ユイ編はどうしても日常というよりはシリアスによってしまいますが、それも後2話くらいで終了の予定です。
「はじまりの街に来るのも久しぶりだね」
「そうだな。特に俺はすぐにこの街から出ちゃったしな」
「俺は結構来てるけどな、情報収集とかで」
ユイの情報を集めるため、俺とキリトとアスナの3人は、ユイを連れて始まりの街を訪れた。ユイはキリトの背中におぶさってはいるが、新しい場所に連れてこられて新鮮なのか、あたりを見回している。
このデスゲームの始まりを告げたあのときから変わらず、この馬鹿でかい広場を見るのはもう何度目になるのか分からない。もっとも元βテスターの俺としては、デスゲーム通知を受けてすぐに街を出たわけで、集中しすぎるとぶっ倒れるなんてハンデがなければ、キリトと同じように何度もここに来ることはなかったのかもしれないが。
「βテストの時は何でこんなに馬鹿でかい広場を作ってるのかわからなかったが、まさか全プレイヤーをここに集めるためだったとはな」
「あんまり思い出したくないわね、あのチュートリアルのことは」
「悪い夢でも見てるのかと思ったよ。クラインも同じような顔してたし」
「そういえば、キリトはクラインと1層のころから知り合いだったらしいな」
ついこの間、エギルとクラインと一緒に話したときにそんな話をした気がする。後半のクラインの女の子紹介しろみたいな依頼のせいですっかり忘れていた。
「ログインしてすぐに会ったんだよ。βテスターからレクチャーを受けたいって言ってきたんだ」
「なるほどな。確かに、VRMMOは経験者に聞かないとコツとか分かり辛いからな」
「私も最初は大変だったなー。動くのは楽しいんだけど、ソードスキルが全然でなくて」
「それなのに、今じゃ攻略組のトップギルドの副団長やってるっていうんだから大したもんだ」
初心者とか女の子だからとか関係なく、執念と根気でここまでプレイヤースキルを高めたってのは正直すごいことだと思う。VRは今までのゲームと違って、現実世界の運動神経の方が重要だから、現実でのそういう技術が高かったっていうのも大きいんだろうが、ただでさえ立場が弱くなりがちな女性プレイヤーがここまでの地位を確立したのは、ほかでもないアスナ本人のがんばり有ってのことだろう。
「それで、ユイはどうだ? この街を見て何か思い出さないか?」
「……わかんない」
「うーんそうか。けどはじまりの街は恐ろしく広いから、一緒に見て回ってみようか」
「そうね、クレハ君の知り合いが居る教会に行く前に、街をぐるっと回って見みしょう。気になるものがあったらすぐに言ってね、ユイちゃん」
「うん!」
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俺たちが訪れたのは中央市場。
祭りの出店のような形でいろいろな店が営業している。といっても従業員は全員NPCな上、冒険の導入段階でしか使わないような簡易的なアイテムが売っているだけの場所なんだけどな。
「どうだユイ、なんか気になるものはないか?」
「うーん……やっぱりわかんない」
「そんなに簡単にはいかないよな、やっぱり」
「あ、ユイ。あそこにうまそうな出店が有るけどどうする?」
「食べる!」
「クレハ君はマイペースね・・・・」
「分からないなら仕方ない。新しくここの楽しさを教えてやるしかないだろ」
なんだかんだで市場の出店も旨い物はある。SAOに入ったばかりのプレイヤーに向けた物だから少し味をあげているのかもしれない。ユイには辛さ控えめのホットドックみたいな食べ物を買ってやった。
それにしても、この市場はSAOを始めるときには必ず使うはずだ。ここを見て何も感じないっていうんなら、景色とか建物を見せるだけじゃあもう無理だろうな。
やっぱり直接的な知り合いか、ユイを見たことがあるような人と話をしないといけないか。
「・・・・・ねえ、何かおかしくない?」
気になるものがあったら言えとユイに言ったはずのアスナが真っ先に気になるものを見つけたらしい。ユイはキリトの背中で俺が買ってやったホットドックをポカンとした顔を士ながら食べてるし、ユイに関することで気になった物ではないみたいだが。
「おかしいって・・・何がだ?」
「特に変わったところはないんじゃないか?」
「だって、SAOで生き延びてる人数って今は6000人くらいでしょ? はじまりの町に残っている人達が3割くらいだとしても・・・・」
そこまで聞いて、アスナが言っているおかしいことに気がついた。いや、本当はつい最近まではじまりの街に来ていた俺が気がつくべきことだった。
「人が少なすぎるってことか」
「そうなの。こんなに歩き回ってるのに、私達とすれ違った人がほとんどいないじゃない」
「・・・確かにそうだな。いくらはじまりの街が広いって言っても、NPCのほうが多いなんてのは異常だ」
俺達が今まですれ違ったのは、アスナが言うとおり少数だ。それも防具や武器をそれなりにそろえた中層プレイヤーぐらいの奴ばかりだった。普段からはじまりの街にいるわけじゃなくて、俺達みたいに用事があって偶然来たって感じだ。
「どういうことだ? ALFが徴税みたいな馬鹿げたことをしてた今までなら分かるが、あの問題は解決に向かってたはずだ」
「ALFからクレハが受けた依頼の話か。確かに74層での問題もあるし、キバオウ一派の動きは抑えられてるはずだけど」
「だったら何で? 現に人は全然いないし・・・・」
「子供達を返して!!」
アスナの言葉を遮るように、俺にとっては少し聞きなれた人の声が街に響いた。
「ねえ、今のって・・・!」
「あっちの路地のほうだな」
「・・・どうやら面倒ごとみたいだな。行くぞ」
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俺達が声の下方向へ進むと見えてきたものは大きく分けて3つ。
1つ目は紫色の修道服を着た、いわゆるシスターの女性プレイヤーが1人。
2つ目はその女性プレイヤーの奥に深い緑色をしたマントを羽織り、目元まで大きく隠れる金属製の鎧を身に着けた7人くらいのALFのプレイヤー。
そして3つ目が、ALFのプレイヤーよりさらに奥にいる3人の子供達。
状況から大体察しは着くが、おそらくシスターと子供達を合流させないためにALFのメンバーが道をブロックしてるか、子供達をブロックしてるALFのプレイヤーにシスターが抗議してるって感じか。どちらにしても悪いのはALFだ。それに俺はあのシスターに見え覚えがある。理由なく人に噛み付くような人じゃないからまず間違いないだろう。
「子供達を返してください!」
「人聞きが悪いことを言わないでほしいな。子供達に社会常識を教えてやっているだけさ、これも軍の立派な任務なんでね」
「そうそう、それに市民には納税の義務があるからなぁ」
「それにあんた達はずいぶんと納税を怠ってるみたいだから、手持ちのコルだけじゃ足りないんだよ。装備も全部置いていかないと」
ひゃははと甲高い声で笑い声を上げるALFのプレイヤー達だが、こいつらの余裕はシスターや子供達が反撃してこないと思ってるからだろうな。自分が圧倒的優位意にいると思い込んでいるタイプか。・・・・うざったい事この上ない。
「社会常識がないのはお前らだよ」
「あん? おいおいおい、何だお前は」
「我々解放軍の任務を妨害するのか?」
「裏路地に子供を閉じ込めといて何が解放軍だよ。くだらねぇな」
「お前、いい気になってんじゃ・・・・なっ!」
本当に、想像以上に単純な奴らだ。
すこし挑発しただけで全員こっちに注意を向けやがる。そのおかげでキリトとアスナの2人がALFのプレイヤーを飛び越えて子供達のほうに行くことができた。こういう時に打ち合わせ無しで俺の意図を読み取ってくれるから助かるな、この2人は。
けど・・・・・・・
「普通プレイヤーの頭の上を飛び越えるか? 回り道して子供達のほうに行く予定だったんだが」
「回り道してる暇なんてないからな」
「こっちのほうが断然早いじゃない」
こっちの常識を覆してくるのもこの2人なんだから恐れ入る。
「おい、あんたら見ない顔だけど・・・・解放軍にたてつくって事がどういうことか分かってんのかぁ!?」
「この2人相手に『見ない顔』・・・・ねぇ」
「クレハも人の事いえないだろ、知名度に関しては」
キリトの発言はともかく、攻略組トップクラスのプレイヤー2人に対して見ない顔って言っちゃうあたり、こいつら中層かそれ以下の層にいたプレイヤーだろうな。『黒の剣士』や『閃光』の名前は知ってても、顔は知らないってところかな。まあキリトもアスナも今は普段着だし、どっちにしても気づかないのも無理はないか。
「ぐだぐだ言ってんじゃねえよ!! それともやっぱり怖くなったのか?」
「切りかかられたくなかったら大人しくするんだなぁ」
意気揚々と剣を抜いて、アスナとキリト目掛けて突きつけているが、ご愁傷様といってやりたいくらい悪手だ。そんなことしたら、意外と血の気の多いキリトの嫁さんが黙ってないだろうよ。
「キリト君、ユイちゃんをお願い。クレハ君、止めないでね」
「ああ。まかせてくれ」
「・・・やれやれだ。止めてもやめないだろうに」
俺とキリトに断りを入れながらも、アスナはもうレイピアを鞘から抜いている。
ALFのリーダー格の奴は、アスナにレイピアを向けられてもニヤニヤ顔をし続けているし、その取り巻きたちも同じようにヘラヘラしたままだ。俺だったら土下座してでも許してもらいたいシチュエーションなのに、無知ってのは恐ろしいな。
「おいおい、俺は女相手でも・・・・」
「はああっ!!!」
「おわあああああああ!!」
アスナのレイピアが光を放った瞬間には、もうALFのプレイヤーが吹き飛んでいた。
さすが『閃光』と呼ばれているだけのことはある。ソードスキルの発動から攻撃までの速度が速すぎる。あんなの普段から前線で戦ってる奴ぐらいしか見切れないだろ。
「安心して。圏内ではHPが減ることはないから」
「その代わり、攻撃によるノックバックと体を切られているという事実は消えない。ゲームと分かっていても、切られ続ける恐怖に耐え続けるのは辛いかもしれないけどな」
アスナもずいぶんとえげつない方法を思いつくもんだな。見切れるはずのないソードスキルの攻撃を圏内で与え続けられる上に、
「お、おい・・・お前ら! 見てないで戦え!」
「・・・・あなた達もやるの?」
「ひっ・・・う、うわあああああああ」
まあ、怖いよな。レイピア持った女にあそこまで凄まれたら。逃げるのも当然だ。
けど、逃げるためには俺の横を通り過ぎないといけないわけで、しかも俺の横にはまだシスターがいる。よけて通ってくれるならいいが、さっきのリーダー格のプレイヤーは、アスナにいたぶられた恨みを俺達で晴らしたいのか、剣をこっちに振りかっぶって逃げてくる。
「・・・・クソッ!!どけぇ!!」
「剣の降り方が大振りすぎる。そんなの、受け流してくれって言ってるようなもんだ」
この程度だったら刀を抜かずに、特に集中なんかしなくても刀を鞘に入れた状態でも受け流せる。相手の剣に鞘に入ったままの刀を少しかすらせて、そのまま後ろに流してやればいい。もっとも、勢いよく切りかかってきたのをそのまま受け流すから、盛大に顔面から地面に突っ込むことになるだろうけど。
「ぶっへああ!!」
「おー。思った以上にきれいに転んでくれたな」
「ぐう・・・クソ! 覚えていろ!」
「ひねりのない捨て台詞だな・・・・・」
やられ役の雑魚敵みたいな捨て台詞を残して、ALFのプレイヤー達はさっさと逃げていった。『覚えてろ』なんて台詞を実際に耳にするなんて思ってもみなかったな。逆に新鮮な気分だ。
「あの・・・クレハさん?」
「ん? ああ、サーシャ。悪いな、面倒ごとに巻き込んで」
「それはこっちの台詞ですよ! すみません、ご迷惑をおかけして・・・」
「それは俺じゃなくて、あの2人言ってやってくれ」
さっきから子供達を助けようとしていたシスターこそが、俺がキリト達に紹介しようとしていた教会でプレイヤーを保護しているプレイヤーのサーシャだった訳だ。それが分かってたから、俺はさっさと状況を理解できたわけなんだが、たぶんこの2人は俺がいなくても同じように助けてただろう。
「あの2人・・・何者なんですか?」
「俺の知り合いだよ、警戒しなくていい。詳しい話は教会に帰ってからにしよう。ALFの連中が帰って来るかも知れないし」
ついでに、何でALFがまたこんな馬鹿げたことをし始めたのかの情報も集めたい。ここはいったん落ち着ける場所に行って情報を整理するのが先決だ。
「おいキリト!アスナ! いったん教会に行くことに・・・・」
サーシャと話をつけてキリトの方を振り返ってみたが、何か様子がおかしい。
キリトがというよりは、その背中におぶさっていたユイの様子がおかしい。何もない空にむかって手を伸ばしたまま、うつろな瞳で1点を見つめている。
「みんなの・・・心が・・・・」
「おい、ユイ? どうしたんだ? ユイ!?」
「ユイちゃん!? 何か思い出したの?」
キリトとアスナが声をかけても反応がない。おかしい。
いや、何かは分からないが何かがやばい気がする。
「わたし・・・ここにはいなかった・・・ずっと1人で・・・くらいところにいた・・・!」
「おいユイ! 大丈夫か!?」
「ユイちゃん!?」
「う・・・あああああああ!!」
ぐぁ・・・・なんだ、これ・・・・。
ユイが悲鳴を上げたと思ったら、すごい音を耳に直接流し込まれたみないな・・・!
視界にも少しノイズがかかってるし、明らかに異常だ・・・!
「あ・・・・・・・」
「ユイちゃん!」
キリトの背中から滑り落ちたユイをアスナがすばやくキャッチした。ユイはアスナに抱きついて少し震えていたみたいだが、すぐに気を失ったみたいだ。
「なんだよ・・・今の」
キリトが思わず漏らした声が聞こえた。まったく持ってそのとおりだ。
「なんなんだよ・・・・これ」
やっと結婚までこぎ着けた友達のところには記憶喪失の少女が住んでいるし、ALFの問題は解決に向かったはずなのに今もまだ徴税なんていう馬鹿げたことが続いているし、その少女は意味深な発言を残して気を失ってしまった。それも周囲にまで影響を及ぼすノイズとハウリングを残して・・・だ。
ただひとつ分かることといえば。
この面倒ごとはまだ終わりじゃないって事だけだ。
というわけで二十三話でした。
ユイ編が終了した後は、今までどおり日常を挟みながらストーリーを進めて、シリアスが少し挟まってALOへ以降します。
ALOに行っても、もうデスゲームじゃないとか気にせずのんびり続けることになりそうです。