投稿ペースが未だにゆっくりで申し訳ないです。見てくれている人が一人でも居る限り、続けていこうと思っていますので、気長にお待ちいただけるとありがたいです。
転移門の前に着いた時には、もうかなりの数のプレイヤーが集まっていた。どのプレイヤーも気迫半分不安半分と言った表情で落ち着きがないように見える。情報の全くない状態でクォーターポイントのボス攻略に挑むのだから当然かもしれない。
そんなプレイヤーたちが、俺を見た途端に驚きと困惑の表情に変わっていっているのが少し気になるが、まあ攻略組でもない俺がここに来たら注目をあびるのは当然か。おまけに長時間戦えないってことも知れ渡っているしな。
「あれ?お前……クレハか?」
「ん?」
振り返ると赤いバンダナを巻いた青年のプレイヤーと、色黒でスキンヘッドの長身のプレイヤーが俺を見ていた。クラインとエギル、見知った顔を見つけることができて少し安心した。
「やっぱりクレハか。どうしたんだよこんなところで、見送りか?」
「そんなわけねーだろ。俺もボス戦に参加するから集合したんだよ」
「「はあ!!?」」
安心したのも束の間、俺がボス戦に参加することを伝えると、2人は大声で叫んだせいで、思わず耳を塞いでしまう。ちらっと周りを見ると、少し遠巻きに俺達を見ていたプレイヤーたちもざわついていたり、驚いているのが見える。聞き耳立ててやがったな…。
「うるさいな。耳元で大声出すなよ」
「わ、悪い。あまりにも意外だったからな」
「いや、でもよクレの字!お前がボス戦に参加ってどういうことだよ!」
「どうもこうも、そのままの意味だ」
エギルはともかく、クラインは相当驚いたようだ。未だに信じられないと言いたげな顔を俺に向けている。
「お前、ボス戦っていったらどうやっても長時間戦闘になるんだぞ!そんなところでぶっ倒れたらどうなるか……」
「クライン。やめとけ、クレハだってそのくらい分かってここまで来てるはずだ」
「そ、そうは言っててもよぅ」
追求をやめないクラインを静止したのは意外にもエギルだった。エギルの言葉を聞いたクラインはやはりまだ不服そうだったが、とりあえずは引き下がってくれた。クラインも俺を心配しての今の言葉だろう。正面切ってこういうことが言えるのが、こいつのいいところだ。
「クラインの言い分はもっともだが、エギルの言うとおりちゃんとわかってるよ。安心してくれ、死なないような作戦もちゃんと立ててある」
「なるほど、今回はクレハが作戦参謀ってわけか」
腕を組んだエギルがいつものようにニヤリと笑う。
「ああ。といっても実際に指揮を取るのはヒースクリフだけどな。作戦の概要はヒースクリフが来たら全体に共有されるはずだ。ついでにアルゴから最新のボス情報も受け取ってきた」
「おお!そりゃあいいな!」
「まあそんな感じで、準備は万全だ。心配するようなことなんて何にもねえよ」
「………分かった、もう止めやしねえよ。腹を括った男を止めるなんざ、武士の名折れだからな」
「まだ武士がどうとか言ってんのか……」
「あったりめえじゃねえか!」
キリトの結婚祝いの飲み会でも似たようなことを言っていたが、武士の精神を貫くにはちょっと意思が足りていないだろう。女の子に積極的すぎるところは、結局直っていないみたいだしな。
「あれ?クレハくん?」
「クレハ?どうしてお前がここに居るんだ?」
ついさっきと同じように、転移門の方から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。1人は白と赤を基調とした軽量系の鎧と、ライムグリーンの鞘に収まった長いレイピアを持った栗色の髪の女剣士。もう1人は真っ黒のコートに真っ黒な髪、この世界ではこの男にしか許されていない、背中に背負った2本の剣。キリトとアスナ、この2人が来たことが周囲に伝わった瞬間、ほんの少しだが周りの空気が変わった。休暇中だった2人が復帰しているということが知れ渡り、このボス戦に対する緊張感がましたのだろう。
「クレハがこんなところにいるなんて珍しいな。ボス戦の見送りか?」
「あ、エギルさんとクラインさんも一緒なんですね」
もっとも、本人達はまったく気がついていないみたいだけど。
「俺とクラインもついさっき来たばっかりなんだがな」
「クレハのやつがボス戦に参加するって話をしてたところだ」
「「はあ!!?」」
今度は俺だけではなく、クラインとエギルも思わず耳を塞いだ。さっきと全く同じリアクションを返しやがったな、この2人。
「ちょっと、本気なのクレハ君!」
「ボス戦っていったらどうやっても長時間戦闘になるんだぞ!長時間戦えないお前がそんなところに行ったら……」
「あーもうその話はついさっきしたってのに」
言っている内容もクラインとほとんど同じ内容だ。こんな短時間で同じ質問を連続で食らうとは思っていなかったな。リズもアルゴもヒースクリフも、俺がボス戦に参加するって言うことに対してこんなリアクションしなかったから疲れるな。いや、本来だったらこいつらみたいな反応が正しい反応なんだろうけど。
「まあそう言うなよクレハ、誰だって驚くし心配するだろうよ」
「エギル、そうは言っても今後知り合いに会うたびに毎回説明するのは面倒だぞ」
「その心配はいらねえよ、ほら見ろ。来たみたいだ」
親指を転移門の方に向けながら、エギルは言う。転移門の方に目を向けると、真っ赤な鎧を身に纏い、銀色の長髪をなびかせたプレイヤーが、同系統の装備を纏った数名のプレイヤーを引き連れてこっちに歩いているのが見える。この場に集った全プレイヤーの注目がそのプレイヤーの方へと集まっていく、その堂々とした歩き様はゲーム内最強を名乗るに相応しいとも思えた。
「ヒースクリフか。ちょうどいいタイミングだ」
「おいクレハ、説明してくれ。ボス戦に参加するってどういうことだ」
「そうだよクレハ君。しっかり説明してもらいますからね!」
「あーもーわかったからちょっと待ってろ。ヒースクリフが作戦の説明をする時に一緒に説明してやるから」
そう言いながら、俺達5人はヒースクリフの方へ歩きだす。転移門広場の中央から少し離れた場所で、ヒースクリフは側近のプレイヤーを両脇に控えさせて佇んでいた。俺達と同じように、ヒースクリフの元へと集まっていく。昨日聞いた話だと、血盟騎士団が回廊結晶を使ってボス部屋に直接向かう事になっているらしいから、全員そのために集まっているんだろう。
転移門広場にいた全プレイヤーが血盟騎士団メンバーの前に集まったのを確認した後、回廊結晶を持ったヒースクリフが声を上げた。
「諸君。これからボス部屋へと赴くわけだが、その前に1つ伝えることがある」
周囲のプレイヤーが再びざわめき始める。それは、クラインやキリト達も例外ではなかった。
「なあキリト、今までこんなことあったか?」
「いや、ボス部屋前で簡単な作戦の確認はあったが、わざわざこうして呼び止めてまで全員に声を掛けたことは無かったな」
「私も、団長がこんな風に呼びかけるところなんて見たことない…」
「さっき言ってたクレハの作戦共有ってやつか?」
「まあ、そんなところだろうな」
困惑するプレイヤーたちを尻目に、ヒースクリフは話を進める。周りの血盟騎士団のメンバーたちも聞いていなかったのか、困惑している様が見て取れる。自分の側近にくらい情報共有しておけよ……
「今回のボス戦は非常に苦しい戦いとなるだろう。差し当たって、ボス戦に向けての作戦を共有を行っておこうと思う。クレハくん、よろしく頼む」
「はあ!?」
おいおいそれは俺も聞いてないぞ!
驚きと恨みを込めてヒースクリフの方を睨んでやるが、いつもと同じように不敵な笑みを浮かべているだけで何もしようとしない。俺が前に出るまで話は進まないとでも言いたそうだな、あのおっさん。
「……出るしかなさそうだな」
「注目の的だな、色男よう」
「うるせえよ」
軽口を叩くエギルを小突きながら渋々俺はヒースクリフの方へと向かう。
「ではクレハくん。作戦の説明をお願いするよ」
「はいはい、仰せのままに」
笑みを浮かべながら俺を促すヒースクリフを横目で見つつ、半ば諦め気味に作戦の説明を始める。
「あー、今回作戦を起てさせてもらったクレハだ。ヒースクリフの代わりに作戦の説明をさせてもらう」
俺が話し始めると、ざわついていたプレイヤーたちは静まり、真剣な眼差しで俺のことを見ている。……やっぱり大勢に注目されるのはなれないな。
「作戦の説明の前に、一旦現状を共有しておこう。みんな知っていることとは思うが、今回のボス戦は偵察隊を使っての情報収集はできなかった。今までのボス戦と比べて、圧倒的に不利な状態だ」
俺が言葉をとぎっても、誰も声をあげようとはしない。
「ボスの情報を集めることは困難だったが、今朝最新の情報が手に入った。『鼠のアルゴ』からの情報だ、信用してもらっていい」
俺の言葉に初めてプレイヤーたちが少しざわめく、『鼠のアルゴ』の名前はやはり信憑性が高いようだ。相棒が信頼されていると思うと、何故だか俺まで嬉しくなってくる。
そして、プレイヤーたちは新しく情報が増えたことに対して喜んでいるようだった。
「新しく増えた情報は2つ。ボスモンスターは『ムカデ型でカマを使って攻撃する』ということ、もう1つは『ブレス攻撃を持っていない』ということだ」
この2つの情報はかなり大きい。アルゴが躍起になって集めた貴重な情報は、俺の作戦をかなり進めやすくしてくれるものだった。本当に、アイツには頭が上がらない。この2つの情報を聞いて、プレイヤー達の顔は目に見えて明るくなっている。特に2つ目の情報が大きいみたいだ。今までボス戦を経験し続けたプレイヤーたちにとって、ブレス攻撃をしてこないというだけで、かなり楽になるってことを分かっているんだろう。………だが、俺はそうは思えない。
「現状はこんな感じだ。ボスの攻撃方法が大まかに分かってはいるが、攻撃パターンまでは分からない。ブレス攻撃が存在しないという情報だけだと戦闘が楽になるような印象を覚えるが、逆に言えば、それ以外のステータスに力を割いている可能性が高いってことだ。……例えば、カマでの直接攻撃の攻撃力とかな」
俺の言葉で、再び広場が静まり返る。プレイヤーたちにとっては、まさしくいいニュースと悪いニュースが同時にやってきたって感じだ。だが俺にとってはどちらもいいニュースでしかない。俺の作戦は、アイツが持ってきた情報のお陰で更に精度をましたといっていい。
「前置きが長くなってしまってすまない。これから作戦を伝えさせてもらう。先に言っておくが、作戦を聞いても狼狽えないで欲しい。この作戦は既にヒースクリフにも伝えている決定事項だ」
全体に話しかけているような話口調だが、俺の目は1人のプレイヤーを注視している。真っ黒な装備に身を纏ったそのプレイヤーは怪訝な顔をし続けている。
「まず大前提として、俺達には情報が足りてない。ボスの攻撃パターンやモーションを知らない状態で、全員で挑むのは危険すぎる。現にそれで、偵察隊のメンバーは全滅している」
『全滅』というワードに、集まっているプレイヤーたちが息を呑む。
「それを防ぐために、今回のボス戦では前半戦は情報収集の時間に当てる。攻撃は殆ど行わず、防御と回避に専念して相手の情報を引き出す」
俺の言っていることは至って単純。敵の情報が足りてないのなら、それを集めるための時間を設けてやればいいというだけの話だ。ここまでは誰もが考える事。問題なのは、どうやれば安全に情報を引き出せるかだ。
「だがそれをここにいる全員でやるのもまた危険だ。タゲが分散するから安全度は増すように思えるが、攻撃の流れ弾を受ける可能性が高くなる。回避するにも他のプレイヤーが邪魔になることだって有る。今回のような攻撃をメインとしない場合なら、少人数のほうが効率がいい」
プレイヤー達が顔を見合わせ始める。俺の言っていることを理解してくれたのか、小さく頷いて居るプレイヤーも見て取れる。
「まとめると、ボスの情報を少しでも引き出すために、防御と回避に特化したメンバーのみで情報収集をして、その後全員でボス攻略を開始するってことだ」
俺の言葉を皮切りに、周囲のプレイヤーたちがざわめき始める。明確になった今回の作戦内容に対して、それぞれの考えをパーティメンバー内で共有しているのだろう。幸いなことに、真っ向から否定したり、異議を唱える声は上がっては来なかった。
………今のところは。
「それじゃあ、細かい動きと割り振りを説明させてもらう」
プレイヤーたちが再び息を飲む。しんと静まり返り、俺の次の言葉を待っている。宣言しなくてはならない。これから、俺が何をするつもりなのかを……。
『あまり噛み付いてくれるなよ』という念を込めながら俺はキリトとアスナの方へ視線を送りつつ、この作戦の本当の内容を口にする。
「ボス攻略の前半だが、ここに居るメンバー全員はボス部屋の壁際で待機。ボスには、俺とヒースクリフの2人だけで対峙して、ボスの攻撃パターンを引き出す。みんなはその間に、ボスのモーションと攻撃パターンを頭に叩き込んでくれ」
今までの静けさが嘘のように、プレイヤーたちが大きくざわめき始める。まあ当然か、前半のみとは言え、ボスに2人だけで立ち向かうなんて宣言されたのだから。
「ちょ…ちょっとまってくれ!」
予想通りというかなんというか、声を上げたのはキリトだった。今まで俺に向けられていた視線は一気になくなり、代わりにプレイヤーの視線はキリトに集中することとなった。
やっぱり、お前は黙っててはくれないよな。
「どうかしたか、キリト」
「どうもこうもないだろう!たった2人でボスに挑むなんて無茶にも程がある!」
「別に挑もうとしているわけじゃない。情報収集のため、前半だけは2人で相手の動きを探るだけだ。積極的に攻撃を仕掛けに行くつもりもないから問題ない」
「だとしても!レベルも足りてないお前には危険すぎる!」
俺が反論に答えてもキリトは引かない。まあ、この作戦を考えた時、実行に移すために一番の障害になるのはお前だと思っていたよ。自分の仲間が危険になるかもしれないような作戦にお前が納得するわけがない。
だからこそ、お前を引かせるための言葉も、ちゃんと考えてある。
「さっきも言ったが、今の俺達には情報が足りていない。この作戦は、それを集める上で最も犠牲者を出す可能性が低い作戦だ。俺のレベルが足りてなくて不安だって言うなら、代わりのプレイヤーを推薦でもしてくれるのか?」
「それなら俺がやる!」
「お前はこの中で最大の火力で、ユニークスキル持ちだ。そいつを情報収集の段階で消耗させてどうする。俺の代わりとして出すなら、
「っ……それは………」
少し卑怯だってことは分かってる。けど、お前はこれを言われてしまったらもう言い返せないはずだ。ここに居るメンバーで、回避に特化したAGI型の主力のプレイヤーなんて1人しかいない。そいつを進んで危険な目に合わせるなんて、お前はしない。
黙り込んだキリトに内心謝りつつ、俺は再び声を上げる。
「……異議がないようならこれで話を終わるぞ。………ああそうだ、最期に1つ頼みがある」
すべてのプレイヤーがキリトから視線を外し、再び俺に視線を集める。
「俺はとある事情から長時間戦闘をしたあとは行動することができない。おそらく今回のボス戦では、情報収集をしたあとは足手まといになる」
これだけはどうしてもクリアできな課題だった。ボスの情報を集めたが、気絶している間に殺されていました。なんてことになったら笑えない。
「申し訳ないんだが、行動できなくなった俺を壁際まで引きずっても言ってもらいたいんだが、誰かやってくれないか?そこまで重くないとは思うから誰でも出来るとは思うんだが」
さっきまでの真剣な表情から一転、プレイヤー達はぽかんとした表情が俺を見つめていた。一瞬間があったかと思うと、プレイヤーからプレイヤーへ伝染するように笑い始め、さっきまでの張り詰めた空気がウソのように笑いに包まれていた。
いや、確かに我ながら訳の分からないことを言っているっていう自覚は有るが、情けなくなるからあんまり笑わないでほしいんだが………。
「ハッハッハッハッハ!真面目な顔して何を言い出すのかと思えばそんなことかよ!」
大勢のプレイヤーたちの中で一際大声で笑っていた男が俺の前まで歩いてきた。
「エギル、そこまで笑うことないだろうが。俺にとったら一番の問題点だぞ」
「ああ悪い悪い。真面目な顔して間の抜けた事を言いやがるから気が抜けてな」
「まったく、こっちは大真面目だっていうのに」
「だがその言葉を聞いて安心した。作戦を聞いた時はどういうつもりかと思ったが、死ぬつもりじゃないってことが分かったからな」
エギルはまたいつものようなニヤケヅラで俺を一瞥し、右手を上げて宣言した。
「その役、俺がやってやる。ボスの目の前だろうがなんだろうが、抱えて逃げてやるよ」
「………助かる」
ああ、ここにお前が来ていた時点で、なんとなくそうなる気がしていたよ。エギルだったら何の心配もない。動かなくなった俺のアバターを守り抜いてくれるはずだ。
とりあえずここで俺のやるべきことは終わった。情報の共有も、作戦の共有も終わった。作戦に対して大きな批判もこなかったし、攻略組メンバーも納得してくれたみたいだ。まあ、キリト達には多少批判を受けたが。これはボス戦が終わってから怒られるとしよう。
未だにざわめき続けているプレイヤーたちを尻目に、俺はヒースクリフに目を向ける。
「ご苦労だったね」
「こんなことさせるんだったら、予め言っといてほしかったですけどね」
「それに関しては申し訳ないが、作戦の内容は作戦参謀から語られるべきだろう?」
「はぁ、忘れてたよ。あんたはそういう人だった」
この人には何度もこういうことをされてきたはずなのにな。闘技場での決闘然り、キリト達の連れ戻し依頼然り、俺はこの人にいいようにされっぱなしな気がするよ。
それともう1つ。この人の信頼のされっぷりが尋常じゃないってことも改めて実感した。俺とヒースクリフの2人でボスと対峙すると発表したときも、ここに居るプレイヤーはみんな、
ここまでの信頼は逆に危険だ。信頼というよりも心酔に近い。この人がいなくなる、この人に何かをされるなんて考えてやしない。
だから確かめる必要がある。俺の中に渦巻いているこの疑念が本物なのかどうかを。今回この作戦で俺とこの人を前線に置いた本当の理由は、まだ誰にも話していない。アルゴにだってこのことは言われなかったんだ。ヒースクリフにもバレていないはずだ。
「それでは諸君。行こうか」
ヒースクリフはそう言うと、マントから透明に透き通った結晶を取り出した。
「コリドー・オープン」
その言葉と同時にその場の時空が歪み、次々とプレイヤーが歪みの中へと進んでいく。覚悟を決め、歪みの中へと進むと、久しぶりに見る門が目の前へ広がった。
「またせたな………」
それは、偵察の時に見たボス部屋へと続く扉だった。
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「先にクレハくんから説明があったように、前半には私とクレハくんでボスの攻撃パターンを引き出すので、その間に可能な限り情報を頭に叩き込んでほしい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力であれば切り抜けられると信じている。開放の日のために!」
ヒースクリフの掛け声の後に続くように、プレイヤーたちが声を上げる。自分の中にある恐怖を振り払うように挙げられたその声には、不安と決意が込められているように感じた。
待ち構えるように開いているドアに向かい俺達はゆっくりと進む。
攻略組のメンバーは最初の取り決めの通り、出来る限り様々な角度からモーションを見るために円形のボス部屋の壁に沿って、プレイヤーたちが散っていく。
「全員位置についたようだ」
「そんじゃあ、行きますか」
ヒースクリフと2人並び、ゆっくりとボス部屋の中心へ向かって歩いて行く。
「クレハ!」
「ん?」
進んでいく途中で、突然呼び止められる。振り返るとキリトとアスナ、クラインとエギルが並んでこっちを見ていた。
「死ぬなよ」
シンプルで単純な言葉を、キリトからまっすぐ投げられる。まったく、ついさっき自分の最愛の人を人質に取るような発言をしてきた相手に対して言うことかよ。
「当然だ。ボス戦が終わったら、残りのS級食材を使ってコーヒー飲まなきゃいけないからな」
今の俺が言えるまっすぐな言葉で返す。
照れくさく、言ってすぐ振り返ったから俺の言葉を聞いた4人がどんなリアクションをしたのかは分からない。だが、きっと悪い顔はしていないはずだ。
既にボス部屋の中心近くへ向かっているヒースクリフに小走りで追いつき、声を掛ける。
「いよいよ……か」
「まさか君と共闘することになるとはね。昨日も言ったが、実に面白い作戦だ」
「一番成功率の高い作戦を提案させてもらっただけだな。お互い死なずに帰れるといいですね」
「このような状況であっても、君の態度は変わらないね」
「まあ、自然体が一番ってことで」
いつも通りの軽口を叩き合っていたが、ヒースクリフの表情が急にこわばった。俺の言葉に答えることなく、ただまっすぐと前を向いて剣を構えている。
「どうやらおしゃべりはここまでのようだ。構えたまえ、クレハくん」
「……?」
構えるよう促されたが、俺達の目の前にボスは現れていない。それどころか、ボス部屋のどこにもそんな気配はない。一体何を言って………。
「上よ!」
ボス部屋のスミからアスナの声が響いた。その声をきいて反射的に上を向くと、そこには真っ白の頭蓋骨と真っ白な骨で構成された、まさしくアルゴの情報通りのムカデ型モンスターがこっちを見ていた。
「スカル・リーパー……」
ボスの頭の上に浮いているカーソルに書かれた名前を俺が呟くと同時に、そいつは俺の目の前へ振ってきた。激しい地響きと土煙を上げて着地したスカル・リーパーは己の体を震わせて、強烈な機械音のような鳴き声を響かせた。
「さあ、行くぞクレハくん。今日は君の久しぶりの晴れ舞台だ」
「……ああ、やってやる」
俺達のボス戦の火蓋が、切って落とされた。
というわけで第三十一話でした。
ボス戦入る入る詐欺と言うか、そもそもタイトル詐欺という感じになっていますが、
あと数話でSAO編は終了です。
ALO編に入ってしばらくはダラーっと日常に浸かった話を書くようにしようと思いますので、今後とも宜しく。