCたちとの落差に落ち込みかねない。

 

 少し危うい思考に捕らわれそうになったので、私は一度考えをやめて同行しているみんなに牧場の感想を聞こうと、後ろを振り向いた。

 

「ギャリソンさんたら、アルフィン様が城にいらっしゃる時もたまに居なくなっていたと思ったらこんな事をやっていたのですね・・・。不味い、不味いですわ、このままではギャリソンさんの株ばかりが上がってしまう。私も、私も何か手を打たなければ」

 

 すると後ろでは怪しい空気を振りまきながら、メルヴァがぶつぶつとこんな事を呟いていた。

 ・・・メルヴァも私からするとかなり優秀なんだけどなぁ、優秀な子は優秀な子で色々大変なのかもしれない。

 ただ、流石にこの状況を放置するとおかしな事を始めそうだからと、私はメルヴァに一言声を・・・掛けようとしてまるんに止められた。

 

「あるさん、ここで声をかけるのは逆効果だよ。メルヴァはメルヴァなりにあるさんの役に立とうと考えているんだから、ここはそっと見守ろう。なに、失敗したって良いじゃない。私たちがフォローすれば良いんだから」

 

「そっ、そうね。どんな理由であれ、確かに本人がやる気になっているんだから止めるべきじゃないわよね。ありがとう、まるん」

 

「どういたしまして」

 

 そうか、確かに言われてみればその通りだ。

 別に悪い事をたくらんでいるわけでも無いんだから、止める必要は無かったわ。

 まるんのおかげでその事に気付けた私は、未だぶつぶつ言っているメルヴァの事はそっとしておく事にした。

 

 

 ■

 

 

「まるんったら、黒いなぁ。メルヴァをあのままにしたら暴走してアルフィンが酷い目に合う姿が簡単に目に浮かぶのに、声をかけようとするのを止めるなんて。まぁ、面白そうではあるけど」

 

「あら、ならシャイナが声を掛けてあげれば良いじゃないの。そうしないって事はあなたも同罪」

 

「まぁ、確かにそうなんだけどね」

 

 そう言って悪い笑顔を浮かべるそんな二人に、アルフィンは最後まで気が付く事はなかった。

 

 

 ■

 

 

 さて、気を取り直して牧場の視察を再開。

 

 最初に訪れたのは牛舎ね。

 一口に牛と言ってもここには色々な種類の牛がいて、黒牛のように食肉用の牛もいればホルスタインのように牛乳を搾るための牛もいる。

 またその種類も豊富で、

 

「今現在、食肉用の牛8種類、牛乳を搾るための牛4種類が飼育されております。また、餌もボウドアの村で栽培した色々な物を食べさせて、ここで飼育するのに一番適した種を選定しているところです」

 

 リーフが言うには色々な牛を飼うことにより、将来的にボウドアではどんな品種を育てるべきか選んでいるそうな。

 これは馬や豚でも同じらしくて、ただ単に美味しいと思う種類の牛を育てようとしても、その場所に合わなければうまく繁殖しなかったり、うまく育てられなかったりする可能性があるからなんだってさ。

 

「今のところはサテュロスの力で繁殖はうまく行っていますが、生まれた子がどのように成長するかを見極めなければなりませんので」

 

「なるほど。生き物だけにその辺りは注意して見ないといけないのね」

 

 と言う事は将来的にエントの村でも牧場を開くって話になっている以上、あちらの館も早めに作って飼育試験を始めないといけないのか。

 いくら同じ領地内とは言え、そこそこ離れているのだから二つの村の環境が同じと言う事は有り得ないもの。

 

「ねぇメルヴァ、将来的にエントの村にも牧場を作る事になっていたでしょ。いくら近いとは言え、ボウドアとエントでは気候も違うし、その地に合う家畜も違うと思うのよ。だから明日、カロッサさんに会った時に前倒しでエントの村の館建設の話をします。あなたはこの視察が終わった後、城に戻ってどの場所に館を建てたらいいのかを調べるよう、エントの村に人を送って頂戴」

 

「解りました、アルフィン様」

 

 私がそう指示すると、メルヴァが恭しく頭を下げて承知する。

 さっきもギャリソンばかりが私の役に立っている事に気を揉んでいるみたいだから、これで目に見えて私の役に立ったと言う実績を作らせてあげられて良かったわなんて考えていたんだけど。

 

「その事なのですが・・・」

 

 ずっと黙って私たちに付き従っていたヨウコが、申し訳なさそうな顔をして私たちの会話に割り込んできた。

 

 ・・・もしかして。

 

 私とメルヴァの間に緊張が走る。

 

「アルフィン様は昨日の会議でエントの村にユカリさんを派遣するから、その補佐を選ぶようにとギャリソンさんに指示なさいました。ギャリソンさんはその後アルフィン様の供としてこちらに向かわれるおつもりでしたから、出発前に全ての仕事を済ませて置く為に馬車の準備と共にメイドたちに指示を出してユカリさんの補佐役の選定とエントの村に作る館の場所の選定を指示されていました」

 

「確かにユカリの補佐を選定してねとは言ったけど、まさかその場でそこまでやっていたなんて・・・」

 

 彼は、どこまで優秀なんだろうか? そして哀れなのはメルヴァである。

 

「なんて事なの、あの短い時間にそんな事まで・・・。どうしましょう、このままではアルフィン様は全ての事をギャリソンさんに頼むようになってしまいかねません」

 

 またも暗黒面の顔が表に浮かんでくるメルヴァ。

 ぶつぶつ言うその姿は妙な迫力があって。

 

「メルヴァ、そんなに思いつめないで。あるさんはちゃんとメルヴァの事も頼りにしているから大丈夫よ。だからここは押さえて」

 

「そっ、そうだよ。メルヴァはいつもイングウェンザー城の全てを仕切ってアルフィンの役に立っているじゃないか。見えないところで支えるのも大事な仕事だよ。だから大丈夫、落ち着いて」

 

 さっきは私を止めたまるんまでもが、そんな姿を見て血相を変えてメルヴァをなだめてだした。

 そしてそれに追随するようにシャイナまでもが声を掛け、そして私に目配せをして何か言うように促してくる。

 

 私としてはメルヴァの雰囲気が怖すぎて言葉を失っていたんだけど、流石にこうなってはそんな事は言ってられない。

 取り合えずメルヴァの近くまで行き、私は彼女の目をまっすぐに見据えて話しかけた。

 

「メルヴァ、何か思いつめているようだけど、あなたとギャリソンでは立場も役割も違うわ。今のギャリソンは都市国家イングウェンザーの女王である私の家令と言う立場であり、私の仕事の補佐をするという役割を担ってるの。だからこそ、うちの3人の統括者の中でも色々と表立って動くのは彼であることが多いわ。でも、だからと言って彼が一番役に立っているかといえば、それは違うと私は思うのよ」

 

「アルフィン様・・・」

 

 急な事で動揺しているのか、メルヴァは不安げな表情で私を見つめる。

 そんな顔を見て一瞬、こんな優秀な子に私如きが何偉そうな事を言ってるんだろう? なんて考えたけど、今はそんな事を言っている場合ではなさそうなので、その思いを胸の奥にしまって私は話を続けた。

 

「例えばセルニア。彼女は普段、目だって役に立つ事は無いでしょ? でも店長がいなければ、私はこの世界でパーティーに出席する時にどんな服装やメイクで行けば良いか解らず困ったでしょうね。まぁ、その度に着せ替え人形にされるのはちょっと困りものだけど」

 

 私はそう言って苦笑い。

 そんな私を見て、メルヴァは釣られて少しだけ微笑んだ。

 

 うん、良い傾向だ。

 このままの勢いで押し切ろう。

 

「でも店長がいるからこそ、私は安心してこの世界の人たちの前に都市国家イングウェンザーの女王として立つ事ができるわ。どう? セルニアは裏方だけど、ギャリソンよりその功績は下だと思う?」

 

「・・・思いません」

 

「でしょ? メルヴァ、あなたも同じ事なのよ。あなたの対外的な今の立場は都市国家イングウェンザーの宰相です。すなわち、国家の代表であり、国を動かし守る立場なのよ。実際、今現在のイングウェンザーを切り盛りしているのはメルヴァ、あなたでしょ。あなたがいつも城にいてくれるから私たちは外に出ていても安心していられるのよ」

 

 ここで一度言葉を切ってメルヴァの瞳を見つめ、そして両の肩をガシッっと掴む。

 

「メルヴァ、自分がやっている事にもっと自信を持ちなさい。前から言っているけど、私はそれ程優秀じゃないの。だからあなたやギャリソン、セルニア、そしてその他の城の子たちに支えられてやっと立っているのよ。あなたにはこれまで通り支えてもらわないと私が困るの。解った? 解ったら返事!」

 

「はい。解りましたアルフィン様」

 

「うん、宜しい」

 

 私はメルヴァの返事に満面の笑みで答えた。

 勢いだけで乗り切ったけど小難しい事を言ってこの子たちを煙に巻けるほど私は頭がよくないし、それなら自分が思っている事をそのままぶつけるしか無いんだから多分これでよかったんだと思う。

 

 

 メルヴァが暗黒面に落ちる事無く、今まで通りの彼女でいてくれる事にホッとするアルフィンだった。

 

 





 目立つ功績をあげる人がいると、どうしてもあせりますよね。
 傍から見ると地味でも役に立っているのに、そういう人を見て自分を卑下する人がたまにいますが、そういう人がいて初めて社会が回るのも事実です。
 メルヴァの場合はまさにイングウェンザーの縁の下の力持ち的な立場なんだから、別に大活躍しなくてもいいのですが、同僚が優秀すぎるとついあせってしまう事もあるというお話でした。

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