執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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今回初霜は出番なし


第5話

「ふむ……」

 

 時刻は2300。場所は提督の座す執務室。その部屋の主である提督を前にして、眼鏡をかけた青い改造セーラー服姿の女性――大淀は、机の上に置かれた今日の提督の成果である書類に目を通していた。丁寧に、見落としなく、初霜と提督が記入している予定表なども確認する。

 こうやって、最終確認し、各自の書類を大本営に提出するのが、大淀の仕事だ。

 

「質問、宜しいでしょうか?」

 

「はい、どうぞー」

 

 書類から目を離し、眼鏡の蔓を指で微調整しながら、大淀は机を挟んで向かい合う提督の顔を見た。仕事を終えた男の顔ではなく、眠い、と正直に書いている顔だ。だらしなくもあり、頼りなくもある。

 が、大淀にとっては、それでこそ、とも言える。

 

「明日の演習の予定ですが、千代田さんを旗艦におく理由は?」

 

「早く軽空母にするべきだ。水母なら他に居るし、艦載機が余っている現状だと、空母の層を厚くしておきたい、かなー……と」

 

「なるほど……遠征はいつも通りでしたが、変更は?」

 

「ないよー。長距離、防空、海上。ローテーションの管理は大淀さんと初霜さんと、あとメンバーは……募集して、当人達のやる気次第でお願いします」

 

「了解しました。一応お聞きしますが、航路はどうされますか?」

 

「んー……」

 

 大淀の言葉に、提督は頭をかきながら天井を睨み、数度頷いた。

 

「許された範囲で、ランダム。"前"の失敗は繰り返すべきじゃあ、ない」

 

「了解です」

 

 大淀は提督の顔を見たまま、小さく一礼した。場合によっては、叱責が飛ぶだろう。提督から、大淀へ、だ。だが、それもない。提督はやはり、眠い、と顔に書いたままであるし、敬礼を強要する様な気配は一切ない。

 

 ――おまけに。

 

「それと、提督」

 

「んー?」

 

「明日の演習と、第一艦隊の展開ですが、これもいつも通りで?」

 

「任せたよ。僕はほら、ここで書類に目を通すしか能がないからねー」

 

 これである。普通の提督と言うのは、艦隊行動を一人で決めたがる傾向にある。特に、着任したての提督などは、それが顕著だ。自身の力、能力を誇示し、艦娘達の頭をおさえつけ誰が艦隊のトップであるかはっきりと形にしておきたいらしい。それが自身を高みにいざない、周囲に平穏をもたらす秩序へ繋がると、本気で思っているのだろう。

 無論、そんな提督ばかりではなく、着任初日から艦娘と友好的に事を運ぼうとする提督も少ないわけではないし、経験をつんだ提督などは良く艦娘の意見を聞き、作戦行動に取り入れたりもする。

 

 のだが、ここまで事務オンリー、作戦もほとんどノータッチの提督は、相当に珍しい。大淀などは当初、無責任の塊で、作戦行動の失敗は全部艦娘に擦り付けるつもりではないかと疑っていたのだが、それらしい気配もやはりない。

 大淀は先ほど目を通した書類の内容を思い出しながら、自分の相には何も表さず提督の顔を見つめたまま、思案した。

 書類仕事も確りと勉強し覚えている様であるし、何より。

 

 ――モチベーションと、現状維持、ですね。まぁ、それと、うん、まぁ、それ。

 

「提督、何か欲しいもの、或いは、して欲しい事はありませんか?」

 

「んー?」

 

 この提督は、甘やかしたくなる。

 理性的な大淀らしからぬ事であるが、このままの提督で居て欲しいという打算的な餌付けでもある。感情大盛りの、情寄りな打算では、あるのだが。

 

「欲しいもの、して欲しい事……かー……」

 

 腕を組んで、うんうん唸りだした提督は、何か自分の中にある欲求を見つけたのか、さっと腕を解いて口を開いた。

 

「大淀さん、僕――」

 

 

 

 

 

 

 

「吃驚しました」

 

「あ、あはははははー」

 

 現在時刻2340。大淀はカウンター向こうの、苦笑いで頬をかいている同僚に愚痴をこぼしていた。

 

「だって、そうじゃありませんか? 提督だって若い男性なんですから、普通は、こう、ね?」

 

「分からなくも無いんですけれどね。こう言っちゃなんですが、私達って見た目は一級品ですし」

 

「ですよ、そうなんですよ。いや、あまり自分で誇るような事では、ないんでしょうが……それに、実際求められても、ですしね」

 

「あー……」

 

 提督とそういった関係になるのは嫌だ、とまでは彼女は思わなかった。"提督""司令官"に求められるなら、艦として応えなければならないからだ。が、何かの報酬として求められるのは釈然としない。純粋に求められていないからだ。

 

 ――あぁもう、そうではなく。

 

 どうも自分は混乱しているらしい、と大淀は自己判断を下した。着任して半月程度の提督に乱されるなど、あってはならない事だが、揺れ動く"乙女心"という奴は平常心を簡単に駆逐する。

 結局のところ、大淀の女としてのプライドと、艦として求める提督への想いと、純でありたい乙女心が入り乱れて均衡を崩しているだけの話だ。

 

 大淀は自身とよく似た服着た同僚、明石に手に持っていた籠を渡してため息をついた。 

 

「毎度どうもー」

 

「こういうのを買う日が来るとは、思いませんでしたよ」

 

「私も、大淀さんが持ってくる日が来るとは、思いませんでした」

 

 明石は自身が任されている酒保でも、特に売れ筋でもない商品をレジ打ちしながら眺める。明石の視線に誘われたのか、大淀も同じく、自身が籠にいれ、カウンターまで持ってきたその商品を見つめた。

 

『カップラーメン 大盛り』

 

「……これは、どういう時に食べるものなんでしょうか?」

 

 規則正しい食生活を心得え、間宮の食堂の常連である大淀にとっては、今回提督からお願いされたそれは、未知のものである。

 

「時間が無い時には、便利なんですけどねー」

 

 大淀とは違い、何度か口にしたことがある明石は、それにしても、と呟いた。

 

「欲しいもの、でこれが出てくる辺り、あの人はなんというか、なんというかですねー」

 

 表現に困る人物だ、という事だろう。大淀はその言葉に大いに賛同し、大きく頷いた。

 

「で、どんな時にこれかって言うと、やっぱり時間が無い時とかですね、あとは――」

「その答えなら、私がしってるわよ!」

 

 明石の言葉を遮り、深夜にはちょっと出すべきではない声量で大淀と明石の前に現れたのは、籠いっぱいにビールとあたりめを入れた赤い芋ジャージ姿の足柄だった。

 

「飲み会ですか?」

「いいえ、一人酒です」

 

 大淀の質問にタイムラグ無しに答えた足柄の相は、ひどく穏やかな悟りを開いた物であった。

 

「私の事なんかどうでもいいでしょ?」

 

「いえ、割と気になります」

 

「きにしないの!」

 

「あ、はい」

 

 大淀の返事に、足柄は腕を組んで自身の豊満なバストを強調する。芋ジャージ姿で行われたそれに何の意味があるのかは、飢えた狼さんにしか分からない。

 

「男って生き物はね、レアな物に惹かれるところがあるのよ」

 

「レアなもの、ですか?」

 

 明石はレジ打ちもやめて、足柄の言葉に耳を傾ける。売り手としては、何か思う事がある言葉だからだろう。

 

「そうよ、一人暮らしをしてインスタントばっか食べてると、レアな――手作り料理が欲しくなる」

 

「はぁ」

 

 一流シェフも絶賛、と称される間宮の食堂で一日三食を済ませる大淀にとっては、理解できない物で、気の抜けた返事しか出来ない。

 

「逆に、手作り料理ばっかり食べてると、今度はインスタントが欲しくなるのよ」

 

 腰に手を当て、ドヤ顔でふふんと笑う足柄に、明石が言う。

 

「で、それはインターネットで?」

 

「……男心をつかむ100の方法とかいう本ですごめんなさい」

 

「足柄さん……」

 

 礼号組仲間の何ともいえない姿に、大淀は泣きそうになった。

 

「でも、提督ったら欲しい物、でこんなの要求したのね。失礼しちゃうわねー」

 

「あ、そこから聞いてたんですね、足柄さん」

 

「う、うん、会話に入り込むの、ちょっとどのタイミングで行こうか迷ってから……」

 

「足柄さん……」

 

 大淀は眼鏡を外して目元をハンカチで拭っていた。

 

「やめて、やめてくださいお願いします。そういうの自分が惨めになっちゃうからやめて」

 

 明石は、そう言って俯く足柄の手にある籠の中身を何も言わずレジ打ちし、サービスの一つもあげようと思う優しい気持ちで胸中が一杯になった。

 

「しかし、そうですか」

 

 大淀には、先ほど足柄が口にした言葉に、なんとなくの答えが見えた。

 

「確かに、提督は着任して以来、皆の手料理ばかり口にしていますからね……変化が欲しかった、と言う事でしょうか」

 

 ふむり、と一人納得して頷く大淀はレジ打ちを再開し始め、料金を告げる明石にきっちり分を渡して、後ろの足柄を待った。

 

「あら、待ってくれるの?」

 

「流石にお酒は一緒出来ませんけど、帰り道くらいは一緒しますよ」

 

「悪いわねー」

 

「しかし、男はレア物に弱い、ですか? うちも何かそういうの入荷したほうが良いんですかね?」

 

「レア物って……何を入れるんです?」

 

「……お酒?」

 

 丁度明石の手に足柄の持ってきた酒瓶があった為か、彼女は反射的に応えてしまった。

 

「どこぞの軽空母とうちの姉が根こそぎ持っていくに一票」

 

「私もそれに一票」

 

「ですよねー。ほんとそれですよねー」

 

 事実である。大抵新規入荷の酒はその辺りの艦娘が購入する。さらにはお客様アンケートの八割は酒売り場拡張希望である。酒はガソリン、等と口にする者もいるが、実際には必要の無い余分である。が、その余分がなければ戦意と士気が維持できないのも事実だ。

 余裕があればこそ、余分が出来る。艦娘も人間も、そういった側面は何も変わらない。

 

「レア物、レア物かー……」

 

 器用に、レジ打ちしたまま、むむむ、と眉間に皺を寄せて考え込み始めた明石は、しかし僅かな時間でその表情を常の物に戻して見せた。

 そして、

 

「レア物!」

 

 満面の笑みで自身を指差した。

 大淀は明石の姿に、腕を組み顎に人差し指をあて何事か考え込み始めたが、こちらも直ぐに戻ってきた。そして、

 

「レア物です」

 

 きりっとした顔で眼鏡の蔓を指で微調整していた。

 

 通常海域と通常建造でドロップできる赤い芋ジャージ姿の足柄は、建造不可でイベント海域と高難易度海域低ドロップ率な二人には何も答えず、悲しげな顔で天井を見上げ、ぽつりと呟いた。

 

「そうね……レア物だからって、貰ってもらえる訳じゃないのね……」

 

 所詮本よねぇ、とため息をついた足柄が、その後明石と大淀に何をされたは、誰も知らない。

 当事者達をのぞいて。


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