世界樹の追憶 ~真理を追い求め~   作:七日間の木枯らし
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遅れてすみません。何とか完結させたいと思います。


第3話 白の瞬き

時は夕暮れ、太陽と月とが入れ替わる時間帯である。日の恩恵が遠ざかった街はしかし依然として人々の活動により寒さを感じさせない町並みであった。執政院での用事を終え、その中を判然とした目的もなく歩いていると、ふと視界が拡げたのを感じた。そこは広場であった。

申し訳程度に点々とある茂みや低木以外、大凡全て人工物で構築された石造りの空間は異様であった。時折降ってくる鴉の鳴く声が無機質のそれらに反響し、何処かでざわめく人々の気配を劈いた。本来灰色である建築物が暗く赤くなっているのが無機質なそこを冷たく死んだ場に作り変えていた。妙な居心地の良さを感じた。白でも黒でもない、その曖昧な雰囲気がどうしようもない落ち着きをもって体を包み込んでいたのだ。

その時、一際大きな鴉の悲鳴が聞こえた。空を見上げると、夕闇がぼんやりと混ざっていた。その曖昧な背景から溢れ落ちたように、鴉の漆黒は不気味な程はっきりとした輪郭をもっていた。すると鴉がけたたましく嗤い、遠く小さく見えなくなった。徐々に黒に飲まれゆく空を見上げるのをやめ、一層暗い石々の中へこれまたぼんやりと立ち去った。


そうして当ても無く彷徨っていると、ある商店の前に立っていた。中からは、金属同士がぶつかる小気味良い音が響いている。看板に掲げられた名前を見ると、その商店が、迷宮に入る前にツスクルが紹介していた施設の一つであることを思い出した。遺跡へと出発するのは、日が落ちて人目の少なくなってからのつもりであるが、何もそれまでの時間を無為にする必要はない。消耗品を購入するのも良いだろうと思い、その扉を開く。

「いらっしゃ〜い!」

刀を打っていた少女が作業の手を止めて奥から出てくる。顔馴染みのないはずのこちらに笑みを絶やさぬ彼女はこう続けた。

「いらっしゃい、ウワサのルーキーさん。あのレンさんに認められてるんでしょ? いつ来るかなって楽しみにしてたんだ。」

その言葉の不可解さに気付き、すっと目を細めて相手を見た。

「…少し聞いても良いか?」

敵意とまでは行かないまでも、それに限りなく近い懐疑心を向けられた彼女は俄かにたじろぐ。が、すぐに不安を押しやった彼女は再び笑顔になる。

「何?ボクに答えられることなら、何でも良いよ!」

商売人として「大切なお客様」に笑顔を向けただろう彼女には確かに自分の職への誇りが感じられた。しかし、そんなことは関係のない事だ。

「何故、俺がその『ウワサのルーキー』だと思ったんだ?」

緊張からか、彼女の額に汗が伝う。いつの間にか他の職人たちも作業の手を止めたようで、そこには無音の存在感のみがあった。言葉に詰まるその人物──代表して出てきた辺り、店主なのだろう──がごくりと唾をのみ下す。

「何でって言われても……」

顔馴染みが無く、恐らく今日着いたばかりの冒険者であることは判断できるかもしれない。だが、今朝門の前に多数の冒険者がいたように、それだけの情報で「ハイランダーの新人冒険者」を特定できるだろうか?それとも、実際は冒険者でなく遺跡の調査のために派遣されたことまで把握しているのだろうか?

「じゃあ質問を変えよう。その噂とやらは、一体どこまで広がっている?」

あっさりと質問を変えたことに対してか、虚を突かれた表情をする店主に、いつでも得物を取り出せるよう手を背中に遣る。

「『ルーキー』とやらの身体的、外見的特徴はどこまで広がっているか知っているか?」

その言葉を聞き驚いたのは彼女だ。その反応を見て確信する、彼女はこちらを判別するための特徴のみ知っているようだ。

「……多分、この街の冒険者に関わる人なら知ってると思うケド。」

その言葉を聞いて、愕然とする。街の全員が対象になりかねないではないか。

「……執政院から聞いたのか?」

「うん、よろしく頼むってオレルスさんから。」

あのいかにも人畜無害な人間は、秘密を秘密のままにするつもりが無いのではないか?



樹海で手に入れた素材を売却、探索に必要になるであろう道具を購入し、外に出ると、辺りは既に夜闇に包まれていた。空を瞬く星々が白々と地上を照らし、窓から漏れる温い灯りが星の光をぼやかしている。家々から光の差すのは、居場所を知られてはならなかったハイランダーの集落では先ず考えられない光景で、印象的だ。

しかし、ふと頭に過る。これがこの地での日常で、変わる事のない風景で、繰り返される夜であることが自ずと理解できた。変わらない生活の中、何の変化もなく訪れる夜。灯る光も、瞬く光も、全て闇へと吸い込まれ、やがて見えなくなるのだろう。繰り返される日常の中では何の価値も持たないのだろう。

その瞬間、目に映る光や闇が既に色褪せているのを感じた。どうということはない。一時の鮮やかさは、滲んで霞んで消えて滅ぶ。知れたことだし、それは何の影響も及ぼさない。星の光、白く瞬くそれを飲み込む街の暗がりへ、この街の長の暗黒への一歩を踏み出した。いつか、どこかの旅立ちと同じで、周りに人は居なかった。


日中訪れた樹海、その入り口に差し掛かった辺りで、暗闇の奥、道の向こうに金属製の鎧が見えた。この街に入る時にも見た格好から、執政院の兵士であることがわかった。暫く歩いていると向こうもこちらに気付き礼をしてきたので、こちらも軽く会釈を返す。

「執政院から遺跡の探索を命じられたシュウ殿とお見受けします。」

事務的で無機質な言葉に、ああ、と短く答える。兵士の更に向こう側の馬車の大きさと数が、それらを警備している人間の数に比べ大きいことから遺跡までの距離が窺い知れる。

「調査する遺跡までは距離があります。赴くと簡単に街には帰れませんので武器や道具は今のうちにご用意下さい。現地までは馬車で丸一日ほどかかります。」

道具ならば既に購入し、武器の手入れも済んでいる。問題は同行する兵士に不審な人物が紛れていないかどうかだが、こちらに悪意が向いていないことは当人たちの余りにも無警戒な姿勢から察せられた。これでは確かに未踏の地の探索は厳しいだろう。そう思っていると、話していた兵士──これまでのことから考えるに、案内役であろう──が少々身を乗り出したのを視界の端に捉えた。

「準備が出来ているなら出立しましょう。」

「問題ない。」

「了解しました。それでは、ご案内します。」

星天の下走り出した馬車は、街から離れ、星明りのみが頼りの烏羽色へと消えていった。



一定の戦闘力を見込まれての依頼、いざと言う時には兵士達の護衛も期待されているのだろう。その為あまり深く眠らず、朧気に意識を保ちながら馬車に揺られていた。その意識を利用して、これから行く遺跡について少し考察を深めるのも悪くない。

まず、遺跡の怪音と地震、樹海の秘密との関連性について。前にも考えた通り、怪音は地震か樹海の秘密かによって起こされているようだ。地震によって起こされている場合は怪音の後地震が起きるという順番と矛盾してしまう。樹海の秘密によって起こされているなら、つまり樹海の秘密が怪音と地震の両方を起こしているならば、何故怪音が常に地震より先に起きているかが解らない。観測回数が少な過ぎるのか、それとも何らかの必然性が存在するのか。

……情報が少な過ぎる。だが、遺跡は樹海と関係があり、樹海には黒幕にとって都合の悪い何かがある。遺跡の調査の過程でこの街の長と対立する可能性が高いことだけは十分に分かっていた。



手に入れた情報を整理し終えてしばらく経った日の出の頃、馬車はその動きを止めた。

「到着しました。荷物を持って降りて下さい。」

兵士の呼びかけと共に、発見された新たな迷宮に踏み込む。壁や床は見たことのない不思議な質感を持っており、歩行音の良く響くことから、それらが既知の鉱石より遥かに硬質であることが解る。目に映るあらゆる物体が間違いなく高度な技術で作られているだろうことが、この場所がいかに謎に満ちた空間であるかを主張している。

「ここが発見された謎の遺跡です。発見後、内部で魔物を見たという報告があり我々兵士のみでの探索は中止しました。」

成る程、この遺跡は信じ難いほどに高度な技術が介在しているが、今現在その技術の持ち主はこの地の保存をしておらず、そうなってからは既に魔物が巣食ってしまう程に長い年月が経っているのだろう。

「その後、執政院により戦闘にも長けた人物…即ち貴方を派遣するので、中の調査は一任するようとの命を受けました。」

レンやツスクルを派遣しない辺り、黒幕はこの遺跡が樹海の秘密と関係していると判断しているのだろう。それでいて、全面的な調査の禁止をしなかったことから、遺跡の調査は凡そ達成出来ないと踏んでいるようだ。

「調査を進めるため、まずはフロアの奥を目指し、何かしらの調査すべき物の発見をお願いします。」

淡々と話す案内役の兵士。馬車に積まれた荷物の量から考えると、3日程なら調査に費やせそうだ。

「このフロアがどれだけの広さなのかは、見当もつきませんが、無事の任務達成を祈っております。私はここで貴方を待ちます。休息を取りたい場合はここに戻ってきて、お休みください。」

彼はそこまで言い終えると、丁度探索に向かおうとしていたこちらを呼び止め、餞別にだろうか、小さな袋を一つ差し出してきた。

「中身は?」

「メディカ3個にネクタルです。」

目の前の兵士はどうやら、一人で探索する人間に蘇生薬を渡すのに何の疑問も無いようだ。そこそこに探索に役立つアイテムを受け取り、この未知の迷宮を探索するために足を進めることにする。


人の手で造るには余りにも困難で、自然に形成されたにしては余りにも無機質な遺跡。最早何故存在するのか、何によって生み出されたのか皆目見当のつかぬこの地は、それその物が巨大な超過技術群である。明らかに既存の鉱物を遥かに超える硬度を持つ壁が所々崩壊していることは、余りにも長い時間による侵食を思わせ、天井にぽっかりと空いた穴から差す日の光が壁を伝う蔦の生長を助けている。

崩落した壁の奥には太い管状のものが連なり、表面的に見て取れるより更に破格の技術が遺跡に存在していたのが解る。そうした中を進み、奇妙な形の扉をくぐると、得体の知れない音が響くのが聞こえた。

「……」

警戒と共に歩みを止め、周囲に気を張り巡らせる。が、周りに人の気配は愚か、鬱陶しい魔物の存在すら感知できない。そうこうする間にその怪音は鳴り止み、通常考える無人の状態よりもっと無生物的な沈黙が訪れる。

地震が起こることもなく。

わざわざハイランダーを呼ぶ程だ、音の後に地震が起きると言うのはそれなりの回数の怪音から推測されたものなのだろう。ふと、先の会話を思い返す。

『発見後、内部で魔物を見たという報告があり我々兵士のみでの探索は中止しました。』

そう、怪音との地震の関連性は遺跡の外で確認されているだけのはずだ。外からでも怪音は聞こえるのに、敢えて危険を冒してまで遺跡の中で確かめる訳がない。このことから考えられるのは、この遺跡の内部においては地震が起こっても揺れが伝わらない、と言うこと。一体どのような技術を以ってすればそのようなことが可能なのだろうか。さて、その謎を解明するためにも、更にこの遺跡の奥へと踏み込み、執政院の望むであろう情報を見つける使命がある。

そうして、再び進み、魔物を薙ぎ倒し、奥へと進む。

──それからどれだけ経ったろうか?どれだけ単独での半ば奇襲的な戦闘を繰り返し、地図に線を引くのを繰り返し、足を進め続けた頃だったろうか?魔物の死も自身の傷も何の意味も持たなくなった頃、その扉を開いた。







後に、知ることとなる。総てはこの時始まり、全てはこの時既に終わっていたのだと。







扉を開けると、そこは小さな部屋であった。視認できる範囲に別の部屋への扉は見当たらず、行き止まりになっている。ある程度開放的な空間と違い、閉鎖的な空間では退路を断たれやすく、戦闘の危険性が高くなりがちである。そのため、より念入りに周囲を警戒しながら部屋の全貌を確認する。奥に見たこともない装置もある。最深部である以上、何かあるとしたらここだろう。

四方を睨み付けながら部屋の壁伝いに進むと、突然背後から奇妙な音が聞こえた。驚いて振り返ると、青い平面状の光が展開されていた。間違いなく先程までなかったものだ。平面の上を高速で流れるように記号が走っている。知った文字ではないため読むのを諦め、その奥の装置を観察する。表面が硝子状で分厚く埃を被っていたものの奥に何かの存在が見てとれた。

その埃を手で拭うと、そこには全体的に色彩の薄い少女が見えた。白い肌、金色の髪、唯々佇むだけの少女の姿があった。肌はまるで死んでいるかの様に白く、長い睫毛は人形のようだ。今にも眠りから覚めて動き出しそうな少女は、この上なく死んでいるようにも見えたし、どうしようもなく生きているようにも見えた。

この謎に満ち、荒廃した遺跡の中で時の流れを感じさせない少女に妙に目を引かれ、思わず呼吸をするのも忘れていた。少女は何を見てきたのだろう、何故ここにいるのだろう、どんな目をして生きていたのだろう、何を思って眠りに就いたのだろう。時間の流れから隔絶された少女は、見ているこちらの時間をも停止させたが、停滞をぶち壊す揺れが起こったと同時にいつの間にか忘れていた周囲への警戒を再開する。

青い光による平面は赤く変化し、静寂を張り裂く警報が響き渡る。地震の揺れさえ遮断した遺跡が強烈に揺さぶられているようにさえ感じた。音圧により天井から降る砂と共に、無機物だらけのこの部屋に苔と土とが混ざったような匂いがつんと鼻についた。空気の振動が肌を震わす中、少女を囲う装置が動き出したので飛び退く。槍を構え何が起きても対処できるように集中力を高める。暫くすると、勢いよく空気が噴き出し装置が開いた。噴射された空気はとても冷たい。中にいる少女は氷漬けにでもされているのではないか。そう思わせる白い冷気の向こうで、少女は異様に分厚い服と透明で丸い兜のようなもので全身が覆われていた。察するに、彼女はそれらによって保護され、遺跡の中で時間を過ごしていたのだろう。

彼女の足元の板が降下し、服に繋がった管が外れると倒れ込んできた。自分の身を護る大切な武器さえ手放し、慌てて彼女を受け止める。その衝撃で彼女が被っていたものが床にぶつかった瞬間、警報は鳴り止んだ。今腕の中で力無く寄りかかる少女を保護のために入り口まで戻ろうかと思案していると、徐に少女が顔を上げて目を開いた。

こちらと目が合う。青く澄んだ目の覗くのが、何か心を打ってくる。何故自分はそれに心奪われたのか。わからない。わかる必要がない。しかしわかりたい。わかるとは思わない。それでもわかりたい。わかりたい理由はわからない。それでもやはりわかりたい。理解したい。見つけたい。

その瞳は何を映してきたのだろう。何を映しているのだろう。
彼女の瞳が映した世界はどんなだったろう。どんなだろう。
そこには灰色のみが広がっているのだろうか。はっきりと白が瞬いているのだろうか。それとも別のものが湛えているのだろうか。

そこにすら自分の見てきたものが広がっていたら、一体何処に日常でない物があると言うのか。エトリアという街の暗黒でさえ希求したこの身に、空を思わせる瞳はとても眩しかった。





「あなたは…」



周囲を包む静寂が揺れる。停滞から目覚めた彼女の最初の声は仄かに掠れていたが、はっきりと意思を持ったものだった。



この少女、一体何ドリカなんだ()
因みに「カプセル」や「ヘルメット」など、作中の時代で使用されていないだろう単語は出さないように気をつけました。

4/21 少々手直ししました。ほとんどそのままなので気にしないで下さい。
4/24 原作の描写と矛盾した点があったので訂正。具体的に言うと、
  ・主人公が槍を手放していない
  ・終盤に出てきた少女が装置から出ても警報が鳴り止まない
   等、原作の「すべての始まり」というムービーに矛盾する点がちらほら。
   以後気を付けますので、ご了承ください。






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