デスゲームでの日常を   作:不苦労

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大変長らくお待たせしました。
SAO編最終回です。



剣影のクレハ

一面に広がる黄昏色の空。

まばらに広がる雲を照らす夕日の光が辺り一面を照らしている。

 

俺の周りには何もない。今立っている地面すらも透明で、雲よりも上にいるのか下にいるのかも分からない。全く見覚えもない。

 

気を失い、目を覚ましたと思ったらこの光景が広がっていた。

まだわずかに痛む頭を更に痛めるような状況に、俺は頭を抱えるしかない。

 

 

「……どこだよここ」

 

 

 

 

 

 

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ともかく、今は状況を整理することにしよう。

 

ヒースクリフと共闘して75層のボスモンスターの攻撃パターンを引き出すことは成功したはずだ。俺たちの集めた情報は確かにエギルに伝えた。戦い方まで細かく話したし、そのあとポーションを飲んで気を失ったところまではっきり覚えている。

 

ただそのあと何が起こったのかはわからない。十中八九、今の状態を引き起こしたのは俺が気を失った後に起こったことが原因だ。

 

考えうるパターンとしては3つ。

 

1つ目は無事にボス攻略が完了し、今俺がいるこの場所こそが76層であるということ。それなら俺に見覚えがないことに説明がつく。……が、現実的に考えてそれはないだろう。これだけ何もない空間が広がっていた階層なんて今までなかったし、それ以前に俺以外のプレイヤーが1人もいない。76層に上がったってのにこれだけ人がいないってのはおかしいだろう。

 

「ってことでこの線はなしだな」

 

脳内で整理したことを小さくつぶやき、次の考えに入る。

 

2つ目は……正直考えたくはないが、ボス攻略中に俺がボスモンスターに殺されてしまったパターン。ボス部屋の端っこまで連れていかれたとはいえ、何かのはずみで攻撃が当たった可能性は0じゃないだろう。だとすれば死後の世界的なものが今俺がいる場所ってことになる。場所も雲の上っぽいし、雰囲気もイメージ通りだ。けど……

 

「もしそうなら、なんでこの服装のままなんだろうな」

 

この線もあり得ないだろう。というのも、俺の今の服装がボス部屋で戦っていた時と全く同じだったからだ。紺色の和服を戦闘用にアレンジした布製の装備をしているうえに、腰には愛刀(ドライ・ド・ライフ)を刺したまま。現実の俺が死んだっていうのに、この服装であの世行きってのはさすがにないだろう。

 

 

そうなってくるともう最後のパターンか。

いや、正直初めから分かっていた。唯一ある雲以外のものが俺の予想を裏付けてくれている。

 

静かな音を立てながら崩れる、あの鉄の城が。

 

 

「どうやら、目が覚めたようだね。クレハ君」

 

ふいに後ろから声をかけられた。長い間というわけではないが、ここ最近は頻繁に聞いていた男の声だ。振り返ると、そこには白い鎧を身にまとった、銀髪の男が立っていた。

 

「ヒースクリフ……。ちょうどいい、今一体どういう状況なんです?」

「ふっ、君はまだ私をそう呼んでくれるのか。本当は、すべてわかっているんだろう?」

 

ヒースクリフは自嘲的に、それでいてどこか寂しそうに静かに笑った。

 

「まあ、大体の予想はついてるけど、俺がわかるのは結果だけだ。俺が気絶した後に何があったのかは完全に俺の推測でしかない」

「結果がわかっているだけでも十分だと思うがね」

 

そういいながら、ヒースクリフはまた静かに笑う。

 

「君とこう話していると、初めて君の店を訪ねた時を思い出すよ。どうだろう、あの時のように、状況を知る私に君の推測を話してもらい、答え合わせをするというのは」

「……また面倒なことを言い出しますね。まあいいでしょう」

 

ヒースクリフは俺の横に立ち、崩れていく城を見つめながら話を進める。

 

「じゃあまずは、君がわかっているという結果を先に聞かせてもらいたい」

 

俺も同じように城を眺め、その問に答えることにした。

 

「あそこで崩れている城がすべて物語っている。役目を終えたアインクラッドが崩れているってことは、ゲームが終わったってことでしょう?」

「…真っ先にその答えを導き出せる辺りは、流石というべきだろうね」

 

別に、真っ先ってわけでもないんだけどな。ただありえそうな状況を考えていって、消去法で導きだしただけだ。それに、そうなるような布石を俺が打っておいたってことも関係してる。まさかここまでの結果になるなんて思ってもみなかったけどな。

 

「それで、正解なんです?」

「もちろん正解だ。君の言う通り、SAOはクリアされた」

「……やっぱりそうか」

 

もちろん予想していたことだ。わかっていた。

わかっていたが、なぜだろう。喜ぶべきことのはずなのに、寂しいと思っている自分がいるのは。

 

「では次の問だ。75層という中途半端な階層でゲームをクリアされたのはなぜだと思う?」

「そりゃあ、ラスボスが倒されたからでしょうね」

 

俺はあっさりと言ってのける。

 

「ほう、それはつまり。茅場晶彦が最初に提示した100層という最終到達地点自体がブラフで、75層のボスモンスターこそがラスボスだった、ということかね?」

「そんなわけないでしょう。確かにスカルリーパーは強敵だったけど、モーションすべて理解した攻略組メンバーが全員でかかれば倒すのが難しい相手じゃない。そんなモンスターがこれだけのゲームのラスボスに設定されるはずがない。加えて言うと、茅場晶彦が言ったことも真実のはずだ。わざわざそんな無意味なブラフをプレイヤーに張る必要がない」

 

あの状態でバトンタッチしたボス攻略が失敗するはずがない。攻略組メンバーは必ずあのボスモンスターを撃破したはずだ。今までのボス攻略で1,2を争う強敵にはなったかもしれないが、あのモンスターがSAOのラスボスを務めるには及ばないと思う。SAOのラスボスともなれば、もっと理不尽で絶望を与えるようなモンスターになるはずだ。

 

「では君は、75層で本来ならば100層に現れるはずのボスモンスターを撃破したため、ゲームがクリアされたと言いたいのかね」

「ええ、もちろん」

「ゲームにバグが発生し、何かの間違いでラスボスが現れたと?」

「いいや、このゲームにバグなんて発生しないでしょう。ラスボスなら、あの部屋にずーっといましたよ」

 

 

ヒースクリフはさっきとは違い、満足そうに笑うと、俺に最後の問を投げかけた。

 

「では問おう。そのラスボスとは一体どこにいたのかな?」

 

 

今までとは違い核心的な問だ。

思えば、この人は俺の口からこの答えを聞き出すためにこんな面倒な問答を始めたのかもしれない。ただまあ、この人の気持ちもわからないでもない。これでおそらく、この世界は本当に最後なのだから……。

 

俺はまっすぐと腕を上げ、横に立っている男を指さし、その問に答えた。

 

 

「ヒースクリフ、あなたがこのゲームのラスボスだ。いや茅場晶彦って呼んだほうがいいか?」

 

 

俺の答えを聞いたヒースクリフは、さして驚くこともなく、ゆっくりと俺のほうを見た。今まで何度も見た、実に満足そうな笑みを浮かべながら、ヒースクリは答えた。

 

 

「正解だ、クレハ君。私が、ヒースクリフこそが茅場晶彦であり、このゲームの最終ボスだ」

 

 

 

 

 

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俺が気絶した後、ボス攻略は順調に進行した。懸念事項だったHPによるボスモンスターのモーション変更でも大きな被害はなく、75層のボス攻略は死者0で終了した。攻略組メンバーは皆ボス部屋に倒れこみ、荒れた呼吸を整えながらもお互いの健闘を称えあっている。

 

ヒースクリフは、そのプレイヤーたちを見ていた。自分の作り上げた世界で生き、戦う戦士達に、暖かく、慈しむような視線で。

 

その瞬間、背後から超速で迫るプライヤーを察知た。ライトエフェクトを纏った片手剣

を突き出しながら突っ込んできたその攻撃を防ぐことはできず。剣は盾を交わして体に突き刺さる……ことはなかった。

自らに設定した設定により、ヒースクリフのHPバーはイエローゾーンに落ちることはない。剣は見えない壁に阻まれ空中で静止し、ImmortalObjectの表示を残した。

 

システム的不死。それがただのプレイヤーに付与されることはない。されるとすれば、それはゲームマスターのPC以外にありえない。だがSAOにゲームマスターは存在しない。存在するのはゲームの絶対的支配者である茅場晶彦のみ。ということは、この男こそが……。

そのことにほかの攻略組メンバーが気付かないはずがない。

 

ボス部屋は混沌とした。今まで自分たちが慕い、忠誠を誓っていたプレイヤーが今まさに自分たちを追い込んでいるゲームマスターだったのだから。茅場は全プレイヤーを麻痺状態にして、自らの正体を看破したプレイヤーにチャンスを与えることにした。

そのプレイヤーが自分との戦いに勝利すればゲームをクリアとすると。

 

黒の剣士キリトは、決闘を受け入れた。

 

 

 

 

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「そのあとのことは分かるだろう。キリト君との決闘に敗北し、このゲームに残ったすべてのプレイヤーを開放することとなった」

「…………」

 

ヒースクリフとの問答が終わった後、実際に起こったことをヒースクリフに説明してもらったわけなんだが、なんともまあめちゃくちゃな話だ。

 

「半信半疑な状態で、よく攻略組のトッププレイヤーに攻撃をしかけられたなあいつ……」

 

もし間違ってたらどうするつもりだったんだよあいつ。間違って殺しましたーじゃすまないぞ。

 

「おや?キリト君はクレハ君から受け取ったメッセージで確信を得たと言っていたが?」

「あー……まあ確かに、メッセージは残しましたが、まさかここまでのことをしでかすとは思わないでしょ」

「参考までに聞かせてもらいたい。君が私の正体に気が付いた理由と、キリト君へ残したメッセージを」

 

ヒースクリフは純粋に疑問に感じているらしい。俺がいつ気が付いたのか、そしてなぜそれを確信することができたのか。アルゴにしか話してなかったが、まあちょうどいい機会だ、説明しておこうか。

 

 

「まず初めに疑問に思ったのは闘技場でやった決闘。キリトとの戦いでの最後、あなたは流石に早すぎだ」

「ふむ、やはりそこか。とっさのことで思わずシステムのオーバーアシストを使ってしまった。しかし戦っていたキリト君ならともかく、よく気が付いたものだ」

「集中してみてたら何かがおかしいってことだけは分かりましたよ」

 

まあ、集中してみたのは完全に偶然なんだが、そこは伏せておこう。

 

「だが、それだけでは私を茅場晶彦だと見抜くには弱いだろう」

「ああ、そこからアルゴと情報を集め始めたってのはあるが、もちろんそれ以外にも理由はある」

「聞かせてもらおうか」

 

ヒースクリフは本腰を入れて俺から話を聞き出すらしい。これで最後だし、俺も自分の中の突っかかりを消す最後のチャンスだ。のっかっておこう。

 

「あなたはこの世界に対しての知識が豊富すぎだ。刀を装備しているわけでもないのにソードスキルを把握していたり」

「……なるほど、それも決闘の時のことか」

 

この人は刀スキルに突きのソードスキルが存在しないことまで把握していた。敵モンスターが使ってくる場合もあるが、刀スキルなんてマイナーなスキルの攻撃パターンを使い手以外が知っているなんてそうそうない。調べたところ、この人が刀を使っていたなんて情報なかったしな。

 

「まあそれ以外にもいろいろあるが、最終的に確信を得たのはボス攻略の時」

「ボス攻略…というと、つい先ほどのスカルリーパー戦のことかね?」

「その通り。俺は始めからこのボス戦であなたに対する疑念を確信に変えることを考えていた」

 

どれだけ調べても確信を得られるような情報は一切存在しなかった。情報を扱うスペシャリストであるアルゴと協力して調べたにもかかわらずだ。そうなってくると、あとはもう本人がボロを出すのを待つしかない。となれば、狙うのは多少なり余裕のなくなる戦闘中だ。

 

「あのボス戦で俺はあなたのことも観察していた。絶対に自分が死なないような細工はしているはずだと思っていたから、そんなそぶりを見せないかどうかを逐一うかがっていたって訳」

 

まあそのせいでいつも以上に早く限界が来たけどな。

 

「あの切迫した状態でそこまでやってのけるとは恐れ入る。……だが、先ほどのボス戦で私はそんな失態をした覚えはないのだがね」

「いいや、あなたは失敗した。大失敗だ。といっても、俺以外は絶対に気がつかないような失敗ですけどね」

「それは実に興味深い内容だ」

 

これに気づけるのは俺だけだ。この人を観察して、この人と戦ったことのある俺だからこそ気づける失敗。

 

「俺がスカルリーパーに吹き飛ばされて倒れているとき、あなたはスカルリーパーの攻撃を全て防ぎきった。寸分の狂いもなく、敵をまっすぐ見据えて完璧にだ」

「……確かに防いだ。だがそれは君と攻撃モーションを暴いたあとの話だろう?」

「ああ、確かに暴きましたね。正面の大鎌から始まる連続攻撃に関しては」

「なるほど」

 

俺はスカルリーパーの攻撃をかわすことができずに大ダメージを負った。それは攻撃が尻尾から繰り出されるものだったからだ。そもそも俺はスカルリーパーの攻撃パターンに尻尾攻撃があるなんて知らなかったし、一緒に戦っているヒースクリフも戦闘中にそんなことは一言も話していなかった。

 

「しかし、私はキリト君やクレハ君との決闘の際も攻撃を防ぎきっている。見たことのないモーションでも防ぎきれないという保証はないのではないかな?」

「あー違う違う。問題なのはただ防ぎきったってことじゃなく、敵をまっすぐ見据えてってところですよ」

「…それに一体なんの問題がある?」

 

大有りだ。こと、俺とこの人の間じゃあ特に。

 

「決闘で俺が狙った癖。あなたはとっさに盾を出して防ぐとき、必ず盾の後ろに顔を隠す。あれだけの連撃を受けているのに、あなたは敵をまっすぐ見据えて防ぎきった。そんなの、攻撃モーションを最初から知っていたっていってるようなものだ」

 

ホントに、偶然だったとはいえ最後の最後にボロを出してくれて助かった。まぁボロというにはあまりにもわずかで、俺にしか伝わらないようなものだったけどな。

 

「それは確かに、大失敗だな。……全く恐れ入ったよ、こうしてこの世界が終わるところまで含めて、君の作戦だったとはね」

「いやいや、まさかあなたの正体を看破しただけでこんな結果になるなんて思わないでしょう。この結果を引き起こしたのは他でもないキリトだ。俺はキリトに、『アイツは始めから知っていた』ってメッセージを残しただけ」

 

まったく、本当になんてことをしでかしたんだあいつは。あいつにメッセージを残したのは、あの場でヒースクリフの次に発言力があるやつだと思ったからだ。あいつがヒースクリフの正体に気がついたなら、攻略組の前でヒースクリフを問い詰めるなりして交渉のテーブルに引っ張ることも可能かもしれない位に考えていたのに、まさか決闘してゲームクリアするところまでいくなんて考えないだろう。

 

「本当に、君は素晴らしいプレイヤーだったよ」

「なにをいきなり」

「君は私の作りたかった世界を存分に体現して見せた。SAOに生きるプレイヤー達の日常の1つとして万屋を営み、剣の芸術(ソードアート・オンライン)の名に恥じない戦いで人々を魅了して見せた」

「……」

 

ヒースクリフは本当に、本当に心から満足した表情をしていた。

 

「あと数分でこの世界は終わる。その前に1つクレハ君に依頼をしたい」

「依頼?」

 

突然なにを言い出すんだと思ったが、俺の思考はヒースクリフに剣の切っ先を向けられたことで中断された。

 

「SAOのラスボスとしての私の役目は終わった。ここからは私個人の我儘であり要望だ。『剣影のクレハ』、最後に手合わせ願いたい」

「……なるほど、そういうことか」

 

前の決闘の時とは違い、まっすぐと本心をぶつけてくるヒースクリフに対して、俺にも思うところがあった。

まっすぐと向けられるヒースクリフの視線に答えるように俺は顔を上げる。

 

「わかった。その依頼、万屋秋風が賜った。こんな状況だが、しっかり報酬は頂くからそのつもりで」

 

刀を右手に、鞘を左手に構えて俺は答える。

 

「ふっ、承知した。私に叶えられることであれば何でも答えよう」

 

SAOが終わり始めているためか、決闘申請は来ない。これはヒースクリフの言うとおり、本当にただの手合わせなのだろう。

 

「決闘方法は前回と同じ。攻撃がクリーンヒットした時点で終了だ」

「了解。悪いが気絶したばっかりなもんでね、短期決戦で決めさせてもらいますよ」

「ほう?前回の戦いでは私の防御を破れなかったはずだが?」

 

勝ち誇ったような笑みを浮かべてそういうヒースクリフに対し、俺も負けじと言ってやる。

 

「あの時は観客が沢山いたんでね、あえて使わなかった奥の手があるんですよ」

 

リズからもらったAGIブーストのポーションを飲みながら俺は言う。決闘でポーションを使うのはどうなんだと思わなくもないが、レベル差ってもんが有る。ヒースクリフも文句を言うそぶりもないし、許してくれているようだ。

 

「なるほど、ではその奥の手とやらがどんなものなのか、見せてもらおうか」

 

おしゃべりは終わりだと言わんばかりに、お互いに剣と視線を相手に向け、前屈みとなって体制を整える。

そしてどちらからとも言えず走りだし、

 

 

万屋秋風、最後の依頼が始まった。

 

 

 

 

 

 

ヒースクリフに向かって走りながら、俺は高速で思考をまとめ続ける。

 

奥の手が有ると言ってもそんなに簡単に成功するようなものでもない。結構運に左右されるものでもあるし、何より準備段階としてヒースクリフに隙を作らせないといけない。口で言うには簡単だが、この人相手に隙を作らせるのがどれだけ大変なのか俺は知っている。だがやってやれないことは無い。さっき言った通り短期決戦でないとこの人には勝てっこないんだ。SAO最後の決闘ならどうせなら勝って終わってやろうじゃないか。

 

刀を前に構え、突進するように突き攻撃を放つ。ヒースクリフはその手にもった巨大な盾の表面を使って受け流すようにその攻撃を後ろへと向ける。

 

ひとまずは予想していた通りの動きを誘発出来たがやはりそう上手くはいかない。予想より体制を崩されたせいで次の追撃が浅くなりそうだ。

右足を軸にしてそのまま180度回転し、振り向きざまに何度も刀で切り付ける。その攻撃もあっさりと防がれるがそれも想定内だ。ヒースクリフにどれだけ防がれてもいいから攻撃の手を緩めるな。連続攻撃でもって相手の余裕をうばえ!

 

ガキィン!

 

っと今まで聞いていた盾の音とは違い、鈍い音が響き渡ったと思った瞬間。右手がしびれるような感覚に襲われる。隙を与えず振り下ろし続けていた刀が、盾ではなくヒースクリフの剣によって防がれていた。

 

「盾にはこういう使い方もある」

 

その言葉が聞こえた瞬間、ヒースクリフの巨大な盾が俺めがけて迫っているのに気づいた。

 

「っ!やべぇ…」

 

ギリギリで鞘を体と盾の間に挟み込んで受け流すことには成功したが、体制を崩して倒れ込んでしまった。こんだけでかい盾がクリーンヒットしたらこの程度じゃすまなかったかもしれない。追撃を食らって一発アウトの可能性も十分あり得る。

 

体制を崩した状態ではあるが、むしろこれはチャンス。

ヒースクリフ今は俺に対して優位に立てたと思っているはずだ。だからこそ、ここで仕掛ける!

 

「おらよ!」

 

倒れ込んだ体制から起き上がる瞬間、左手に持った鞘をヒースクリフめがけて投げつける。前回初手で試した作戦と同じ動きだが、不意を衝くには十分だろう。投げた盾を追いかけるように、俺もヒースクリフに近づいていく。

ヒースクリフめがけて飛んだ鞘は盾によって防がれ、盾の下にガランと音を立てて転がった。

 

「同じ手が通用するとでも?」

「思ってるわけがないでしょう」

 

急な反撃が絶対に来ないと言い切れる状態さえ作れればそれでいい。ヒースクリフの脳内には前回の攻撃が思い浮かんでいるはずだ。ここから不用意に盾を収めて攻撃に転じることは無いだろう。

 

下準備はこれで終わりだ。

 

「うおおおおおおおおお!」

 

右手に持った刀が濃紺のライトエフェクトを纏い、光りはじめる。

刀スキル奥義『散華』

両手で構えた刀から放たれる5連の重撃。めったに使わないソードスキルを使って、俺は勝負に出る。

 

1撃目、2撃目とソードスキルを撃ち込んでいる中、攻撃を防ぎながらヒースクリフが落胆したような声を上げた。

 

「クレハ君。ソードスキルは私がデザインし、組み込んだシステムだ。そのモーションのすべてを、私が把握していないとでも?攻撃をすべて防がれた君は圧倒的に無防備になる」

「………」

 

3撃目、4撃目……

 

「非常に残念だが決闘はここで終わりだ。僅かな可能性ではあるが、あの時のようなシステムを超越した現象をもう一度垣間見ることを期待して、とどめを刺させてもらおう」

 

5撃目……

 

「終わりだ、クレハ君」

 

5連撃を防ぎ切ったヒースクリフが盾から体を出し、剣を振りかぶった。

ソードスキル終わりの俺には、システムの硬直時間が……

 

 

 

 

「終わらねえよ」

 

 

 

ソードスキルを発動している最中は体がシステムのアシストによって勝手に動かされる。その動きは多少の体制の違いはあれど、ほぼすべて同じ動きになる。

 

 

だったらもし、その動きの先に異物が有ればどうなる?

たとえば、自分で投げた刀の鞘をソードスキル中に踏んで体制を崩したとしたら……?

 

 

「なに!?」

「ソードスキルのモーションの間に異物を挟んだらどうなるか!?答えはこれだ!!」

 

体制を崩して地面に倒れ込んだ俺は刀を手放し両手で受け身を取った。そのまま両手の軸に体を回転させ、回し蹴りの要領でヒースクリフへ足払いをかける。完全に意識の外から放たれたその攻撃をヒースクリフが防ぐことはできず。俺以上に体制を崩して倒れ込んだ。

 

「これで終わりだ!」

「ぐ……おおおお!」

 

体制を正して防ごうとするヒースクリフだが間に合うはずがない。ポーションの効果でAGIにブーストが掛っている上に、刀も、鞘も手放した俺が放つ攻撃は、どんな態勢からでも発動できる最速の攻撃だからだ。

 

頭に一瞬、頬にかわいらしい3本線のおひげを付けた相棒と、ピンク髪の世話焼きな親友の顔が浮かんで、思わず笑ってしまった。

 

 

 

体術スキル『エンブレイザー』

俺の右手が、ヒースクリフの胸を貫いた。

 

 

 

宣言した通りの短期決戦。5分にも満たないこの決闘は、俺の勝利という形で幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

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「完敗だ。ああ、言い訳もできないほどの完敗で、いっそすがすがしい気分だよ」

「そりゃあよかった」

 

 

座り込んだままのヒースクリフは、本当にさわやかに笑いながら言った。俺の一撃で砕けた胸の鎧を見つめながら、彼は話を続けた。

 

「ソードスキルの発動キャンセルを意図的にやってのけるとはね。開発者としてもプレイヤーとしても、非常に重い一撃を食らった気分だ。自身の無力さを痛感する」

「まあ若干反則じみた作戦なんで、闘技場では使わなかったんですけどね。これもバグっていうよりは仕様だし」

 

ずっこけたあともソードスキルが発動し続けていたらかなり意味不明な動きになるだろうしな。その光景の方がよっぽどバグってるみたいに見える。普通のプログラマなら強制的にキャンセルさせるように設計するのが自然だ。俺もこれに気付いたのは一人でMobと戦ってる時に、敵の落とした剣を踏んでずっこけた時だからな。あの時はこのキャンセル機能にかなり感謝したものだ。

 

「しかし、私が負けたという事も事実。依頼と、私の正体を看破した事に対する報酬を与えなければ」

「報酬って言われてもな……」

 

SAOもあと数分ですべてが終わる。そんな状態で報酬といわれても何も思い浮かばない。

 

「物のためしだ。君がSAOでやり残したことを言ってみたまえ」

「そうだな……」

 

そういわれて、自然に手が伸びたのはさっきまで使っていた愛刀だった。紺色の鞘と柄、長ドズの形状を模していて、『乾いた命(ドライ・ド・ライフ)』なんて皮肉った名前を冠するこの刀に対して、俺は意外と思い入れを持っていた。

 

「この刀、できればもう少し長いこと使いたかったな……」

 

刀の柄をなでながら俺は思う。リズを持って極上と言わしめるこの刀を俺はまだ十分に使いきっていない。やり残したこと、と言えるかは分らないが、もっとこの刀を使ってやりたかった。

 

「ふむ、承知した」

「いや、承知したって言っても、この世界が終るっていうのに一体何をどうするつもりなんです?」

「心配することは無い。君がVRMMOという物から離れない限り、分かる日が来る」

「はあ……」

 

最後まで訳の分らない事を言う人だ。まあ、一応その言葉だけは覚えておくことにしよう。

 

「ではもう一つ。私が叶えられる事であれば答えよう」

「あなたに叶えられる事といわれても………ああ、一つだけあったな」

「ふむ、では言ってみたまえ」

 

 

SAOでやり残したことと言われれば沢山ある。アルゴ、リズ、キリト、アスナ、クライン、エギル、シリカ、それ以外にも交流をもった色んなプレイヤーがいる。その人たちに別れの挨拶も何にもしていない。茅場晶彦の力なら、その時間を作ることも可能なのかもしれないが、彼、彼女達も一刻も早く現実世界に戻りたいだろう。そんな人たちを俺の勝手で引き留めるわけにはいかない。

だったらただ一つ。あいつらの代わりにこいつにやっておかないといけないことが有る。

 

 

俺はヒースクリフにゆっくり近づくと、

右腕で思いっきりその顔を殴りぬいた。

 

 

「ぐぁ………!」

 

 

小さく悲鳴を上げて、1メートルほど後ろに倒れ込んだヒースクリフに対して、俺は言う。

 

「報酬だ。俺の、俺たちの怒りを受け入れろ」

 

冷たく言い放った俺の言葉に返事は帰ってこない。

 

「お前のせいで沢山の人が死んだ。βテスト時代からの知り合いも、この世界で知り合った人も。俺の店に依頼に来たプレイヤーが、その次の日には居ないなんてこともあった。良いやつも悪い奴もいた。俺が会ったことのない、俺の友達の友達もお前のせいで死んだんだ。その時残されたやつがどれだけ悲しんだと思う?どれだけ苦しんだと思う?俺は、何が有ってもお前を許さない。茅場晶彦、俺はお前が大嫌いだ」

 

俺は俺の中に合ったこの男への思いをそのまま言葉にした。

体制を立て直したヒースクリフは、まっすぐとした目で俺を見続けている。

 

「だけど……」

 

この男に対して思う事は、それだけでもなかった。

 

「出会いが無かったら、別れもなかった。この世界を作ってくれたことには感謝しているし、ヒースクリフとしてのあなたは嫌いじゃない」

 

これが、俺の本心だった。この男のしたことは許される事じゃない。沢山の人が犠牲になって、たくさんの人が悲しんだ。それは分かっている。分っているが、どうしても、この世界を愛している自分がいる。

 

「君の……」

 

不意に、ヒースクリフが口を開いた。

 

「君たちの言い分は受け止めた。言いたいことはもっともだ。だがしかし、私は今までの私の行動に後悔は無い。私は現実世界のあらゆる法則を超える世界を追い求め続けていた。そして、その私の作り上げた世界で、私の作った世界の法則をも超える力を見ることが出来たのだから」

「……あなたはそういうと思っていたよ」

 

この人がどういう人なのか、俺は最初から分かっていた。俺の怒りをぶつけた所で何にもならないこともわかっていた。でも、あいつらの、死んでいった奴らのことを思うと、言わずにはいられなかった。

 

崩れゆく鉄の城を見ながらヒースクリフは静かに立ち上がり、俺に告げた。

 

「2つの報酬、確かに支払ったよ、クレハ君」

「……」

 

彼は今何を思っているのだろう。自分が作った世界が崩壊していく中で、彼の中に残ったのは一体何なんだろう。俺はなぜか、そんなことを考えていた。

 

気が付くと、彼は銀髪の騎士から、白衣を纏った研究者の姿へと変わっていた。研究者は俺に背を向けて歩き始めた。

 

「それじゃあクレハ君。私はもう行くよ。君との最後の戦い、非常に楽しかったよ」

「ちょ……ちょっとまてよ!」

 

急に告げられた別れに、俺は戸惑い、思わず呼び止めてしまった。呼び止めたところで何もすることは無い。ただ、なぜかこのままいかせたくないと思ってしまった。

 

ヒースクリフ、いや、茅場晶彦は静かに笑うと、歩みを止めずにこういった。

 

「ラスボス撃破おめでとう、クレハ君。選別として、1つ助言をしておこう。現実世界で君は静かに平穏に暮らしたいと思っているかもしれないが、それはなかなか難しいだろう。今のうちに腹を括っておくことだ」

 

最後の最後までよくわからないことを言い残していく人だ。

ゆっくりと離れていくその背中が強く印象に残った。

 

「また会おう、クレハ君」

 

その言葉を耳にした瞬間、俺の視界は白で覆われ、何も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

.

.

.

 

 

 

 

目を開けると白い蛍光灯と、白い天井が視界に入った。

……まぶしいな。

 

どうやら俺は寝転がっているらしい。体にかかっている布団の感触が何とも懐かしい。自分の肌で物を感じているこの感覚はSAOにはなかった。つまりここは……

 

「帰ってきたのか……」

 

SAOが終わり、現実に戻ってきた。

つまりは、そういう事なのだろう。

 

だがまだ視界がぼやけている。2年間も眠っていたのだから体のどこかに異常が出ていてもおかしくない。これもきっと時間をかけて直していくしかないのだろう。

 

ゆっくりと体を起こし、頭についているナーヴギアを外す。

 

こいつのせいで2年間も閉じ込められていたんだよな、なんて考えながらナーヴギアを眺めていると、急に隣から声が聞こえた。

 

 

「おはよう!」

「っ!!」

 

 

急に声を掛けられてかなり驚いたが、なんとか手に持ったナーヴギアは落とさずに済んだようだ。恐る恐る声のした方を見てみると、俺のベットによりかかるようにして、1人の少女がこっちを見ていた。色白だが活発そうな印象を受ける少女だ。

 

「青崎紅葉くんだよね?」

「そ、そうだけど…」

 

久しぶりに呼ばれた本名に若干の違和感を感じつつも、俺は答えた。俺の名を呼んだ少女は満面の笑みでこっちを見ているが、俺には全くこの少女に見覚えがない。

 

いったいだれだ?この娘。

そう考えていると、少女は待ちきれなかったかのように声を上げる。

 

 

「ずっとお礼が言いたかったんだ!君が僕を助けてくれたんだよね!」

 

…………は?

 

 

彼女の言っていることが全く理解できない。完全に置いてきぼり状態だ。そんな俺をしり目に少女は嬉しそうにしゃべり続けている。

やっと現実世界に帰ったというのに、俺はもうすでに恋しく思っていた。

 

 

 

 

あの、デスゲームでの日常を

 

 




いかがでしたでしょうか。
今回でSAO編は最終回となります。

私のプライベートの都合により、かなり長い時間待たせてしまい申し訳ありません。
これだけ長い間をあけても待ってくれている人がいたという事に驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。

SAO編は今回で最終回となりますが、今後は短編を数話やった後にALO編へ入ろうと思っています。また長い時間が空くこともあるかもしれませんが、お付き合いいただけると幸いです。

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