ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
朝食をとった後、しばらく休んでからキャンプセットを片付けて出発。
馬車に揺られる事1時間半ほどで、私たちは目的地であるボウドアの村へとたどり着いた。
そしていつぞやのように私が来た事が解るよう、ゆっくりと村の中を通って館へと馬車を進める。
するとそこには意外な人物が私を出迎えてくれた。
ヨウコの手によって扉が開かれると、私は彼のエスコートで馬車から降りることに。
そして彼は、続くメルヴァにも手をかしてから私に向き直り、腰を折った。
「アルフィン姫様、お久しぶりでございます。馬車での長旅、お疲れ様でした。」
「こんにちは、リュハネンさん。今日はどうして此方へ?」
そう、出迎えてくれたのはカロッサさんのところに筆頭騎士であるアンドレアス・ミラ・リュハネンさん。
彼は普段カロッサ邸で仕事をしているはずだから、このボウドアには何か特別な理由がない限り訪れる事はない。
そんな彼がここにいるのだから、何かあったのだろうか? と私は考えたんだけど、次に現れた人物をみて私は自分の思い違いを知った。
「リュハネン殿は今日、アルフィン様がボウドアの村を訪れると聞いて私に同行したいと求められたのです」
「まぁ、そうだったの」
門の影から現れたのはメイド姿のサチコ。
なるほど、サチコは私たちのように普通の馬車並みのスピードで走らなければいけないなんて制約はないから、当然昨日の内に私の手紙をカロッサ邸まで届けられたわよね。
その返事を持ってボウドアの館へと帰還する時に、リュハネンさんから同行したいと言われたわけか。
「はい、サチコ殿にはご無理をお願いしました。と言うのも」
彼が語るには、昨日のカロッサ邸でこの様なことが起こったそうな。
私の手紙を届けるためにアイアンホース・ゴーレムを走らせたサチコは、イングウェンザー城を出て40分後くらいにはカロッサ邸の門まで辿り着いていた。
そして門番をしている騎士見習いのモーリッツに手紙の存在を伝え、主命であるからとカロッサ本人との面会を申し出たんだって。
私のことを女神と勘違いしているカロッサさんのこと、この話を伝え聞いてすぐに今やっている仕事を全てほおり投げ、サチコに会ってくれたんだってさ。
もう、そんな事にならないようにサチコを送り出したのに。
先触れの手紙なんだから、別にカロッサさん本人に直接手渡す必要なんてなかったんだけどなぁ。
まぁ注意しておかなかった私も悪いんだからそこはいいとして、問題はその後だ。
手紙を受け取り、サチコの目の前で封蝋を解いたカロッサさんは早速手紙に目を通して、
「アンドレアス、馬車の用意を。アルフィン様にお越しいただくなんて恐れ多い。此方から窺わなければ!」
なんて言い出したんだって。
まったく、何をやってるんだか。
しかし子爵であり領主でもあるカロッサさんがいきなり全ての仕事を放棄すれば、色々な事に支障が出る。
そこで私がボウドアの村を訪れるとサチコから聞いたリュハネンさんが、その場でカロッサさんをなだめ、
「アルフィン姫様が子爵の予定を慮って手紙をしたため、それを手にサチコ殿がこの館を訪れたように、アルフィン姫様にもご予定があるでしょうから子爵もいきなり尋ねるべきではありません。ですからここは私がサチコ殿に先触れとして同行し、あさっての朝、子爵がボウドアの村を訪れるとお伝えしてきます。ですから子爵はそれまでに仕事を済ませ、しっかりと準備を整えてボウドアまでお越しください」
そう言ってサチコに同行してきたんだってさ。
「なるほど、そういう事でしたか」
そういう事なら彼がこの場にいる理由も頷けるわね。
ただ一つ疑問が。
「でも、それならばわざわざリュハネンさんがお越しにならなくても、サチコに伝言を頼めばよかったのでは?」
「ああ、いえ、それはですねぇ」
話を聞いた私が思ったことをそのまま口にすると、リュハネンさんは途端にうろたえ始めた。
そしてその姿を見て、私は全てを察する。
「まぁ折角来て頂いた事ですし、リュハネンさんも普段のお仕事でお疲れの事でしょう。幸いカロッサさんが訪れるのは明日の朝、今日はお酒でも飲んで館でゆっくりとお休みになり、英気を養ってください」
「ありがとうございます。お言葉に甘え、今日はゆっくりと過ごさせていただきます」
リュハネンさん、うちのお酒や大きなお風呂を気に入っていたって言うし、これを口実に骨休めしたかったんだろうね。
そんな事に思い至った私は、彼の行動にお墨付きを与えておいた。
そうじゃないと使者と言う立場上、彼は私と一緒に居なければいけなくなってしまうだろうし、そうなったら私の行動にも制約が出てくる。
正直この館にはリュハネンさんに見せられない部分もあるし、この後はボウドアの館裏の視察をするつもりだったから、ずっと同行されるのは流石に困るものね。
「サチコ、リュハネンさんを客室にご案内して。後、誰かメイドを一人つけてあげてね。前に訪れた事があるとは言え、不便な事もあるでしょうから」
「承りました、アルフィン様」
「お気遣い、ありがとうございます。アルフィン姫様」
リュハネンさんはそう言って私に頭を下げた後、サチコにつれられて館の中へと消えて行った。
さて、館の入り口でいろいろあったけど、ここからが今日の本番だ。
「ギャリソン・・・は居ないんだっけ。メルヴァ、まずは館裏の実験農場の視察をします。作るように指示を出してから一度も訪れていないから、私も今どうなっているのか知らないのよね。まずはそこを見てみない事には、このボウドアの村で何を主産業にしたらいいか判断できないもの」
「お供します、アルフィン様」
私はメルヴァとヨウコを供だって館の庭を抜ける。
そして本館と別館の間の道を通りながら、館の裏門へと足を進めた。
カンカンカンカン。
するとその先は農場のはずなのに、なぜか門の向こうからは金属を叩く音が。
その様子から農機具の修理でもしているのかしら? と思いながら裏門をくぐると、そこには意外な光景が広がっていた。
「なにこれ、倉庫?」
そこにあったのは木造の大きな建造物群。
パッと見、牛舎や農作物を保存する倉庫のようにも見えるけど、ただどうもそれらとはちょっと様子が違う気がするんだ。
煙突や高い場所に換気を行う為の窓があり、おまけに先ほどのカンカンと言う金属を叩く音もそこから聞こえているので余計にそうとは思えないのよね。
解らないし、気になったのだから確かめるべきだろう。
そう思った私は音が聞こえて来ている一番近くにある建物に近づき、中を覗き込む。
すると中で作業をしていた人たちが此方に気付き、慌てて直立不動の姿勢をとった。
「ドワーフ? えっと、この子たちって地下一階層の職人よね?」
「ええ、そのようですね」
私の独り言にメルヴァがそう答えてくれた。
うん、地下階層を統括する彼女がそういうのなら、間違いはないだろう。
では何故その職人たちがここにいるかだけど・・・。
「それにこれって、蒸留釜よね。と言う事はここってお酒を作る施設?」
そう、そこでドワーフの職人たちが作っていたのはウィスキーなどの蒸留酒を造るための蒸留釜だった。
そしてこの蒸留釜は発酵が終わった後に必要となるものだから、お酒造りをするにしても真っ先に作られる事はない。
と言う事はもしかして、ここにある他の建物って。
「もしかして仕込み棟や発酵棟なの? 他の建物って」
この建物にある蒸留釜は全部で10基。
目の前の蒸留釜だけはまだ完成していないものの、それでも9割がたは出来ているようだし、その奥に並んでいる9基ははすでに完成していていつでも稼動できる状態に見えると言う事は、もしかしてここにはすでに蒸留段階手前まで発酵が進んでいるものがあるってこと?
「いえ、それだけではなくワイン製造棟や倉、それに上面、下面発酵のビール工房などの他のお酒を製造している棟もございます。アルフィン様」
そんな私の疑問に答えてくれる者が居た。
それは私の来訪が伝えられて、全ての用事を放り出して慌てて飛んできたこの実験農場の責任者、リーフ・ロランスだった。
彼女はユカリの元ネタになったアニメの登場キャラがモデルになっていて、ヒロインで生徒だったユカリと違って先生だった為、年齢設定は28歳。
日本の農業高校が舞台の筈なのに何故かフランス人と言う設定だったから、金髪のストレートロングで青い瞳をしているザ・外国人といった外見なんだけど、中身は日本かぶれで日本茶とお米を心から愛するキャラだったりする。
また、アニメの中では先輩の先生と居酒屋に行って、酔っ払いながら愚痴を言いあっている描写がよくされていた。
つまり酒好きである。
「なるほど、この子が実験農場の責任者ならこうなるのも必然よね」
「そうですね」
目の前にはお酒の原材料になる作物がたくさんあり、その施設をある程度自由に出来る裁量が与えられたのなら、お酒好きのキャラクターが元になっているNPCならそれを作ろうと考えるのも当然よね。
そう思って私とメルヴァが頷きあっていると、それを見たリーフが心外ですとばかりに否定してきた。
曰く、要請されたから作っているのですと。
「アルフィン様が前に村長にお酒を振舞われた事がありましたでしょう。その話が村中に伝わっているらしいのです。そうなれば当然飲んでみたいという事になるのですが、イングウェンザーのお酒は皆至高の方々のものですから、館を訪れたお客様に出すのならともかく村人たちに気軽に振舞う訳には行きません」
う~ん、私としては今でもどんどん作られているんだから別にいいと思うんだけど、彼女たちの立場からすればそう考えるだろうなぁ。
でも、それがこの酒造会社の工場と言っても過言ではないくらいの規模の施設建造にどう繋がったんだろうか? 村の人たちに呑ませても良いですかと、私にお伺いを立てればいいだけのことじゃない。
と、そうは思ったんだけど、とりあえずこの子の言い分を先に聞く事にしよう。
全てはそこからだ。
「そこで村の方たちに『この館にあるお酒は城で作られているもので、その全てはアルフィン様のものですから簡単にはお渡しできないのです』と説明しました。すると村で話し合いが持たれたのか、代表して村長が『作り方が解っているのなら、自分たちでもお酒が作れないか?』とお尋ねになられまして」
あら、最初は村でお酒を造ろうって話になったのね。
ならそのまま教えればよかったんじゃないかな? ここにこんな大工場を作らなくても。
「そこで城に連絡して酒造を担当している者を此方によこしてもらったのですが、彼に調べてもらった所、ボウドアの村で作られている作物は皆酒造りに向かないということが解ったのです」
なるほど、確かにビールやウィスキーなどに使われるのはこの村周辺でよく作られる小麦ではなく大麦だし、ワインやブランデーの材料になるブドウも作られていない。
そのほかにはトウモロコシとかサトウキビもお酒の材料として有名だけど、そのどちらもここでは作られていないのよね。
「せめて芋でも作られていたら良かったのですが、納税時の運搬の関係からか穀物は輸送が簡単な小麦が中心でして。ですから村での酒造りは断念せざるを得なかったのです」
「なるほどねぇ、村で作っているものではできないから村に工場が出来なかった訳だ。でも、何故断念した酒造りをここで始めたのかな?」
「それはですね、あまりに村の方々が残念そうでしたので、ギャリソンさんの相談したのです」
なんと!? ここでギャリソンの名前が出てきたよ。
ってことはこの酒造工場って、ギャリソンの提案だったりするとか?
「ギャリソンさんは私にこう言いました。『アルフィン様はイングウェンザー城で作られている色々な作物や家畜をこの地でも育てられるかどうかの実験をなされておいでです。今はまだその初期段階ですが、いずれはそれらを使った加工品の生産も始める事でしょう。それを考えるとこれはいい機会なのかもしれません。発酵などの気候が関係する実験を先にしておくのもいいのではないでしょうか』と。ですからギャリソンさんの発案で、この村ではお酒を。そして収監所ではチーズなどの発酵食品の生産実験を始めています」
なんと、ギャリソンの指示で始めた事なのか。
よかったぁ、早まって叱ったりしなくって。
私のこれからの事を考えての行動なら、確かに発酵食品の製造と言うのは前もってしておく実験内容としてはいいものね。
「なるほど、ギャリソンの発案だからこれ程大規模な工場を作ったのね」
「あっ、いえ、その・・・」
ん? なんだその返答は。
さっきのリュハネンさんを思い出させるようなリーフの態度に、私はジト目で彼女を見つめる。
その視線に耐え切れずに目をそらすリーフを見て、私は確信した。
「なるほど、実験を支持したのはギャリソンだけど、ここまで規模を大きくしたのはリーフ、あなたなのね」
ど~ん! と言う効果音が聞こえそうな勢いでリーフに指先を突きつける。
オタクなら一度はやってみたいシチュエーションよね。
そしてそれを受けたリーフは、誰が見ても解るほどの勢いでうろたえ、そして最後には平伏してしまった。
「申し訳ありません。私の欲望でギルド”誓いの金槌”の資金を使ってしまいました」
その彼女の絶望に染まった様子はこの世の終わりかと感じさせられるほどのもので、私はその姿から改めて自分とNPCたちの立場を私は思い知らされた。
「あ~えっと、リーフ。言っておくけど、私は怒ってるわけじゃないのよ。どちらかと言うと、感心してるくらいで・・・」
私はね、いくら凄い立場を与えられたとしても性根はあくまで小市民なのよ。
そんな姿で平伏されると、かえって居た堪れなくなる訳で。
「私としてはね、何かボウドアの村にとって名産になるものはないかと思ってこの実験農場に足を運んだの。そしてこの酒造工場はボウドアの産業として十分に機能するものだわ」
私のその言葉を聞いても、意図が解らないのかぶるぶる震えながら平伏するリーフ。
もうやめてよ、自分が作ったキャラが私の言葉で震え上がる姿なんか見たくないよ。
そう思っても私の気持ちはリーフに届かなくて、でも口下手な私は彼女に伝わる語彙が見つからなくて・・・。
「リーフさん、アルフィン様のお言葉が解らないのですか? 何時まで平伏しているのです。アルフィン様はあなたの作った酒造工場を有益と判断なさいました。ならばあなたがすべきは平伏するのではなく、工場の説明と案内でしょう」
そんな時、後ろに控えていたメルヴァからリーフに向かって叱責が飛んだ。
そしてその言葉に、慌てて立ち上がるリーフ。
顔はまだ少し青いけど、平伏したままで不評を買うくらいならば私の為に働くべきだという意思がその表情から感じられた。
私としては、そこまで思いつめて欲しくはないんだけどね。
「リーフ、さっきの発言はただの冗談で私は全然怒っていないのよ。なのにそこまで怖がらせてしまって。ごめんなさい、上に立つものがする態度ではなかったわね」
私は自分の失態を素直に謝罪する。
その言葉を聞いてリーフが何かを言いそうな態度を見せたけど、それを聞いてしまうともっと罪悪感に苛まれそうになったから、私は保身の為にメルヴァに声を掛けた。
「それと、メルヴァにも感謝しておくわ。私は言葉の選択を間違えました。でも、あなたは私のそんな失敗を指摘するのではなく、自分を悪者にしてリーフを叱責したわよね。ありがとう。でも、私はあなたが悪者になるのを良しとしません。私が間違った時はちゃんと指摘をして、苦言を呈してください。あなたは私に一番近い存在であり、イングウェンザーの統括でもあるのですから」
「そうそう。あるさんはたまに調子に乗って暴走するんだから、しっかりお守りしてよ」
「その点、ギャリソンはうまくやってるよね。こうなる前に一言入れるし」
ところが、私の言葉に返答したのは目の前のメルヴァではなく別の人。
それもかなり辛らつで、私はちょっとだけムッとしていつの間にか現れていたその二人に目を向けた。
「ねぇまるん、お守りってどういう事かしら?」
「そのままの意味よ。だってあるさん、よく失敗してギャリソンにフォローしてもらってるって話じゃない」
「うん、私も何度かその場面に出くわしてるわ」
シャイナまで言うか! いや、それはまぁ、事実なんだけど・・・。
「そんな訳だから、アルフィンがあなたを叱ったのも本心じゃないし、ちょっとした悪戯心のようなものなんだから気にしなくてもいいわ。そうでしょ? アルフィン」
「えっ? ええ、確かにちょっと調子に乗ってしまった部分もあるし、この酒造工場が有益であるというのも事実よ」
「では御許しいただけるのでしょうか?」
「あるさんは初めからそう言ってるじゃない。元々はギャリソンの指示だったものをちょっと大げさにやっただけなんでしょ? こんなの失態と言うほどの事でもないよねぇ」
まるんが私に尋ねるような感じで聞いてきたので、私はだまって頷いておく。
話が纏まりそうな時に余計な口を挟むと、またリーフが萎縮しちゃいそうだったからね。
「後、メルヴァ。ギャリソンの代わりを務めるつもりで来たのなら、ちゃんとアルフィンを押さえなさい。彼だったら、こんな事になる前に一言忠告を入れてくれたはずよ」
「はい、申し訳ありません」
シャイナの言葉に目を落とし、反省の色を見せるメルヴァ。
そんな彼女に、続けてまるんも言葉をかける。
「そうだよ。あるさんはポンコツなんだから、ちゃんとフォローしてあげないとダメじゃないの」
「そうそう、私はポンコツなんだから・・・って、誰がポンコツよ!」
「えっ? 自覚なかったの?」
絶句。
そしてシャイナの方を見てみると、まるんの言葉を肯定するかのように、腕を組みながらうんうんと頷いていた。
そうか、私って傍から見るとポンコツに見えてたんだ・・・。
自キャラたちの自分に対する評価を知り、茫然自失となるアルフィンだった。
ポンコツとまでは言わないですが、かなり抜けてますよね、主人公って。
実際ギャリソンのフォローがなければ、今までもかなり大変な事になっていたであろう場面が在りますから。
ただ、シャイナたちも元は主人公から分かれた人格ですから、同様にポンコツな部分があります。
上はそんなのばかりですが、都市国家イングウェンザーは優秀なNPCたちが居るおかげで、今日も問題なく運営されていますw