ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~   作:杉田モアイ

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108 思惑

 

 バハルス帝国の衛星都市、イーノックカウ。

 その都市中央部にある迎賓館の一室では皇帝ジルクニフが愛妾であるロクシーと二人でアルフィンが持ち込んだワインを傾けていた。

 

 

 

 「ふむ、これも美味いな」

 

 アルフィン殿の手土産は、本来はロクシー宛であるがゆえに内訳は甘味が多くを占めており、残念ながら中にワインに合うつまみは無かったから今日のパーティーに出されたチーズやハムを合わせているのだが・・・このワインをここで開けるのは少々もったいなかったか。

 幸い頂いたワインはまだ数本ある。

 残りは帝都に持ち帰り、きちっとした食事と共に味わうとしよう。

 

 「本当に。アルフィン様はそれほど良いワインではないと仰られていましたけれど、これ程の上物は帝城のワイン倉の中にもそう多くはないでしょう。これで並みならば彼のお方が思う上質なワインと言うのは如何程のものなのでしょうね」

 

 そんなロクシーの言葉に、

 

 「皇帝陛下がいらっしゃると解っていれば我が城の最上級のワインをお持ちしたのですが・・・。それ程良いワインではないのでお恥ずかしいですが、我が国産のワインです。お納めください」

 

 帰り際、アルフィン殿が頬を染めながらそう言って、このワインが入った箱を馬車からメイドに取り出させていたのを思い出す。

 たしか手土産の中にはワインが1本しか入っておらず、それだけでは陛下と二人で飲むには少ないでしょうからこれは追加の手土産ですとロクシーに話していたな。

 

 馬車に積んである所を見るとアルフィン殿や他の貴族たちが移動中に常飲しているものだろうから、それ程良いワインではないと言うのは流石に謙遜であろうが、知っていれば最上級を持ってきたと言うからには、これ以上のワインがあるのもまた事実だろう。

 できることなら飲んでみたいものだ。

 

 そう思った私は一計を案じ、ロクシーをけしかける。

 

 「お前は王国との戦争が終わるまでの間、ここに残るのであろう。ならばアルフィン殿に頼んでみてはどうだ? 複数本手に入り、帝城にも2~3本送る事ができると言うのであれば、俺が費用を出してやっても良いぞ」

 

 「まぁ嬉しい。でも、だからと言ってお帰りになられる際に、このワインを全てお持ち帰りになられるのだけはよして下さいましね。これはあくまでわたくしへの手土産なのですから」

 

 チッ、読まれていたか。

 これを口実にこのワインは全て持ち帰ろうと考えたのだが、そうはいかないようだ。

 まぁよい、これからも都市国家イングウェンザーとつながりを持ち続ければ手に入る機会も多いであろうからな。

 それよりも。

 

 「アルフィン殿が語られたアイテムボックスの話、どこまでが本当でどこまでが嘘だと思う?」

 

 「まず、アイテムボックスと言う魔法がアルフィン様の国では特別な魔法ではないと言うのは事実でしょう」

 

 この話が出る事は予め予想していたのであろう、ロクシーは私のいきなりの話に打てば響くがごとく回答を解してきた。

 ふむ、ロクシーもそう思ったか。

 これに関しては私も同意見だ。

 でなければ、ああも簡単にアイテムボックスの存在を我々に知らせた理由が付かないからな。

 

 だがロクシーの見解を聞いておくのも悪くないだろう、そう思った私はなぜそのような考えに至ったのかた訊ねる。

 

 「その根拠は?」

 

 「あの魔法は特異過ぎます。アルフィン様が言うとおり、警戒すれば物品の持込みを防ぐことができるかもしれませんが、それは城などの重要施設だけ。全ての町の入り口にあの魔法を探知できる者を置くなど不可能です。そしてそれはとんでもない脅威になりえますわ」

 

 そう言うとロクシーは一度言葉を切り、ワインを口にする。

 そして手元にあるハムとチーズが乗った皿を前に置き、その横に新たな皿を置いて、

 

 「たとえば人は商人や旅人を装って都市に入り」

 

 まずは人に見立てたハムを空の皿へ、そして続いてチーズをハムの上へと置いて包んだ。

 

 「その後アイテムボックスを持つマジックキャスターが何食わぬ顔で武器を持ち込めば誰に気付かれることなく進入でき、中で武装すれば堅牢な防護壁を素通りしていきなり都市中枢を戦場にする事ができるのですから。私なら此方にアイテムボックスと言う魔法がないと知っていれば、あの魔法のことは絶対に伏せておきますわ」

 

 そう言ってロクシーはそのチーズのハム包みを口にして、

 

 「あら、意外と美味しいわね」

 

 そう言いながらワインをもう一口、口に含んだ。

 

 なるほど、ハムでチーズを包むことにより武装した兵士を表し、自分の口を都市の中に見立てたわけか。

 中々、面白い表現をするものだ。

 そう思いながら私もまねをして、チーズをハムで包み口にする。

 

 「なるほど、悪くない」

 

 「そうでしょう。これならばアルフィン様のワインにあわせてもそれ程悪くないと思いませんか?」

 

 確かにな。

 これをつまみに話は一時中断。

 しばらくの間私たちはワインを楽しんだ。

 

 

 

 グラス2杯ほどのワインを楽しんだ後、話を再開する。

 

 「アルフィン様は使うつもりはまるでないのでしょうけど、我が国ともし戦う事になれば家臣の誰かは使うでしょうね。そう考えると、彼のお方の愛らしいうっかりのおかげで助かったと言えますわ。ふふふっ、甘いジャムに使ったベリーの説明の為にアイテムボックスの存在を知られるなんて、何ともアルフィン様らしいですわね」

 

 確かにな。

 だがあのアイテムボックスと言う魔法、もし知らずにいればかなりの脅威になっていたであろう事は間違いない。

 

 あの場では剣や槍を持ち込めるか? と聞いてはみたが、そんなものより遥かに危険なもの、たとえば毒薬の入った小さな小瓶ならばどうだ? いや、それより恐ろしいのは疫病で死んだ生き物の血が染みこんだ布を持ち込み、それを井戸へと投げ込まれた場合だ。

 都市であれば何千何万と言う病人を出し、小さな町や村ならばそれだけで壊滅してしまうであろう事は簡単に想像できる。

 

 その二つともアルフィン殿が取り出したベリーが入った籠より小さいのだから、密かに持ち込むなどイングウェンザーの者たちにとってはたやすい事だろう。

 そしてその有用さはそれだけではない。

 

 「うむ。あのアイテムボックスなる魔法、アルフィン殿はただ物を運ぶ魔法だと語っていたが、その真の利点は軍事にこそある。もし大量の物資を入れるだけの容量を持つものが数人いれば軍の進行速度はかなり速くなるであろうし、そうでなくとも毒、疫病、麻薬等々無警戒に持ち込まれたら都市に大被害をもたらすものはそれこそ無数に存在するのだからな」

 

 「はい。いくらアルフィン様が箱入りでも、あの魔法の有用性は理解しているでしょう。でなければわたくしたちが知らないと解った時のあの表情は説明できませんもの」

 

 あからさまに顔色が変わったからな。

 あの魔法が普通に存在するアルフィン殿の国周辺ならば対処法が確立されているであろうから気楽に見せたのだろうが、その対処をまるでしていない国で自分がその魔法を使えると知らせるのは自殺行為にも等しい。

 だからこそ、知っていればけして私たちの前で使っては見せなかっただろう。

 使いさえしなければそんな魔法がある事など、こちらは想像さえしないのだから。

 

 「では空間魔法の話はどう思う?」

 

 「あれも事実でしょう。嘘を考えるには時間が無さ過ぎましたもの。アルフィン様はアイテムボックスとは何かと陛下が質問された時、『アイテムボックスと言うのは空間魔法の一種で』と仰いました。あれが話題の最後で開示された情報ならともかく、一番最初に開示された情報ですからね。その後の説明にも矛盾点は見られませんでしたし、慌てているアルフィン様がとっさに思いついたとは到底思えませんわ」

 

 確かにそうだ。

 本人は隠しているつもりであったろうが、私の目から見てあの時アルフィン殿は明らかに動揺をしていた。

 そのような精神状態であってもとっさに空間魔法などと言うありもしないものを彼女に思いつけるのか? と考えると、その力量を持つ者にしてはアルフィン殿のそれまでの行動はあまりに稚拙だし、何より今までに経験した場数が足りないように思える。

 その事からも、あの空間魔法と言う言葉に嘘はないだろう。

 

 「空間魔法は実在する。そしてその後に出た空間魔法の素養がある者ならば誰でも簡単に習得できると言うのも、また事実と言う事か」

 

 「そう言う事になるでしょうね。アルフィン様も素養があるなら誰でも習得できる魔法だから、この国にないとは思わなかったと仰られていましたし」

 

 確かにそんな事を言っていたな。

 ならば空間魔法の素養がある者を見つけ出す事ができれば、我が国でもアイテムボックスの魔法を開発できるという事か。

 我が国に存在せず、今まで聞いたこともなかった所を見るとリ・エスティーゼ王国やスレイン法国にも無いだろう。

 

 「もしこの魔法を他国に知られる事無く我が国で開発できたとすれば」

 

 「我が国は他国から1歩も2歩も先んじる事ができるでしょうね。空間魔法の素養というものを調べさせる価値はあるでしょう」

 

 降って湧いたこの重要な情報に、私たちは歓喜した。

 そうこの時は。

 しかし、この世というものはままならない。

 

 

 

 数日後、私は帝国魔法省からの報告に唖然とする事となる。

 

 「何、空間魔法などという物は存在しないだと?」

 

 何といくら調べても空間魔法というものは存在せず、と同時に空間魔法の素養を持つ者など、いくら探してもこの国では見つからなかった言うのだ。

 ばかな、アルフィン殿は空間魔法の説明で『空間に干渉して異空間を作ったり、二点間をつないで転移させたりする魔法が空間魔法になります』と言っていたではないか。

 

 「だが、我が国でもテレポートという魔法を操るマジックキャスターが一人か二人はいるという話ではないか。ならば」

 

 「陛下、まことに申し上げにくいのですが、あれはマジックキャスターが使う魔力系位階魔法でして、空間魔法などと言う別系統の魔法ではございません」

 

 魔力系位階魔法? と言う事は似て異なる魔法と言う事なのか? だが、アイテムボックスという魔法は実在しているのだから、存在しないと言うのはおかしいだろう。

 もしこの者の言うとおり空間魔法と言うものが存在しないのならば、私が見たあれは一体なんだと言うのだ?

 

 「ではあのアイテムボックスという魔法はなんなのだ? 私が見た夢とでも言うのか?」

 

 あまりに事に私はつい声が低くなる。

 そんな私に、目の前にいる帝国魔法省からの使者は青い顔になりながら必死に弁明を始めた。

 

 「そっ、そうは申しません。現に亜人が使う精霊魔法や古の原初の魔法と言うものが存在する事を確認しております。ですから我が国で知られている魔法とはまた別の系列の魔法、そう、陛下が仰られている空間魔法と言うのは、そのイングウェンザーと言う国が所持すると言う転移の魔道具に使われている魔法技術ではないかと我々は考えております。それを調べさせていただければ何か解るかもしれません」

 

 うむ、そう言われれば確かに別の系列の魔法が存在すると言う話を前に爺から聞いたことがあるな。

 と言う事はこいつの言うとおり、空間魔法は我が国に存在しない魔法技術と言う事ともありえるということだ。

 そしてその技術を使った魔道具が存在し、それを調べればもしかすると何か解るかもしれないと言うのも理解した。

 

 だがな、転移のアイテムは数が無いと言っていたし、何より城の防衛と言う観点から研究させてほしいと言っても無駄だろう。

 それを解析すれば、もしかしたらアルフィン殿の城に直接乗り込む方法が解るかもしれないのだから、例え彼女が了承したとしてもその家臣たちが許しはしないだろう。

 

 「あれは彼の国の機密、わが国の者が調べる事など不可能であろう。だが実際にそこに存在する技術であり、なおかつ素養があれば誰でも使える魔法だとイングウェンザーの者は言っていたのだ。なんとしても空間魔法というものを発見し、アイテムボックスと言う魔法を我が国に齎すのだ。優秀な帝国魔法省ならば必ずできると信じているぞ」

 

 「ははっ!」

 

 こうしてバハルス帝国の無駄な研究は、この後長い間続くことになる。

 

 





 色々と考えてはいるようですが、全て無駄に終わると言うお話でした。
 ただ、ロクシーはこれからもアルフィンと仲良くしていくつもりのようなので、国と国との関係は良くなっていきます。
 とりあえずイングウェンザーがバハルス帝国に宣戦布告したり、その逆が起こったりはしなさそうです。
 双方、メリットがないですからね。

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