(これは少々……弱すぎやしないか?)
口から黒い血を垂れ流すコカトリスの骸を見下ろしながらタイラントは思う。
一目見て、まだ若い成熟しきってない魔物だと判断したので、とりあえず"軽く"殴って様子を見ようとしたらパンチ一発で死んでしまった。
タイラントの予定では、このコカトリスとギリギリの死闘の末、何とか止めを刺し「あぶねぇ、このマスクがなければ即死だったぜっ」とガスマスクの有効性を宣伝しつつ、と爽やかな感じで言いたかったのだが、初撃の一発で決着が着いたのでその目論見は御破算になった。
この世界の人間は前回のカルネ村の一件で其れほど脅威ではないと確認したが、魔物に関してはまだ情報は乏しく、情報不足の面も否めなかった。しかし、今回の魔物【コカトリス】には拍子抜けも良い所だとしか言いようがない。冒険者の中でも上位の者でも苦戦をすると聞いて少しだけ"期待"していたのだから尚更だ。
まだ見ぬ強敵との死闘やギリギリの攻防、その強敵を倒した時の達成感など、日頃の激務で忘れかけてた"初心"と言うやつを思い出せるかと期待していたのだから。
(返せよ、俺のワクワク……)
しかし、蓋を開けてみればパンチ一発でお陀仏してしまう鶏ではないかと思うだろうが、個の強さで言えば十三英雄どころか伝説の魔神級の力を持つタイラントのパンチを耐えれる方が逆におかしいと考えるべきである。
まして、その辺にいる多少強い魔物程度が【必殺タイラント右フック】を食らえば大体の生命体は確実に死ぬであろう。
アインズですら、全力のタイラントの攻撃をまともに食らえば命に関わる程のダメージを負うと言わしめる、言わば近接職の極みに達している事をあまり自覚していないが故に出た贅沢な不満だった。
「……拍子抜けだ、シズ行くぞ」
何故だろうか、コカトリスの死体を見ていたら不意にケン●ッキーが無性に食べたくなってきた。
食欲など【生物兵器】たるタイラントには不要な欲求に他ならないが、"的場 巌"だった頃の残り滓だろうかはさだかではないが、この時無性にジャンクフードが食べたくて仕方がなかった。
自分でもよく分からない食欲に襲われる……兵器としての沽券に関わる不思議事態だが、どうしようもないので立ち去ろうとした時、不意に後ろから声をかけられた。
「何の用だ、……お嬢さん」
「ははっ、お嬢さんとは中々見る目があるじゃねぇか!」
やはり女で合ってたかと心底安堵した。実は内心冷や汗だらだらものだったのは言うまでもない。
「阿呆、それはお世辞ってヤツだ」
更にガタイの良い女の後ろから変な仮面を被った小柄な女が表れた。フードと仮面で一目見ただけでは性別は判断しにくいが目の前の"乙女"程ではなかった。
「……改めて聞く、何の用だ?」
「あぁ、すまねぇな。俺達は要請受けて来たまぁ援軍だ。で単刀直入に聞くがよ、コレを殺ったのはお前さんか?」
無惨に横たわるコカトリスの骸を指差し、女はタイラントに問う。
特に隠す必要もないので一度死体に顔を向けてから、不気味な赤目マスク顔を頷かせて答えた。
「あぁ、殺った」
「冒険者でもねぇアンタらが?笑えない冗談だぜ」
一触即発とは正にこの事を言うのだろう。
乙女(自称)は肩に担いだ己の得物だろう刺突戦鎚を構えた。
対するタイラントは拳を握り絞め、首を無造作に回し、足を軽く開いて拳を前に出し構える。
別に構えなくても良いのだが、身に染み着いた習慣なのだろうか無意識の内に自然と構えていた。
まるで爆発寸前の炸裂弾が目の前にあるかの息詰まる様な緊張感が辺りを包み、二度目のただ事ではない雰囲気に野次馬や、生き延びた冒険者達は動く事が出来なかった。
(フム、なんだこの状況?)
俺、何か気に障る様な事を言ったであろうか?それともアレか組合に反抗したから偉い人から危険分子と判断されて消されるオチなのか?
おいおいおい、冗談じゃないのはこっちだ。地上デビュー初日でお尋ね者とか作戦が頓挫するじゃないか!
ぐぬぬ、ドヤ顔でナザリックの守護者(プレアデス含む)に「この作戦、余裕だな(キリッ」って言って出てきた手前、恥ずかしくて帰れん!
い、いかん!何とかせねば……
表情はマスクで分からないが激しく動揺するタイラントはさておき、目の前に居る見るからに猛者の乙女の正体はエ・ランテルに存在する冒険者達の頂点、アダマンタイト級冒険者であり【蒼の薔薇】メンバー、名をガガーランと言う。
カヨワイ乙女でありながら刺突戦鎚を巧みに操る謎多し可憐なる戦士(自称)なのだ。
まぁ、そんな事を知るよしもないタイラントは何とかして丸く収める算段を模索していた。
現段階において冒険者関係の揉め事、特に冒険者に刃傷沙汰を起こす気はない。
その気になれば、この場に存在する者全てを皆殺しにする事は朝飯を食うより容易い……が実行すると今後の活動に大きく影響し、場合によってはアインズ達をも巻き込んでしまう事態になりかねない。
あくまでも偽装身分の地位の獲得と情報収集が今回の作戦目的である。
目的を逸脱する行為は厳に慎むべきなのだ。
「おい、そこの脳筋共。いい加減にしろ」
一触即発で対峙する二人に呆れたのか仮面女が声をかけた。
するとその場に居るだけで腰が抜ける様なピリピリした雰囲気は消え去り、ガガーランは戦鎚を下ろすと豪快に笑いながらタイラントの肩を叩いた。
「ハハハッ、納得したぜ!兄さん強ぇな!」
「……程々にな」
「謙遜することたぁねぇよ、ここ最近見た連中の中でも兄さんが一番強いぜ」
「……何度も言うが用件はなんだ」
全く話が進まない事と最悪の事態を回避した事、安堵と苛立ちが入り交じる複雑な心境のタイラントだが、何時までも長話しをする程暇ではないので多少語気を強めて問いかけた。
「あぁ!お前はもう下がれ!話が進まん!」
業を煮やした仮面女がガガーランを押し退けてタイラントの前へと出てきた。
タイラントの前に立つと仮面女の小柄さが顕著に分かる。
(ふむ、小さいな……)
まるで小学生と大柄の外人位の差があるが、他人の身体的特徴を蔑む程、タイラントは無粋な男ではない。
あまり知られていないが、暴君でありながら一割五分位は紳士の要素を兼ね備えている生物兵器(紳士)は世界広しと言えどタイラントだけであろう。
因みにタイラントは身長小さめの女性はストライクゾーンではありませんので悪しからず。
「お前、今凄く失礼な事考えていたろ」
「……身長が低いな、としか思っていない」
「それが失礼だろ!……まぁ良い、お前に聞きたい事がある組合まで一緒に来い」
「……俺は"冒険者"ではないぞ?」
「阿呆、事の経緯は聞いている。黙って着いてこい"新米"」
俺を新米と呼ぶ、事の経緯を知っている、と言う事はこの二人は冒険者組合経由でこちらに来た援軍なのか?
いや、寧ろ俺達受付にプレート投げ返しちゃったのに登録破棄になってなかったのか。
「……随分と良心的な職場だな」
「受付のジャネットは弟を亡くしている。冒険者になってすぐ無茶な依頼を受けてな」
「……成る程」
受付がやけにしつこく止めて来た理由が分かったタイラントはこの時少しだけ罪悪感を感じていた。
組合の決まり事や規則にただ従え、と強制されていたと思っていたので受付嬢が単に融通の利かない頭でっかちかと思っていたからだろうか。
何にせよ、もう一度組合に寄らなければならないのだ。どうせ嫌でも顔を合わせるのだろうから、一言位は謝っておこうと思ったタイラントだった。
「だから一言位は謝っておけ」
(い、今そう思ってた所ですぅ、やろうと思ってましたぁ、言われるまでもありませんですよぅ~)
ガスマスクのお陰で表情は全く分からないが、やろうと思っていた事をやれと言われた時の何とも言えない敗北感を心の中で悪態をついて晴らすタイラントだった。
誤字脱字は発見次第直します。
修正は随時行いますので……
よろしくお願いします。