AM11:00
開店から2時間、いつもだったらまだのんびりとコーヒーを飲んでいる時間なのだが、今日はすでに4組のパーティからの依頼を終えている。
「ありがとう、助かったよ。」
「毎度ありー。また何かあったら依頼よろしくな。」
「それじゃあな」
カランカラン
と店の扉が閉まる音が店の中に響く。
「だぁああ疲れたー・・・・」
開店して数分でいきなり客が来たことには驚いたが、まさかその後連続で客が来るとは思わなかった。
しかもクエストアイテムの収集だったり討伐クエストの助っ人だったりと、かなり精神的に疲れる依頼ばかり、レベルに余裕が有るから戦闘は楽なんだが、やはり疲れるモノはある。
いきなり依頼が来るようになった理由、それは多分アルゴの仕業だろう。
あれ以来たびたび俺の店に遊びに来てお茶をしていくアルゴだが、一応そのお礼って事なのか、俺の店の情報も少なからず流してくれているらしい。
ありがたいことだが、改めてこの世界での情報の重要さを実感させられるな。
昨日まで依頼は2日あわせて4件あればいいほうだったのだが、たった2時間で2日分の依頼が来てしまった。
いままでよくやってこれたなと思う人も居るかもしれないが、モチロンやっていけるわけが無い。けどそれは、ここが現実世界だったらの話だ。
ここはSAOというゲームの中だ。本業がうまくいかなくても金を稼ぐ方法はいくらでもある。たとえばフィールドに出てモンスターを倒すとか、自分で作ったものを売りに行くとか、今まで俺は万屋業とそういう小さな収入を合わせて生活していたわけだ。
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「だいぶ落ち着いたな・・・」
時刻はPM3:00
客足もだいぶ落ち着いて、俺はいつも通りコーヒーを飲みながら一息ついていた。
まぁ午後から来た客の殆どが「お菓子を作ってくれませんか?」とか「カプチーノ入れてください!」という女性プレイヤーの依頼だったわけで・・・
万屋秋風というよりは喫茶秋風といったほうがいい状態だった。
「・・・午後だけ喫茶店として店開いたほうが儲かるんじゃないか?」
「それは確かにそうね」
「・・・・・・」
振り向くとリズベットが店のドアの前に立っていた。
腕を組んで俺の発言にうんうんとうなずいているようだ。
「リズといいアルゴといい、なんで俺の知り合いは俺に気づかれないように店に入ってくるんだ」
「失礼ね、あんたがぼーっとしてるのが悪いんでしょ」
「今日は依頼に追われて疲れてるんだよ」
「あんたの店が依頼に追われてた?珍しいこともあるのね」
「おい」
こいつ何気に失礼なこと言ったな
「俺の店もついに評価されるようになったわけよ」
「どうせアルゴが情報回してくれたんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・」
「目そらしてんじゃないわよ」
なんなんだ、俺の知り合いは俺の心を折るのがそんなにすきなのか。
リズとアルゴは最近仲が良いらしい。前から素材とかの情報をやり取りしていて顔見知りだったようだが、最近は俺の店でお茶してるせいなのかよく話している。
そして2人掛かりで俺をいびって来るから、今までよりたちが悪くなっている。
「・・・・・それはそうと何のようだ、お茶の時間はまだ先だぞ」
「あんたあたしがお菓子食べる時にしか来ないと思ってんじゃないでしょうね?」
・・・・・思ってました。
「・・・じゃあ何しにきたんだ?」
「もちろん仕事の依頼によ」
「依頼?ホントに珍しいな、どんな依頼だ?」
「依頼主は私じゃないのよ」
「?」
そう言ったリズの後ろから1人のプレイヤーが顔を出した。
栗色の髪を腰の上まで伸ばした女性プレイヤーで、白を基調とした見覚えの有る鎧に身を包んでいる。
あれは間違いなく血盟騎士団の鎧だ。
「はじめまして、クレハさん」
笑顔で俺に挨拶をしてきた。
やばい、すごい美人だ。SAOにこんなプレイヤーが居たとは・・・
リズも美少女ではあるが、この人はリズの活発なイメージとは違った種類の、いわゆる『お嬢様』って感じがする人だ。
リズの知り合いで血盟騎士団の女性プレイヤー・・・・
「もしかして・・・『閃光』のアスナさん?」
「ええ、どこかでお会いしたことがありましたか?」
「いやまったく。けど血盟騎士団の美少女副団長様といえば有名ですから」
「そ、そんな美少女だなんて・・・」
「ついでに鬼のような形相でボス戦に挑む攻略の鬼だとか」
「へぇ・・・・・」
怖えぇ…何だ今の。
一瞬で空気が凍った。
「クレハ、あんた怖いもの知らずね・・・・」
「わるい、聞かなかったことにしてくれ」
「いえ、謝られるような事は何もありませんよ?」
「いや……本当に俺が悪かったから」
笑顔なのに目が一切笑ってない。
これは怖いわ、男所帯の攻略組でどうやって副団長なんてやってるのかと思ったらこういうことか。
女慣れして無いネットゲーマーは普段の美少女オーラでイチコロで、『女なんかに頼れるか!』みたいな我の強い男は今の冷たいオーラで文字通りイチコロって訳ですか。
「ま、まあ冗談はさておき、依頼っていうのはアスナさんが?」
「はい、そうなんです。」
「なるほど、じゃあ話を聞きましょうか」
「お願いします。あ、敬語は無しで大丈夫ですよ」
「そうで・・・そうか、じゃあそっちも敬語は無しにしてくれ、そのほうが気が楽だ」
「そう、わかった。じゃあクレハ君って呼ばせてもらうわね」
見たところ年齢も俺とそう変わらないみたいだし、俺より1つか2つ年下ってとこか。
大人びた雰囲気で実年齢以上に見えているかもしれないが。
「それで依頼の話だが、リズは居てもかまわないのか?」
「ええ、というより、リズが居てくれたほうが話しやすいというか・・・。」
「ん?どういうことだ?」
「それについてはアスナから話を聞いて頂戴。そのほうが早いと思うから」
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.
.
「つまり恋愛相談ってことか?」
「うん・・・・・」
恥ずかしそうに俯いたアスナからの依頼というのは
「気になる男の子が居るんだけど、どうしていいか分からない」
とのことだった。
「最初はあたしと2人で話してたんだけど、やっぱり男の意見があったほうがいいじゃない?」
「それは分かるが、何でわざわざ依頼しに俺の所に来たんだ?男なら血盟騎士団に山ほど居るだろ?」
「ギルドメンバーにこんな相談恥ずかしくて出来ません!」
「あーなるほど・・・・」
つまり相談できる男がいないから、リズの紹介で俺のところに来たって訳か。
こんな美少女なのにずいぶん初心なもんだ、微笑ましい。
と同時にこの美少女から好意を寄せられている幸せ野郎に殺意が沸くな、そいつには全男性プレイヤーを代表して制裁をくわえないといけない。こんだけ幸せな目にあってるならバランスを取らないといけないし・・・・・・これは俺にしか出来ない使命なのかもしれん。
「・・・・・・・・」
「クレハ、あんた目が怖いわよ?」
「あのークレハ君?」
「大丈夫大丈夫、死なない程度にはとどめておくから」
「なに分けわかんないこと言ってんのよ」
「気にしないでくれ」
まあ冗談はともかくとして、これはアスナから来た『依頼』だ。仕事を請けた以上、依頼主が満足できる結果を出さないといけない。
相手がどんな奴かは分からんが、リズも少なからず関わっているみたいだしそんなに悪い奴でもないだろう。
「参考までにその相手の名前を教えてくれないか?モチロン無理にとは言わないが」
「・・・・言いふらさないって約束してくれる?」
「当然だ、俺は情報屋みたいな仕事もやっているが、他の依頼主のプライベートな情報を売る趣味は無いんでな」
どこぞの鼠は「誰がどの情報を買ったか」まで商品にしてしているが、あいにく俺はそこまで商魂たくましくない。
「アスナ、安心していいわよ。こいつは口も悪いし目つきも悪いし態度も悪いけど、筋はちゃんと通す奴だから。」
「それはほめてんのか?」
「あたりまえじゃない」
「ほめられてる気がせんぞ」
半分以上悪口だった気がするんだが。それと目つきの話はするなよ、気にしてるんだから。
「・・・・わかったわ、けど他言無用でお願いね」
「もちろんだ、依頼主の情報は絶対に公開しない」
「ありがとう、その人の名前はね・・・」
アスナは照れくさそうに上目遣いでこっちを見ている。
かわいいなおい。こんな女の子に想われていて気づかないような唐変木が居るのか、一体どこのどいつだよ。十中八九同じ攻略組のプレイヤーだろうから、俺の知り合いの可能性は無いだろう。
一度顔を見てみたいもんだ・・・
「キリト君っていうんだけど・・・・」
「!!!」
やばい・・・・・!
なんで今になってそいつの名前がでてくるんだ、そいつだけはダメだ・・・・
俺はそいつにだけは会うことが出来ない。
いや会いたくない・・・・・そいつは
「クレハ?どうしたのよ、もしかして知り合いだったの?」
「え?そうなのクレハ君」
「い、いや・・・・知り合いって訳じゃあないよ。そ、そう、『黒の剣士』っていえばアスナと同じくらい有名だからな、驚いただけだ・・・・」
「そうなの?まあいいわ。それでクレハくん、私はどうすればいいと思う?男の人を好きになったことなんてなくて・・・どうしていいかも分からないし・・・・」
「そ、そうだな・・・・・・」
やばい、どうにかしてこの話を早急に終わらせないといけない。キリトにだけは関わらないようにしてきたんだ。
『依頼』として受けた以上、俺も積極的に動いてサポートしてやるつもりだったがそうも行かなくなった・・・・・。
ここはなるべく無難で確実な方法を提示して俺は影から支える形を取らせてもらおう・・・・
「ま、まずはキリトの友達にアプローチをかけるのがいいんじゃないか?外堀から埋めていくっていうかさ・・・」
「ああそれはいいわね、どう?アスナ」
「そうね・・・良い案だけどキリト君ソロだから、誰かと一緒に居ることあまりないよ?」
「そ、そうか・・・・」
あのクソボッチやろう!!友達ぐらいつくっとけ!!
どうする。何か無いか、アスナが納得して早急にこの話を終わらせれるような答えは・・・
「あ!そういうことなら良い案があるわ!」
「なんだ!?その良い案って」
「う、うるさいわね、急に大声出さないでよ」
「クレハ君、そんなに真剣に考えてくれるなんて・・・」
すまんアスナ確かに真剣に考えているがそういうことじゃないんだ。
「まずはキリトの友達にアプローチをかけるってのは良い案だと思うわ、けどコレが出来ないのは、キリトに男友達が居ないからでしょ?」
「まあ言い方は悪いけどそういうことね」
「じゃあ今からキリトに男友達を作ればいいのよ」
「それって・・・・・・。なるほど、それは確かに良い案かもしれないわね!」
「でしょ?」
この2人は何を言ってるんだ?そんなに簡単に今までソロでやってきた奴に友達が出来るわけが無いだろう。大体友達になるってことはそれなりに歳が近くないといけないわけで。
アスナの事情を知っていて、それで居てキリトに近い年齢層の男性プレイヤーなんて・・・・・・
「おい、まさか・・・・」
「それじゃあ早速クレハを連れてキリトのところ行きましょう」
「おい!ちょっとまてぇ!」
考えられる内で最悪の案を提案しやがった。
俺はあいつにだけは会いたくないんだ!
「キリトはいま55層の迷宮区ね、安全マージンはギリギリだけど、アスナが居れば大丈夫よね?」
「うん、マッピングは終わってるから最短ルートでいけるし、2人位なら守って進めるはずよ」
「ちょっとまて、俺は行くとは言って無いぞ!」
「あんたが受けた依頼じゃない。それにあんた以外の適任はいないんだから」
「いやそれはそうなんだが・・・・」
「大丈夫だよクレハ君。55層の敵は攻撃力の低い敵が多いし、転移結晶も沢山あるから」
そういうことじゃないんだ!どうする、どうする、なにか良い案はないか・・・・・・
・・・・・・・・・・・ダメだ思いつかん。
「じゃあ行くわよクレハ」
「行こう、クレハ君」
「・・・・・・・・・・わかりました」
もう観念するしかないみたいだ。
仕方が無い、キリトに会うだけならまだ何とかなる。いつも通りでいればいいんだ、下手なことをしなければ・・・・
「ホラさっさと歩く!」
「わかったよ・・・・」
重い足取りで俺は2人と一緒に転移門へ向かう。
あぁ、カウンターでコーヒー飲んでだらだらしてた頃に戻りたい・・・・・
というわけで第三話でした。
今回初めて3人以上キャラクターが出てきましたが、誰が喋っているか把握できましたか?
文字だけでキャラ分けするのはやっぱり難しいですね。
ちなみにこの小説のリズはキリトに恋愛感情を持っていません。常連で仲のいいプレイヤーぐらいの認識です。
次回はキリトさん登場です。
そこで「なんで主人公がキリトに会いたがっていないのか」と「主人公の過去話」をするつもりです。
※
日常系の小説ですが、今回みたいにキャラクターの内面を詳しく書くときだけは少しシリアスを入れる予定です。日常会話のなかでだらだらと話しても感情移入がしにくいというか、薄っぺらくなってしまうと思うので。
また、大きく舞台が変わる時、たとえばSAO編からALO編へ移動する時なども少しシリアスを入れる予定です。でないと話が繋がりにくいので。
ですがそういったシリアス話は長くても3話くらいでさっくりまとめるつもりです。
あくまでもメインは日常ということで・・・