オーバーロード二次「+α」   作:千野 敏行

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二話

 蜥蜴人を支配下に――その決定を聞いたとき、アッバルの頭に浮かんだのは「蜥蜴が食べられるか否か」だった。食べられるならば興味も湧こうものだが、食べられないのなら記憶に留め置く価値もない。一瞬で消失する料理の数々(ぼうけんしゃたち)に腹を豆狸にしつつ、アッバルは蜥蜴人の味について考える。

 美味しいのだろう、きっと。人食い大鬼や小鬼共も美味しかったのだ、それより知能に優れレベルも高いという蜥蜴人が不味かろうはずがない。なんともわくわくする話ではないか……アッバルには蜥蜴人の徹底抗戦が望ましい、そうすればご飯が増えるのだから。

 

 毎晩パンドラズ・アクターに全身を揉みほぐされるようになって二日、凝りや疲れが解消され体が軽くなったアッバルはいま、エルダー・バジリスクの種族レベルが5になっていた。望めばグレーターに進化できるわけだが、ここで問題が立ち上がった。進化に必要な養分が不足していたのだ。

 進化とは、体というハードを新しくすることである。スマートフォンで言うなれば、数年前の機種を最新のモデルに買い替えることに近い――データ(じが)クラウド(どこか)に保存し、機体(からだ)を更新する。財布に掛かる負担は更新の手数料ばかりではない、機体の価格が一番大きい。つまり、機体を手に入れるために掛かる全ての出費が、アッバルが進化するために必要なエネルギー量の多さと言える。

 

 仮に新しい機種のスマートフォンを八万円としよう。月に掛かる食費は切り詰めた独り暮らしだとしても一万円は欲しいところ、よってスマートフォンの値段は八ヶ月分の食費に相当する。アッバルが最新機種を手にする(しんかする)ためにのは、飢餓状態にない時の食事量が月に大人を四人とすれば、三十二人の大人が要る。それに加えて元々が飢餓にあるのだ、四十人は食べねばアッバルは進化の途中で餓死する。

 しかし、それだけの人間をいますぐ用意することは不可能。NPCらに狩ってきてもらった人食い大鬼なども食べているがまだ足りない。進化にはまだあと数日は待たねばならないだろう。

 

 アッバルは食べすぎてボコンと突き出た腹を見下ろす。消化吸収に優れたアッバルだ、大人の二人や三人食べたところでこんなにはならないのだが、人食い大鬼も合わせて二十人近くも食べれば見た目に現れてしまう。餓鬼か何かのように膨らんだ腹をくるくると撫で、アッバルは一つ冗談を思い付いた。

 執務机で本を読むアインズを振り返り、彼に声を掛ける。

 

「パパー」

「はいはい、どうしたんですかアッバルさん」

 

 最近は父娘ネタをさらりと流すようになったように見えるが、流しているのではなく彼はいまや自身とアッバルのことを父娘関係だと思い込んでいるのだ。それをアッバルが知る日はいつのことだろう。気付いたときにはもう手遅れである、現時点で既に手遅れなのだから。

 

「おめでたなの。パパにも祝ってほしくて」

 

 腹を撫でるアッバルの姿に、アインズは手の中の本を引き裂いた。タイトルは「正しい上司のすゝめ」である。

 

「だからパパ、彼との結婚を許してほしいの!」

「誰だ」

 

 アインズの咽奥から響く低い声に、アッバルは笑顔を凍らせ背筋に脂汗をかく。円滑な人間関係の秘策は「笑顔」である。同じ話題で笑い合うのももちろん良いが、挨拶のときに笑顔を贈るだけでも良い。笑顔を向けられてムカっ腹が立つことは滅多にあるまい、ほとんどの場合は爽やかで明るい気持ちになれる。

 アインズはナザリックの面々を従えるため、ここのところ浮かべる表情がしかめ面ばかり……骨に表情を窺わせるものはないが、纏う雰囲気は分かる。困っていたり威圧的な雰囲気を保とうと頑張っていたり、アインズは大変そうである。だからジョークで和ませようと考えたのだが、結果はこの通りだ。

 

「パンドラか。あいつなのか」

「あ、アインズさん?」

「美しいお嬢様がどうのと言っていたがやはりスケコマシだったのか」

「アインズさん、冗談ですから!」

「パンドラめ、許せん……!」

「ジョークですってば! 聞いて!」

 

 パンドラズ・アクターの元へ行こうと立ち上がったアインズにしがみつき、必死にパンドラの無実を主張する。パンドラが死んだら誰がアッバルのマッサージをしてくれるというのか。心の安寧(あんまさん)は自分で守らねばならない。

 アインズはアッバルの腕に優しく手を添える。

 

「ああ……アインズさん」

「アッバルさん、安心してください。ちゃんとあいつに責任を取らせにいくだけですからね」

「駄目だこのおっさん話を聞いてねえ! ジョーク! ジョークですから!」

 

 分かってくれたのかと顔を緩ませたアッバルだったが、すぐに期待は裏切られた。

 自分の姿が端から「凛々しい美貌がゆえに借金のカタに取られ、子まで仕込まれた可哀想な幼妻」に見えてしまうことを失念したアッバルにも責任はあろうが、たった数日でここまで腹が膨らむはずもないのにパンドラの子種と思い込むアインズもアインズである。鎮静スキルはどこへ消えた。

 

「ああ、なんだ。ジョークでしたか」

「そうですよ、だっておかしいでしょう? こんなに突然お腹が大きくなるわけないじゃないですか」

「ははは、そうですね」

 

 恋人を守りたい中学生な妊婦(アッバル)怒髪天なその中学生の父親(アインズ)の押し問答は五分ほど続き、ようやっと鎮静したアインズにアッバルはへなへなとしゃがみこむ。ジョークが原因で武器庫に鮮血が舞うところだった。

 しゃがみこんだまま額の汗を拭うアッバルに、アインズは「でも」と口にする。

 

「誰かと付き合うときには教えてくださいね」

 

 にこやかにそう言い放ったアインズに、アッバルも笑いながら「もちろんですよ」と答える。――もちろん、教えるわけがない。相手がどんな目に遭うか分かったものではないではないか。パンドラとの仲を邪推しただけでこれである、本命など出来てみろ、相手が存在ごと抹消されかねない。

 アッバルは決意した。ナザリックの中では恋人など作らない――作る気も全くないのだが、ナザリックとは全く関係がない、アインズにバレない相手をいつか……そのうち、何かの機会で、見つけたい。見つかるか分からないが。

 

 騙したお仕置きだと言われ、八本足の蛇形態をひたすら揉まれながらアッバルは考える。

 ナザリックの面々、とくにデミウルゴスら守護者を相手として考えるのは絶対に無理だな、と。

 

 

 

 話し合うべき議事があり「溶岩」へ赴いたアルベドであったが、連絡のあとデミウルゴスからアッバルの婚約について聞かされた瞬間、アルベドの脳に様々な考えが駆け巡った。アッバルはアインズとアルベドの愛の結晶、くれてやるならば正にデミウルゴスかマーレが相応しい。しかしアッバルはまだ幼体だ、保護者の庇護だってまだ必要である――つまり、アルベドがアッバルを導いてやら(のあいてをきめ)ねばならない。

 今はその暇がないゆえにメイドやデミウルゴスの部下らに任せてしまっているが、時間を取れるようになれば母娘の愛あるコミュニケーション(むちうち)をしたり、アインズの娘らしく育てるべく教育をしたりしたいと思っている。アルベドはアッバルの母親(予定)なのだから。

 

 アルベドはデミウルゴスの頭からつま先まで観察する。この男は悪い男ではない、忠誠心も深く、ナザリックのブレーンとしてよくやっている。一つ欠点を挙げるなればアッバルとの年齢差が大きすぎるところだが、逆にこの年齢差のおかげでアッバルを上手に導ける夫となるだろう。マーレもナザリックの守護者として十分な強さと忠誠心を持つが、アッバルを支え導くには年が若すぎる。

 まだ手元から離すつもりはないとはいえ、なにしろ良い嫁ぎ先を見つけてやるのは親の役目。生まれた瞬間から婚約者が決まっているなどよくある話なのだから。それに、アインズがデミウルゴスとマーレという選択肢を示したのはアルベドとの愛の結晶(アッバル)を慮ってのことだろう、優しい親である。

 比較対象を作ることでデミウルゴスの頼りがいある態度などをよりはっきりとさせ、頼り頼られる――そう、アインズとアルベドの間のような関係に導きたいと考えているに違いない。

 

「アインズ様と私のような関係だなんて……くふー!」

 

 自分の考えに我慢できず哄笑するアルベドに、デミウルゴスは一つ嘆息する。

 

「アルベド? 何を考えていたのかは知りたくもありませんが、こういうことですからマーレと私はアッバル様の婚約者候補として彼女に寄り添う場面がこれから何度となく起こるでしょう。これからは我々が負うべき負担を貴方に肩代わりしてもらうこともあると思います」

「ええ、分かっているわ。デミウルゴス、貴方には特にアッバル様のため働いてもらわなければならないのだし。もちろんそれくらいのこと全く構わないわ……アインズ様に寄り添う私、アッバル様に寄り添うデミウルゴス。素晴らしい、夢の二世代同居よね」

 

 至高の御方々も雑談で、イソノ家とやらの良さ、婿入りの二世代同居について語らっておられたことがあるわ、とアルベドは笑む。イソノ家とやらは夫婦に三人の子供がおり、一番上の姉は婿を取り同居、下の弟妹の面倒を母と姉で見るというまさにアルベドが理想とする家族の形をしているという。アッバルにも、いつか生まれるであろうアインズとアルベドの子の面倒を見てほしいと思っている。

 

「私は候補の一人でしかありませんよ、アルベド」

「ええ。でも貴方で決まりよ、アインズ様はきっと貴方にこそアッバル様を娶ってほしいと思われているはずだもの」

 

 自信満々にそう言い切るアルベドにデミウルゴスは眉間に皺を寄せる。アインズはデミウルゴスとマーレが候補であると言ったが、どちらがより望ましいなどは一切口にしなかった。忠実な臣下たるにはアインズの本意を汲み取らんとする姿勢が重要、デミウルゴスは婚約者候補が二人いることを「主にマーレ、マーレでどうにかできなければデミウルゴスが落とせ」という意味であろうと考えていた。しかし彼女の意見は違うようだ。

 シャルティアの件もあり、デミウルゴスはアルベドの「恋する女の勘」には一定の信頼を置いている。彼女の考えるアインズの深謀とはどのようなものなのだろうか。

 

「興味深いですね。どういうことか聞いても?」

「もちろん。候補が二人いるのはね、アインズ様はマーレと貴方を対比させたいと思っておられるの。年齢は近いけど見た目や態度から頼り甲斐がありそうには見えないマーレ、年齢は離れているかもしれないけど頼れることは確かな貴方。まだまだ弱くていらっしゃるアッバル様だもの、身近な者に頼らなければならないことがたくさん起こるはずよ」

 

 アルベドは頬に手を当てる。

 

「デミウルゴス、貴方はアッバル様にマーレとおままごとをさせるつもり? そんなものたった数年で崩壊するわ」

 

 デミウルゴスはなるほど、と頷いた。アッバルとマーレの組み合わせがおままごとだと言われれば全くその通りだ、子供同士の夫婦というより夫婦ごっこにしか見えない。

 それに加え、アッバルが何か壁にぶつかったときにマーレでは相談相手として不足する。別にマーレの忠誠心が足りないとか見た目が頼りないからだとか、そんなことではない。まだマーレは経験が足りないということだ。マーレでは、これからアッバルが直面するであろうナザリックの主人の養い子であるがゆえの壁を乗り越える手助けとなれない。

 マーレが相談相手になれるのは一体何年後のことか。ただでさえ成長がゆっくりな闇妖精、十年や二十年で使い物になれば御の字だが、その間にアッバルが自立・独立してしまったら意味がないのだ。

 

 実のところ、アルベドやデミウルゴスはアッバルの成長速度に舌を巻いていた。レベルを上げるのはそう簡単なことではない――ユグドラシルでの時間というものは、アインズらの感覚とアルベドらの感覚では大きな違いがあった。アインズらの一年が彼らの数十年であり、アインズらの一日が彼らの数十日であった。そうでなくば、七十六歳という設定のアウラたちを創造したアインズらギルメンがユグドラシルを十数年しかプレイしていないことと矛盾が生じる。

 よって、アインズらが数日かけて職業レベルを5稼ぐ姿は、アルベドらから見て数週間かけてレベルを5あげたように見えていた。

 そんな中、アッバルは一週間でエルダー・バジリスクの種族レベルを5に上げた。驚異的なスピード……そしてそれを当然とばかりに、労りはしても褒める様子のないアインズ。当初想定していた「百年の余裕」など無い。アッバルがナザリックを飛び立つ前に、その風切り羽根を自ら切り落とさせねばならないというのに。

 

 マーレの心身の成長や経験の積み重ねなど待っていられない。言外にそう言ったアルベドにデミウルゴスは嘆息する。

 

「アッバル様がマーレを重荷と感じるようになってはいけない、ということですね」

「ええ」

 

 今のうちならばおままごとでも構わない。似合いの夫婦、可愛らしいお内裏様とお雛様になるだろう。しかしアッバルはマーレよりも速く成長していく。ナザリックへ依存してもらわなければならないのに、近いうちに重荷と化す夫を宛がってどうする? アルベドは頬笑む。イソノ家式二世代同居を実現するためにはアッバルにナザリック地下大墳墓にいてもらわねば困る――そしてそれは、マーレには責が重い。

 

「では、そのように動きましょう」

「そうしてちょうだい」

 

 アルベドはスカートの裾を翻し「溶岩」を出る。〈転移〉は使わない。考えをまとめる時間を取りたい。

 

 アインズは石橋を叩いて渡る慎重さと、案ずるより産むがやすしと行動する積極性の二つを兼ね備えた素晴らしい主人だ。そんな男が、現状でアルベドとの間に子を望むだろうか? 答えは否、万難を排してのち、ナザリックの堅牢な地位を確立してからでなければ子という心配の元・関心の対象を作ろうとは思わないだろう。

 アルベドは証明せねばならない。子をきちんと保護監督し、育て上げられる能力を持っていることを。そして二世代同居家族を作らねばならない――アインズの子(ナザリックのたから)を守る者にアッバルも加えなければならない。最大の不安要素(てきたいのかのうせい)は潰さねばならない。

 

「全てはモモンガ様の御為に」

 

 小さく呟くその声を聞いたものは、いない。




あな楽しや、すれ違い。
せ前話にも書きましたが、How aboutの挿し絵を差し替えました。πに挟まる蛇がおります。

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