ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
私たちは皇帝陛下との会談のため、メイドさんの案内で長い通路を歩いている。
と言っても迎賓館がいくら普通のお屋敷より大きくても別にお城のように広い訳では無いから、数分も歩いたら先の方に騎士たちが守る扉が見えてきたんだけどね。
だから「ああ、あそこが目的の部屋なのね」なんて思いながら歩いていたんだ。
だけど私の予想は外れて、そこへたどり着くすぐ手前にある小さな扉の前で案内のメイドさんは止まってしまった。
えっ、ここなの? と思いながら扉を見つめていると、メイドさんが振り返り、
「アルフィン様、申し訳ありませんが執事とお付のメイドは、この隣室でお待ちいただくことになります」
と、そんな事を言ってきた。
へっ? 私とシャイなだけで皇帝陛下の下へ行けって事? 護衛も無しに?
「ギャリソンたちは、同席できないと?」
いくら皇帝陛下が偉いと言っても私は一応都市国家の女王と言う体で来ているのだから、来賓相手に流石にそれは失礼じゃないかと思ってメイドさんにそう問い掛けると、彼女は本当に申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「申し訳ありません。会談はアルフィン様とシャイナ様、そして皇帝陛下とロクシー様の四人でとのご指示なのです。この部屋はこれからお通しする部屋の控え室でして、何かが起こった時はすぐに中の扉から隣の部屋へと飛び込めるよう、陛下の護衛である四騎士のお二人もすでに此方の部屋に入られております」
なるほど、会談は私たちだけで護衛やお付の者は双方隣室で控えると言う事なのね。
ロクシーさんとの会見ではレイナースさんがついていたのに今回は護衛なしで会ってくれると言う事は、少しは私たちの事を信用してくれたと言う事かな?
「中の扉には鍵は掛かっていないのですね?」
「はい。緊急時に備えて、扉には鍵そのものが取り付けられていません」
私の言葉にメイドさんは頷き、そう応えた。
それを確認した所でギャリソンたちの方へと向き直る。
「聞いたわね? ギャリソン、ヨウコ、サチコ。あなたたちは此方で私たちの会談がすむまで待っていて頂戴。これだけの警備の中、賊が現れる事も無いでしょうし、折角四騎士の方たちとご一緒できる貴重な機会なのですから、あなたたちもお二人と話をしてくると良いわ」
「畏まりました、アルフィン様」
私の意図を"正確に"読み取ってギャリソンは礼をする。
その姿を見たメイドさんは、普通ならありえないような失礼なことを私に伝えると言う嫌な役回りを引き受ける事になってきっと緊張していたんだろうね、ホッとしたような表情を見せた後、ノブに手をかけてそのまま扉を開いてしまった。
でもこれは明らかに失態なのよねぇ、本来ならば中に人がいるのだからノックをすべきだったのだ。
しかしそれを省いて扉は開かれた。
そうなると当然、私からも中にいる二人からもお互いの姿が見えるわけで・・・。
ザッ。
想像よりかなり広い部屋の中でソファーに座っていた二人は、そんな擬音が聞こえるようなほどの速さで立ち上がり、きびきびとした動きで私に対して頭を下げた。
「寛いでいる所をごめんなさいね。私の従者たちがお邪魔するけど、宜しいかしら?」
「は・・・」
「はい! もちろんでございます」
頭を下げられて素通りするのもなんだからと私が一声かけると、最初に顎鬚のおじさんが口を開きかけたんだけど、それを遮るようにレイナースさんが応えてくれた。
なんと言うかなぁ、なんか褒めて褒めてとじゃれ付いてくる犬を見ているかのようだ。
でも流石に本当に褒める訳にはいかないから、ここはお礼を言っておく。
「レイナースさん、ありがとう」
私はそう言うと、ギャリソンたちに中に入るように促す。
すると3人は私に頭を下げてから部屋の中へと消えて行った。
ギャリソン、遠めでしか見ることができなかった髭のおじさんの力量、ちゃんと見極めてくるのよ。
そんな彼らの背中を見送りながら、私は心の中で独りごちるのだった。
さて、彼らを見送って今度こそ私たちの番である。
先程はメイドさんがノックをしないで扉を開けるというミスは犯したけど、流石に皇帝陛下が居る部屋でそんな失敗をするわけも無く、またそんなミスをするような者が中にいる者に直接声をかける事ができるはずも無かった。
「アルフィン様、シャイナ様、御両名様共に御着きになられました」
「うむ、ご苦労」
先程の失敗が響いているのか、メイドさんが緊張の面持ちで扉を守る騎士さんに話しかける。
コンコンコンコン!
するとその騎士さんはガントレットの付いた硬い拳で扉を強くノックし、
「都市国家イングウェンザー女王アルフィン様、ならびに都市国家イングウェンザー上級貴族シャイナ様、御両名様共に御着きになられました。お取次ぎ願います」
そう声たからかに宣言した。
う~ん、なんとも仰々しいけど、儀典官さんもパーティーでこんな感じだったし、この国ではこういうものなんだろう。
そう思っていると観音開きの扉が開き、中からメイドさんが出てくる。
そしてそのメイドさんに促されて中に入ろうとすると、そこにはまた扉が。
ああなるほど、中にいる人を襲おうとする賊が現れたとしても、その賊がいきなり中に飛び込めないように控えの間が作ってあるのか。
これなら先程の騎士さんの仰々しい宣言の理由も解るわ。
あれくらいの声とノックの音じゃなければ中まで聞こえないのね。
メイドさんに促されて中へと入ると、奥の扉が開かれて行くと同時に後ろの扉も閉められて行く。
そして前の扉が開ききった所で部屋の奥に目を向けると、
「ようこそ都市国家イングウェンザー女王アルフィン殿、シャイナ嬢。歓迎しますよ」
そこには壁と天井に据え付けられた魔法の光を受けた豪奢な金髪をキラキラと輝かし、女性なら皆見とれるほどの丹精な顔に微笑をたたえたバハルス帝国皇帝、エル=ニクス陛下が両手を広げて私たちを出迎えてくれていた。
そしてその横には初めて出会った時やパーティー会場とは打って変わって、デザインこそ控えめではあるものの、仕立ての良いドレスと数点の宝石を身にまとうロクシーさんが、静かに微笑んでいた。
「お誘いいただき、光栄です。バハルス帝国皇帝陛下」
私は皇帝陛下の2メートルほど手前まで進み、その場でカーテシーで挨拶をする。
そして一歩ずれると、今度はシャイナが私の横に並んでカーテシー。
「皇帝陛下、都市国家イングウェンザー貴族、シャイナでございます。以後お見知りおきを」
「うむ。此方こそよろしく頼む」
シャイナの挨拶を受けて、皇帝陛下はそう言うと鷹揚に頷く。
その仕草を見て、とりあえずこれで挨拶は終わったからメイドさんに案内されて席につくのだろうなぁなんて思っていたんだけど、その予想は外れて皇帝陛下が少し横にずれて、ロクシーさんが少し前にすっと歩み出てきた。
あの様子からすると、なにやら私に話があるみたいね。
「アルフィン様、この度は失礼な事をしてごめんなさい」
ロクシーさんはそう言うと、申し訳なさそうな顔をする。
えっ? 何のこと?
「えっと、何のことでしょうか? ロクシー様から謝罪をして頂かなければならないような事があった記憶が私にはないのですが・・・」
「パーティーの事ですわ。いろいろと準備が大変でしたでしょう。最初の話ではまるで数人の令嬢との小さなパーティーに誘ったかのような言い方をしたのに、蓋を開けてみればこのようなパーティーで」
なるほどその事か。
でもなぁ、なんとなくだけどパーティーの規模は大きくなるんじゃないかと思っていたのよね。
だって最初の印象でロクシーさんは悪戯を仕掛けるのが好きなタイプなんじゃないかと思っていたから
「それにパーティーの作法も此方に合わせて頂けたようで申し訳ないわ。カロッサ家とのつながりは知っていましたが、まさか前もってご準備をなさるなど思いもよらず、ご迷惑をおかけしました。時間もあまりありませんでしたし、此方からお誘いしたのですからアルフィン様のお立場ならば自国の作法のままでも何の問題もなかったですのに、あのようにお心を砕いてくださるとは。そもそも、作法についても本来はこちらから一声おかけすればよかったのです。そこまで思い至らず、申し訳ございません」
「そんな、ロクシー様からはパーティー当日に予めリハーサルをするとご連絡頂いたではないですか。その御心は、私にも十分に伝わっていましたから」
正直そこまで畏まられてしまうと私も困ってしまうわ。
だって今回はいきなりパーティー会場に呼ばれたわけでは無く、ちゃんとリハーサルをしてもらったもの。
ロクシーさんもあの場で私の作法がおかしければ指摘をしてくれただろうし、ちゃんと此方に気を使ってくれていたのはわかっているから、ここまで謝られると正直こちらの身の置き所がない。
そんな事を考えていた私に、更なる爆弾が投下された。
「うむ、では私からもお詫びをしないといけないな」
そう言うと皇帝陛下はロクシーさんの横に並び、なんと私に向かってほんの少しではあるが頭を下げたのよ。
その姿に私は何をどうした良いのかまったく解らず固まってしまう。
そしてどうやらこれはロクシーさんにとっても予想外だったみたいで、その目は大きく見開かれ、驚きに染まった顔で横に立つ皇帝陛下の顔を見つめていた。
私の位置からは見えないけど、きっとシャイナもあんな顔を後ろでしてる事だろう。
あれは、それ程衝撃的な光景だった。
「ロクシーのお遊びに付き合ってサプライズ来場などと言う悪戯を仕掛けたのだからな。気を悪くしなかったか?」
「いっいえ、気を悪くなどしておりません。ただ、どうしてあのような事をしたのかと言う疑問はありましたけど・・・」
私は動揺したままだったけど、皇帝陛下の言葉を無視するわけにいかないから何とか再起動。
でも流石に完全にとは行かなかったからか、少しだけ震えた声で頭に浮かんだ疑問を、ついそのまま口にしてしまった。
そんな私に皇帝陛下は笑顔で答えてくれる。
「アルフィン殿がパーティー会場で想像していた通りだ。私も忙しい身だからね。この地方に足を運ぶ事もあまり無いから良い機会だと考え、この辺りの貴族たちの跡取りが私の登場でどのような態度に出るか見たかったのだよ。」
私が想像した通り? 陛下の口からその言葉が出たって事はカロッサさんとの会話はしっかりと聞かれていたって事よね?
・・・私、あの場で変な事、口走ってないよね?
そんな風にあせりながらも皇帝陛下の言葉を聞いて「ああ、やっぱりそうだったのか」と私は心の中で一人納得する。
だって私如きを驚かす為だけに、バハルス帝国ほど大きな国の皇帝がこんな辺境まで来るはずがないもの。
ロクシーさんのお遊びと仰られているから、私に会いに来たと言う側面は確かにあるのだろうけど、実際はそれを口実にして視察がてらこの地を訪れたと言うのが本当の所なんじゃないかなぁ。
そんな事を考えていた私は、意識を思考に取られている間、ずっと皇帝陛下に見られていた事に今更気が付いてあわてる事となる。
「もっ、申し訳ありません陛下。陛下を前にして思考に耽ってしまいました」
「構わんよ。そうなるよう、私も話を持って行ったのだからな。見たかロクシー、虚を突くと言うのはこうやるのだ。しかしロクシーもそのような顔をするのだな。良いものが見れて満足だ。皇帝が頭を下げるなどバジウッドが居たらまず間違いなく止められていただろうから、奴の進言を聞いて別室に控えさせたのは正解だった。うむ、奴もたまには良い事を言うものだな」
そう言うと皇帝エル=ニクス陛下は、愉快そうに笑顔を私たちに向けた。
まさにしてやったりと言った気分なんだろう。
実際、私もロクシーさんもしてやられてしね。
あとバジウッドさんって、たぶんあの髭の四騎士さんの事だよねぇ? 進言って何のことだろう? 話の雰囲気からすると自分やギャリソンたち護衛を別室に控えさせる事を進言したって言っているようにしか聞こえないけど、今の話の流れとはまったく関係なさそうだし。
まさかその進言が、ギャリソンたちを皇帝ジルクニフから遠ざける為に自分たちも一緒に隣室に控えると泣く泣く言い出したものだなどと、夢にも思わないアルフィンだった。
前回同様頂いた感想を元に作った話第2弾です。
と言っても、元々ジルクニフがアルフィンの虚を突くために頭を下げるという場面は初めからあったんですけどね。
ロクシーの謝罪の方は当初は無く、ジルクニフが突然の訪問を謝罪すると頭を下げ、驚いたアルフィンたちが動揺する隙に場の主導権を握ると言う展開になるはずでした。
101話でアルフィンは挑発と言う手段を使ってくるんじゃないかって予想していますが、あまりに予想外な手だったので気を付けていたにもかかわらず引っかかってしまうと言う展開だったのです。(まぁこの話でも結果は同じですが)
でも、元々が策を練る人ですが、単純にロクシーの悪戯に乗るような茶目っ気のある人でもあるから、この展開はこの展開でありえる話なんじゃないかな?