執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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季節の変わり目で見事にぶっ倒れましたが何が。
誤字脱字がいつも以上と思われますので、見つけたらご一報お願いいたします。


第51話

 鎮守府の司令棟――提督の執務室と大淀の執務室がある、いわばこの鎮守府の本部とも言えるそこは、廊下が長い。様々な、必要な施設などを用意していくと、どうしてもこの司令棟の内部が過密になり、その結果廊下が長くなったと理解している初霜でも、やはり辛いものはある。

 特に初霜は駆逐艦娘の中でも小柄な少女だ。歩幅もそれに準じて小さい。

 かと言って、初霜は余程の事情がない限りこの廊下を走る――或いは小走りでも、だが――つもりもなかった。

 ここは提督の居る鎮守府の心臓部である。そこを喧騒で冒すつもりは初霜にはないのだ。

 であるから。

 

「あぁ、いたいた初霜!」

 

「川内、そう走るものではないぞ」

 

 今自身に走りよってくる川内と長月には、それ相応の事情があるのだろう、と初霜は考えていた。

 

「おはようございます、川内さん、長月さん」

 

「あ、おはよう」

 

「うむ、おはよう」

 

 初霜の挨拶に、川内と長月が返す。そして川内が初霜の肩に手を置いた。

 

「初霜、ちょーっとうち――三水戦で航路確保の任務があるんだけれど、出るはずの卯月が馬鹿やっちゃってさぁ……誰か今日空いてる奴いないかなぁ?」

 

 川内の懇願に、初霜は川内の隣にいる長月に目を向けた。川内が名を出した卯月とは、長月の姉にあたる駆逐艦娘であるからだ。

 初霜の視線を受けた長月は、眉間に皺を寄せて俯いた。

 

「すまない……川内の言う通り、事実だ」

 

「あの……何があったのか聞いても?」

 

 苦しそうな、本当に苦しそうな長月に悪いと思いながらも、初霜は問う事にした。航路確保などの作戦行動は前日から準備されて通達する物だ。となれば、卯月が出撃できない理由は急な事情である筈だ。体調不良や怪我であれば今後のシフト調整の為聞き取りが必要であるし、風邪ならば程度によっては軽い隔離処置も必要だ。

 ここがどれだけ独特な鎮守府であろうと、軍である事に違いはない。万が一にも、体調を崩す病の蔓延等あってはならない事なのだ。

 

「卯月が……如月のその、なんだ……勝負下着という物を馬鹿にしてな」

 

「あ、はい。大体分かりました」

 

 実に独特な鎮守府であった。恐らく、その事で怒った如月に霧島直伝の格闘術を叩き込まれたのだろう、と初霜は考えた。正解である。

 

「まぁ、その顔だと大体分かっているだろうが……その後、如月のいいパンチを目にした皐月が、決闘を申し込んでな……」

 

 初霜の想像の斜め上であった。次女と四女の完全なワンサイドゲームで気を昂ぶらせた五女の登場など、普通思いつかない。思いつかないのだが、何故かそれが皐月らしいとも思える初霜でもある。

 

「そのまま如月と皐月の模擬超接近戦闘がはじまって……菊月が泣いて止めるまで、止まらなかったんだ……」

 

「菊月さん……」

 

 長月ほどではないにしても、普段武人然とある菊月の様に、初霜は同情を禁じえなかった。あまりに不憫である、と目じりに涙さえ浮かべた。

 

「まぁ、なんにせよそんな状態でさぁ……初霜なら誰か空いてる奴知ってるでしょ? 誰か良いのいないかなぁ……?」

 

「四水戦の皆には?」

 

 川内のお願い、といった顔を目にしても初霜は冷静だ。通常、1から3の水雷戦隊の欠員を補うのは四水戦の仕事である。ゆえに、初霜はそれを川内に問うた。

 

「……今日は那珂のやつ、全員つれて山篭りだって。まったく、あいつは……」

 

「……え?」

 

 初霜はポケットにある小さなメモ帳を取り出して中を確認し始めた。簡単にではあるが、主要メンバー達の今日の予定が書かれた物だ。表紙をめくり、そのまま今日の予定まで飛ばしていく。

 初霜は手を止め、目当ての頁へと目を落とした。

 

『四水戦メンバー、特殊訓練』

 

 とだけある。てっきり海上での訓練、またはグラウンドでの物だと初霜は思っていたのだが、これがまさか山篭りであるとは理解できなかった。いや、普通艦娘の行う特殊訓練と聞いて、山を想像する者はいないだろう。

 

 ――次からは確り聞こう。うん。

 

 胸中で頷いて、初霜は川内に目を戻す。と、川内は何やら那珂への愚痴を零し続けていた。

 

「今回だって、今時のアイドルはもっとハングリーじゃないといけない、とか言い出してさ……この前なんて、片眉剃って熊殺しやろうかどうかで、神通と凄い話しあっててさ……二人とも無駄に真剣で、殴り方やら絞め方やらと……もうお姉ちゃん心配だってのよ……」

 

「……それはアイドルですか?」

 

 目を瞬かせて聞く初霜に、川内は肩を落として首を横に振る。彼女達が知る限りそんなアイドルは居ない。そんな空手家なら居ただろうが。

 

「うむ……どこも姉妹関係は難しいのだな……」

 

 しみじみと呟かれた長月のその言葉は、本当に重いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 川内の要請に、本日体の空いている姉の子日を呼んで対応した初霜は、再び廊下を歩いていた。菊月にケーキでも差し入れしようと考えながら歩く初霜の目に、二つの人影が入ってきた。

 その二人の人影をはっきりと認識した瞬間、初霜は背を伸ばして海軍式の敬礼を行った。

 

「おはようございます!」

 

「え……あぁ、よかったぁ……初霜ー、助けてよー」

 

「あぁ……おはようございます、初霜」

 

 初霜の挨拶に応じるのは、一水戦旗艦阿武隈と、二水戦旗艦神通である。一水戦所属、とされている初霜であるが実際にはどちらにも籍を置いている。状況に応じて盾にも矛にもなるのだ。これは初霜だけではなく、他にも霞などがこの形で両方に所属している。

 つまり、今初霜の前に居るのは二人とも上司なのだ。自然、初霜は敬礼をとってしまうのである。決して神通の訓練で仕込まれた訳ではない。決して神通との訓練でこの人にだけは逆らわないでおこうと思ったからではない。

 

「初霜ー、聞いてよぉ」

 

「……初霜も、意見をお願いします」

 

 背を伸ばして敬礼を続ける初霜に、阿武隈と神通は陸に居る時の――作戦行動や護衛任務外の、常の相で接した。

 この二人はどうしてこうも、作戦行動中と普段がかけ離れているのだろうか、と不思議に思いながらも、初霜は敬礼をとき首を傾げた。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「聞いて聞いてよもー……神通が、一水戦と二水戦の合同訓練やろうって」

 

「はい……どうでしょう? 私は、お互いの為に必要な事だと思うんですけれど……」

 

 今にも泣き出しそうな顔で詰め寄る阿武隈と、その阿武隈の後ろから控えめに提案する神通は対照的である。ただし、両者共に初霜の同意を得ようとする熱意だけは強かった。

 なにせ初霜は提督の秘書艦である。彼女の同意があれば大抵の事は通るのだ。両者共に目に力を込めるのは、当然の事であった。

 困ったのは、そんな瞳を向けられた初霜である。

 

 彼女としては阿武隈の気持ちも分かる。少女として自身の興味がある事に空いている日を使いたいのは理解できるのだ。特に阿武隈などは少女らしくあるタイプなので、それらに時間を割きたいと思う気持ちは一入だろう。

 だが、同じように神通の気持ちも初霜には分かるのだ。

 駆逐艦、軽巡洋艦に求められる迅速な行動力を増す為に持久力をつけ、実戦に近い形で動くことで本番に備えようとする考えには、初霜としても同意できる物である。

 

「那珂が熊殺しをしようというのです……姉である私も、それと同様の試練を受けなくては――艦娘として……っ!」

 

「それは本当に艦娘でしょうか……」

 

「そうそう、そうそう!」

 

 神通のこういうところは初霜には同意できないところである。初霜の言に必死になって首を縦に振る阿武隈も理解できない事であるらしい。実際には熊よりも深海棲艦の方がよっぽど危ないのだが、初霜と阿武隈からすれば、それはそれ、これはこれである。

 

「では、私はいったい何を殺せばいいのですか……っ!」

 

「やだ……この人怖い……」

 

 焦りを過分に含んだ神通の物騒な言葉に、阿武隈が本気で引いた顔で初霜の背後に隠れた。初霜としては、上司のそんな姿を見たくはなかったが、先ほどの神通の台詞は確かに一人の少女を怯えさせるに相応しい物であったと妙な納得をしていた。

 那珂の山篭りを知って、神通は神通なりに焦っているのだろうが事情を知らない者から見れば、ただただ物騒な言動である。

 

「……そう、ですね……すいません、確かに変な事を言いました」

 

「う、うん……ちょっと怖かったよ、神通」

 

 少しは落ち着きを取り戻したのか。頬に朱をさし俯く神通に、阿武隈がおずおずと言う。ただし、阿武隈はまだ初霜の背後である。長良姉妹の末っ子である為、すぐ人に甘えてしまうのだろう。だがそうなると自分はどうすればいいのか、と現状では初春型末っ子の初霜は胸中でため息をついた。彼女は提督の為の盾であるが、阿武隈の為の盾ではない。

 まして相手は最強の矛である。初霜からすれば、最強の盾である阿武隈に頑張ってほしいところであった。

 

「では、私はどこで殴り方や絞め方の訓練をすればいいのでしょう」

 

「まずその物騒な発言からやめましょう」

 

 拳を握って、きりっ、と発言する神通に初霜は普通に駄目出ししておいた。

 ちなみに、初霜の背後に隠れていた阿武隈はこの時点で軽く気を失っていた。彼女も任務外となると、とことんアレである。

 

 

 

 

 

 

 長い長い廊下を歩いて、初霜は重く長い溜息を吐いた。とりあえず、二人にはその様な物もあると考えて前向きに善処しておきます、と濁して初霜は二人から離れたのだ。戦術的撤退とも言う。彼女は終わった分の書類を大淀に渡しにいっただけで、決して言い知れない疲労感を溜め込む為に執務室の外へ出た訳ではない。

 このまま外にいては危ない、と警告する自身の本能に従って、初霜は執務室へと小走りで急いだ。彼女にとっては緊急の事態であるから、これは仕方ない事である。

 

 初霜は見慣れた執務室の扉を見つけると、少しばかり背後を確かめた。なんら意味のない行動であるが、少し出ただけで妙に肩が重くなった初霜には必要な行動に思えたのだ。

 何もない、誰もない事を確かめてから初霜は扉を開けた。

 

「あぁ、おかえり初霜さん」

 

 提督の言葉が、初霜の耳を撫でた。

 たったそれだけで、初霜の重かった肩も、妙に痛くなっていた胃も常の調子に戻る。初霜は笑顔で、

 

「はい、初霜ただいま戻りました」

 

 そう返した。

 常より明るい初霜の相に提督は一瞬、おや、といった顔を見せたがすぐ笑顔で頷いた。提督にとっては艦娘達の屈託のない笑顔は清涼剤であり宝だ。

 事情は知らずとも、何も問わず笑顔を見せる提督に初霜は一礼し、自身の為にと用意された小さな秘書艦用の机に向かって歩いていく。

 その机の上にあるのは、今日の初霜の仕事分だ。本当に重要な仕事は全部大淀に回っているが、それでも彼女や提督がすべき事もある。

 

「えーっと」

 

 初霜は机の上にある書類に軽く目を通し、優先順位をつけていく。朝一番に終えた作業だが、現状で見落としがないか確認する為だ。

 と、秘書艦用の机の上にある電話が鳴った。小さな長方形のディスプレイに映る相手の番号は、馴染みの番号だ。

 

「はい、もしもしこちら――」

 

 自身の所属する鎮守府の名を名乗り、初霜は相手の声を待った。相手は初霜とここ最近よく電話越しにやり取りをする違う鎮守府――少年提督の大淀であった。

 

「はい、はい……提督、ですか?」

 

 初霜の声に、提督は目を上げた。彼も机で書類を仕事をしていたのだろうが、自身が呼ばれた事が気になったらしい。初霜は目で、どうしましょう、と問うと提督は黙って、こっちに、頷いた。

 流石に山城ほど目で会話は出来ないが、この程度なら初霜でも可能だ。初霜は電話を操作し、提督の机に在る電話へと回線を回した。

 

「はい、あぁどうもどうも。いつもお世話になっております。え、秋刀魚ですか? ああいえ、あれくらいなら別に……はいはい」

 

 提督は相手も見えないというのに、電話越しでも相手に頭を下げたりしていた。艦娘相手に提督が、と初霜は思うが、それもまた提督なのだとも思う。

 初霜の目の前にいる提督の様な人間だからこそ、この鎮守府の皆は自由に、らしく在る事が出来るのだ。少々自由すぎるところはあるが。

 そんな風に考えている初霜の耳に、それまでとは違う戸惑いがちな提督の声が届いた。

 

「え……はい……はい? え、インファイト仕様の如月、ですか? え、颯爽と深海棲艦を殴り倒した? ……それは本当に如月ですか? 霧島の見間違いじゃありませんか?」

 

 そう返す提督に、初霜は八の字を寄せた。執務室に篭り、海上にも出れない為艦娘達の作戦行動中の姿を知らない提督に、いいえ、それは間違いなくうちの如月さんです、と無理なく伝えるにはどうすればいいのかと悩んだ為だ。

 

 僅かな時間で、初霜に立て続けで様々な事が起きている。彼女は今日は厄日か何かではないのか、と考えた後、提督を見てその考えを改めた。

 確かに、彼女の肩は重くもなり、胃も痛んだ。だがそれだけの事だ。

 

 ――提督の傍に居て、提督とお話できて、提督を守ることが出来る。

 

 なら、それで本望だと初霜は微笑んだ。

 彼女は初霜である。

 一水戦にもっとも長く所属した、古くて小さい、最高の盾だ。

 

 

 

 

 

 

 

 後日談

 初霜が長い廊下を歩いていると、窓の傍に一人の人影があった。ぼんやりと外の風景を見るその人影は、四水戦所属の野分であった。

 初霜にとって縁遠い艦娘ではない。彼女はそっと野分へ近づいていった。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

「あぁ……初霜」

 

 野分は自身の姉――雪風の親友、初霜の気遣う相に首を横に振った。心配されるような顔をしていたのか、と反省しながらだ。

 

「私でよければ、聞きますよ?」

 

「……」

 

 初霜のその優しさに、野分は言葉を失った。いや、こうだからこそ皆と提督の橋渡し役が出来るのだろうと胸中で頷き、小さく零した。胸のうちにある苦悩を。

 

「この前山篭り、したんです……」

 

「……あぁ」

 

 心当たりがある初霜は、野分の言葉に相槌をうって頷いた。野分は事情を知る初霜に目を向けた後、静かな、ただただ静かな目で窓の外の空へ視線を移した。遠くを見る、そんな目だ。

 

「熊って、あんな風に絞め殺せるんだなって……」

 

 野分の重すぎる呟きに、初霜は何も言えなかった。とりあえず、あの姉妹の下二人をどうするべきか考えつつ、初霜は野分を甘味処にでも誘おうと思った。

 途中で長月と菊月も呼んで、と。




もふもふ。もふもふ。もふもふ。prpもふもふ。

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