終わりの始まり
今、あるオンラインゲームが終わりを迎えようとしている。
時は2138年、場所は極東の島国"日本国"。
その日、ある一人の男が人知れず激怒した。
そして、元凶である邪知暴虐の運営をぶち殺さねばならぬと決意していた。
「呆れた運営だ、生かしておけぬ」
【YGGDRASIL】
ゲーム大好きな男が、ハマったDMMO―RPG。
数少ない休暇間や休日を、完全徹夜でプレイするのが男の唯一無二の楽しみであり"至福の休暇の過ごし方"だった。
ファンタジー溢れる世界観や、情け容赦ない弱肉強食のPK戦。
辛い現実を忘れさせてくれる、男にとってはある意味"癒し"でもあったのだ。
しかし、ある日その状況は一変する。
職業軍人であるが故、突如苛烈な戦地での作戦に参加が決まった。
ネットすら繋がらない、そもそも死ぬかもしれない。
いつ日本に帰国出来るか分からないのでは、ユグドラを引退をせざるをえない。
あまりのショックでゲボ吐きながらも、何だかんだで戦地へと赴く男。
只でさえ過酷な自然環境に加え、そこら中に死神が跋扈する戦場へ。
そんな、この世の掃き溜めみたいな所で約2年半男は戦い抜いた。
漸く帰国の許可がおりるや否や、あらゆる力を使い最短時間で日本へと帰国。
そして、脇目も振らず基地から自宅へと直行。
夕飯の準備も適当にすませ、はやる気持ちを抑えながら一通りの機材を装着して起動させた。
!!!!!!!!
久々の電脳世界へのダイブ、自分の脳にダイレクトに情報が送られる感覚が心地よい。
これから何をしようか、仲間と何を話そうか。
思春期のガキでもあるまいに、年甲斐もなくワクワクしてしまう自分が居る。
だが、時間も時間だしそんなに人は居ないかもしれない。
社会人プレイヤー故、明日の起床時間を考慮せねばならないのが痛い所。
只不安なのは、自分と同じく引退した者も居るのではないかと言う事。
せめて、お別れの挨拶位はしたいのが本音だ。
もっとも、突如長期離脱した俺が言えた義理ではないが。
まぁ兎に角、行けば解るか。
我等がホーム"ナザリック地下大墳墓"へと。
"ユグドラシルは本日00:00をもってサービスを終了します"
ログイン早々、コンソールパネルにデカデカとGMからの無慈悲な文字が表示された。
その間、僅か5秒。
「呆れた運営だ、生かしておけぬ」
激しい殺意と同時に、呪詛の言葉が自然に口から吐き出された。
そして、言葉とは裏腹にコンパネを操作しようとするが、指が震えてうまく操作が出来ない。
謎の身体震えはやがて激しい吐き気と変化、最終的には泣きながらゲボ吐きそうになっていた。
ふと、フレンド欄を見れば2名反応がる。
「モモンガさんとヘロヘロさん……」
失意によって支配された絶望の中、それは一筋の希望の光。
フレンドの反応がある場所は、"円卓の部屋"。
即座に転移、その選択に何の躊躇もなかった。
墳墓内の転移に掛かる時間は、一瞬。
だが、不思議な事に酷く長く感じられる。
それもこれも、このゲームの終了まで残された時間は残り僅かだからだろう。
円卓の部屋の前に転移が完了した瞬間、男はその扉を勢いよく開けた。
!!!!!!
「な、何ごとっ?!」
突然の事に「うひゃあ」と声を上げて驚く"髑髏"。
その髑髏の目の前には、ロングコートを着た大男が居た。
その、フランケン・シュタイン顔負けの大男の名は……"タイラント"。
ある極悪製薬会社が作った生物兵器と言う設定の、人工生命体型の異形種。
今日、運営に激怒した男のキャラである。
「こん、ばんわ」
とりあえず、挨拶をするタイラント。
何事に置いても、挨拶は大事なコミュニケーションの一つである。
しかし、髑髏と大男が見つめ合う不思議な光景は……控えめに言って、不気味だと言わざるを得ない。
これが美男美女の構図ならば凄く絵になるが、この様子は最早ホラーでしかない。
仮にキラキラの背景を入れて明るくしても、恐怖絵図の構図になってしまうのだ。
それは"異形種"故の、悲しい仕様であるので仕方ない事なのだが。
そして残念な事に、タイラントと入れ替わる様にヘロヘロさんがログアウトしてしまっていたのだ。
不覚、なんたる不覚。
もっと早く帰宅していれば、最後の挨拶位は出来たであろうに。
悔しさとショックで、無表情の死体顔が少し歪んだ気さえした。
まぁ、実際はピクリとも動いていないのだが。
「た、タイラントさん!良かったぁ!来てくれたんですか!」
「まぁサービス終了を、約2分前に知りましたがね……」
「本当、残念です……」
久々の再開に喜び合う二人、しかし残された時間はあまりに少ない。
「この上は、ジタバタしでも仕方がない。最後ぐらいカッコ良く行きますかね」
「……ですね」
そう言うと、二人は静かに円卓を後にする。
ユグドラシル最高十大ギルドの一つとまで言われた"アインズ・ウール・ゴウン"
ゲームの最後……いや、"世界の終わり"の時なのだ。
ならば、一番カッコいい姿で終わりたい。
お互いにお気に入りの装備を、これでもかと装着していく。
その様子は、まるで今から戦争か冒険に繰り出すかの様だった。
タイラントの装備は、ファンタジー主体の世界観からかけ離れた所謂"近代兵器"だ。
今より少し昔、20世紀頃の兵器をモチーフにしたものだと思われる。
ファンタジーの世界観と合わないと言われた近代兵器パッチ。
要求値や入手難易度の割りには微妙な性能が多く、当初話題にはなったが直ぐ忘れさられた悲しいパッチの一つ。
何故ならば、見た目以外には既存の武器や装備とあまり変わらなかったから。
「だが、それが良い」
単純に、見た目がカッコいい。それ以外に、理由が必要だろうか?
そもそも、銃と言えば自分の商売道具。ど素人のパンピーに遅れを取る事などない。
異形種と言うだけで、見知らぬプレイヤーに理不尽に殺され、その上罵倒される。
戦いとは常に弱肉強食、只自分が弱いから狩られたのだと分かっている。
しかし、殺されれば当然はらわたは煮えくり返る。
駆逐してやる、一人残らずと何度枕を涙で濡らした事か。
復讐を誓い、気の遠くなる様な時間をかけてタイラントはたどり着いたのだ。
近代兵器で"ファンタジー厨"どもを蹂躙出来る領域までに。
物理、魔法共に高い耐性を誇る漆黒の防爆コート。
小規模の都市を一撃で吹き飛ばす、最終決戦兵器である"核弾頭"を装填したアトミックバズーカ。
最強の攻撃力と鉄壁の耐久力を兼ね備え、近接戦闘もこなす我が分身……。
それが、"タイラント"だ。
剣や魔法がメインの世界観を、完膚無きまで破壊すると誓った近代兵器増々キャラ。
時には重火器をぶっぱなし、時には近付く者はその豪腕で叩き潰す。
ギルドでの立ち位置は主に遊撃と壁、殿を担当。
アウトレンジから敵を地域ごとアトミックバズーカで焼き払っていたら、いつしかギルド内からはこう呼ばれていた。
"ナザリックの核弾頭"と。
様々な装飾品と重火器を装備し、重々しく歩く様子は最早"二足歩行戦車"と言うに相応しい。
二人が向かう場所、それは十階層にある"玉座"。
ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"を象徴する特別な場所。
「……終わり、か」
タイラントは無意識に呟いた。
ギルドで過ごした日々が、走馬灯の様に目の前を流れている。
(それにしても、本当に良く出来ているな)
玉座にはNPCのメイド達が立ってはいる。しかしこれは言わばマネキン。
だが、このメイド達とてギルメン達が作り出した大切なギルドの仲間、言わば家族の様なものだ。
そんな家族を無下に扱うなんて、出来る訳がない。
絢爛豪華な広い部屋に、二人の異なった足音が響き渡る。
ギルドの繁栄と栄光を象徴する筈の玉座が、今日は何だか酷く寂しく感じた。
タイラントとモモンガの二人の後ろには、執事と六人のメイドが追従している。
しかし、NPC故に自分の意思で動いている訳ではない。
モモンガは中央の玉座に着くと、執事とメイド達を所定位置へコマンド入力し、丁度良く所で停止させた。
所詮は融通の利かない、簡素な移動プログラム。
このプログラム、好き勝手な文言では反応すらしない。
"止まれ"ではなく、"待機"と言わないと止まらないのだ。
ままならい、と常々思っていたがその動作すら"いとおしく"感じてしまうのは今日が最後だからだろう。
玉座の隣に美女が一人、立っている。
設定では守護者統括、ナザリック大墳墓の最上位NPCの"アルベド"だ。
見れば見る程に、素晴らしい造形に感心してしまう。
思春期の童貞の小僧なら、一発でノックアウトしそうな出来である。
そんなアルベドを暫く凝視していると、おもむろにモモンガがアルベドのコンソールを開いた。
膨大な量の文字がキャラクタークリエイトのコンソール一杯に広がり、拘りの深さが伺える。
流石はタブラさんだと、感心せざるを得なかった。
『ちなみにビッチである』
設定の最後の一行、タブラ氏が残した最後屁とでも言うべきだろうか。
こんな見た目清楚な美女で中身がビッチとか、最高かよ。
タブラさんとは良い酒が飲めそうだぜ、とタイラントはしみじみ思った。
「最高かよ、タブラ氏……」
「……え?」
「え?え?」
基本、巨乳のナイスバディの美人がドストライクなタイラント。
アルベドがビッチかどうかはあまり関係無いが、ビッチであったとしても何ら問題はない。
「ビッチかぁ……」
「ビッチは、駄目ですか?」
「いや、いや!駄目って訳では全然なくて、何か勿体ない気がして……」
しかし、モモンガ的にはビッチはあまり良くない様に見える。
アルベドの設定を見なければ、別こんなモヤモヤした気持ちになる事はなかった。
"ビッチである"と言う一文は、気持ち良く最後を迎え様とするモモンガに迷いを生じさせてしまったのだ。
ならば、その設定を変えてしまえば良いではないか。
気持ち良く、後腐れなく終われるのならばやむ無し。
だが、ギルドメンバーが独自の拘りをもって産み出したNPCを弄って良いものかと言う罪悪感も否めない。
暫し考えた後、二人は最終的な結論を出した。
「「変更する、か」」
「最後ですし、こんなモヤモヤして終わるのはちょっと……」
「まあ、タブラ氏も最後だからきっと許してくれるさ。何なら、俺が土下座しますわ」
「タイラントさんが土下座する姿が想像出来ませんよ……」
モモンガは普段使う事の無い、ギルドマスターの特権を行使する。
クリエイトツールを無視した強制的な設定の変更である。
多少の後ろめたさはあったが、コンソールを少し操作しただけで、"ビッチ"という文言は消える。
当然の事だが、設定欄にはビッチの文字を消した事による空白が生まれてしまっている。
空いた空欄に、何か新しい設定を入れるべきか、否か。
しかし、そんな事を迷うにしても残された時間は少ない。
ええい、ままよっ!とタイラントは後ろから手を伸ばし、コンソールに文字を入力した。
『モモンガを愛している』
「完璧、だ」
「ちょ、ちょっと!何で自分の名前入れないのさ!」
「ふはは!文字数を考えたまえ、明智君」
「謀ったなっ!」
それは、ギャルゲーにおいて主人公の名前に自分の本名を登録し、自分に向かって「好きよ、○○君」と言わせる様なもの。
その気恥ずかしさたるや、超絶級の悶絶ものである。
しかしながら、改めて設定を変える気は起きないし、そんな時間もない。
どうせ今日でサービス終了なのだ、最後くらいやりたい事をやってもバチは当たらないだろう。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、玉座に静かに腰掛けるモモンガ。
そして、その後ろに控えるタイラント。
"オーバーロード"と"暴君"の二人は只最後の時を待った。
「ひれ伏せ」
遂にその時が目前に迫った時、モモンガがNPCに最後命令を下す。
その命令に従いアルベドと執事、6人のメイド達は臣下の礼をとる。
「モモンガさん……」
「最後くらい、格好つけないと」
その意図を察して、骸骨顔を見たタイラント。
本当に残念そうな、何とも言えないやるせなさがひしひしと伝わってくる。
そんな意気消沈したモモンガの目の前に、タイラントはおもむろに手を差しだす。
少し驚きながらも、意図を理解したモモンガはその手を握り返す。
二人はがっしりと、固い握手を交わした。
「……共に戦った日々を俺は忘れない、ありがとう」
「最後が一人じゃなくて良かった。ありがとう、タイラントさん」
時刻は23:59:48を示していた。
もうすぐ終わるのだと思うと涙が出そうになる。
多分、ユグドラシルから離脱したら、泣いているだろう。
タイラントは直ぐに来るであろう、意識を引っ張られる感覚に身を委ねようとしていた……
息抜きに始めました。
こちらも宜しくお願いします。