執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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秋イベに備えてのバケツ集め及び、秋イベに集中してまいりますので、ご了承下さい。


第58話

「ふむ……こっちはこれで終わりかな。で、っと。次はー……っと」

 

 今しがたチェックの終えた棚に、済、と書かれたマグネットシートを貼って瑞鳳は手に在る書類に目を落とした。その棚の番号、棚に在る筈の分、そして実際にある分が今瑞鳳の手によって書き込まれた。

 彼女は書き損じが無い事を確認してから、隣の棚を見た。

 並べられた物資は多く、先ほど瑞鳳が使ったマグネットシートが貼られていない棚はまだまだある。

 その数の多さに、瑞鳳は肩をすくめて息を吐いた。少しばかり見通しの悪い単純作業という物はその不透明さと退屈さから精神を磨耗させる。そして磨耗した精神はミスを誘発するのだから、本当に質が悪い。

 殊それが、地味であっても必要な事であるから、瑞鳳にとって本当に辛い物であった。

 

「さぁーって……んじゃあ、あともう少しだって信じてがんばろっか」

 

 それでも、磨耗する精神を支える物が彼女の中にはあったのだ。

 瑞鳳は握っているボールペンをポケットに仕舞いこみ、未だ触っていない箱に近寄ってそれらをあけて中身を確かめていく。

 

「んー……あれ、これ機銃の弾だ」

 

 箱の一つに書かれた、大本営指定の地味な文字と弾丸マーク、それから対応したサイズが刻まれたそれに、彼女は棚の番号を確かめてから、もう一度書類に目を落とした。

 書類に書かれている情報では、今瑞鳳が確認を行っている棚には艤装用の修理パーツがある筈なのだが、今彼女の前に在るのは地味な弾薬箱だ。

 さて、もしかしてこの棚すべてがそうなのか、と確かめる瑞鳳に、背後から声がかけられた。

 

「瑞鳳ー。こっちの棚に艤装の修理パーツがあるんだけれどー」

 

「……あー」

 

 なんとなく、事情を察して瑞鳳は声を上げた。

 なるほど、こういう事があるからアナログであっても人の手は必要なのだ、と思いながら。

 

 ――まぁ正しくは、私は人じゃないんだけれど。

 

 確かめた上で、たった一つだけ間違ってこの棚に並んでいた弾薬箱を手に取り、瑞鳳は違う棚で同じように確認作業を行っている千歳に声を返した。

 

「ちーとーせー。こっちに弾薬箱あるけど、どーおー?」

 

「それ、それ! それこっちの棚ー」

 

 当たりであった。

 瑞鳳は頬を緩めて空いている手でスマホを取り出して時間を確認する。まだ昼までには余裕がある時間だ。

 瑞鳳は素早くスマホをポケットに直し、歩き出した。千歳に弾薬箱を渡し、自身も艤装用の修理部品を受け取るためである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽空母瑞鳳、という艦娘は実に独特な存在である。

 彼女という存在は、この個性的な艦娘が多数存在する鎮守府の中にあっても、まったく埋もれず、まったく劣らず、燦然と輝き自己を主張する軽空母だ。

 戦果は、流石に龍驤や鳳翔には及ばないが、それでも二人に追従するだけの物であり、旗艦を任せた場合でも不味い指揮は執らない。

 龍驤が猛将型、鳳翔が知将型の戦い方で空から海上を制圧していくのに対して、瑞鳳という軽空母は地味な、それでいて失敗しない戦術をとる事が多い為いまいち目立たないところもあるが、提督からは十分に信頼された艦娘であった。

 

 戦場を離れても、その地味なところは変わらない。例えば、事務方に顔を出して先ほどの様に保有物資の状況を確認したり、大淀の書類を手伝ったり、他の艦娘達の報告書を手伝ったり、と地味である。

 が、地味であるがそれをしっかりとこなして、誰にも恩を売らないのが瑞鳳という艦娘だ。

 今回のこの地味な仕事も、偶然大淀のところに顔を出して、千歳一人では辛かろう、という気持ちだけで半分を受け持ったのである。

 

 軽空母としての古参の先輩達に似たのか。それとも軽空母はそういった気質の艦娘が多いのか。小さい体であっても前線を支える龍驤鳳翔同様、なかなかに得難い艦娘なのだ、瑞鳳という軽空母は。

 

「うーん、おいしー」

 

「本当、なかなか美味しいわね。コンビニ弁当でも馬鹿に出来ないわよねぇ」

 

「よねー」

 

 二人は倉庫から出たすぐそこにある広場で、簡単な間食の最中だ。

 ベンチに座った二人の膝の上にあるのは、明石の酒保でも扱っているコンビニ弁当である。間宮食堂があるのに、何故そんな物が、と思われるかもしれないが、レンジで温めるだけ、時間が無い時、などといった利点と、たまに無性にコンビニ弁当が食べたくなる、といった要望の為置かれているのだ。

 流石に軍部の組織であるから、コンビニその物を置けない為に、ならば酒保で、と扱っているのである。

 ちなみに、廃棄にならない様に廃棄2時間前に100円引き、1時間前で半額だ。それでも廃棄になった場合、明石や大淀、初霜等の事務方のお昼になる。

 彼女達にとって食べ物を捨てるなどとは、絶対に出来ない事だからだ。

 

「でも、ごめんなさい瑞鳳。すっかり手伝わせてしまって……」

 

「うん? いいのいいの。私も今日は丸々一日空いてるし、やる事もないんだから」

 

 屈託無く笑って、間食用の小さなコンビニ弁当から揚げちくわを箸で摘んで口に運ぶ瑞鳳に、千歳は苦笑を浮かべた。

 軽空母千歳は、瑞鳳の先輩にあたる。瑞鳳という艦娘はその建造に難が多く、易々とは提督の前に来てくれないのだ。おまけに、海域での邂逅確率も低く、大抵の鎮守府では瑞鳳の活躍は遅くなる。

 その辺りは、この少々おかしな鎮守府も他と変わらない。

 

 誰と組んでも仕事をミスしない事から、相性抜群と称される千歳であるが、果たしてそれは自身に相応しい言葉だろうか、と内心首を傾げていた。

 千歳は小さなコンビニ弁当からウインナーを掴み、それを咀嚼しながら隣でお茶を飲み始めた瑞鳳を見た。

 

 錬度は、既に千歳以上である。軽空母の順位で言うなら、龍驤、鳳翔、祥鳳に次ぐ第四位だ。軽巡、駆逐の様に四天王と称される物がもし軽空母にも当てはめられるなら、瑞鳳はその一人になる。

 海上での仕事は堅実で、龍驤の様な苛烈さも、鳳翔の様な緻密さも、祥鳳の様な冷静さもないが、手堅い情報収集と制空権掌握には、千歳も何度か助けてもらった事が在るほどだ。

 陸上での仕事も正しく堅実だ。瑞鳳という艦娘は地味な仕事でも、飽きは見せてもミスは見せない。

 

 得難い、本当に得難い艦娘であるが、先輩である千歳としては複雑に思う事もあるのだ。

 千歳の顔からそれを読み取ったのだろう。瑞鳳はお茶の入ったペットボトルのキャップをしめて、千歳に問うような眼差しを向けた。ある程度は読み取れても、それは確実なものではない。提督と山城の様に、目を合わせたらお互いの事が全部分かる、という方がおかしいのだ。

 瑞鳳の視線を受けた千歳は、苦笑の色を濃くして肩を落とした。

 

「心配でもあるの。瑞鳳はいつも動き回っているでしょう? ちゃんと休めているのかしら、って」

 

 千歳にとって瑞鳳は後輩だ。自身より強くとも、自身より要領がよくとも、瑞鳳という後輩は体つきが小さな一人の少女である事に違いは無い。

 故に、いつも思うのだ。果たして、それで大丈夫なのだろうか、と。

 

「ありがとう、千歳。でも大丈夫」

 

「……でも」

 

「ううん、本当に大丈夫。私が出来ることで、皆と提督を支えたいだけだから、これはわがままなの。千歳が気にする事じゃないよ」

 

 にこりと笑うその瑞鳳の相が、まるで自分達の先輩である龍驤の物にも見えて、千歳は小さく頷き返した。それは恐らく、何か一つの壁を越えた艦娘だけが持ちえる意志の輝きなのだろう、と千歳は感じとったからだ。

 例えそれが千歳の勘違いであっても、今彼女はそれを信じた。目の前の少女には、そう信じさせる強さがあったからだ。

 

「それに、本当に疲れたときには部屋で、ぐでーってしてるから、大丈夫大丈夫」

 

「ぐでーって」

 

「ぐでーってしてるよ?」

 

「……あぁ、ぐでー、ね」

 

 実際にベンチで横になって白目を剥く実演中の瑞鳳に、千歳は笑顔で返しておいた。彼女もまた古参の一人である。その程度の奇行は十分笑顔で対応可能なのだ。

 流石はこの鎮守府の水母系任務を支えてきた片翼――千歳であった。それを流石と称えられたとしても、千歳は多分喜ばないだろうが。

 

 千歳は残っているコンビニ弁当を、素早く口に運び、お茶を含んでそれを嚥下した。空になったペットボトルと弁当箱を、近場のゴミ箱に入れて瑞鳳に顔を向ける。

 

「じゃあ、残りを速く終わらせましょうか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 こういった仕事を任される事が多い千歳と、事務方に手馴れている瑞鳳の手によって、彼女達が任された分の倉庫は直ぐに終わった。飽く迄一部保有物資だ。

 流石に全ての、となればもっと人手が必要だが、そう大きくも無い倉庫では彼女達二人の手に掛かれば容易い物であったのだろう。

 

「んー……」

 

 背伸びをする千歳は、太陽の高さを確かめてから隣にいる瑞鳳に目を向けた。多分今日も無理だろう、と思いながらも千歳は口を開いた。

 

「用事が無ければ、お礼にお昼を奢りたいんだけれど……」

 

「ありがとう、気持ちだけ貰っておくね」

 

 瑞鳳は空いている手でポケットから取り出したスマホを真剣な表情で見つめ、何かを確認した後、ポケットにスマホを仕舞い顔を上げて申し訳なさげな顔で首を横に振った。が、その返答は千歳には分かりきっていた物であった。彼女は苦笑で小さく頷いた。

 

「まぁ、ほどほどにね?」

 

「うん、任せて!」

 

 千歳の言葉に、瑞鳳は力強く頷いて走り去っていく。時折、振り返って瑞鳳は千歳に手を振った。それに同じように手を振って返す千歳の相は、困り顔寄りの苦笑である。先ほどより苦さが強くなっているのは、今手を振っている、小さな瑞鳳が何をやらかすかよく理解しているからである。時間は昼前、向かう先は司令棟の給湯室。

 そして振られていない手に在るのは、玉子焼きセットである。

 何故その手に在るのか、先ほどまで無かったではないか、と千歳はいちいち突っ込みはしない。突っ込むのを放棄したからだ。

 

 この世界は不思議な事など沢山ある。巨大な地上絵、未確認の生物、証明難解な事象、不可解な現象、そしてそれらの中に瑞鳳の玉子焼きがあるだけの事なのだ。

 千歳としては、ネス湖のネッシーもクレイ数学研究所のミレニアム懸賞問題も瑞鳳の玉子焼きも、そういった物としておく事で精神の均衡を保ちたいのである。

 いちいち考え込んで寝込むような事は、人生で一度だけで十分なのだから。

 

 とはいえ、まったく何もかもの思考を放棄している訳ではない。不思議は不思議なりに、思う事はある物だ。

 瑞鳳という軽空母は、食事時には妖怪玉子焼き作りになる。勝手に調理場に入って一品作り上げて去っていく姿は、まさに現代に蘇った妖怪だ。ぬらりひょんやその辺りの妖怪の亜種かと思えるほどである。

 

 もっとも、その成功率は高い物ではなく大抵追い出されて終わる事が多い。

 多いのだが、しかしおかしな事というべきか、懐の深さというべきか、そんな瑞鳳を追い出さない艦娘達も確かに存在するのである。

 それは少数だけの姉妹達であったり、瑞鳳の行為を黙認している艦娘達である。何故か仲がいい那珂のいる川内姉妹、なんでもござれの伊勢姉妹、結局面倒見のいい扶桑姉妹、こちらも何故か仲が良い子日がいる初春姉妹等々と、そして先ほどまで瑞鳳と共に倉庫で仕事をしていた千歳も、その一人だ。

 一品増えた程度では困らないし、場合によっては調理も手伝って貰う事もあるので、むしろ彼女としては助かっているとも言えるだろう。

 

 であるのだから、普段の行動を背景に交渉すれば、玉子焼きくらいは作らせてもらえると思えるのだが、何故か瑞鳳はそれをしない。

 まさかそんな事に気付いていないという事はないだろうから、これは瑞鳳の個人的な拘りなのだろうと千歳は思うのだが、それでも不思議な物は不思議だ。

 

 暫し、そんな事を考えていた千歳は、自身の昼食の為にと大淀の執務室へ足を向けた。手に在る二人分の仕事の成果――書類を渡して報告を終えてから食堂に行く為だ。

 そして彼女が大淀に報告を終え、廊下に出ると瑞鳳と鉢合わせした。

 

「あぁ、報告ありがとう。大淀はなんて?」

 

「ありがとうございます、って」

 

 大淀の執務室前であるから、瑞鳳は千歳が何をしていたのかすぐ理解できたのだろう。うんうんと納得したように頷く瑞鳳の相を確かめてから、千歳は一つ問うた。

 

「今日は成功したの?」

 

「うん、そりゃもう大成功よ! むしろ感謝されたもの!」

 

「そうなの、大成功じゃない」

 

 喜ぶ瑞鳳に、千歳はやっぱり、と微笑んで頷いた。

 玉子焼き一つ、されど玉子焼き一つ。

 瑞鳳という少女は、調理時に他の姉妹艦娘達の中に紛れ込んで玉子焼きを作れなかった場合、穏やかならぬ顔でがるるるると唸っているのだ。

 今回、それが無かったという事は成功したのだろうと千歳は考えたが、念の為問うて見たのである。

 そして、感謝された、という部分も千歳には聞くまでも無く理解できることであった。

 

「まったく、相変わらず凄いの作ってたから、ちょっと手直しと監視して時間掛かっちゃたし」

 

「なるほどね……あぁ、そうそう瑞鳳」

 

 ん? と瑞鳳は千歳に目を向けた。子猫の様な丸い瞳である。

 その瞳に映る自身の顔に、千歳は微笑を見せた。

 

「お昼、今からなら一緒出来るでしょう?」

 

「……うん、じゃあ行こうか」

 

 二人は並んで歩き始めた。千歳は隣を歩く楽しげな瑞鳳を見て目を細める。楽しげな誰かの存在は、それを見る者まで喜色に染める物だが、瑞鳳のそれはまた格別だ。

 それだけ今回の成功を喜んでいるのだろう。だがしかし、千歳には言いたい事があった。

 しかしそれを伝える事で瑞鳳の笑みが翳るかもしれないと思うと、千歳にはなかなか伝え難い物でもあった。

 結局、その日千歳がそれを口にする事はなかった。さて、では千歳が瑞鳳に何を伝えたかったかと言えば、実に簡単な事だ。

 

 ――で、いつまで金剛型の服着ているの?

 

 たったそれだけの事である。

 ちなみに、瑞鳳はその後もそのまま過ごし、風呂場で服を脱いだ際にやっとそれに気付いた。姉の祥鳳が頬に手を当てため息を吐く横で瑞鳳がその時言った言葉は、

 

『でもこの服も足がかわいいよね、足が』

 

 である。

 この言葉を聴いた祥鳳が、もう一度大きな溜息を吐いたのは言うまでもないだろう。




おまけ
瑞鳳「ただいまー」
祥鳳「おかえりなs」
瑞鳳「んー……今日も充実した一日だったー」
祥鳳(……え、なにこれは? ネタなの? それとも仕込みなの?)
瑞鳳「あ、祥鳳、お菓子貰ってもいい?」
祥鳳「え、えぇ……い、いいけれど……(やだ、これは突っ込み待ちなの……? 私に与えられた試練なの……?)」

数時間後

風呂場
瑞鳳「……あれ? あれー……なんでまだ金剛姉妹五番艦瑞剛用の服なの?」
祥鳳「」

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