ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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113 訪問者

 

「壮行会、ですか?」

 

「はい。私は無理だと言ったのですが、上官の一人に何とか頼んでもらえないかと拝み倒されまして」

 

 イーノックカウのイングウェンザー大使館にある応接室。

 そこではライスターさんが、大変恐縮しておりますと言う顔で私とシャイナ相手に頭を下げていた。

 

 

 

 ロクシーさんとの晩餐の次の日、シャイナを訊ねてライスターさんが頼み事をする為にやってきた。

 と言ってもどうやら彼はシャイナが未だにこの町に居るなどとは考えておらず、訊ねたと言うアリバイだけを作って上官には知己の人が不在だったからと断るつもりで来たらしいのよ。

 でもさぁ、そんな事を知らない私は彼の訪問を受けて、わざわざイングウェンザー城にどうしましょうかと聞きに来たメイドを前にして、

 

「ああ、その人なら知っている人だし、今からシャイナと二人で行くからお茶を出して待ってもらって」

 

 とつい応えてしまった為に大使館の応接室で今、私たちはこうして顔を合わせている。

 ある意味ではライスターさんにとっては予定外であり、でも会えてしまった以上無理を承知であることを頼まなければいけないと言う、何とも困った状況になっていると言う訳だ。

 

「前に此方で普段のお付き合いのお礼にと頂いた酒なのですが、滅多に手に入らない高級酒ですので一人で独占するのもどうかと思い、折角だからと同僚や上司にも振舞ったんですよ。ところが、どうやらその味が忘れられないらしくて今回遠征に出ると言うのを口実に、『もしかしたらこの戦いで戦死するかもしれないから、最後にもう一度だけあの酒を』と頼まれてしまったのです。私からすれば後方への補給部隊派遣ですし、戦争と言っても毎年一当たりしてお茶を濁す程度のものなので、この町から向かう兵士が死ぬどころか怪我をする事すらまずないと考えているのですが、流石に上官に拝み倒されては無碍に断ることもできず、無理を承知で訪れた次第です」

 

 そう言えばライスターさんにはパーティーとかで色々と助けてもらってるから、お礼ですって何本か渡した事があったけ。

 彼はそれを自分一人でではなく、みんなに別けたのか。

 

 でも、なるほど。

 ロクシーさんも言っていたけど、どうやら城にあるワインとかビールは私たちが普段飲んでいるハウスワインのようなものでさえこの世界ではかなり上質な部類に入るらしいから、それを一度でも口にしたのなら何かしら口実ができたらそれを理由に要求したいと言う気持ちも解らないではないわね。

 

「ねぇアルフィン、どう思う?」

 

「お酒くらいなら出しても別にいいと私は思うわよ。それ程高いものでも無いし」

 

 実際の所お酒に関してはイングウェンザー城だけじゃなく、ボウドアの館やこのイーノックカウの大使館にもかなりの量に備蓄がある。

 

 普通に考えたらワインとかウイスキーとかは作るのに熟成期間がいる筈なんだけど、酒造に使っているマジックアイテムの効果なのかゲーム時代の名残なのか、材料さえ用意すればそれ程時間が掛からずかなりの高品質のものができるのよ。

 そしてその材料となるワインに合う品種の葡萄とか蒸留酒用の麦とか芋、サトウキビも地下4階層で続々と生産され続けているから尽きる事がないと来ているんだな、これが。

 

 その上ユグドラシル時代みたいにパーティー業務で消費しないのに生産ラインはそのままだから実は備蓄が増える一方なのよ。

 だって生産ラインを止めてしまうと、今度はそれ以上に場所を取る原材料がたまって行ってしまうからね。

 

 まぁイングウェンザー城の倉庫は、ユグドラシル時代はいくら入れても数字が増えるだけだったからなのかある意味マジックアイテムのような構造になっているらしくて物資が増えたら増えただけ拡張されるみたいだからいくら溜まっても困らないと言えば困らないけど、どうせ同じ備蓄をするのなら時間が経てば熟成されてより美味しくなるお酒にした方がいいと言うのも生産ラインを止めない理由だったりする。

 

「それでどんなお酒が欲しいんですか?」

 

「ワインを白と赤、それにロゼを1本ずつ。後はイスキーとか言う蒸留酒を1本ほどお願いしたいです」

 

 あら、ずいぶん少ないのね。あんなに申し訳なさそうに頼んでくるからどれほどの量かと思ったのに。

 補給部隊派遣と言う話だったけど、義理みたいなもので5人くらいしか行かないのかな?

 

「ずいぶん少ないようですが、それだけでいいのですか?」

 

 シャイナも私と同じ様な感想を持ったらしくってライスターさんにそう問い掛けた。

 まぁ彼女の口調からすると派遣される人数が少ないと感じていると言うより、これ以上は申し訳なくて頼めないと思っているんじゃないの? って感じのニアンスだけど。

 

「いえ、流石にあれだけ高級なお酒を購入するのなら、相場から逆算すると予算的にこれが限度かと思いまして」

 

「まぁ」

 

 あらなんだ、お金の心配をしていたのか。

 確かにそれならばそんなに大量に発注はできないわよね。

 だってロクシーさんですら手に入るのなら購入したいと言ってきてるくらいだから、かなりの高額を請求されると考えてもおかしくないもの。

 

 でもねぇ。

 

「壮行会なんですよね。それならば出されたお酒がそんなに少なければがっかりするのではないですか? それに派遣されるのは何人くらいなのでしょうか。後方支援と言っても10人とかの少人数ではないのでしょう?」

 

「えっと、とりあえずイーノックカウ駐留軍からは50名が派遣されます」

 

「あら、それでは先程の量だと一人にグラス一杯も渡らないではないですか」

 

「ええ、ですからワインは上官だけで、あとは蒸留酒を水で割って一杯ずつ頂くと言う話になっています」

 

 それにしたってそれだけの人数が居たらまともな水割りもできないんじゃないかなぁ。

 さびしいってレベルですらないわね、それでは。

 

「ねぇアルフィン、いいよね?」

 

「ええ、当然」

 

 シャイナがそう問い掛けてきたので、笑いながら当然でしょと返しておいた。

 そんな私の返答を聞いて、シャイナはライスターさんに笑顔を向けた。

 

「アルフィンの許可も出たことだし、ワインは赤白ロゼを各1ケースずつ、それに蒸留酒も1ケースでいいかな? 後はそうだなぁ、やっぱり乾杯にはビールがいいだろうから1樽出しましょう」

 

 シャイナの言う1ケースと言うのは720ミリリットルビンが24本入る箱の事ね。

 あとビールの樽と言うのは一般的なビールの木樽のことで、大体235リットル入っている。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。それだけの量の代金をお支払いできるほど予算がありません」

 

「いいのいいの。さっきアルフィンが許可をくれたでしょ。これは出兵する人たちへの私たちからのプレゼントだからお金は要らないわ」

 

「別にそれくらいならたいした量じゃないしね。壮行会と言うくらいだから出兵する人だけじゃなく、見送りする人も参加するんでしょ? ならこれくらいはないとね」

 

 パーティーと考えたらこれくらいの量は必要だもの。

 と言うか場合によってはこれでも足らないかもしれないんじゃないかしら。

 

「本当にいいのですか? あれだけの品質ですと、ワインだけで金貨7、8枚はすると思うのですが」

 

「アルフィンが許可を出したんだから何の問題も無いよ」

 

「そうね。あと、参加人数が多くてこれでも足らないと言うのならもっと用意するけど、本当にこれだけでいい?」

 

「滅相もありません。これだけで十分です」

 

 まさにとんでもないと言う顔で頭を下げるライスターさん。

 私としては軍上層部がこの機会にうちのお酒を口にしてこの先定期購入をしてくれるようになれば、外貨も手に入るし在庫も減って一挙両得じゃないかとまで思っているんだから、別にそこまで感謝されることでもなかったりするのよね。

 

「それで、その壮行会は何時行われるのですか?」

 

「5日後です。出兵が7日後でその前日は休暇を与えられる事になっているので、その前日の夜に行われる予定になっています」

 

 そうよね、たとえ死ぬ可能性が殆どないとは言え出兵なんだから、万が一に備えてその前日は家族や友人、恋人との別れを惜しむ時間が必要だろうからね。

 他国から奇襲されたとか言う緊急事態でもなければ、そんな日が設定されてもおかしくはないし、なにより出兵前日にお酒なんか飲んでいては行軍にも差しさわりがあるだろうから2日前に行われるというのは理にかなっているわね。

 

「なら5日後に間に合えばいいのね。それで、このお酒はこの館に用意しておけば取りに来てもらえるの?」

 

「はい。当初は先の量だけ購入するつもりでしたので、もし手に入れることが出来たとしても私一人で運べばいいと思っていたのですが、これ程の量を提供していただけるのであれば私の小隊から人と台車を出して運ばせていただきます」

 

 たしかにあれだけの量を手荷物のように持ち運ぶのは無理だろうから人手は必要だろう。

 特にビールの木樽の重さなんか、300キロ以上だし。

 

 まぁライスターさんは小隊の隊長でもあるから、こんな急な場合でも人手を確保くらいはできるだろうから、その辺りは心配してないけどね。

 

「後ですね、これも大変申し上げにくいのですが・・・」

 

 ん? まだ何かあるの? おつまみに何か欲しいとかかな?

 

 そんな風にとぼけた事を考えていたんだけど、ライスターさんの口から飛び出したのはもっととんでもないことだった。

 

「その壮行会にシャイナ様も参加してもらえないでしょうか?」

 

「へっ、私?」

 

 突然の要請にびっくりするシャイナ。

 各言う私だってびっくりだよ、だっていきなりだもん。

 

「はい。シャイナ様の事はイーノックカウ駐留軍の中でも前から話題になっておりまして。私が林の中で助けられた事に始まり、カロッサ子爵様のお屋敷での鉄塊を切り裂いたと言うエピソード、そして極めつけは先日行われたロクシー様主催のパーティーです。当日警備にあたった者がその目でお姿を拝見して、その美しさを隊で風潮して回りまして。その為、私がアルフィン様やシャイナ様にお目通りできる立場にあることを知っている者たちが、ぜひ出兵前に一言、言葉を頂けたらと言い出したのです」

 

 ライスターさんは早口で一気にそう言い切ると、にこりと笑ってこう続けた。

 

「ですが都市国家イングウェンザーの貴族であるシャイナ様が他国の、それも地方都市の出兵壮行会ごときに参加してくださるなどとは実の所誰も本気では考えておりません。ですが、だめで元々でも一応は頼んでみろと言われたしだいです。これに関しては断られることが前提なのですが、お耳に入れておかないと立場上問題があるのでお伝えしました。ですから聞き流していただければ結構です」

 

 なるほど、あくまで話が出たから伝えましたよって事なのか。

 本当にバハルス帝国駐留軍から正式に要請が来たのかと思ってびっくりしたよ。

 

 でも軍の出兵前の壮行会か、どんなものかちょっと興味があるわね。

 

「確かにバハルス帝国の貴族であるのならともかく、他国の貴族であるシャイナが参加するのは少々おかしな話ではありますね」

 

「そうだね。私たちは戦争する相手国と何の関係も無いのだから、勝って来てくださいとか言うのもなんか変だし」

 

「ええ。ですからこれは立場上お誘いはしましたよと言うだけなので、断っていただいても何の問題もありません。そもそも高価なお酒まで提供していただいたのに、そこまで無理を言う筋合いは私どもにはありませんから」

 

 私たちからのお断りとも言える言葉を聞いても、笑いながらそう応えるライスターさん。

 その表情からは本当に断られても何とも思わないという感情が此方にも伝わってきた。

 

 そしてだからこそ、私の悪戯心がむくむくとわきだしてくるのよね。

 

「ええ、だから壮行会に激励の言葉を掛けに行くのではなく、友好国の代表として私とシャイナが来賓と言う立場で参加しますわ。いや、それならばいっその事、この大使館で開いてしまうのも手ね。それならばわざわざお酒を運び出す手間も減りますし、大使館を構えた以上これから周辺の貴族を招く機会も増えるでしょうから、この館の者たちもその練習になりますし」

 

「そうだね。確かにいきなりバハルス帝国の貴族を招いたパーティーを開くより、予行練習のような事をしておいたほうが後々いいのかもしれないな」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! 正気ですか、アルフィン様、シャイナ様!」

 

 私たちがいきなり予想外な事を言い出したために、ライスターさんが目を白黒させている。

 まぁ、確かに普通に考えたらありえない提案だものね。

 

 私は仮にも一国の支配者だし、シャイナはその国の貴族だ。

 そんな立場の者が出兵する他国の軍人を自らの館に招きいれて壮行会を開くなんて話、聞いたことないもの。

 まさに前代未聞、常識はずれにもほどがあると言うものよね。

 

 まぁ、だからこそやる気になったんだけど。

 

「あら失礼ね、私は正気よ。確かに根回しはしないといけないけど、これはこれで我が国にも利益があることですもの」

 

「えっ!? そうなの」

 

 こらシャイナ、本当に意外そうな顔でこちらを見ない。

 確かにいたずら心が全体の80パーセントほどを占めるけど、一応私なりにメリットも考えての発言なんだからね。

 

「もう、シャイナまで何言ってるのよ。当たり前じゃない。いくら予行練習になるからと言って此方に何の得も無いのにお酒だけじゃなく、会場まで提供するはずがないでしょ」

 

「そうなんだ。アルフィンの事だから、てっきりライスターさんを驚かす為だけに言い出したのかと思ったわ」

 

 失礼な! 確かに驚いた顔が見られて楽しくはなって来ているけど、それはそれ、これはこれよ。

 

「いや、シャイナ様。聡明なアルフィン様のことですから、流石に私を驚かす為だけにこの様なことを仰られる事はないと思いますよ」

 

 私が憤慨して何かを言い出す前に、すかさずライスターさんがフォローを入れてくれた。

 入れてくれたんだけど・・・なんかごめん、半分以上はシャイナの言うとおりです。

 

 でも流石にそんな事は言い出せないから、私が考えているメリットを提示することにした。

 

「聡明かどうかはともかく、今考えている事が実行できるかどうかは私の一存では決められないことなので先程も言ったようにまずは根回しをして、実現できるようならここで壮行会を開き、私とシャイナも参加します」

 

「アルフィン様の一存では決められないと言う事は、誰かを巻き込むと言う事なのでしょうか?」

 

 あら、伊達に小隊の隊長を任される騎士をやってるわけじゃないのね。

 ライスターさんは、今までの私の言葉から何を考えているか薄々感じ取ったみたいだ。

 

「ええ。ロクシー様をお誘いして連名で壮行激励会を開こうと思います。個人的にロクシー様とは親交を深めていますが、その関係は残念ながら広く伝わっているとはいえません。今回は私たちとロクシー様の関係をこの国の騎士や兵士にも直接見せ、我が都市国家イングウェンザーとバハルス帝国とが友好的な関係を築いていると言う事をアピールするには絶好の機会ですもの。それを逃す手はありませんわ。それにイーノックカウはイングウェンザー城から一番近い都市ですから、帝国と我が国との関係が良好であると言う事をより深く理解できていれば、家族や友人を残して遠い戦場へと出兵する人たちも後方の憂い無く出立できるのではないですか」

 

「なるほど、そこまでお考えでしたか。確かにそれならばアルフィン様やシャイナ様にも十分なメリットがあると思います。出兵するものたちの中には他の都市や首都からの兵と合流した際、その話をするものも居るでしょう。そうなれば新たに友好的になった国として都市国家イングウェンザーが広く認識されるでしょうから」

 

 ああ、そう言えばそうね。

 流石にそこまで広く認識させようなんて考えてなかったけど、確かにそういうメリットもあるのか。

 

 自分のいい訳と言っても過言ではない妄言が、もしかするとこの先、本当に凄いメリットになって帰ってくるのかもとライスターの言葉を聞いてほくそ笑むアルフィンだった。




 イングウェンザー城では色々な作物や畜産物、そして各種お酒が作られています。
 また海産物もかなりの量取れている上に、中にはドラゴン等の食用モンスターまでいたりします。

 これは生産系ギルドゆえにナザリックと違って対外的な防御機構やギミックにそれ程お金を回す必要が無かったおかげなのですが、その全てが元々パーティー用の材料として生産できるようになっているものなので、その業務がなくなった今、ただただ余剰在庫が積みあがっている状態だったりします。
 イングウェンザーに居る人だけでは消費しきれないですからね。

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