デスゲームでの日常を   作:不苦労

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相棒へ

いつもどおりの時間に目が覚めた。朝に作った朝食も、その後に飲んだコーヒーもいつも通りだ。このいつも通りの朝に対して、心から愛おしく思っている自分がいる。

そうなってやるつもりは毛頭ないが、もしかすると今日は、俺が迎える最後の朝になるのかもしれないのだから、こんな日くらいはいつも通りであって欲しいって思うものだ。

 

 

「よし、こんなもんだろ」

 

 

俺の刀(ドライ・ド・ライフ)も昨日メンテナンスしてもらったばかりだし、防具だってここ数日で攻略組に並ぶレベルのものを用意できた。アイテムもリズがくれたバフ系アイテムのお陰で充実している。準備は万端だといっていい。

 

 

「もうやり残したこともないし、まだ時間はあるけど転移門まで行っとくか」

 

「フーン。やり残したことはないのカ」

 

 

CLOSEの札を出しているはずの店の入口から、聞き慣れた声が聞こえてくる。今となっては驚きもしない。こいつが気配を消して入店してくるのはいつものことだからな。

 

 

「『やり残したことはない』のカ。ヘー」

 

「なんだアルゴ、久しぶりに顔出したと思ったら、随分機嫌悪いじゃないか」

 

「どこかの誰かさんが、相棒になんにも言わずに無茶しようとしてるからナ。不機嫌にもなるヨ」

 

 

腕を組んでジト目でこっちを見ながら、本当に機嫌が悪そうにアルゴは言い放つ。

 

 

「奇遇だな。俺の相棒もここ数日まともに連絡を寄こさなかった上に、ほとんどフィールドで生活してたらしいぞ。俺に何も言わずにな」

 

「それは……悪かったヨ」

 

 

お返しとばかりに言い返してやると、アルゴは少し小さくなって目をそらした。今のは流石に意地が悪すぎる返しだったかもしれない。少し思うところもあるが、今は久しぶりの対面を素直に喜ぶことにしよう。

 

 

「まあともかく、無事で安心した。こんな無茶はこれっきりにしてくれよ、リズも心配してたぞ」

 

「リっちゃんにはメッセで散々言われたヨ。あとで会いに行く予定だしナ」

 

「そうしてやってくれ。多少は覚悟していったほうがいいと思うけどな」

 

「……そうするヨ」

 

 

昨日会ったときも言っていたが、アルゴの無茶な情報収集にハラハラしていたみたいだからな。心配症で面倒見の良いリズのことだ、ひとしきり話して安心した後に説教を食らうことになるだろう。

 

 

「まあともかく、オレッチの話はこれで終わりダ。次はクー坊の話を聞かせてもらおうかナ」

 

「何の話だ?」

 

「オレッチ相手に惚けられると思ってるのカ?」

 

「…………」

 

 

そう言うとアルゴはもう一度ジト目でこっちを見ながらフンと鼻を鳴らしてみせた。今回は不機嫌というよりも呆れの割合の方が多い。今までのことを考えると当然かも知れないが、やはり俺の考えはすべて筒抜けらしい。

 

 

「分かったよ、俺が悪かった。そうだ、俺は今日のボス戦に参加する。悪いがもうヒースクリフも交えて作戦と隊列の組み方まで決定してる。止めても無駄だぞ」

 

「……はぁ。見事な開き直りだナ」

 

「情報を残さないように色々隠す努力をしてたんだ。それをあっさり掻い潜られたら開き直りたくもなるだろ」

 

 

防具やアイテムを買うにも、あからさまに買い物をするとボス戦にむけて準備しているっていうのがバレるから、わざわざレベリングと並行して素材なりアイテムを集めたり、防具を作るのもその時集めた素材で偶然できたって風を装ったり大変だったんだからな。

 

 

「隠す努力? なんだ、そんなことしてたのカ」

 

「なんだよ、お前にとっては無意味だったかもしれないが、実際昨日までは誰にも伝わってなかったんだからな」

 

 

まあ、ヒースクリフにはうっすらバレてたし、リズにも見抜かれてしまっていたから、どのみち時間の問題だったのかもしれないけど。

 

 

「いや、そういうことじゃなくてだナ……」

 

「なんだよ」

 

 

アルゴは少し罰が悪そうに俺を見つつ、次の言葉を言い出せずにいた。もう一度なんだよと問いかけるとアルゴは自然に、あっさりと言葉を繋いだ。

 

 

「オレッチは最初から知ってたゾ? クー坊がボス戦にでること……」

 

「は?」

 

 

アルゴが当然のように行ったその言葉に、思わず間の抜けた声が溢れてしまった。最初から知っていた?最初って何時だ?アルゴの言う『最初』というのが言葉通りの意味で、俺がボス戦に参加すると決めたときからだとするとそれは流石にありえない。

 

 

「いやいやいや、それは無いだろ。そんなこと、俺の中でしか決まってないことなんだから知りようが……」

 

 

そこまで言った時、俺の言葉を遮るようにしてアルゴは一歩前に出た。指を1本まっすぐ立てて、俺の胸のあたりへ突きつけてこう告げた。

 

 

「思い返してみればわかるヨ。クー坊がボス戦に出るって決心したときのことをサ」

 

「俺が決心した時……?」

 

 

俺が今回のボス戦へ参加することを決めたのは何時だったか。記憶を1つ1つ手繰り寄せてみろ、ということらしい。俺が決心したときのことはよく覚えている、他ならぬアルゴもその時横にいたはずだ。

 

そう、あれは偵察隊が半壊してすぐ後、ヒースクリフへの報告を済ませたあとのことだ。

 

 

 

 

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偵察隊が全滅した時、俺とアルゴを含む残りのメンバーはひどく沈み込んでいた。生命の碑からグランザムまで帰還し、ヒースクリフに状況と今後の対策を伝えた後、メンバー全員が感情を整理するために、それぞれ思い思いのことをしていた。他の攻略組メンバーに会いに行った者、自室へ戻り1人になろうとした者、色々だった。

 

俺とアルゴはというと、2人で街の中を歩いていた。

どちらからか切り出したわけでもない。よくよく思い返してみると、何も言わずにフラフラと町の中へ歩いていった俺に、ただアルゴが着いて来てくれていたような気もする。

特に何かを話したような記憶はない。アルゴの方から何度か声を掛けられていたような気もするがよく覚えていない。『そうだな』とか『そうかもしれないな』だとか、空返事をしていたんだろう。それぐらい、俺の心は参りきっていた。

 

2年以上SAOの世界の中で生きていたが、デスゲームであるという事を目の当たりにしたのは随分と久しぶりだった。第1層で初めて倒れるまでは、前線で戦い続けようとしていたこともあって、命の危険を感じたこともあった。けれど、自分の限界を知ってからというもの、俺はこの世界の恐ろしさからずっと離れていた。それをもう1度感じたのはクラインを助けるために戦ったあの時だったが、その時は幸いにも死人が出ることもなかったし、今となっては20層近く前の層での出来事だ。

 

だが今回は違う。10人死んだ。

この世界がデスゲームであるということを再び実感させられた。

 

自分の情けなさや申し訳無さを抱えながら町を歩いていたその時、町の中で1つの異質なパーティを目にした。

 

パーティーメンバーの1人が町のど真ん中で座り込み顔を抑えて泣いていて、残りのメンバーがそのプレイヤーの肩を抱きながら励ましているようだった。だがその励ましているプレイヤー達も、決して平気な顔はしていない。苦しくて悲しいのを必死に抑えているような、そんな顔をしていた。すこしそのパーティに気をとられていると、あることに気がついた。

 

そのパーティの中に、俺達と同じ生き残った偵察隊の1人がいた。

 

それだけで、そのパーティが何をしているのか、大方の予測ができてしまった。きっと、ボス部屋へ入った偵察隊のメンバーの中に知人か友人がいたのだろう。それをたった今、生き残ったメンバーから知らされた。

 

そのパーティを目にして、俺はもう再度自己嫌悪に襲われたが、それも一瞬のことだった。

 

『………何もしてやれなかった』

 

座り込み、涙を流しているプレイヤーがボソリと呟いた言葉が偶然俺の耳に届いた。それは、俺がボス部屋に入っていったメンバーに対して思っていたことと全く同じ思いだった。

 

その時気がついた。仲間が死んでいった時に無力を感じるのはどこにいても同じなんだ。ボス部屋の前だろうと街の中だろうと関係ない。大切なものを失ったと知った時、自分が何もできなかったと感じるのは誰だって同じだ。

 

俺はあいつらが返ってくる場所になると決心した。それでいいと納得もした。

だけどどうだ? ボス戦に向かったあいつらが返ってこなかった時、俺は自分を許せるのか? そんな自問自答が頭のなかで渦巻いた。どこにいようと、大切なものを失った時に感じる事は同じだ。後悔と絶望と自己嫌悪。それを感じないためにはどうしたら良い?

 

その答えが出るのに、大した時間はかからなかった。

 

そのパーティに対して、仲間を助けてやれなかったことを心の中で謝罪し、同時に、俺は自分の中である1つの決心を固めた。

 

 

常に一緒にいて守ってやるなんてのは不可能だ。それぐらいわかってる。

けど、1番危険だと分かっている所でくらいは、隣で戦っていよう。俺に出来ることを、無理矢理にでもやってやろう。

 

もう、迷いはなくなった。

 

 

 

 

 

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「………………」

 

「どうダ? 心当たりがあったカ?」

 

 

アルゴに言われたとおり、俺が今回のボス戦に参加することを決心したときのことを思い返していた。仲間の死に後悔するパーティを見て、俺は決心した。後悔しないためには、無理矢理にでも出来ることをしてやると決めたときのことを。

 

 

「いや、確かにアルゴは一緒にいたが、別にお前に話したりとかしてないよな?」

 

 

ぶっちゃけた感想を言わせてもらうと、全く心当たりはない。あの時アルゴは俺の後ろにいただけで、特に何かを話した覚えもない。むしろ思い返した分謎が深まったぐらいだ。

 

 

「一緒にいただけで十分ってことサ。落ち込んでたクー坊が、あのパーティを見かけて考えを変えたことなんてすぐ分かったヨ」

 

 

アルゴの答えは非常に単純で、リズにボス戦参加がバレたときと全く同じ理由だった。単純な話、アルゴはリズと同じことを、リズより先にやっていたということか。

 

 

「そこまで見透かされてたら、言い訳も何もできないな」

 

「細かいことは分からないけど、無理矢理にでも自分にやれることをしてやろうとおもったんだロ?」

 

 

それは、なんとも覚えのある言葉だった。

俺がアルゴの無茶を止めなかった理由と同じ理由だ。アルゴはきっとそう思って行動している。だから俺はそれを止めないほうがいいんだと、そう思っていた。

 

 

「それはお前のことじゃないのか?だからここ数日間無茶をしてたんだろ。自分の事を顧みれなくなるくらい、ボロボロになるまで走り続けていたのは、偵察隊のことがあったからだろ?」

 

 

気づけば思ったことをそのまま口にしていた。納得はしたつもりでいたが、今まで全く連絡も寄こさず走り回っていた相棒に対しての思いが漏れ出たように、ほんの少し乱暴な言い回しになってしまった。

 

 

「残念だけど、オレッチはそんなに人情深いわけでも、責任感が強いわけでもないヨ。モチロン、何も思わなかったわけじゃナイ。責任も感じたし、落ち込みもしたヨ。けど、オレッチの場合はそれが理由で走り回ってたわけじゃないんダ」

 

「だったらなんでだ?どうしてお前はあそこまで無茶したんだよ」

 

 

正直ここ数日間のアルゴの行動は異常だった。何時寝ているのかもわからないくらいフィールドに出ずっぱりで、返ってきたと思ったら顔も出さずにまたすぐにフィールドにいた。昔無理をしすぎたアスナがダンジョン内でぶっ倒れたって話は聞いたことがあったが、何時そうなってもおかしくないくらいアルゴもフィールドに居続けていた。

 

 

「簡単な話だヨ。理由としてはクー坊がボス戦に出る理由と殆ど変わらナイ」

 

「俺の理由?」

 

俺がボス戦に参加する理由。ヒースクリフにも聞かれた、俺が決心した理由…………

 

 

「『大切な人を失いたくない』。そう思ったから、無茶だろうとなんだろうと、情報を集め続けたんダ」

 

 

それは驚くほどシンプルで、驚くほど身に覚えの有る理由だった。

俺は自分に関わってきたものを壊させたくない。帰ってくる場所も、帰ってくる人達も守りたくて、失いたくない。アルゴもそうだったとしたら……。

 

 

「クー坊がボス戦に参加するつもりだってことはすぐにわかったヨ、止めても無駄だってこともナ。だから少しでも助けになるために、情報を集め続けることにしたんダ。無茶だろうとなんだろうと、それでクー坊が生き延びる確率が上がるなら、それでいいと思ったんだヨ」

 

「………………」

 

 

何も言葉が出なかった。

俺はずっと、アルゴも俺と同じ気持ちで動いているんだと思った。偵察隊のに対する罪悪感とか、責任感とか、自分の大切なものを守るために無茶をしてやろうと思っているんだと思っていた。

けど、それは半分正解で、半分間違いだ。アルゴと俺の考えは近くて遠い。俺は俺に関わってきたすべてを守りたいと思った。失いたくない人達のことを思って、俺自身すらも守ろうとした。

 

アルゴは違う。俺の、俺だけのために無茶をしていた。

 

「ひどいやつだよナ。今までだって攻略が難航したこともあったけど、ここまで無理をしたことはなかったヨ。それなのに、自分の大切な人が被害に合う可能性が有るときだけ、こんなに頑張るなんてサ」

 

 

そう言うとアルゴは、少し寂しそうに笑った。

 

 

「……そんなことはない」

 

 

無意識的に、ポツリとそう呟いていた。心の声が漏れ出したみたいに、俺はアルゴの言葉を否定してやった。

自分の大切な人を失うのが怖くて何が悪い。他の攻略組メンバーだってみんなそう思っているはずだ。自分の仲間や友達、家族や恋人を守るために戦っているプレイヤーだってきっといる。キリトとアスナなんてまさにそうだ。だからこそ、あいつら2人は強い。

 

そして、自分のことを大切な人だと言ってくれる人がいるだけで、人っていうのは強くなれるし、強く居られる。俺のことをそうだと言ってくれる奴が今目の前にいる。それだけで俺は、何かを吹っ切れたような気がした。

 

 

「クー坊?どうした?」

 

「悪いな。嫌だったら振り払ってもらってもいい」

 

「え……ふぇ!?うわっ、ちょっと……!!」

 

 

俺はアルゴの手を引いて自分の腕の中へと抱き寄せた。

アルゴは急なことで驚いたのか、ものすごく狼狽えて居るが、不思議と抵抗されているような感じはしなかった。

 

 

「ど、どうしたクー坊……急にこういうことされても心の準備が………」

 

「確認しときたかったんだ」

 

「な、何のこと?」

 

「ここは仮想世界で、お前の体もアバターだ。何もかも偽物だらけの世界に生きているんだよ、今の俺達は」

 

「……………」

 

「けど、こうして触れ合うとちゃんと暖かさを感じる。守りたいって思える。見てるものや暖かさその物は偽物でも、感じたことや思ったことは本物だ。俺の中にしか無い。俺だけのものなんだ」

 

 

アルゴを抱き寄せた腕に少し力を込める。

 

 

「だから確認したかったんだ。俺が守りたいって思ったものは、ちゃんとここにあるんだって、ここに居るお前は偽物なんかじゃない本物だって、そう感じたかったんだ」

 

 

俺の事を大切だって言ってくれる人は偽物なんかじゃなく、今ちゃんとここにいる。それを確認したかった。感じておきたかった。

俺の言葉を聞いて、アルゴがどう思ったのかは分からない。急にこんなことをされて戸惑っているのかもしれないし、ただ動揺していて居るだけなのかもしれない。むしろ思いっきり突き飛ばされても文句は言えないくらいだ。

 

けれどアルゴは、俺の思いを汲み取ってくれたのか、そっと俺の背中に手を回し、小さく応えてくれた。

 

 

「………うん、居るよ。ちゃんとここに」

 

 

 

 

 

 

 

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気がつくと集合時間まであと僅かとなっていた。

ボス攻略に参加するメンバーと合流するために、転移門まで行かなくてはならない。メンバーと合流した後は、ヒースクリフにも話した作戦の説明もしなくてはいけないし、ついさっきアルゴから貰ったボスの追加情報も共有しなくてはならない。なんだかんだやることが有るから、早めに行っておかないといけないな。

 

 

「じゃあアルゴ、そろそろ行くから鍵閉めるぞ。お前もさっさとリズのところに行ってやれ」

 

「………リっちゃんのとこか」

 

 

リズというワードを聞いた瞬間、アルゴの方がビクッと震えたかと思うと、なんとも言えない苦い顔でそう呟いた。リズに怒られるのが相当嫌らしい。

 

 

「リっちゃん怒ると怖いんだよナー………」

 

「散々心配かけたお前が悪い」

 

「クー坊だって人のこと言えないだロ? たぶんボス戦から返ってきたら色々言われると思うけどナ」

 

「…………あり得るな」

 

 

サポートアイテムまで纏めてくれて、俺をボス戦へ送り出してくれたリズだが、リズはひとしきり安心してから怒るタイプだからな。キリトとβテスト以来にあった時も、リズを転移結晶で先に帰した時は怒らなかったけど、俺が倒れて返ってきた後は散々だった。今回もそのパターンになりかねん。

 

 

「けどま、今回ばかりは立場逆転ってやつだナ。リっちゃんと一緒に、帰りを待ってるヨ」

 

 

待ってる。

その言葉を聞いた時、なぜだかすごく安心した。帰ってくる場所があるってことが、こんなにも心地良ものだなんて、今まで実感することもなかった。俺は、あいつらにとってそういう存在だったのかもしれない。

 

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

 

行ってらっしゃい、とアルゴの声が返ってきたが、俺は振り返ることなくそのまま店を出ていった。

 

 

 

 




仕事が非常に忙しく、月1更新すらままならない状態です。
次回は今年度中に挙げれるといいな……。

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