俺は戦いの準備を済ませるため、リズを連れて闘技場のフィールドへと繋がる入場ゲートまで移動する事にした。
先にキリトが戦う事になっているから、キリトとヒースクリフの決闘は入場ゲートのところから見せてもらおう。
「あれ?あそこにいるのってキリトとアスナじゃない?」
「ん? あー確かにあの色合いはそうだな」
リズの言うとおり入場ゲートの近くには2人の人影が見える。片方は真っ黒で片方は白と赤の服を着ているのが見える。キリトとアスナは遠目でも色で判断できるから楽だな。
「あんた友達を色合いで判断するんじゃないわよ」
「黒の剣士なんていわれてるんだからいいだろ」
俺とリズが話しながら2人に近づくと、声が届いたのかアスナも俺達に気が付いた。
少し不安そうな顔をしていたが、俺とリズを見るといつものアスナと同じように笑いかけてくれた。
「クレハ君、リズ、おはよう」
「おはようアスナ」
「アスナはキリトの付き添いか?」
「うん。私の所為でこんな事になっちゃったから」
アスナの所為というかどちらかと言うとヒースクリフの所為なんだが・・・・
「まあ頑張れよキリト」
「クレハァ!!」
「うおっ!?」
初めてキリトに話を振ったら突然つかみかかられた。
完全に不意打ちだったからびっくりするわ。俺何かしたっけ?
「なんなんだよあの新聞記事は!!」
「・・・・・・あー」
そういえばあの新聞を作ってからキリトに会うのは初めてだったな。キリトからしたら俺と同じで、ある日目が覚めたら自分の事を書きまくってる新聞が発行されてたわけで、かなり驚いた事だろう。
しかもシリカが中層プレイヤーがキリトの話題で持ちきりだったって言っていたから、多分町でも俺と同じように質問攻めにされて大変だったんだろう。
「なかなか良い出来だっただろ?」
「どこがだよ!あんな嘘ばっかりの新聞!」
「嘘は1つも書いて無いぞ?」
「アルゴみたいな事言ってんじゃない!」
「というかお前も俺に同じ事しただろうが」
「そ、それはそうだけど・・・・・」
「まあまあキリト君」
このままだとキリトが止まらないとおもったのか、アスナが仲裁に入ってくれた。
キリトもアスナを無碍には扱えないらしく、しぶしぶではあるが引き下がった。
リズはヤレヤレと言いたげに肩をすくませている。
今の話の事についてもだが、どちらかと言うとこの2人の関係性に対する呆れのほうが強いだろう。
『なんで付き合ってすらないんだよこの2人』という呆れのほうが大きそうだ。
「それはともかく、もうすぐ出番だろ。勝算はあるのか?」
「・・・正直分からない。けど、アスナの今後がかかってるからな。負けられない」
「ごめんねキリト君。私の所為でこんな事になっちゃって・・・・」
「何度も言うけど、俺がやりたくてやってるんだ。安心しててくれ」
「・・・・・ありがとうキリト君」
ちょっと気を抜いたらすぐこれだよ。
何なんだこいつらは。試合前に俺のメンタルを壊しにくるんじゃない。というかお前も試合前なんだから緊張感を持て緊張感を。
「・・・・負けてしまえばいいのに」
「おい!!」
「はいはいわかったから、そろそろ出番だぞ。さっさと行って来い」
「お前なぁ・・・・」
「変に緊張してると余計に上手くいかないだろ。どうせ意味の無い賭けなんだから気楽にいけ気楽に」
「意味が無い賭け? アスナの今後を賭けた大事な勝負だろ?」
「あー・・・・・・」
アスナも俺の言っている意味がよく分からなかったらしく、小首をかしげている。
本当にこいつらこの賭けに意味が無いって事に気が付いていないらしい。半ば予想してたとはいえいっそすがすがしいな。ヒースクリフの作戦大成功じゃねえか。
「まあいいや、じゃあ本気でやって来い。出来るだけヒースクリフを追い込んで次の俺に楽させろ」
「ひどい理由だな・・・・・」
「あんた純粋に応援できないの?」
「クレハ君らしいけどね」
好き勝手に言ってくれているが、正直なところキリトに頑張ってもらわないとキツイのも事実だ。時間制限式の決闘にしてはいるが、ヒースクリフが相手だったら集中し続ける事になるだろうからぶっ倒れる事も考えないといけない。
俺の場合は別に勝っても負けても関係は無いが、あまりにも大負けすると今後の商売に響く可能性があるからそれなりの試合にはしないといけない。
ユニークスキル持ちのキリトの場合は普通にやっただけで華がある試合になりそうだが、俺の場合はシステムのアシスト無しでそのクオリティの戦いを求められる。そうなると少しでもヒースクリフを追い込むことが出来る様にしておかないといけないな。
「そろそろ本当に時間みたいだ。行ってくるよ」
「いってらっしゃい。キリト君」
「負けたら承知しないからね」
「勝つのもそうだが、楽しんで来い」
「おう」
.
.
.
それからすぐキリトとヒースクリフの戦いが始まった。
最強の防御力を誇り、ボス戦でもイエローゾーンまでHPを減らした事の無いヒースクリフ。
脅威の火力を誇る連激のソードスキルを放つ二刀流のキリト。
矛盾対決とでも言い表せられるこの戦いに、大量に集まったギャラリーも大いに盛り上がっている。キリトがソードスキルを放てばヒースクリフはそのすべてを防ぎきり、ヒースクリフがキリトの隙を突けばすさまじい反応速度でそれを回避する。
「2人ともすごいわね、ほんとに人間なの?」
「SAOトップクラスの人外プレイヤーだろあの2人は」
「そこまで言わなくても・・・・」
俺とリズの言い分にアスナは苦笑いで答える。
というか俺はこの後あんな人外と戦わないといけないのか。勝てないにしてもそれなりのクオリティの戦いをしないといけないとは思っていたが、それすらも危うそうだ。
「けど、やっぱり攻撃を完全に防ぎきっているヒースクリフが若干有利だな。見ている分には互角だが、精神的にはキリトのほうが押されてる」
「そういうものなの?」
「リズは決闘とかしないからイメージしづらいかもしれないが、どれだけ攻撃しても手ごたえが無い上に、的確にこっちの隙を付いてこられたらたまったもんじゃない」
「あーそれは確かにそうかもしれないわね。けどそしたらキリトに勝ち目は無いんじゃない?」
「かなり厳しいだろうが、ヒースクリフのガードを一回でもはじく事ができたら勝機は有るだろう」
「ガードをはじく?」
「ああ、キリトの反応速度だったら一回ガードをはじくだけで十分な有効打を当てる事ができるだろ。キリトの火力で初撃決着モードだったらそれ一発で終わるだろうからな」
つまりはキリトがヒースクリフの防御をねじ伏せるくらいの攻撃ができれば勝てるって事だな。対人戦の基本と言うか、あたりまえのことだ。
けどこれをやらせてくれないからヒースクリフは厄介なわけで・・・
いやー考えれば考えるほど面倒な相手だなあの人。
「というかあいつの剣を作ったのはリズなんだろ? あの剣の攻撃力ってどんなもんなんだ?」
「ダークリパルサーの事? 自分でもびっくりするくらいの高性能よ。もう一本の剣と同じくらいの性能ね」
「まじかよ」
確かもう一方の剣って魔剣レベルのボスドロップ品じゃなかったか? そんなレベルの剣ってプレイヤーメイドで作れる物なのか。
いや、俺の刀も耐久値だけ見れば似たような物だから人の事いえないな。キリトが用意した素材が凄かったのか、そんなレベルの武器をポンポン作れるリズが凄いのか、この場合後者かな。
「おっ、キリトが仕掛けるみたいだぞ」
「仕掛ける?」
「防御より攻撃を優先し始めた。そろそろソードスキルでガードを剥ぎに掛かるんじゃないか?」
「けどガードが剥げなかったら、硬直時間を狙われて負けちゃうじゃない」
「他に突破口が無いから仕方ないな。それで負けたら素直に負けを認めるしかない」
「あんたずいぶん冷めてるのね・・・・」
出来ればキリトに勝ってほしいってのはあるが、正直ヒースクリフと話をしてしまった所為でそこまで本気になって応援できないってのがある。
だって別に負けてもいいんだし。
負けてところでキリトはアスナとキャッキャウフフのギルド生活になるだけだし。
「いっそ負けて本気で落ち込んでるところに、『まあ別に負けても関係ないよ?』って言ってやりたいところはあるな」
「ひねくれすぎでしょ・・・・・」
「俺は俺の出番の事で精一杯なんで仕方ない」
「絶対出番が無くても同じ事したでしょ?」
「まあな」
リズもなかなか俺の考えを読むようになってきたな。付き合いが長いっていいね。
こんな雑談をしている間にもキリトとヒースクリフの戦いはクライマックスに向かいつつある。
一瞬の隙を付いたキリトの剣がヒースクリフの頬を掠めるのが見える。
わずかに焦りの見えるヒースクリフに対し、ここしかないと目を見開いたキリトがソードスキルを発動した。
「次で決まりそうだな」
アスナは手を胸の前で固く結び、キリトの勝利を祈っている。
俺とリズも話しながらではあるが、一瞬たりとも2人の戦いから目を離してはいない。
ヒースクリフの目的の一つである『志気の向上』は大成功と言っていいだろう。
目的を知っている俺でさえ実に血が滾る戦いだ。
思わず集中して見入ってしまうな。
意図的にではないが、いつもの戦いのときの感覚。視界に移る物が少しスローで進んでいるような感覚が訪れる。
ライトエフェクトに包まれるキリトの剣がヒースクリフの盾に向かって放たれていく。
1撃、2撃・・・・・・
キリトの剣がヒースクリフの盾を打ち鳴らし、わずかに盾が浮き上がり始める。
それを逃さないよう放たれたキリトの追撃を受けた盾が、ついに勢いよく側面にはじかれた。
ぬける・・・・!
瞬間的にそう思った。
まだキリトのソードスキルは終わっていない。
盾をはじかれた体制のままのヒースクリフにソードスキルのアシストが加わったスピードでキリトが切りかかる。
確実に当たるスピード、タイミング。
にもかかわらず、
その一撃が届く事は無かった。
.
.
.
「・・・・・・え?」
気が付くと闘技場は割れんばかりの完成が鳴り響き、ヒースクリフの頭上には『WINNER!!』の表示が輝いている。
何だ今の? あの距離まで近づいたソードスキルの一撃を盾でいなして反撃した?
いやいや無理だろ流石に。『キリトの反応速度+システムアシスト』の速度に対応して盾をもっていって完全に防ぐなんて不可能だ。
神聖剣のスキルだとしてもおかしい。あの距離までつめられた攻撃を防げるんだったら終盤までの戦いなんかまるで本気じゃないって事になる。
そんなスキルがあるなんてバランスブレイカーもいいとこだろうが。
「リズ・・・・今の見てたか?」
「早すぎてよくわかんなかったけど、キリトが負けたって事だけは分かるわ」
「いやそうじゃなくて最後の一撃のことだ」
「キリトのソードスキルがギリギリ届かなくて、ヒースクリフに隙を突かれておしまい。じゃないの? ガードは剥げたけど、攻撃が届かないんじゃあ負けるわよね」
「ソードスキルが届かなかった・・・・・?」
いや、そんなわけは無い。
キリトの剣は確実に届いていた。ライトエフェクトは消えちゃいなかった。
アスナだったら見ていたかも・・・・・・いやダメだ。
最後のほうは目を瞑って祈っていた。今違和感を感じて無いってことはアスナも見てなかったってことだろう。
多分他の観客も同じだ。
観客の位置だと斜め上から見た状態になるからヒースクリフとキリトの剣がどれぐらい近づいていたかなんて正確には分からないだろうし、リズみたいによく分からなかったけど終わったって感じの印象になるやつが殆どだ。
ってことはこの事に気が付いてるのは。
闘技場のフィールドと同じ高さから戦いを見ていて、最後の一撃を詳しく見ていたのは・・・・・
俺とキリトだけか。
.
.
.
「・・・・ごめんアスナ」
「ううん。お疲れ様、キリト君」
「惜しかったわねーキリト」
決闘を終えたキリトが俺達のところへ戻ってきたが、負けたということもあってその表情は芳しくない。
けど、悔しいと言う感情よりは戸惑いと言う感情のほうが強い気がする。
「なあキリト。最後のヒースクリフの一撃なんだが・・・・・・・」
「っ!! クレハも気が付いたか?」
「ああ、流石に早すぎる」
よかった、俺の見間違いじゃなかった。
これだけ考え込んでてキリトが全然気が付いてなかったらどうしようかと思った。
「戦ってた俺もよく分からなかった。確実に決まったと思った一撃が防がれていて、気が付いたら負けてたよ」
「俺から見てもそのまんまだな」
「実際に体感した俺からしても訳が分からない。実力の差って奴なのか?」
「・・・・・・・一応一個だけ心当たりが無いことも無い」
「なんだそれ?」
「いや・・・・かなりぶっ飛んだ考え方だし、外れてた時が洒落になら無いから言わない」
「何だよそれ気になるだろ!?」
キリトが凄く知りたがっていたが教えない。意地でも教えない。
我ながら無理がある理論だと思うし、そうじゃなかった場合さすがにヒースクリフに失礼すぎる。もしそうだったとしても俺に何が出来るわけでも無いから、変に勘ぐられる位なら俺の胸のうちに秘めておこう。
「何を2人で話してんのよ。次はクレハの出番でしょ? 行かなくていいの?」
「さすがにノータイムで連戦はヒースクリフがキツイだろ。ちょっと休憩入れてからだな」
「疲れさせて楽したいっていってたじゃない」
「言葉の彩だ」
今出て行って疲れたヒースクリフを倒して勝ち誇るとか無いだろ。
5000人近くから大ブーイングが巻き起こる事請け合いだ。
俺の戦いはもうちょっとしてからだな。
「これで俺も、明日から血盟騎士団の一員だ」
「キリト君といられないのは残念だけど、一緒のギルドなのはうれしいかな・・・・・あれ?」
「明日からアスナと一緒のギルド・・・・・・ん?」
「「一緒に居られる?」」
「ああ、今気付いたのか」
クレハ達が居るのはアニメでアスナがキリトとヒースクリフの戦いを見ていた、
闘技場への入り口みたいなところだと思ってください。
日常とはなんだったのかという感じになってるので、
ストーリーが一段落したらだらだら雑談モードに戻りたいと思います。