執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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また重要な事をさらっと流し逃げダイナミック


第42話

 手に在る書類を乱暴に机へ放り投げ、彼――少年提督は自身の艦娘である大淀を鋭い眼差しで射抜いた。睨み付けられた大淀はただ常の通り佇むだけで、そこに怯えや恐れは見えない。

 常から穏やかな少年提督に睨み付けられるのも仕方がないことであり、怯懦と応じる必要も無い事であった。今少年提督の手から放された書類は、ただ大淀の仕事の一つでしか無かったのだから。

 

「大淀、これはなんだ」

 

「提督、必要なことです」

 

 相同様、硬い声を上げる少年提督に大淀は常の涼やかな声で応じる。それがまた歳若い少年提督の心を逆なでしていることに大淀は気付いていたが、彼女まで感情的になれば今この執務室で交わされている会話は鋭いだけの物になってしまう。大淀はそれをこそ恐れた。

 

「あの鎮守府は近すぎるのです。今後、本当に提督の友人に相応しい方であるかどうか、我々は知らねばなりません」

 

「大淀」

 

「……貴方に万が一でもあれば……私たちは……」

 

 大淀の崩れぬ相が徐々に弱さを彩り始めた。自身の痛みには耐えられる艦娘が、提督の"もしも"を想う余り見せた脆い少女の相に、少年提督は言うべき言葉を失った。

 彼はゆっくりと目を落とし、先ほど乱雑に扱った書類を手に取り目を通した。そこにあるのは最近交友を持つに至った同期の提督の詳細が記されていた。

 名前、年齢、性別、出身地、生い立ち、士官学校での成績、素行、教官たちの所感、提督としてのデータ。様々な、それこそ人物を知る為に図る素材がそこに転がっている。だからこそ、少年提督はやはりそれを乱暴に扱って再び放り投げた。歳若い彼の心は青臭い正義心に忠実であった。

 しかしその青臭さを彼は瞭と自覚していた。自覚して尚青臭いと言うのなら、それはもう彼の生涯に渡る友である。

 

「大淀、気持ちは嬉しい。けれど、僕はあの人をこうやって」

 

 そう言って、彼は机の上にある書類を指で弾いた。

 

「こうやって紙面でみるべき人じゃないと思う。僕らは、もっと友人を目で見て心で感じるべきだ」

 

「裏切られたらどうなさるのですか」

 

 大淀の心底から少年提督を気遣った言葉に、少年提督は苦笑を添えて首を横に振った。

 

「あの人は、多分僕をこんな風に調べては無いよ、大淀。先に裏切ったのは今の……こんな事をしてしまった僕らだ。後で裏切られたからって、恨んじゃいけない」

 

「調べたのは私です!」

 

 声を荒げた大淀に、少年提督は微笑んだ。その笑みは、大淀の心に自然と入ってきた。

 

「大淀は、僕の艦娘だ」

 

 そう笑って返す少年提督の相は、驚くほど彼の友人の笑顔と似ていた。無論、二人には分からぬことであるが。

 

 俯いて黙った大淀の肩を見つめながら、少年提督は脳内に入ってしまった情報を思い出した。同じ学科、提督科という旧海軍時代にはなかった士官学校の学科の中に居た自身の年上の同期、隣の鎮守府の提督のデータだ。

 年数人、一人も居ない時も珍しくない科であるため、実情は主計や砲術、参謀等に混じって特別扱いされるのが提督科の士官候補生だ。将来恵まれたスタートを踏み出せる彼らを、嫉妬の眼差しで見る人間は当然多い。それによって貴重な提督と言う存在が軍部から去らぬよう、また教官達――いや、士官学校は特別扱いするのだから、その嫉妬はより一層強まる。

 そんな中で共に過ごした同期と言うのは、なかなかに記憶から拭えない物である筈なのだが、面白いことに少年提督は隣の鎮守府の提督のことなど、当初すっかり忘れてしまっていた。

 

 大淀のまとめた書類のデータを脳裏に描く。流し見た程度でも、今しがた読み取った情報は鮮明だ。

 普通の家庭に生まれ、まったく普通に育ち、偶然提督の素質を持っていた。転がり込むようにして入った士官学校での成績は中の下、素行はまったくの普通、教官達の所感は、居るのか居ないのか分からないほど存在感がなかったという事。提督としてのデータは、丙。最低ランクだ。

 次に記されていたのは、この世界での提督の特殊相性である。駆逐艦娘、初春型。

 それだけだ。

 

 通常、特殊相性が駆逐艦娘にある提督は他の鎮守府や警備府の支援役や、遠征を担うことになる。火力不足は否めないからだ。その中でも、特に少年提督の友人である提督は運が無かった。

 駆逐艦娘、しかもその中でも初春型にしか彼の持つ提督としての相性は発揮されないのだ。

 初春型という駆逐艦娘は決して恵まれた性能を持っていない。睦月型の様な燃費のよさも、陽炎型や夕雲型の様な優れた性能も持ち合わせていない。おまけにたった四人しか現在も確認されていない上に、もし増えたとしても二人増えてたったの六人だ。全てで一歩劣る艦娘である。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 彼は同期の提督どころか、既に何年も深海棲艦達と戦ってきた先輩提督達となんら遜色の無い、いや、明らかに彼ら以上の戦果をあげている。

 そこまで考えて少年提督は驚愕したが、何故か徐々に脳と心は冷え、次第にそれを、あぁそんなものか、と受け入れていた。無理やり何か――この世界その物に抑え込まれたという事実に気付くことも無く、少年提督は息を吐いた。

 

 彼の吐いた息を落胆のそれと感じ取ったのか。大淀は肩を僅かに震わせて俯いた。少年提督は大淀の肩を撫でた。自身より高いところにある肩に少々羨望を覚えて、であるが。

 

「僕とあの人は、生まれもあり方も違うだろうけれど、これは必要な事だったと僕は思うよ。人間は似通った人間の中で、違った人間を偶に求める物だって父さんも言ってた。人として何かを得る為だって……多分、これはそういう事なんだ。だからもう、大淀。あの人にこういうのはやめよう」

 

「……はい」

 

 素直に頷く大淀に、提督もまた頷いた。ただし、と彼は続ける。

 

「僕はあの人を信じたけど、これから先信じられない人間が出てくる事だって分かってるつもりだ」

 

 青臭い正義心であろうと、生涯の友であればそれは忠告も忘れない。友故にだ。

 

「だから、その時は頼むよ」

 

「……はい」

 

 大淀は力強く頷いた。

 

 少年提督は、何気なくいった言葉であろう。人間が、自身とはまた違う人間を求める、と。

 当人たちは知らずとも、いつ頃か彼の友人の配下にある浜風も、同じような事を思った。

 それが答えである。

 まさかそれ故に、提督がここに居るなどと誰が思うだろうか。星が自身とはまた違う星の血を求めた。新たなる提督の血を、この星が求めたのである。艦娘と人間の為に。

 

 

 

 

 

 

 さて、その壮大なアプローチの末この平行世界にやってきた提督の鎮守府はと言えば。

 

「はーい、ストップ。よし、休憩!」

 

「うっぷす……」

 

「はぁ……はぁ、はぁ……」

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

「……」

 

 現在広いグラウンドで訓練を行っていた。

 もっとも、参加人数は少ない。妹が第一艦隊として出撃した為代行で指導艦を務める長良、訓練に参加している朧、潮、漣、曙、合計たったの五人である。

 

「んー……流石に一水戦の精鋭ねー。二水戦メニューについて来るとか……どう、二水戦来る?」

 

「いえ……私達、このまま一水戦で、頑張ります、から」

 

 代表して朧が長良に答えると、皆同意とばかりに一斉に頷いた。それを見て長良は目を細めた。無論、笑みの為である。

 

 この鎮守府において、一から四まであるどの水雷戦隊に所属するかは、当人の意志によって決められる。艦時代一水戦であっても、艦娘である今を縛る要素にはならないからだ。ただ、やはり慣れた古巣が良いと思うものなのか、艦時代の記憶が同僚と上司を求めるのか、どうにも過去の編成のままに水雷戦隊は組まれがちだ。そんな中、この朧たち第七駆逐隊は少しばかり毛色が違った。姉妹全員、一水戦になったのである。

 艦時代、一水戦、二水戦、三水戦、四水戦とばらばらになりがちだった彼女達は、今世こそはと思ったのか、皆一水戦に所属した。

 長良などはその姉妹の繋がりを尊重する反面、そんな気持ちだけでやって行ける水雷戦隊ではないと考えても居たのだが、今彼女の相を覆うのは笑みである。

 

「そっかー……でも、皆どこでも十分やれるだけの力は持ってるって事。それは忘れないように」

 

「はい!」

 

 長良なりの声援に、普段大人しい潮が大きな声で返した。元々一水戦であった彼女は、本来とは少々違った運用をされる現在のこの戦隊の在り方に第七駆逐隊の中で一番合った艦娘である。

 ちなみに二番目と言えば、潮の隣に立って肩で息をしている曙である。朧と漣はマイペースであるが、それは自身のペースを崩さず周囲を見ているという事でもある。護衛としては多面的な視覚を有することは美点である。提督第一の潮と曙、周囲に目を配る朧と漣。実に均衡の取れた駆逐隊である。

 ただし、

 

「らんらんは豚だから難しい水雷戦隊の事とかはわからないよ」

 

「また漣が訳わかんないこと言ってる……」

 

 妹の奇妙な言動に頭を抱える曙と、そんな姉達を苦笑いで見つめる潮、そしてぼーっと眺める朧は、長良のような少女には少々難しい相手でもある。特に特Ⅱ型の五女、漣は長良からすれば未知の生物にも似ていた。

 

「漣も偶には海でゆんやーさせたいー」

 

「今度、大淀さんや長良さんに相談してみる?」

 

「どっちかって言うと、初霜に話通してもらったほうが良いんじゃない?」

 

「ゆんやーって何?」

 

 上から、漣、潮、曙、朧である。

 この奇矯な言動を見せる艦娘、漣は人類と最初に接触した五人の艦娘の一人の同艦同族である。別の漣とはいえ、なかなかに重要な立ち位置にいる筈の存在なのだが、個性的過ぎて交友範囲が狭いのもまた事実であった。特にこの鎮守府の漣はそれが顕著である。

 提督と似たような趣味をもつわりには、それほど提督との相性は高くない。何せこの漣と言う艦娘、テンションが高いのである。おまけにインドア派の様に見えて実はアウトドア派だ。様々なことに首を突っ込み、気付けば動き回っているタイプである。

 

「ゆんやーはゆんやーじゃない?」

 

「いや、そんな平然と返されても困る」

 

 朧は妹の返事に常の通り返しているが、良く見ると相に若干の疲労が見えていた。曙と潮は、そんな二人を眺めながらまた違った会話を交わしていた。

 

「そういえば、この前凄かったよね……」

 

「……あぁ、この前のあの謎の会話ね」

 

「……」

 

 潮と曙の話に、長良は頬を引きつらせた。その場に長良もいたからだ。

 さて、何があったかと言えば簡単だ。提督が訓練を見に来ただけの話だ。ただ、その後が簡単で意味不明であった。長良達にとっては。

 提督が、秋雲、漣、初雪、望月と会話を始めたのである。ただの会話である筈だ。ある筈だが、長良達にはその会話がさっぱりであった。

 恐らく日本語であろうが、独特のスラングを用いて交わされた提督達の会話はあまりに意味不明であったのだ。

 

「私も、勉強したほうがいいのかな……」

 

「やめて」

 

 どこか意を決した潮の言葉に、曙の必死の止めが入った。長良も当然曙と同意見である。彼女は大きく頷いて潮の決意を挫こうとしていた。だが、そんな二人を見ても潮は曲げぬようで、硬い相で口を開いた。

 

「で、でも、覚えたら提督とももっとお話できる、かなって」

 

「漣、ちょっと教えなさいよ」

 

 曙陥落である。陥陣営でも突っ込んできたのかと言うほどの陥落っぷりであった。長良のなんとも言えない視線に気付いたのか、曙は腕を組んで顔を逸らした。

 ちなみに、陥陣営とは呂布配下の名将高順、または彼の部隊その物に与えられた異名である。彼の率いる部隊は必ず攻め込んだ敵陣を落とした為こう呼ばれたのだ。

 

「ち、違うわよ! 別にクソ提督のことなんてどうでもいいし? ただ遊んでやるっていうだけの事で深い意味とか全然ないし!」

 

「ツンデレ乙」

 

「ツンデレとかじゃないし!」

 

「おほーっ」

 

「もう漣マジ意味わかんない! そんなだから秋雲と違って提督に近づけないのよ!」

 

「あやまって?」

 

 言葉こそあれであるが、最後だけは漣も瞳孔の開ききったマジ顔であった。何やら言い合いを始めた二人と、それを宥める潮を放って、長良と朧は目を合わせた。

 

「お疲れ様……」

 

「それほどでもない」

 

 朧の独特な返し方に、この子もやっぱり漣の姉なのだなぁ、等と思いながら長良は肩を落とした。世界が提督を求めて呼び寄せようと、違う鎮守府の大淀が警戒して提督を調べようと、この鎮守府は常の通りである。

 

「ゆんやー!」

 

「ゆんやー!!」

 

 意味不明な事を叫び互いにファイティングポーズをとる漣と曙の姿は、まさにこの鎮守府の提督に相応しい艦娘のそれであった。




平行世界「世界の変革に合わせて違うとこから提督呼び寄せたらなんか変なの釣れた」
提督の居た世界「ざ ま ぁwwwwww」
平行世界「あやまって?」

多分今頃こんな感じ。

あと作中に出た意味不明なあれを調べられる方は、自己責任でお願いいたします。人によっては大変不快な思いをいたしますので、ご注意ください。
ちんちんかゆい人との約束な?

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