執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第53話

 思うことは、少なくない。

 果たして自分が縁を求めて、良いことであるかどうか、という事も一つだ。

 大本営という組織は、やはり様々な軍閥によって均衡を保っている側面がある。そういった存在は、下にある存在達が独立的な力を持つことを極端に嫌がる。いや、それも道理だろう。

 古今東西に限らず、権力は下へと流れていく。神から王へ、王から宰相へ、宰相から大臣へ、大臣から貴族へ、貴族から騎士へ、そして騎士から市民へ、だ。春秋、ローマ、ギリシア……それらの教本は実に多種多様にして同一だ。

 

 歴史は何度もそれを繰り返した。

 故に、上は下の結託に過敏だ。まるで毛を吹いて小疵を求めるような時代すらあったのだ。

 今現在の大本営は、当代の元帥が提督達に肯定的な立場である為それほど監視の目が厳しいわけではないが、それでも猜疑に濁った視線が無いわけではない。

 

 せめてもの救いは、彼自身が警戒されるような提督ではないという事だろう。

 今まであげてきた戦果は平凡であり、提督としての能力も凡庸だ。だからこそ、上も接触に何も言わないと彼自身断言できるのだが、それでも可能性は常に考慮すべきである。

 

 ――それが救いとは、なんとも救いが無いではないか。

 

 と彼は胸中で溜息を零して自身の姿を見下ろした。

 

「……可笑しいところはないだろうか?」

 

「大丈夫大丈夫、提督はいつも通り格好よいぞー」

 

 白い軍服の襟を正す彼の問いに、セーラー服姿の少女が笑顔で応えた。彼は自身を見上げる少女の笑顔を暫し見つめた後軽く咳払いして被っていた帽子を脱いだ。髪を軽く撫でて、彼は髪に乱れがないか手探りで確かめる。

 彼の髪は短く刈られた無骨な物であるが、髪質が固い為乱れると直ぐに分かるのだ。髪を短く揃える様になって以来、彼は常にこの調子だ。

 

「もー……横着してる。ほらほら、睦月の手鏡どうぞー」

 

「……あぁ、すまない」

 

 少女の差し出す化粧用のコンパクト鏡を受け取り、彼は小さな鏡に映る自身の顔を見た。鼻も顎も耳も額も口も、すべてが体に合わせた様に大作りだ。そんな中で、瞳だけが特徴的であった。彼自身特に思いいれもないその部位は、しかし見る者に彼という人間を良く理解させた。

 まるで風一つない湖面の様に静かで穏やかなのだ。

 彼は掌にすっぽりとおさまったコンパクト鏡を小刻みに動かし、髪の乱れがない事を確認して小さく頷き、そっと少女にそれを返した。

 

「……ありがとう、助かった」

 

「いえいえ、どういたまして」

 

 にこり、と微笑み返された鏡を鞄に戻す少女に、それは言い間違いか理解した上でそれを通しているのかと聞こうとしていた彼の耳に、エンジン音が聞こえた。

 彼と少女――駆逐艦娘の睦月は今自身達がいる執務室の窓から、少し離れた場所にある来客用の駐車場を見た。小型のバンから降りる二人の軍人と一人の艦娘を見て、睦月と彼は顔を見合わせて頷いた。

 

「……よし、行こうか」

 

「はいはいさー」

 

 ソファーにおいてあった鞄を手に取り、巨漢と睦月は執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「えーっとですね、一応、今日僕達が行く事を知らせてはいるんですが」

 

「……すまない、迷惑をかけた」

 

「あぁいえ、先輩頭を上げてください」

 

 とある鎮守府に続く道を走るバンの中で、巨漢の提督が少年提督に頭を下げていた。彼らの後ろに並んで座るそれぞれの艦娘、雪風と睦月はお互い苦笑を浮かべていた。

 

「……こんな事を頼んだ上に、仲介まで……本当にすまない」

 

「いえ、その……先輩、僕は気にしていませんから」

 

 士官学校の先輩、しかも階級では少年提督より上の巨漢提督が頭を下げ続けているのだ。少年提督としては居心地が悪い事この上ない状態である。どうすれば良いのだ、と巨漢の艦娘である睦月に目を向けても、自身の艦娘である雪風に目を向けても、返って来るのは苦笑だけだ。

 彼女達としても出来る事がないのだろう。

 困り果てた少年提督を助けたのは、運転席で車を走らせる片桐中尉であった。

 

「うちの坊ちゃんも困っております。そのくらいでお願いしますよ」

 

「片桐!」

 

 坊ちゃん、と呼ばれた少年提督に鋭い一喝を食らわせた。が、その声は中性的で人を脅す迫力に欠けている。おまけに相は涙目で頬は朱をさして紅々としていた。小型犬に吼えられて怖いと思う人間は少ないだろう。

 片桐は軍帽を深く被りなおして口を開いた。

 

「いや、これは失礼」

 

「本当だよ! っていうか片桐今笑っただろう! そこの鏡に顔映ってるからな!」

 

「いやいや、そんなまさか」

 

 言い合いを始めた主従を、巨漢は穏やかな目で見つめた。そんな彼に、片桐が声をかけた。

 

「しかし、申し訳ありませんでした」

 

「……さて、何がでしょうか?」

 

 歴戦とはいえ、一中尉に過ぎない片桐にも巨漢提督は丁寧に聞き返した。慇懃無礼であるとか、そういった素振りや気配は一切ない。まるで禅僧の様な穏やかさで巨漢提督はそこに在るだけだ。

 

「いえ、こちらのわがままでそちらに注文をつけてしまって……本当に申し訳ありません」

 

「……その事ですか」

 

 巨漢提督は片桐中尉の言葉に、自身の後ろの座席に座る睦月を見た。睦月は久方ぶりのお出かけにご機嫌である。同じくご機嫌の雪風と話す姿など、どこからどうみてもただの女学生だ。

 が、よく見れば睦月の相には無理が見て取れた。彼女自身、やはり緊張があるのだろう。妹を助けてくれた鎮守府であるから、まったく常の通りとは行かないものだ。

 巨漢提督は運転席でハンドルを握る片桐中尉に頭を下げる。

 

「先に頼んだのは私です。それくらいは果たすべき事でしょう……それに」

 

 と、頭を上げた彼は、大作りな顔に少しばかりの困惑を浮かべてそこで一旦言葉を止めた。付き合いの長い少年提督から見れば、巨漢提督にしては珍しい相である。

 どう口にした物か、と迷う巨漢提督の為に、続きを口にしたのは彼の睦月であった。

 

「如月ちゃんも行きたいって言ってたんですけれど、如月ちゃんちょっとテンション高くなり過ぎてたんで、睦月で丁度良かったんですよ。ねー?」

 

 最後は、自身の提督へ同意を求める物だ。巨漢提督は睦月の言葉に黙って頷いた。

 遠征で助けられて以来、如月が少しばかり落ち着かないのは事実であるし、そんな艦娘を連れて行くわけにはいかないからだ。

 相手がそれを許したとしても、失礼は失礼である。人と人、もしかすればそのまま鎮守府と鎮守府の付き合いになるかもしれない相手なのだ。

 最初のボタンを掛け間違うような真似だけは、巨漢提督もしたくなかったのである。

 

「んー……先輩の考えもなんとなく分かりますけど、まぁ、なんというか。多分それはそれで受け入れるような気もするかなぁ……あの人だと」

 

 少年提督の評を耳にした巨漢提督は、もう少しその辺りを聞こうとして止めた。

 バンが緩やかになり、窓から見える施設の門前に、一人の男と一人の艦娘の姿を見たからである。

 

「あとは、ご自身で……という事ですよ」

 

 口元を微妙に歪めて笑う片桐中尉に、巨漢提督は黙って頷いた。その穏やかな双眸に、どこにでも居るような男の姿を映して。

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、これお土産です」

 

「これはどうもどうも」

 

 少年提督から差し出された包みを受け取って提督は頭を下げた。そして、その少年提督の隣でじっと静かに佇む巨漢提督を見上げる。純粋に驚く提督の相に、少年提督は笑みを湛えて隣の巨漢提督を紹介した。

 

「こちらが、この前伝えた――」

 

「あぁ、どうも。何やらうちの如月が、ちょっとその……やったみたいで。この鎮守府の提督をやっている――」

 

「痛み入ります。私は――」

 

 提督同士が互いに自己紹介をし、そのまま頭を下げる。特に巨漢提督の礼は深い物であった。

 提督には襟にある階級章など見分けもつかないし重さも理解できていない。それでも、深く頭を下げる男が、自身より年齢も階級で上であるという事は、事前の報告で理解していた。

 

「やめましょう。僕の如月も、あなたの如月達も無事だった。それで良いじゃあありませんか」

 

 提督がそう口にすると、巨漢提督が顔をゆっくりと上げた。穏やかな双眸でじっと自身を見つめる彼に、提督は肩をすくめて見せた。

 

「僕らがお堅いままだと、落ち着けないじゃないですか?」

 

「……む」

 

 提督の言葉に、巨漢提督は後ろに立つ自身の艦娘、睦月へ目を向けた。車内で見せていた相から一変し、気遣うような顔だ。当然だろう。

 彼女はここの提督の人となりを自身では知らないのだ。少年提督や片桐中尉の様子からある程度は察する事が出来ても、果たしてどうなるのか、と自分の提督の心配をするのは艦娘として何も間違ったことではない。

 

「さぁ、ソファーにどうぞ」

 

 提督の催促に、少年と巨漢は頷いてソファーに腰を下ろした。それぞれの背後に、彼らの艦娘達が立つ。巨漢はもう一度睦月の顔を見ようとして、そっと後ろを窺った。

 視線がぶつかると、睦月は常に近い相で微笑んだ。

 

「失礼いたします」

 

「はい、どうぞ」

 

 小さく響いた少女の言葉に、この部屋の主である提督が返す。

 静かに、そっと執務室に入ってきたのは、この鎮守府の門前で彼らを出迎えた艦娘、初霜である。彼女は盆の上にあるお茶をそれぞれ前に丁寧に置いていく。

 ついで、二人の提督達の背後に立つ艦娘達に、缶コーヒーを手渡した。勿論、そっと、である。こういった場合はソファーに座らない相手には何も出さない物であるが、初霜としては礼に反しない程度に崩したかったのだろう。

 

 受け取った雪風と睦月は、淡く微笑んで小さく頷いた。三人の秘密、という事だろう。

 しかし、そんな物提督達には丸見えである。丸見えであるが、提督はそんな初霜をもふもふして誉めたい気分であるし、少年提督としても大歓迎である。巨漢提督も穏やかな相で佇むだけで、そこに何か含んだ物は見られない。

 

「まずは……改めて、この度は私が至らないばかりに、本当に申し訳ありませんでした」

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 ソファーでもう一度頭を下げる巨漢提督に合わせて、その背後の睦月も頭を下げた。何故か少年提督とその艦娘である雪風まで、だ。

 いや、仲介として名乗り出ただけではなく、彼としても先輩の艦娘を助けてくれた提督に感謝の念があったが故にここまで一緒に来たのだろう。

 提督は、揃って頭を下げた二人の提督と二人の艦娘を見た後、頭をかいて口を開いた。

 彼らがここに来たのは、こうして直接頭を下げる為だ。それは提督も理解している。だからそれをどうにかしなければ、彼を今現在襲う居心地の悪さは改善されないのだ。

 

「はい、受け取りました。ですから、もう止めてください。なんですかもう、僕の背中がかゆくなってきたじゃあありませんか」

 

 冗談めかした提督の言葉に、少年提督は小さく吹き出し、巨漢提督は目を閉じた。艦娘達も自身の提督の変化を察知して、ゆっくりと顔を上げる。

 皆が顔を上げたのを見届けてから、提督は自身の背後に佇む秘書艦に掌を向けた。

 

「うちの秘書艦の初霜さんです」

 

「はっ! 第一水雷戦隊及び第二水雷戦隊所属、秘書艦の初霜であります!」

 

 提督の紹介に、初霜は背を伸ばして綺麗な海軍式敬礼を行った。それを見た艦娘達は、自身の提督に目で問うた。答えは両者共に同じだ。

 

「第二水雷戦隊所属、雪風であります!」

 

「第一水雷戦隊所属、睦月です!」

 

 初霜と変わらぬ、甲乙つけ難い美しい敬礼だ。少年提督も、巨漢提督も相を覆うのは笑みである。自身の艦娘達の名乗りに、初霜に劣らぬ気迫を感じ自然と笑みを浮かべたのだ。

 少々軽くなった室内の空気に、提督は小さく息を吐いて初霜に問うた。

 

「片桐中尉の案内は、大丈夫でしたか?」

 

「はい、そちらは伊良湖さんが任せて欲しい、と」

 

「……すいません、うちの片桐が」

 

「あぁ、いえいえ、むしろこっちこそすいません」

 

 またも頭を下げる少年提督に、今度は提督も頭を下げた。

 執務室に案内しようとした際、片桐中尉は提督達の邪魔になるとこれを断ったのだ。彼は普通の海軍士官であって、提督ではないからだ。

 であれば、と提督は片桐中尉に希望を聞いて、甘い物が食べたい、と言った彼を甘味処へ案内するように初霜に命じたのだ。

 

「片桐はその、甘い物に目がないもので……」

 

「いえいえ、これくらいは。片桐中尉には、僕もお世話になっていますから」

 

 提督の言葉は世辞や社交辞令ではない。実際提督は片桐中尉に世話になっているのだ。

 居酒屋で相談にのってもらった回数など、もう両手に届こうかという状態だ。常識的な海軍士官で、人当たりの良い片桐中尉という人材は提督にとって、この世界を知る上で得難い存在であった。 

 

「もっと速く走り抜けなさい! 捕捉されますよ!」

 

「もー……っ! 髪が崩れちゃうじゃなぁーい! 神通のばかばかばかぁー!」

 

 突如、執務室にそんな声が響いた。遠くから飛び込んできた様なそれに、雪風と睦月は目を瞬かせ、少年提督と巨漢提督は興味深げな目で提督を見た。提督は首筋を叩いて壁に備え付けられた時計を見上げて、口元をゆがめ窓へと視線を移した。篭りがちな空気を入れ替える為、まだ朝と夜以外は暖かいからと開けていた窓の向こうからは、少女達の声が聞こえてくる。

 

「あー……初霜さん、この時間あたりだっけ?」

 

「……はい。神通さん待望の、合同訓練です」

 

「アブゥ……南無」

 

 初霜の言葉に、提督は窓に向かって手を合わせた。今日は来客があるため、鎮守府は事実上開店休業だ。であれば空いているその日に待機している艦娘達に訓練を、と訴えたのは神通や妙高達であった。

 彼女達の身体能力、各技能の上昇は鎮守府の為、提督の為必要な事であった。盾であり矛であり車輪であり杖であり弓であり矢である。

 それらは鋭く速くあるために手入れが不可欠だ。結果、待機中という事になるほぼ全ての艦娘が訓練に参加することになったのである。

 無論、それぞれの艦種に合わせた訓練であるが、合同である以上それぞれ枠を越えた訓練となる筈だ。

 

「ほらもー! そんなんじゃアイドルになれないぞー! 山城、アイドルになれないぞー! やまっちー!」

 

「私は……! アイドルに……! なるつもりは、ありません……!! っていうか……! やまっちって誰!」

 

 再び窓から飛び込んできた遠くからの声に、提督は肩をすくめて窓を閉じようとした。が、それを遮った者がいる。

 

「あ、あの……!」

 

 睦月だ。

 彼女は声を上げたが、それ以上は続けなかった。自身の提督、巨漢提督を強い眼差しで見る。その眼差しを受け止めた巨漢提督は、僅かに首を縦に振り、提督へと目を移した。

 

「私の睦月の発言を、許してもらえますでしょうか?」

 

「え、あ、あぁ……どうぞどうぞ」

 

 ぎくしゃくと、それでも確りと頷いた提督に一礼し、巨漢提督は睦月を促した。

 睦月もまた提督に一礼し、一度息を整えてから続きを口にする。

 

「その訓練、見学させて貰っても宜しいでしょうか?」

 

 睦月は常の相もかなぐり捨てて、ただ真剣に提督に問うた。提督はこの睦月を知らない。それでも彼は自分の睦月を良く知っている。マイペースで、どこか飄々としたところもある艦娘であるが、彼女は姉妹想いだ。長女として睦月という少女は理想的な存在である。

 この睦月もそうであるなら、それはきっとここに居ない妹――如月の為なのだろう、と提督は考えて頷いた。いや、頷こうとした、である。

 

「で、でしたら雪風もお願いします!」

 

 勢い良く手を上げる雪風に、少年提督は何も言わない。つまりそれは、その意見に賛成という事だろう。

 提督はなんとなく、本当になんとなく自身の秘書艦、初霜の顔を見た。

 初霜は提督の視線を受けて頷いた。

 

「では、お二人のスポーツウェアも用意しましょうか」

 

「え、見学だけじゃ?」

 

 そう呟いた提督に、初霜は首を横に振る。

 

「見学だけで終わるとは、私には思えません」

 

 その言葉に、三人の提督は睦月と雪風を見た。視線にさらされた二人は、その視線に戸惑いがちでこそあるが初霜の発言を否定してない。つまりそれは、初霜の言に妄は無いという事だ。

 巨漢提督は小さく唸ったあと、提督へ静かに問うた。

 

「その……よろしいでしょうか? 私としても、それが睦月の為になるなら参加の許可を頂きたいのですが……」

 

「僕も、雪風がもっと強くなれるのなら、是非お願いします!」

 

 またも頭を下げだした二人に、提督は苦笑のまま返す。これが何か思惑ありげな人間相手なら彼としても断れるのだが、少年提督は勿論、初対面の巨漢提督にもそういった負の側面は感じられなかった。

 巧妙に偽装している可能性もあるだろうが、提督にはどうしても、巨漢提督の穏やかな双眸に嘘や偽りが在る様には思えなかったのだ。

 

「うちの訓練でよければどうぞ……ただ、今回は合同ですけど、そんな凄い訓練でもないですよ?」

 

 提督の言葉に、初霜も頷いて肯定した。彼ら、彼女らにとっては見慣れた普段の訓練の少しキツイ版、くらいの物だ。

 

 初霜は雪風と睦月を連れ立って、まずはスポーツウェアを用意しましょうか、と言いながら執務室から出て行こうとしていた。

 と、睦月が提督に向かって口を開いた。今度は途中で巨漢提督に問うことも無い。

 

「如月ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました!」

 

「……うん、グラウンドに、僕の如月もいるから……彼女にも言って欲しいかな」

 

「はい!」

 

 姉としての睦月の言葉に、提督は微笑んだ。場所は違えど、人は違えど、それでも彼女もまた睦月だ。その主である巨体の提督もまた、信頼に足る人物なのだろうと自然頬が緩んだのだ。

 友を見れば人が分かる。部下を見れば上が分かる。

 歴史がどれだけ巡ろうと、世界が違おうと、人は変わらないものだ。

 

 それぞれ、敬礼して去っていく艦娘達を見届けてから、提督達は揃って頭を下げた。

 

「本当にすいません」

 

「このご恩は必ずお返しします」

 

「いやもう、なんかすいません」

 

 少年提督と巨漢提督には頭を下げる理由はあったが、提督は場に飲まれてである。

 実に日本人的な人間であった。

 三人は同時に頭を上げ、なとなく穏やかな相を浮かべた。少年提督としては、この提督の懐の深さに笑みがこぼれ、巨漢提督としては、この提督の優しさと誠実さに触れた様に思え、良い縁だと頬が緩んだのだ。

 

「いやまぁ、しかしそちらの睦月さんは、真面目ですねぇ……」

 

「……いや、あれもその、如月の姉として、私の妻として何か考えているようでして」

 

「あぁそうですか、姉として妻とs」

 

 そこで提督の動きが止まった。

 彼は暫し考え込んだ後、目を見開いて巨漢提督を穴が空くほど見つめた。顔同様、驚きを隠さぬ声で提督はおずおずと、そしてゆっくりと口を動かした。

 

「え、あの……え、睦月さんが、あなたの、妻で?」

 

「……はい、そうです」

 

 提督の様子にも、巨漢提督は特に相を変えず穏やかに返した。恐らく、驚く顔を見慣れているからだろう。

 

「まぁ、先輩と睦月の体格差を見れば、皆驚きますよねー。片桐も、こんな事で驚かさなくてもいいのに」

 

 少年提督の言葉に、提督は耳をぴくりと動かした。

 提督に耳には、片桐中尉がこれを準備したように聞こえたのだ。であれば、彼としては確かめなくてはならない。

 

「え、彼女は片桐中尉の……その、あれで?」

 

 片桐中尉がここに呼んだのか、と目で問う提督に、二人は同時に頷いた。

 それを見て、提督は俯いて乱暴に頭をかいた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……今頃"先輩"と、何を話しているもんかねぇ」

 

「……? あの、どうかされましたか?」

 

「あぁいえ、なんでもありませんよ。いや、これは本当に美味しいですなぁ」

 

「ありがとうございます」

 

 片桐は伊良湖が作った甘味を口に運びながら、一人にやりと笑った。




おまけ
睦月「あの、お願いします」
神通「はい……こちらこそよろしくお願いします」
矢矧「それで……二人はどのコースにするの?」
雪風「コース、ですか?」
球磨「今は合同訓練だから、そのコースにそったメニューを受ける事になるクマー」
睦月「なるほど……では、私と同じ駆逐艦コースで」
神通「……痛くなければ覚えられませんが、宜しいですか?」
睦月「……あの、軽巡コース……」
矢矧「伊達になって帰りたい、と?」
雪風「……あの、比較的安全なコースは……?」
球磨「うーん……雷装コースの雷撃理論メニューか、重巡コースの運動並行戦術メニューか……あとは戦艦コースの――」

霧島「ほら、もっと脇を絞めて腰をふらつかせない! そんな遅い拳で敵が倒れる物ですか!」
如月「はい!!」
五月雨「はい!」

球磨「ううん、なんでもないクマ。お勧めは航空戦艦コースの瑞雲講習メニューだクマ」
雪風「あ、はい」
睦月「……(如月ちゃん……これあかんやつや)」

霧島「ワンツー! ワンツー!!」
如月五月雨「ワンツー! ワンツー!!」

尚数年後、どこかの鎮守府の如月とどこかの鎮守府の如月が連合艦隊を組んで特別海域でやらかしたわけだが、それは特に関係のない話である。

如月(拳)「行くわよ――!」
如月(蹴)「えぇ!」
如月(拳)「ユーハブコントロール!」
如月(蹴)「アイハブコントロール!」
如月(拳)「パターンセレクト! R・H・B……エンゲージ!」

関係ない話である。

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