獣二匹、疾走す   作:はぎのつき

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獣二匹、仲良くなる

「さあ、何ゆえこの地に参られたのか。疾く答えるでござる」

 

 ぐい、とその二本の後ろ足で立ち上がり、威嚇のつもりか体を膨らませてみせるハムスター。もとい賢王。陽光がその体毛を美しい銀色に輝かせ、その眼には強い意志が宿り、瞳の奥が燃えているかのような錯覚すら覚える。容姿が可愛らしいハムスターということと、レベルがわずか30であることを除けば、確かに王と名の付くにふさわしいだけの威厳が感じられる気がした。

 

「おぬし、その威容、その毛並み、それがしに匹敵する強大なる魔獣とお見受けするでござる。であればこの賢王、森の主として、そのような力の持ち主を、否、そのような力の持ち主だからこそ! 自分の領地に許可なく立ち入る者を見過ごすことはできんでござる!」

 

 爪を、牙を剥き出しにし、ヒゲをピンと伸ばして今にもこちらに食いついて来そうな雰囲気に、さしものかるかんも少したじろいだ。両掌を突き出してを首を振る。

 

「待て待て待て、俺……私は、別に君の縄張りをどうこうなんてする意思はない。爪を下げてくれ」

 

 賢王の古風な喋りに、こちらも一人称を変えるかるかん。喋りも会社のあまり仲良くない同僚と喋る時のようなやや硬いものにする。これは警戒心の表れであり、また賢王がかるかんを差して言うような「並々ならぬ威容を持った魔獣」を意識した喋りでもあった。

 

「そうでござるか?……いや、それならばなぜ、この森に現れたでござるか」

(そんなもん、俺が知りたい)

 

 若干雰囲気を柔らかいものにし、小首をかしげる賢王。サイズが超弩級であることを抜きにしても、可愛らしいハムスターのしぐさと言えた。

 かるかんは一体何と言ったものか、頭を悩ませる。

 

「いや、ここに来たのは……不可抗力というか、私が教えてほしいというか、そう! 旅の途中で迷い込んだのだよ。丁度水場を探していてな! まさか君の縄張りとは知らず、失礼をした」

「なんと! 旅のお方でござったか! なるほど、それならばそれがしの領地の事も知らなくて当たり前でござるなあ」

 

 何かに納得したようにうんうんと腕を組んで頷いて見せる賢王。

 あまりのあっけなさに、お前、ホントに賢王? 賢いの? と若干呆れて口が半開きになるかるかん。

「しかし!」と賢王は眼光を鋭くする。

 

「いかな事情があろうと、侵入者は侵入者でござる。……とはいえ、おぬしほどの魔獣と事を構えては、それがしも無事では済まんでござろう。そこで、旅をしているというおぬしの言葉と、先程それがしの攻撃を躱した実力を認めて、森を穏便に立ち去るのであればそれがしもおぬしを追撃したりははせぬでござる。どうでござるか?」

「ござるか? と言われてもな……」

 

 目の前のハムスターと自分が同程度とかいうとんでもなく見当違いな予測は置いておいて、かるかんとしては、正直なところ、この森を言われるがままに去るのは避けたいところだった。

 先程の賢王の発言からして、このハムスターがこの森一帯を取り仕切るボスのようなものなのだろう。そのボスのレベルが30強程度。ゲームで言うなら明らかに低レベル向けのフィールド。先程感知した結果から言っても、かるかんにとっての危険はここには存在しない。後で広範囲感知を行う必要はあるだろうが、寝こみを襲われたり状態異常による搦め手を狙われるなど不測の事態が起こることを考慮しても危険度などゼロに等しい。しかし森の外に出ていけば話は別だ。何と出会うか分かったものではない。すぐに強敵と遭遇! なんてことにはならないとは思うが、実際自分の身に何が起こったのかも充分に飲みこめていないのだ。これ以上のトラブルに巻き込まれる前に、一旦どこかに腰を落ち着けたいところだった。

 次に、この賢王。ユグドラシルでは影も形もなかった珍しいモンスターだ。しかも、賢王と言うだけあって会話が可能なくらいの知性も有している。第一村人発見というやつだ。自分の知らないことを知っている可能性は非常に高い。今はとにかく情報が欲しいのだ。このハムスターから話を聞かない手はない。

 

 となれば、かるかんしうむの採るべき選択肢は一つ。

 このハムスターに何とかして気に入られ、侵入者ではなく客人として扱ってもらわねばならない。

 しばしの逡巡の後、口を開く。出て来た言葉は、自分でも驚くほどに落ち着いた、冷静なものだった。

 

「……ちょうど今夜の寝床を探してもいたところなのだ。この地を支配する賢王に敬意を表し、これを送ろう。代わりに私の滞在を認めてはくれないだろうか?」

 

 古今東西、手っ取り早く相手に取り込もうと思えば贈り物が一番だ。

 アイテムボックスを展開する。ずっと奥の方……自分では使い道のないゴミアイテムのあたりに、使えそうなものが見つかった。

 取り出したるは、射撃武器の弾にも食材にも錬金素材にもなる低級アイテム“ヒマワリドルイドの種”の袋詰めと、精神系状態異常への耐性を高める効果の付いた腕輪だ。名前は“腕輪003”。銀細工の施された腕輪に大粒のルビーが嵌って、まあそこそこ美しいと言える。種の方は植物系の雑魚モンスターを倒したら掃いて捨てる程ドロップするアイテムで、ただ捨てるより店売りでもした方がいいかと少しの間持っていただけのもの。腕輪の方は単に見た目がきれいで、ボックスの底に余っていただけのいらないアイテムだ。

 魔法のスクロールなんかは全部拠点に置いてきたくせに、こんなものばっかり大量に眠っている自分のアイテムボックスが悲しくなってくる。

 

「おお……」

 

 賢王は差し出された品を交互に見つめ、ヒゲを興味深そうにヒクヒクと動かしている。つぶらな瞳に浮かぶのは警戒ではなく、好奇心だ。ヒマワリの種の袋詰めに顔を近づけ、鼻をスンスンと鳴らす。

 

「これはなんとも……芳しい香りでござるなあ」

 

 次に、腕輪の方を確かめる。途端、もともと丸い目が更に真ん丸に見開かれた。

 

「なんと、これはまさかマジックアイテムでござるか?」

「ん……? まあ、そう……だな。マジックアイテムといえば、そうなるだろうか」

 

 あんなしょっぱい効果のアイテムにマジックアイテムなんていう仰々しい呼び方は大げさだと思うが、賢王がしきりに感心しているようなので余計なことは言わないようにする。

 これは初心者の頃、他のプレイヤーが自作のアイテムを売っていたのを買ったものだ。精神系の状態異常への耐性を高めると言えば聞こえはいいが、この程度のアイテムでは防げるのは魔法で言えばせいぜいが第三位階まで。それ以上の魔法なり特殊技術(スキル)なりが与える状態異常に対してはほぼ無力と言ってもよい。初心者の頃はわりかし重宝もしたものだが、すぐに性能がかるかん自身のレベル上昇に追いつかなくなり、あっという間にお払い箱になった逸品だ。手放しても惜しくもなんともない。

 

「それで……どうだろうか? 私の滞在を認めてはもらえないか?」

「ふぅむ……」

 

 今度は賢王が考え込む番だった。

 腕を組みうんうんと唸る。その目がチラチラとヒマワリの種を見ているのをかるかんは見逃さなかった。

 おもむろに袋に手を突っ込み、拳ほどもある大きな種を一つ取り出す。

 ゴクリ、と喉が鳴る音がした。誰が出した音かは考えるまでもない。

 右に左に種を揺らす。

 賢王の目線も右に左に揺れる。

 もっと大きく揺らす。

 賢王の首も揺れた。涎が口の端に見える。

 ぽーい、と種を賢王の後ろに向かって高く放り投げた。

 瞬間、賢王が今までにない俊敏さで背面跳びを敢行し、見事に種をキャッチ。

 

「何をするでござるかもったいない! このようにおいしそうなものを投げ捨てるなど!」

 

 種をひしと抱きしめて抗議する賢王に、かるかんはなんと言ったらよいやら、爪で頭をぽりぽり掻く。

 

「あー……。では、滞在を認めていただけるということでいいかな?」

 

 「あっ」という感じの表情で賢王の目線が自分の手元とかるかんを行ったり来たりする。

 

「……ま、まあ! 仕方ないでござるな! それがしにも森の賢王としての立場があるゆえに! そなたの贈り物に対し、こちらもそれなりの敬意を払わなくてはならぬでござる。よって、そなたのこの森への滞在を認めるでござる! なにしろ、そのように立派なマジックアイテム、見たことがないでござるからな!」

 

 付け加えておくでござるが、決して、決してこのおいしそうな種に釣られたわけではないこと、勘違いなきように! と、まだ種を抱きかかえたままの賢王。

 かるかんはなんと言ったものか悩んで、とりあえず無難に済ませることにした。

 

「滞在を認めてくれたこと、感謝する。……そういえば、まだ名乗っていなかったな。私の名は〈かるかんしうむ〉という」

 

 後ろ足で直立し、右前脚、もとい右手を差し出すかるかんしうむ。握手の形だ。賢王は一瞬不思議そうな顔をしたものの、この動作が何を意味するものかを悟ったらしく、爪をしまった手でかるかんの手を握り返した。

 

「それがしの名はもう知っているでござろうが、客人に対し改めて名乗るとするでござる。それがしは森の賢王。この森を支配する者でござる」

「変わった名だ。森の賢王、が名前なのか?」

「左様。それがしはこれ以外の名は持たぬでござる。かるかんしうむ殿も、変わった名でござるな」

「そうかな? 私のいたところでは、そんなに珍しくもない名前だったんだが」

「文化の違いという奴でござるか。その辺りの話も聞かせてほしいでござるなあ。それがし、旅人とじっくり話をするのは初めてでござるよ」

 

 さ、それがしの住処に案内するでござる。とのしのし歩き出す賢王。尻尾が上機嫌にふりふりと揺れて、その巨体に不釣り合いにかわいらしい。

 俺にも尻尾が残っていればなあ。と、上位種族取得の段階で尻尾を取ってしまった事を少しだけ後悔した。

 

 

 

 

 

 

「……〈広域察知〉、〈蝙蝠の先触れ〉」

 

 脳内に円が広がるイメージと共に、賢王の住処を中心にして半径数キロの存在が、さらにスキルの併用により、その中から敵意を持つ存在だけが選り分けられて感知される。

 

「かるかんしうむ殿、何をしているでござるか?」

「静かに。集中しているんだ……」

 

 額に手をやり、目を閉じて集中するポーズを取る。実際の所、このポーズに意味はない。何となくカッコイイからやっているだけだ。しかし賢王にはそれがどう見えたのか、ごくり、と唾を飲み込む音がかるかんのところまで聞こえてきた。

 

「よし」

 

 特殊技術(スキル)による感知を終える。結果として、この近辺にはかるかんを害しうる存在は無いことが分かった。一安心と言ったところか。ふう、と息をつく。

 賢王の住処は、森の中の洞穴だった。賢王の住処と聞いて立派な屋敷のようなものを想像していたかるかんにはやや拍子抜けだったが、ハムスターには上等だろうと考え直す。それに、ここはここで悪くない。賢王とかるかんが並んで寝転んでも十分なくらいのスペースがあり、地面には柔らかな草が敷き詰められ、なかなか快適そうに見える。

 光もない暗闇だったが、かるかんには洞穴の細部まではっきりと見通すことが出来た。この体になった影響だろうかと思う。

 献上品である腕輪と種を大事そうに隅にしまっていた賢王が、かるかんの方に向き直った。

 

「あらためて、それがしの住処にようこそでござる。かるかんしうむ殿」

「こちらこそお招きいただき、あらためて感謝する。それとかるかんでいい。私だって森の賢王ではなく賢王と呼んでるしな」

「では、かるかん殿……なんだか、照れるでござるな」

 

 ひげをへにょりと垂らし、もじもじする賢王。

 スルーするかるかん。

 

「しかし、私をこんな簡単に住処に入れてしまってよかったのか。客人として招いてくれたとはいえ、初対面だろう」

「何を言うでござるか! 客人として招いた以上、出来る限りのおもてなしをさせていただくつもりでござる。遠慮は無用。自分の家と思ってくつろいでほしいでござるよ」

 

 それじゃあ遠慮なく、と丸くなるかるかん。この猫のような姿勢が、不思議と落ち着く。遠慮なさすぎでは、と呟く賢王は無視して、現状を纏めようと頭を働かせた。

 まず、ここはゲームではない。賢王の存在、開かないコンソール、繋がらないGMコール、変化した自分の体などから、これは確実だろう。

 次に、ここはどこか。

 

「なあ、賢王」

「何でござる?」

「ここは森の中だよな? 森の外はどうなってるんだ? この周囲は?」

「うーん……。実はそれがし、森の外にはあまり詳しくないでござる。何しろ支配する領地を離れるわけにもいかぬゆえ。ただ、森の外には人間の国があって、たまにそこから人間がやってくるでござる。そうそう、森の近くにも、人間の村があるでござるよ」

 

 それで、ここからが重要なのでござるが、と表情を真剣なものにする賢王。

 

「実は、それがしが支配しているのは、森の一部、南側だけなのでござる」

「ほう。じゃあ、他にもお前みたいなやつがいて、同じように森のどこかを支配してるのか?」

「そんなところでござるな。森はこんな形をしていて……」

 

 言いながら、草をかきわけてU字型を作る。

 

「この南側がそれがしの領地でござる。で、東側を巨大な妖巨人(トロール)が、西側を魔蛇と呼ばれるナーガが支配しているのでござるよ。この3つの間で均衡が保たれ、森はとりあえず平和なのでござる」

「北は?」

「北は険しい山脈になっているでござる。そこには特に支配者というほどのものはおらぬでござるなあ」

「森一つとっても結構ややこしいことになってるんだなあ」

 

 ここはユグドラシルではない、自分の知らない場所。おまけに人間やらモンスターやらがいて、賢王のような見たことのないモンスターもいて、ユグドラシルと似ているようで違うよくわからない世界だ。

 とりあえず、これだけ分かれば今のところは十分だろう。特殊技術(スキル)も使える。体の調子は、ユグドラシル時代よりいいくらいだ。目が冴え、耳も鼻もよく利き、毛の一本一本で空気の流れまで感じ取れるようだ。そして、試してはいないが、走ることが出来る。もしかしたら、今までよりも速く。それでかるかんには十分だった。

 速く走ることが出来れば、どこだろうと関係はない。

 もっと詳しい事なんかは、必要が出来てからおいおい調べていけばいいさ。と楽観的な答えを出した。

 

 それにしても、とかるかん。

 

「一人でこのあたりに住んでるのか? 同族はいないのか」

「生まれてからずっと一人だったでござるからなあ……同族というのは、見たことがないのでござるよ。子孫繁栄のためにも、それがしもそろそろつがいを見つけたいのでござるが。逆に、かるかん殿は旅の中でそれがしのような魔獣を見かけたりはしなかったでござるか?」

「うーん。見たことがない、訳ではない、が……」

 

 サイズが違いすぎる。通常のハムスターと賢王では、どう考えてもつがいにはなれないだろう。

 

「な、なんと!? それは一体どこで……? それがしが会いに行くことはできるのでござろうか!?」

「いや、遠すぎて会いに行くのは不可能だろう。それに、私の知ってるのは大人になっても私の手に乗るくらいの大きさしかなかった。つがいになるのは無理ではないかと思うのだが……」

 

 興奮で逆立っていた毛並みが一瞬でしぼむ。賢王の体が一回り小さくなったようにも見えた。

 

「それは……確かに無理でござるなあ……。旅人であるかるかん殿でも会ったことがないとなると、それがしの同族は一体どこにいるのやら……」

 

 ハア、とため息をついて、少し落ち込んだように見える賢王。

 

「まあ、そう気を落とすな。長く生きてれば、いつか素敵なつがいが見つかるさ」

「そう願っているでござるよ。かるかん殿も、もし旅の途中でそれがしの同族を見かけたら、連れてきてほしいでござる。それがしも仲間というものに会ってみたいでござるよ……」

 

 最後には呟くような声で言って、賢王もかるかんの隣にごろりと寝転がる。

 

「そう言うかるかん殿も、見たことのない魔獣でござるなあ。ずいぶん立派でござるが、同族と出会ったことはあるのでござるか」

「同族と会ったことは……残念ながら、ない。同族がいるのは分かっているが、これから先、会うかどうかまでは……」

「ううむ……詳しい事情は分からぬが、どうやら並々ならぬ背景があるご様子。皆、それぞれ悩みを抱えているのでござるなあ……。ちなみに、何と言う種族なのでござるか? 後学のためにも、教えていただきたいでござる」

 

 言われて、かるかんは自分の種族のことを考える。データ的に言えば、かるかんしうむは混合魔獣(キマイラ)であり、その上位種である混合魔獣王(キマイラロード)であり、近親種である(ヌエ)でもある。しかし、自身を言い表すのであれば、やはりこれ以外に相応しいものは無いだろう、と一つの種族を思い浮かべた。混合魔獣(キマイラ)系の上位種を二つ以上取得することが取得可能条件の一つになっている種族。今のかるかんの姿も、これに基づいて作られたものだった。

 

 よし、と一丁気合を入れる。

 丸めていた体を持ち上げ、RP全開のノリノリで、かるかんは重々しく、威厳を持って宣言する。目の前の賢王に。この世界に。今はまだだが、その内俺の速さをお前らにも見せつけてやるぜ、と考えながら。

 思えば、ユグドラシルの時でも、珍しい種族の正体を聞かれることは多々あった。その時も、こうやって格好をつけて、大仰に振る舞ったものだ。同じくRPに凝っていたモモンガと一緒に考えた、カッコイイポーズ。

 我が言葉を聞け。この魔獣を見よ。

 

「いいだろう。よく聞くがよい。我こそは〈バンダースナッチ〉。あらゆる獣の頂点に立つ魔獣、〈バンダースナッチ〉だ」

 

 口の端をにやりと歪ませる。赤黒い牙を剥き出しにしたそれは、邪悪で、獰猛な笑顔。魔獣の貌だった。

 

 

 


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