それは光輝く翼の集合体。翼の間から伸びる手には王権の象徴たる笏が握られているが、その他には頭も足も無い。異様な外見ではあるが、聖なる存在である事は誰もが感じていた。極光の中からその姿を現した瞬間、辺りの空気が清浄なものへ変化していたからだ。
正に至高善の存在が地上に降臨した。その存在を前にニグン達は昂る感情を押さえきれなかった。喝采、と言うよりは怒号と言った方が良いだろう。もはや何を言っているか理解出来ない様な叫び声が炸裂していた。
至高善の天使の対極である絶対悪の暴君。身体から立ち上る赤黒い蒸気と真紅のオーラからは禍々しい闘気が溢れ出し、頑強な岩石を削り出した様な凶悪な巨躯。中でも特に注目すべきは【腕】だ。左腕の手の爪が異常発達し巨大化、最早手の原形など留めていない。只々、自身の敵を切り裂く事しか使い道など無いその巨腕はタイラントが【人ならざる者】である事をありありと物語っていた。
「ば、化け物め」
ニグンは対峙するタイラントにそう言った。いや、呟いたと言った方が正しいかもしれない。人智を超えた善と悪が目の前に存在する、まるで神話の一説の中に存在しているかの様な感覚は身体と心を震わした。
聖なる存在が絶対悪たる存在を滅ぼす。聖職者として、神に使えし者としてこれ程【燃える】展開があるだろうか?いや、金輪際無いと断言出来る。
部下達も同じ気持ちであろうか口々に【天罰を】と叫んでいた。この不気味な闖入者達には散々煮え湯を飲まされてきたのだから当然の反応だ。
ニグンは満足気にほくそ笑むと、高らかに笑った。抑え込まれた恐怖が笑い声になって溢れ出てくる。今度は此方の番だ、たっぷり恐怖を刻みこんでやると言わんばかりに。
「ハハッ、化け物共め!最高位天使を前に貴様らも本性を現したかっ」
「いや、別に」
アインズが喋れぬタイラント代わりに簡潔に答えた。それに続き、うんうんと超・暴君とアルベド&シズが同意して頷いている。
この愚か者、何を勘違いをしているのか知らないが、別に本性など現していない。つい先走り過ぎて本気を出してしまっただけなどと恥ずかしくて、とても言えたものではなかったが。
単純に強者たる余裕、しかし、そんな余裕などニグン達に理解出来る筈がない。最高位の天使を前に恐れも、怯えも、何も示さない異常さは驚愕を通り越してある種の悟りに近い呆れにもなっていた。
「ば、馬鹿な!この天使を前に何故、そんな態度が出来る!?ありえん、ありえん、ありえん!」
心底、呆れたアインズはやれやれと、ため息混じりに首を振ると愚か者に諭す様に語りかける。
「……貴様は足下で這いつくばる虫をいちいち恐がるのか?随分、暇なんだな。無駄口叩いてないで念仏でも唱えたらどうなんだ?」
ゾクリ、とニグンは背中に冷たいものが走る。
アインズ等の言動や態度からは恐怖や不安などは皆無、改めてコイツ等は本気だ、本気で【威光の主天使】を恐れていないと確信した瞬間だった。
だが、そんな本能の警告を素直に聞ける状況ではない。寧ろ、その事実を認めてしまったら己が信じてきた全てを否定しまう事になる。そんな事があって良い訳がない。否、あってはならない。
「じ、邪悪なる者よ!塵も残さず消え失せるが良い!
怒号にも近い叫び声に威光の主天使は静かに反応する。手に持った笏が弾けた直後、対峙するタイラントに清浄なる光の柱が落下、直撃した青白い光の柱は超・暴君の巨躯を完全に包み、邪悪なる者を浄化をせんと一層輝きを増す。
それは人間が決して到達出来ない領域の魔法【第7位階魔法】。その威力は極限級であり、人も悪魔も、善も悪も、その極光に飲み込まれたならば皆等しく灰塵となる。
正に神の天罰の一撃と言うに相応しい光景、極光の御柱が悪を滅するべくその力を遺憾なく発揮した瞬間だった。
『何だかチクチクする、これがダメージを負う感覚なのか?』
『端から見たら凄い光景ですけど意外と冷静ですね……』
『この状況が予想の範疇だからか?いや、想定外の事態と言えば想定外だ』
『成る程、ダメージを負う事による痛みの感覚はちゃんとあるって事か』
『精神的な面、意識や記憶だけじゃなく身体、神経系までもがキャラとリンクしている……もう、夢とかそう言う線は消えたな』
『タイラントさん、感じる痛さは具体的にどの程度の痛さですか?』
『安いスタンガンを押し付けられた感じ』
『結構痛そうな気がしますけど!?』
『ハハッ、頑強タイラントボデーに死角など無いっ』
『あ、我慢してるだけですね。解ります』
『それなりに痛い、それは確かだから気を付けよう』
『了解です。これでまた一つの疑問が消えました』
「か、か、か、下等生物共がぁぁぁ!!」
『『あ……』』
極光の御柱にタイラントが飲み込まれながら、呑気にアインズと会話をしていた最中アルベドの絶叫が響き渡る。アインズとタイラントは侮っていたのだ。ナザリックに存在するNPC の持つ忠誠心を。
真の忠を捧げた者に対し牙を剥き、目の前で噛み付いている。部下として【守護者】として看過出来るものではない。本来ならば、至高の御方々に無礼な戯れ言を言った時点で極刑は確定。しかし、慈悲深き御方々は【言わせておけ】と言う。ならばと控え、耐えがたい罵詈雑言と無礼千万な態度も我慢してきたが……もう駄目だ。
アルベドは怒りの一撃を見舞わんと手に持ったバルディッシュを振りかぶった……が。
「ちょ、ちょっと待てシズ、その物騒な物は何だ?見た事あるぞソレ、危ないよソレは!それは危ない!」
「後方の、安全確認、良し……」
「シ、シズ、シズ!?前を確認しなさい!前を……」
「You Lose,big guy」
カチン、と静かに引き金が引かれた。
「「R ・P ・G!!」」
無表情でシズは肩に担いだロケットランチャー【RPG-7V2】(タイラントから貰った)をアインズの制止を無視して躊躇い無く発射した。TBG-7Vサーモバリック弾頭がアインズとアルベドの直ぐそばを掠めて飛んでいく。
ある意味二人はお約束と言うべきか、寧ろそうしなければならないと言う謎の使命感に駆られ、叫びながらスローモーからのハリウッド回避をして弾頭を見送った。
弾頭から小型安定翼がカシャっと小気味良い音と共に展開された直後、ロケットブースターが唸りを上げながら
使い捨ての携行対竜火器でも威力だけならトップクラスを誇るRPGシリーズ。反面、命中精度の悪さや射撃後の硬直時間の長さ、撃った事によるヘイト率の上昇などマイナス面も多く、一部のプレイヤーから【自殺兵器】とも言われていた武器でもあった。
何故、シズがアインズの制止を無視し、ランチャーの発射を強行したのか?シズ本人も自分の行動が理解出来なかった。それは一種の【バグ】かもしれない。最優先されるアインズの言葉よりも【やらねばならない】と言う自分の我が儘が単純に勝っていたのだ。
ではそれは何故か?電子演算機能をフルで稼働しても明確な答えは出ない。命令不服従をした理由が【ムカついた】、【怒りで我を忘れた】などでは説明にもなっていない。しかし、現状、導き出された答えの中でもっとも理由らしい理由はこれだけだった。
一方で出鼻を挫かれてしまったアルベドは迷っていた。無礼千万の下等生物に死の鉄槌を与えてやろうとしたらシズに先を越されたからだ。
(守護者統括としてアインズ様の命令不服従に対する罰を与えるべき、でもゲボドブ下等生物の一連の行動や言動は不快極まりなかったわ。情状酌量の余地はある。寧ろ、シズがやらなくても私が殺っていたから……難しい判断ね)
「アルベドよ、真剣に何かを考えているのは結構な事だ。だが、何故抱きついている……」
「アインズ様、私こう見えて【非常に】華奢なもので……」
その着ている鎧は何なのだとアインズは思ったが地雷を踏みそうなので黙っていた。
シズが放ったRPGの弾頭は真っ直ぐ天使へと向かって飛んでいく。しかし、弾頭が光の柱に差し掛かった瞬間、光の中から伸びてきた【腕】に掴まれた。
ロケットブースターが空しく噴射されているが前に進む事はない。すると腕は弾頭を上空へと向けると握るその手を放した。解き放たれた弾頭は天高く空へとぐんぐん飛翔したが、ある程度まで昇った所でブースターの燃料が切れたのだろう、先程までの勢いが嘘の様に重力に従い落下する。行き場を失ったTBG-7Vサーモバリック弾頭は天使と超・暴君の丁度間に落ち大爆発。極光と舞い上がる砂埃と小石、爆風と熱風でニグン達の視界は完全に奪われ何も見えなくなってしまった。
嗅いだ事の無い臭いと舞い上がった小石がパラパラと降ってくる。耳鳴りも酷く、自分の声でさえまともに聞こえない。視覚、聴覚が効かない不安感は怒号となって放出される。
爆発による目眩も残る中、ニグンはひたすらに叫び続けた。
「一体、何なのだ!あの化け物はどうなった!」
積み重なる不安と焦りから怒鳴り散らす。だが、その問いに何故か誰も反応しない。この不気味な静寂が永遠に続くかと思われたが、突如としてその静寂は破られた。
「て、て、天使がぁ、天使がぁ」
尻餅を付き、失禁をした部下が前を指を指しながら叫んでいる。恐る恐る、部下の指さす方を見ると……
そこにはズタズタに引き裂かれ原型を留めていない【威光の主天使】。そしてその
次で1巻ラスト!
因みに次回予告に意味はありません。
次回、ニグン、ボスケテ発動の巻き。