「守護者達が私に会いたいと?」
最初の火の神殿の木陰で、気持ちよく寝ているシフに寄りかかったアルトリウスはキアランに問う。
「帰還したアルトリウス様に御挨拶をしたい、とのことだ。断る理由もないだろ」
「そうだな……皆アノールロンドに呼んでくれ」
「わかった、統括のアルベド様に伝えておく」
踵を返しキアランは姿を消す。するとシフは瞼を開け顔だけを上げる。
「挨拶か、別にそんな必要はないと思うんだけどな。まあ来てくれるのはありがたいんだが……如何せん他の皆の忠誠が重すぎる。これはアインズさんも苦労するよな」
シフの頭を撫でながらに言う。
「キアランとかオーンスタインとかみたいな感じが丁度良いものの……しかしお前本当に撫でられるの好きだな」
言葉に笑みを含みながら、左右にリズムよく振られるシフの尻尾を見て言う。当然と言う様にシフは吠えた。
「さあ、アルベド達が来る前に行くとするか」
※
キアランがアルベド達を呼びに行って数分が経った。私はアノールロンドの夕焼けを見ながら時を待つ。しかし本当に綺麗な太陽だ……ブループラネットさんとこの景色を見たかったな……。しかし太陽か、良いな太陽……誰も見てないよな?
「太陽万歳!!」
足を閉じ、背筋をピンと伸ばす。腕は斜めに広げてYのような、かの太陽の騎士の召喚ポーズをとる。
「……」
何だろう、こう心が少し躍るな。何時もこんな心境で戦ってたんだろうか……初見プレイではとても頼り甲斐のあるあの騎士は。
「お待たせしました」
「うへぇぁ」
霧をアルベドが潜ってきて、思わず変な声を上げてしまった……
「如何なさいましたか、アルトリウス様?」
「いや、別に。皆は来たのか?」
「はい、今此方に……」
アルベドがそちらを向き、霧に影が大小六つ浮かぶ。それぞれが明らかになると見知った者達の姿が。
第一、第二、第三階層守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』。相変わらず可愛らしいゴスロリで身を包んでいるな。
二足歩行の虫を思わせる姿をしたライトブルーの異形、第五階層守護者『コキュートス』。うん、カッコいい。
第七階層守護者、きちっと整えたスーツの丸眼鏡、目を引くのは銀のプレートで覆われた尻尾を持つ悪魔『デミウルゴス』。そして執事のセバス、勿論アウラとマーレも居るな。アルベド達は横一列に並び跪く。
「第四階層守護者及び第八階層守護者を除き、各階層守護者御身の前に」
頭を垂れて重々しい空気が流れる。うむ、こう何と言うかなぁ……息苦しいと言うか。統括であるアルベドが畏まった雰囲気で
「この度はご帰還なされた―――」
「待て」
「?」
この空気のまま居られては私としても持たん。
「堅苦しいのは好きではない、楽にしても構わないぞ」
「しかしアルトリウス様を前にしてその様な事は……」
困ったものだ……仕方ない。
「そうか、なら少しでも楽にしろ、これは命令だ」
その言葉に守護者達が顔を見合わせる。アルベドは此方へ向き直り
「畏まりました、御命令とあらば」
幾分か張り詰めていた空気が軽くなった気がする。
「それでいい、それで挨拶に来たんだったな」
「はい、この度、ナザリックに御帰還なされたアルトリウス様に、改めてご挨拶をと」
「そうか、態々ありがとう」
「勿体なき御言葉」
確か前にアインズさんから聞いたな。このナザリックのNPC達はギルドメンバーの事を『至高の四十一人』と呼び、忠誠を誓っていると。私も例外ではないという事。さて、一つ試してみるか。
「だが……皆は本心でそれぞれの創造主が帰還すれば良かった、と思っていないか?」
「「「!?」」」
「アルベドはタブラさん、シャルティアはペロロンチーノさん、コキュートスは武人建御雷さん、デミウルゴスならウルベルドさん、アウラとマーレならぶくぶく茶釜さん、そしてセバスならたっちさん……私ではなくそれぞれが戻ってくれれば良かった、そう思ってないか?」
皆は動揺する。
「嘘は聞きたくない、アルベド、お前はどう思っている」
「私はアルトリウス様が戻ってきてくださった、そしてアインズ様が此処へ残ってくださった。それだけで私は充分で御座います」
爬虫類を思わせる虹彩と金色の瞳が私を射抜く。表情からするに嘘は言っていない。
「シャルティアは?」
「私は少しだけ、ペロロンチーノ様も共に戻ってきて頂ければと思っておりんした。けど、アルトリウス様がナザリックへと戻られた事に対して心より喜んでおりんす」
廓言葉混じりの言葉が耳へと届く。……次だ、視線をコキュートスへと移す。
「シャルティアト同ジヨウニ、心ノ何処カデ我創造主ノ帰還ヲ望ンデオリマシタ。デスガ、至高ノ御方ガ一人、アルトリウス様ガ御帰還ナサレタ事ハ、何ヨリモ喜バシイト思ッテオリマス」
「ふむ……デミウルゴス」
「右に同じく、貴方様が此処へと舞い戻られた、その事実に歓喜しない者などおりません。もし居たとすれば私が全力を持って排除いたしましょう……」
さらりと物騒なことを口走るものだな。だがデミウルゴスらしいと言えばらしいか。
「二人はどうだ」
「えっと……私の言葉がアルトリウス様の御期待に添えるか解りません……ですが、玉座の間でアルトリウス様の御姿を見たときこう心の中がドキドキしました。これって嬉しいって気持ちなんだと思います」
「ボ、ボクはアルトリウス様が帰って来てくださって本当に嬉しい……です」
アウラは胸に手を当て、マーレはほんのり頬を赤く染めながらに答えてくれる。
「セバス、最後にお前の言葉を聞きたい」
「はっ……私は他の守護者の方々同様、アルトリウス様の御帰還を心から喜び、そしてアインズ様、貴方様に付き従う事が出来る、私にとってこれほど幸せなことは御座いません」
「……そうか」
私は今凄まじく感激している、同時に恥じている、自分の軽率な行動に。皆の言葉は嘘偽りのない本心から放たれたもの、本当に喜んでくれているんだ……私は愚かだ、何が試すだ。せっかく皆がこうして顔を出しに来てくれた、帰ってきてくれて嬉しいと言ってくれた。なのに私は意地悪くこんな事を……
「アルベド、シャルティア、コキュートス、デミウルゴス、アウラ、マーレ、セバス……すまなかった」
「アルトリウス様!?」
「な、何故アルトリウス様が御謝りになることが……?」
「皆がここまで慕っていてくれているのに、それに気づかず私は皆の心を踏みにじるような言動をしてしまった。だから謝らせて欲しい……本当にすまなかった」
アルベド達もどう反応をして良いか解らず、沈黙が訪れる。
「……こんな愚かな私だが、お前達は付いてきてくれるか?私がお前達の上に立つものとして相応しくないのならば、そう言ってくれれば―――」
「そんなことは御座いません」
遮るようにデミウルゴスが言葉を重ねる。
「アルトリウス様はアインズ様と同じく、我等を統べる事が出来る絶対的な力を持った御方。決して相応しくないなどあり得ません……ご安心を、私達ナザリックの者達はアルトリウス様に揺るぐことのない忠誠を……」
深々と頭を下げ、アルベドが続く。
「各守護者及び守護者統括アルベド……アルトリウス様に忠誠を誓います」
「「「誓います(誓イマス)」」」
皆が続けて言う。
「……ありがとう、私も誓おう。皆のためにこの剣を振るうと」
※
アルベド達は神殿を出て、デミウルゴスは少し立ち止まる。
「もしかしたら……アルトリウス様は私達を試したのかもしれないな」
「試ス?ソレハドウイウ事ダ?」
「私達の忠誠が果たして本物かどうか、わざとあのような御言葉で私達を動揺させ、本心を伺う御つもりだったのかと」
「成る程、それならあの御言葉の意味、納得がいくでありんす」
「流石の私でも焦ったが……アルトリウス様の様子を見る限り、御期待に添えれたようだ、安心したよ」
眼鏡をくいっとかけ直しデミウルゴスは少し冷や汗に近いものを一筋頬に伝わせる。
「もし、添えれなかった場合……アノールロンドの夕焼けが私達の首を照らしていたのかもしれないな」
「く、首!?」
思わぬ発言にアウラだけではない、守護者全員がどよめいた。
「流石にそこまでは……アルトリウス様はとても慈悲深い方と存じておりんすが……」
「ア、アルトリウス様がそんなこと……」
「おや、君達は知らないのかね、あの方の恐ろしさを。セバスは知っていると思うが」
「ええ」
セバスは頷き、デミウルゴスは神殿の方を向く。
「アルトリウス様が御怒りになられた時の事を覚えている……我が創造主のウルベルド様すら震え上がっていた……思い出すだけで戦慄するよ……」
想像もつかないだろう、とても温厚なアルトリウスの怒りの姿を、デミウルゴスですら恐怖を覚える姿を。
「……今後もアルトリウス様、そしてアインズ様のご期待に添えるように尽力致しましょう。ではここで解散にするわ、各守護者は持ち場へと戻りなさい」
アルベドのその言葉を皮切りに守護者たちはその場から離れていく。残ったのはこの階層の守護者、アウラとマ-レだ。
「アルトリウス様が御怒りになったらそんなに怖いなんて……」
「まあデミウルゴスがあそこまで言うんだものね~……ん?」
何処からともなく息遣いが聞こえる、入り口の直ぐ側だ。アウラはゆっくりと木陰へと行くとシフがその巨体を大地に寝かしていた。どうやらシフの寝息だったようだ。
「気持ちよさそうに寝てるね」
「うん……」
アウラは急にそわそわしだす、シフに近づきたいけど、近づかないそんな微妙な動きをしていた。一方のシフは寝息がピタリと止まり、片目を開いた。マーレは少し後ずさる。
「……」
瞳はアウラへと向けられて数秒間視線が合う。シフは何事も無かったかのように瞼を下ろし寝に入る。
「シフに触りたいのか?」
「!?」
振り向けば何時の間にかアルトリウスがアウラ達の背後に立っていた。彼は二人の間を通りぬけシフの所へ。
「こいつは基本私やキアランにしか近寄らないからな……」
しゃがんでシフを見て
「アウラ、此方に来い。マーレもだ」
「はい!」
「わ、解りました……」
呼ばれてアウラは駆け寄り、恐る恐るにマーレは近づく。
「二人が触っても構わないだろう、シフ」
もう一度瞼を上げて小さく吠えた、良いと言っているのだろう。アウラはゆっくりとその灰色の毛並みへと手を伸ばす。
「……うわぁ、やわらかい」
「そうだろう?モフモフだ、一晩中触っていても飽きん。ほら、マーレも」
シフの圧倒的モフりに夢心地になっているアウラを尻目に、マーレは若干震えながらかのモフ神様へと。手が身体に触れるとマーレは表情を緩める。
「なんだかあったかいですね……」
触れられているシフもどこか気持ちよさそうな様子だ。アルトリウスは立ち上がると
「二人とも、これからもシフの相手になってやってくれ。私は今後少し忙しくなるのでな、あまり構ってやれなくなる」
「何かやられるんですか?」
「ああ……ちょっとしたお仕事だ」
※
エ・ランテルのやや離れた森林、そこには四人の男達が居る。それぞれ一般的な両刃の剣、メイス、弓、杖を携えた若者達だ。何やらゴブリン、オーガ等のモンスターの死体に囲れている。
「まさかこんな化け物が居るなんてな……」
「ペテル、こりゃ逃げたほうがいいんじゃないか?」
「賛成なのである」
「あそこまでのモンスターが居るなんて聞いてませんでしたし……」
中世的な顔立ちの少年がゴブリン死体の山に誇る存在を見る。身体はオーガ程の巨体ではないが、それでも2mはある体躯。両腕には大きな鉈を構え、頭部は山羊のようだ。彼等は目の前に居る異形に手こずり、苦戦を強いている。
「どうにか奴の目を引く、その隙に……」
「駄目です、逃げるならみんなで───」
山羊の異形は突然飛び上がり、少年に目掛けた。
「ニニャ!」
「うわぁああ!!」
彼の体以上はある鉈が振り下ろされようとしている。他の者は咄嗟の事で追いつくことが出来ない。此処に一人の命が散ろうとしていた……
「……?」
何時まで経っても痛みが襲ってこない。不思議に感じ目を開けると異形は彼の目の前で止まっていた。いや、既に事切れている。よく見ると長い刀身が胴を貫いていた。異形の身体が浮くと、そこには鈍い銀色の甲冑を身体に覆っている者が居る。長大な刀身に突き刺さった異形をそのまま何も居ない所へと放り投げる。
「……無事か」
「え?は、はい……」
低く、篭った声の主に呆気に取られた少年は取り合えず感謝の言葉を。彼の仲間が側まで来て
「ニニャ大丈夫であるか!?」
「はい……」
「仲間が助かりました!えっと、あなたは?」
刀身に付いた血を払い
「……私はこの周辺のモンスター狩りに来た者だ……名は」
首元にぶら下げた胴色のプレートを揺らし
「メタスという」
これにて空白期は終わり、次回から二巻のストーリーに移ります。
シフのモフモフをモフって一晩中すごしてみたいです。
最後に現れた銀色の騎士は誰なのか、お楽しみに!