ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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117 壮行会

 フランセン伯爵が控え室に現れるのが遅れたから会場の下見などはできなかったけど、ロクシーさんとの打ち合わせはすでに済んでいたから伯爵との軽い打ち合わせだけをして、私とシャイナは衣裳部屋へと移動した。

 と言うのも今、私たちが着ているドレスはロクシーさんたちを迎え入れるためのものでパーティーに出席する為のものではなかったし、化粧やヘアメイクも同様に普段のものだったからね。

 

 この館へ来るまでにばっちりとヘアメイクやドレスアップをしているロクシーさんはちょっとした化粧直し程度で済むから控え室でもできるだろうけど、私たちはそんな訳にはいかないから一度退室したと言うわけだ。

 

 衣裳部屋に行くと、そこで待っていたのはイングウェンザーの地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長であるセルニアだ。

 今日は予めどのドレスを着てどのアクセサリーを身につけるか、後どのようなメイクをしてヘアスタイルはどんなコンセプトにするかまできっちり決められているから別にセルニアである必要はないんだけど、私としてはやっぱり彼女にやってもらった方が安心するし立場上私の身の回りに関しては自分でやらないととセルニアも思っているようなので来て貰ったというわけ。

 

「店長、今日もお願いね」

 

「はい、アルフィン様。予定よりも遅れているので早速御着替えを。それが終わり次第、ドレッサーの前へと移動してください。私がメイクを担当している間に、この者がヘアメイクを担当いたしますので」

 

 私はセルニアにそう指示されるとそのまま着せ替え人形のごとく、数人のメイドたちの手によってドレスを着せられることに。

 そしてそれが終わると今度は体に白い布をポンチョを着ているかのように巻きつけられた。

 これは折角来たドレスが化粧をする際、普段ならドレスを着る前に予め済ませておくはずの化粧落しと、新たに塗るファンデーションなどのベースメイクをする際に汚れないようにする為だ。

 

 今回は時間が押してしまっているので全ての行程を同時進行で進めなければいけないから、こんなてるてる坊主のような格好になっていると言うわけなのよ。

 

 鏡越しに横を見ると、シャイナも同じ様にてるてる坊主状態で座っていたので二人で苦笑い。

 けして他人には見せられない姿よね。

 

 でも、そんな中でも準備は着々と進み、普段なら1時間近くかけるパーティーへの参加準備をセルニアたちは30分ちょっとで全て終わらせてしまった。

 いやぁ、うちのパーティー業務部は本当に優秀よね、惚れ惚れとするわ。

 

「ありがとう、セルニア。他のみんなもご苦労様」

 

「見事な手際だったわ。店長、みんなを労っておいてね」

 

 私とシャイナは衣裳部屋にいる子たちに笑顔でそう伝えると外に出て、衣裳部屋の横にある控え室で待機していたギャリソンと合流して控え室へと足を向けた。

 途中、ギャリソンからメイン会場の準備やセレモニーが終わった後の食事、それに早めに到着したイーノックカウの名士たちやこの都市で役職を持っている貴族たちを応接用に準備しておいた部屋に通してノンアルコールのウェルカムドリンクで持て成しているなど、今のところ特に大きな問題も起こらず準備が進んでいると言う報告を聞いて心安らかな状態でロクシーさんの待つ控え室へと到着することができた。

 

 

 

 そしてそれから1時間ほど経過した頃。

 

 コンコンコンコン。

 カチャ。

 

 軽快なノックの音の後、ロクシーさんの執事が扉を開けて部屋に入ってきた。

 そして私たちのそばまで歩を進めると一礼。

 

「アルフィン様、シャイナ様、ロクシー様。パーティーの準備が整ったようですので、会場まで足をお運びください」

 

「解りました。ではロクシー様、参りましょう」

 

「ええ」

 

 こうして私たちはメインパーティー会場へ。

 そして扉は開け放たれているものの、カーテンで仕切られている入り口の前へと通された。

 

「都市国家イングウェンザー女王アルフィン様、都市国家イングウェンザー侯爵、騎士団長シャイナ様、バハルス帝国ロクシー様、ご入場です」

 

 この儀典官の声と共に、カーテンが開かれる。

 

 あっ、シャイナの説明で侯爵と言うのがあったけど、これは便宜上つけたものなのよ。

 だって前もってバハルス帝国の儀典局から、イングウェンザー6貴族ではこの国の貴族たちにどれくらい位が上なのか、うまく伝わらないと言われたからなのよね。

 

 だからロクシーさんと相談して、これからはバハルス帝国内でのパーティーに出席する時はシャイナたちの事を侯爵と言う、この国でも解りやすい爵位で表現する事にしたってわけ。

 それでその話をシャイナにしたら、私はイングウェンザーの騎士団長のつもりなんだけど、その称号は付けてくれないの? なんていうもんだから、急遽そちらもつけることになったのよ。

 

 ただ、シャイナがどうせだから当日も鎧姿で出ようかな? なんて言い出したもんだから念のためロクシーさんとライスターさんに聞いてみたところ、それだけはやめて欲しいと全力で止められてしまった。

 今回の私たちは来賓として兵たちを送り出す立場なんだから武力を誇示するような格好は困るし、何よりシャイナは私同様数少ない花の役割でもあるのだからって。

 まぁ確かにパーティーじゃないんだから参加する貴族の人たちもご令嬢を連れてくるとは思えないし、それはそれで仕方ないか。

 

 

 閑話休題

 

 

 カーテンが開くと、そこにはすでに送られる側と送り出す側の兵士たち、それに来賓の貴族や町の名士、そして主催であるフランセン伯爵までがそれぞれの席についていた。

 どうやら私たちが最後の入場みたいね。

 

 そう言えば立場的に言うと今回の参加者で一番位が上なのは女王の私、ついで侯爵位のシャイナ、そしてフランセン伯爵なんだっけ。

 ロクシーさんは立場的には貴族ではないからこの順位には入らないけど、バハルス帝国内での発言力で考えれば伯爵なんかよりずっと上だろうから、最後の入場になるのは当たり前か。

 

 私たちは会場内の人たちの視線を一手に集めて、静々と予め決められている自分たちの席へと向かう。

 この時、広間の方からは所々からため息のようなものが聞こえては来たけれど、ここにいるのが皆職業軍人たちなだけあって声に出す人は居ないみたい。

 ただ、壇上の来賓席の方からは感嘆の声が少しだけ聞こえてきたのが対照的で少し面白かった。

 

 そして、私たちが席についたところでセレモニーが始まる。

 儀典官の仕切りの元、伯爵からの言葉や来賓からの激励の言葉、そして最後に私が言葉を送る事で退屈な偉い人からの一言コーナーは終了。

 その後は実際に戦場に向かう人たちが壇上に並んだ。

 と言っても全員が並ぶ訳じゃなくて、部隊を仕切る小隊長とその副官、そして9人を一組とする分隊の隊長とその副官が並ぶだけなんだけどね。

 

 ただ、その壇上に並んだ人の中に私の見知った人がいたのには少し驚いたわ。

 なんとライスターさんの部隊の副隊長であるヨアキム・クスターさんが分隊の隊長として参加していたんですもの。

 

 どういう事なんだろう? って思うけど、ここで口に出す訳にはいかないから二次会が始まってからでも聞く事にしようと心に決めて、ここではスルー。

 壇上に上がった人たちが儀典官からそれぞれ命令書を受け取って自分の分隊の前に戻って行き、最後に小隊長がフランセン伯爵から直接命令書を受け取って、

 

「イーノックカウ駐留部隊の名を汚さぬよう、バハルス帝国皇帝のために頑張ってまいります」

 

 と、伯爵に向かって帝国式敬礼をしながら宣言をして、このセレモニーは終わった。

 

 後で聞いた話なんだけど、この小隊長さんって貴族の三男なんだそうな。

 大都市と言っていいほどの規模ではあるものの、所詮は地方の衛星都市だからそれほど役職があるわけでもないから貴族の中でも低位の貴族の三男以降は軍人になる事が多いらしい。

 でも、いざなって見たのはいいけど魔物が多くいる土地でもないし、敵国も近くにないから手柄を立てる機会も無くて出世する機会がないから、今回の遠征の小隊長の座をめぐって色々と貴族間の暗躍があったみたいなんだ。

 

 と言う事は、あの小隊長さんはその手の裏工作がうまい人と言う事なのかな? でもまぁ、貴族内での立ち回りと戦場での立ち回りはまったく違うものだから、小隊長になれたからと言って手柄を立てられるとも限らない。

 まぁ、今回は補給部隊としての参加だから、余計な欲を出して変な動きさえしなければ実績にはなるみたいだから、選ばれただけで彼からしたらもう成功したと言う事なのかもしれないけどね。

 

 

 

 さて、私たちが退場しない事にはメイン会場を兵士たちの二次会場に変更できないから、さっさと移動することにする。

 儀典官たちの誘導で入場時とは逆に私たちが一番最初に退場、そのまま貴族や名士たち用の第2会場へと移動した。

 

 当初は椅子とテーブルを用意して会食会を行おうと考えていたんだけど、兵士たちの二次会を立食にするのなら料理の関係上、全部の会場を立食にした方がいいと言う意見が出たので、此方も基本は立食形式になっている。

 とは言っても一部の人には席とサイドテーブルが用意されているんだけどね。

 

 なぜならあまり移動されてしまうと他の人たちが困るような人、代表的なのは貴族たちからの挨拶が殺到するであろうロクシーさんや私なんだけど、この様な人たちにはなるべく一箇所にとどまってもらった方が警備するほうも、挨拶をしに来る人も助かるので席が用意されているのよ。

 

 それとイーノックカウに幾つかある大商会の頭取みたいな名士の人たちの中には結構なお年を召した人もいるから、この様なずっと立っているのが困難な人たちにも予め席が用意されていた。

 

 と言う訳で私とシャイナ、そしてロクシー様は第2会場奥の壁際中央に置かれた椅子へと移動。

 そこで全員がそろうのを待ってから、改めてフランセン伯爵の短い挨拶と共に食事が始まった。

 

 

 

 なんと言うかなぁ、そこからしばらくは大変だった。

 だって、本当に引っ切り無しに人が挨拶に来るんですもの。

 

 ロクシー様はなれているからなのか余裕を持って会話をしているんだけど、私とシャイナはこれだけの人に挨拶されるなんて事、今までに経験した事がないから本当に大変だったわ。

 思えば前回、ロクシー様のパーティーにお邪魔した時は皇帝陛下がいたからこれほど人が殺到しなかっただけで、そうじゃなかったら今日と同じ様な状態になっていたのかもしれないわね。

 

 結局最初の1時間ほどは挨拶だけで終わってしまった。

 と言うかロクシーさんが、

 

「皆さま、アルフィン様はまだお若く、社交の場に出られてからそれ程たっていないので、そのように矢継ぎ早に挨拶に来られてしまっては疲れてしまいますわ。これからもパーティーなどでお会いする機会はあるのですから、今日のところはこれくらいで開放して差し上げて」

 

 と言ってくれなければ、もしかすると最後まであのような状況が続いたかも。

 まったく、中央にコネがあるわけでもない私なんかに何故あれほど挨拶をしたがるのか不思議でならないわ。

 特にギルドや商会の人たちは、私に挨拶した所で特に利益になりそうな事はないと思うんだけど、何故先を競って挨拶をしに来たがるのかしら?

 

 そんな疑問が今回も顔に出ていたのだろう、相変わらずの読心術と見まごうまでの人を見抜く力を発揮してロクシーさんが私に答えを教えてくれた。

 

「アルフィン様、イーノックカウではすでに都市国家イングウェンザーの情報がかなり広まっておりますのよ。先日のパーティーでのお菓子もそうですが、まるん様がお持ちになられた宝石や希少金属などは商会の者からすれば興味を持つなと言うほうが無理でしょう。それに」

 

 そう言うとロクシーさんはロゼの甘いスパークリングワインを、うっとりとした目で見ながら、

 

「このスパクリンのような美しく今までに味わった事がない美酒を幾種類も今日この場で口にしたのですから、その価値を正確に計る事ができる者からすれば、アルフィン様はまさに黄金を齎す女神にも等しい存在に思えているのでしょう」

 

 なんて事をのたまった。

 

 なるほど、彼らからすれば私は商材の塊と言うわけか。

 それならば殺到するのも解る気がするわ。

 

 

 そんな事を話していると、今まで貴族や町の名士がいるために声をかける事ができなかったのであろう、顔見知りが私の元へとやってきた。

 ライスターさんとヨアキムさん、そして初めて見る顔だけど、先程壇上でヨアキムさんの副官と紹介されていた少年の3人だ。

 

「アルフィン様。改めまして本日は我が国の兵士の壮行会の為に、ありがとうございます」

 

「どういたしまして。私としても色々な方とご挨拶できて有意義な時間を過ごせているのですから、改めてお礼を言ってもらうほどのことではありませんよ」

 

 私はライスターさんのお礼の言葉に、そう微笑みながら返答する。

 私と繋がりがあると言う事で壮行会の準備期間中、連絡役を担っていたからその締めくくりとして挨拶にきてくれたのかな? なら丁度よかったわ、聞きたい事と話したい事があったもの。

 

「ところでヨアキムさんはライスターさんの部隊の副隊長ですよね? なのに何故今回はライスターさんではなくあなたが分隊の隊長に?」

 

「それは隊長が騎士の称号をお持ちだからです」

 

 ヨアキムさんの話によると、ライスターさんの騎士と言う称号は貴族ではないものの平民と同列には置かれない程度には位が上らしいの。

 それが今回の任務である補給部隊の分隊長としては問題があるらしいのよ。

 

 と言うのも補給部隊は色々な所に物資を運ぶことになるんだけど、その場合相手の部隊にとって運用しやすい場所に物資を置かないといけないから当然場所を指示してもらう必要がある。

 でも此方の分隊長が騎士だった場合、相手もそれと同等以上の身分がないと指示が出せないから、部隊によっては物資が運ばれるたびにその隊の上官を呼ばないといけないなんて事になりかねないらしいのよ。

 

 そういう理由でライスターさんじゃなく、その副官のヨアキムさんが選ばれたと言うわけ。

 

「なるほど、身分が作戦の邪魔になるなんて事もあるのですね」

 

「はい。その点私ならば問題が無く、またライスター隊で副隊長を勤めている実績から分隊を任せてもいいだろうと言う判断で抜擢されました」

 

 確かに分隊単位とは言え、組織立った行動を常に指揮している人の方が隊長をやらせるには安心できるからこの配置は適格だと思うわ。

 

 ところで。

 

「そちらの方は、紹介してくださらないのかしら?」

 

 私はライスターさんたちと一緒に来た少年の事を尋ねてみる。

 多分この少年を私に紹介すると言うのも私の元を訪ねて来た理由の一つだと思ったからね。

 

「申し遅れました。バハルス帝国イーノックカウ駐留軍所属、ライスター独立小隊のユリウス・ティッカです。よろしくお願いします」

 

「元気な兵隊さんですね。覚えて置きます」

 

 一兵士だけど、わざわざ連れてくるくらいだから将来有望な子なんだろうね。

 これから先、接点があるかも知れないから覚えておく事にしよう。

 

「ところでわざわざ顔見知りが戦場に赴くのですから、私からも何か選別を渡した方がいいかしら」

 

「いえ、そのような。お言葉だけ頂いておきます」

 

 う~ん、折角知り合いがこの戦争に参加するのなら頼みたいことがあるのよねぇ。

 だからここは押し切って行くことにする。

 

「別にたいした物でもないから受け取って。と言っても、今持っているわけではないから後程ね。この壮行会はライスターさんが担当しているようですから、終了後もある程度の時間まで残っているのでしょう?」

 

「はい、来賓の方や部隊がこの大使館から撤収し終わるのを確認するまでは残るつもりです」

 

「そう。それなら」

 

 私はいつもの定位置である左斜め後ろに控えている、ギャリソンの方に振り返る。 

 

「ギャリソン、後でメイドたちにライスターさんたちが声を掛けたら私のところまで案内するようにと伝えておいて頂戴」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 そう返事したギャリソンに満足そうな笑顔を作って頷いた後、ライスターさんたちの方へと向き直った。

 

「帰る時にでも近くのメイドに一言伝えてくれればいいわ。そうすれば私のところまで案内してくれるから」

 

「ご手配、ありがとうございます」

 

 こうしてライスターさんたちが立ち去った後、千客万来で後回しになっていたこの世界のシェフたちが作った料理を試食したり、ロクシーさん用にと特別に用意してあった取って置きのカニ料理を振舞ったりしているうちに、壮行会の夜は更けていくのであった。

 




 壮行会が終わりました。
 これから戦場へ向かう彼らは、この先にどんなことが待っているのかを知りません。
 全員無事には帰ってこられるのですが・・・。

 来週ですが、ゴールデンウィーク中は殆ど家にいないので書く時間が有りません。
 なので1週休ませていただきます。
 次回の更新は13日になります。

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