執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第二回宴会大作戦。


第38話

「宴会……ですか?」

 

「はい、宴会です」

 

 すっかり愛用、というか提督とセット扱いになっている執務机で書類を眺めていた提督は、眼前にいる大淀へ目を移した。

 大淀は眼鏡のフレームを少し調整しながら頷いた。ただ、提督も大淀も、更には秘書艦用の机に座わる初霜の表情も、皆一様に暗い。

 なにせ前回の宴会が酷すぎた。開始早々、宴会の主役である提督離脱で始まる、いじめかな? と思えてしまうような宴会であったのだ。

 渋い顔をする提督と初霜に、大淀は胸を叩いて声を上げた。

 

「ご安心ください、前回から学びました。この大淀、同じミスは致しません」

 

 自信満々、と全身で語る大淀を見てから、提督は初霜を見た。

 初霜はただ提督と大淀を見つめるだけだ。決定権は提督にあるのだから。

 提督はゆっくりとうなずいて肩をすくめた。

 

「分かった、じゃあやろうか」

 

 提督のその言葉で宴会は決まった。

 

 

 

 

 

 

 第一水雷戦隊、そして第二水雷戦隊の精鋭達が鋭いまなざしで周囲を見回していた。神通、阿武隈に率いられた駆逐艦娘達の視界にあるのは、間宮食堂とこの鎮守府に所属する艦娘達だ。いつぞやの様にテーブルの配置は変えられ、椅子は別の部屋に運ばれている。広い食堂であっても、流石に一堂に会するとなれば手狭だ。

 親友同士、友人達、姉妹達で各々あつまったテーブルに、少し開けた場所に一水戦、二水戦の精鋭が並び立っていた。この場にいないのは、提督と大淀と初霜だけである。

 

 さて、いつになれば宴会の主役がやってくるのだろうかと待っていた艦娘達は、ふと入り口の扉を同時に見た。扉の向こうからゴロゴロと音が鳴り出したからだ。補填された道の上で、強化プラスチックタイヤが回る音だ。さて、これはなんだと隣の友人、姉妹達と顔を見合わせようとしていた艦娘達は、しかしその正体をしって言葉を失った。

 小さな人影、初霜が扉をあけ、次いで台車が食堂に入ってくる。圧しているのは大淀だ。

 そして――

 

 台車の上に置かれた檻の中で、提督が正座していた。

 

 誰も何も発しない。息さえ忘れて彼女達はその奇矯な物体と大淀達を凝視していた。食堂で存在を主張するのは台車の車輪の音と提督が口ずさむドナドナだけであった。

 台車を押す大淀と、それを先導する初霜。彼女達は一水戦と二水戦のメンバーの間で止まり、周囲を見回した。配置は、殆ど前の宴会と同じだ。間宮食堂の開かれたカウンター席前で鎮守府の主である提督が佇む。ただ違うのは、その背後にこの日の為にと選ばれた精鋭達――提督の盾と矛が並びそろい、何故か檻に入って正座をしている死んだ目の提督が居ることだろう。

 流石にそれはどうか、と思ったのだろう。長門が声を上げた。

 

「大淀、提督のその姿は、いったいどういう事だ。神通、阿武隈、初霜……お前達もだ。提督になんという真似をさせている!」

 

 鎮守府のトップに如何なる理由があってこんな無体を働いたのか、と長門は肩を怒らせて語気を強め、名を呼んだ艦娘達をにらみ付けた。戦艦長門の鋭い眼光である。気の弱い艦娘なら腰を抜かしかねない視線だ。

 それでも、名を呼ばれた艦娘達は皆平然としたままだ。

 ちなみにその間も提督はドナドナを口ずさんだままだ。

 大淀が一歩前に出て、長門と向き合う。

 

「私は、同じミスはしません」

 

「……で?」

 

「前回の失敗は、生身の提督を飢えたLOVE勢の前に出した事だったのです」

 

 大淀のかなりメタな発言に金剛が胸の辺りを押さえて呻きだした。金剛の隣に居る比叡が、大丈夫金剛お姉さま、カレー食べりゅ? などと言っているが聞こえていないようだ。聞こえていても聞こえていない振りをするだろうが。

 

「……その結果が、それか」

 

「はい」

 

 眼鏡を光らせて応える大淀に、長門は如何したものかと初霜に目を移した。見られた初霜は長門に頷き、大淀と志を同じくした同志であると応じた。大分あれな同志である。長門は少しつらそうな相で阿武隈、神通にも目を向けた。

 

「提督をお守りする為です」

 

「これも提督の為だから」

 

 両者とも、完全に作戦行動中の――戦士の顔だ。当然、二人の背後に並ぶ選抜メンバー達も皆戦に赴く前の勇者の顔である。

 長門は鎮守府における武勲艦、武功艦の並ぶ盾と矛の戦隊全員の相を見て、重く頷いて口を開いた。そして提督はドナドナ~子牛復讐編~を口ずさみ始め一部艦娘達の興味を独り占めしていた。

 

「その心意気や天晴れだ! 長門は了承した!」

 

 この艦娘も鎮守府に毒されすっかり駄目になっていた。大淀が発案し、長門が許可し、金剛も口を挟まない上に、初霜も止めないのだ。もうこれで決定である。あとどうでもいい話だが子牛が立派なミノタウロスへと成長し畜産農家を滅ぼし、こうして人の暗黒時代が始まったのだ、と渋い声で締めた提督に拍手を送る一部艦娘達が居た。

 

「その……いいでしょうか?」

 

 鎮守府の艦娘トップ4が決めてしまおうと、やはりそれでも気になる艦娘はいたのだろう。おずおずと手を上げたのは鎮守府の良心であり第一艦隊の目の一人、鳳翔であった。

 

「うむ、なんだろう鳳翔さん」

 

「そのままでは、提督がお食事できないのではないかと」

 

 長門に返す鳳翔の言葉に、殆どの艦娘が、あ、と口を開いた。現在一部艦娘達に続編をせがまれ、ふふふ、どうだったかねぇ、と老婆の様な相で返す提督は檻の中だ。

 食事をとれる状態にはどう見てもみえない。が、平然としていた大淀は

 

「ご安心ください、この大淀におまかせあれ、です」

 

 提督を檻に突っ込んで台車で運んできた元任務娘さんはドヤ顔で言った。前述に不安になる要素しかないあたり、この艦娘も実にこの鎮守府に相応しい人材である。

 彼女は長い箸、菜箸らしきものをどこからか取り出し皆に見せた。

 

「では、実演を」

 

 と言うや、大淀はテーブルにあった皿を一つとり、綺麗に切り分けて盛られていたドネルケバブを一つ摘んで檻の間からそれを提督の口元に運んだ。ちなみにその間も提督はドナドナ~鷹の団黄金期編~を歌い語り一部艦娘達の瞳をキラキラさせていた。

 

「ていとくー、あーんですよー」

 

 幼い子供に言い聞かせるような大淀の調子に、提督は素直に口をあけて箸に摘まれていたドネルケバブを食べた。もぐもぐと口を動かす提督を幸せそうな相で大淀は眺め、

 

「おいしいですかー?」

 

「ヌラーヴィッツァ」

 

「ハラショー」

 

 幼児向けの言動であやす大淀に、提督は何故かロシア語で返した。どうでもいいが最後のは一水戦として前に並んでいる、意外と提督の歌に夢中になっていた響ことヴェールヌイだ。ちなみに、ヌラーヴィッツァとはロシア語で、いいね、の意味である。

 大淀はテーブルにドネルケバブの盛られた皿を戻し咳を払った。

 

「このようにして、提督に食べていただこうかと思います。と言いますか誰ですか中東の肉料理を作ったのは」

 

「あ、それ私のです」

 

 手を上げたのは瑞鳳であった。

 

「あぁ、瑞鳳さ――瑞鳳さん!?」

 

 大淀は綺麗な二度見をかまして玉子焼き製造機を凝視した。いや、大淀だけではない、大半の艦娘は瑞鳳を凝視した。

 

「あの……偶には提督にも、違う料理を食べてもらいたいかなー……って」

 

 てへ、と笑う姿は愛らしい。そこから中東料理を宴会で平然と出してくる豪胆さは見えてこないが、彼女もまた戦う艦娘の一人であったという証左なのだろう。どうでもいい証左であるが。

 ちなみに提督と吹雪とヴェールヌイはこの間ロシア語で近況を語り合っていた。

 

 そしてぐだぐだのまま宴会は始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、こちらどうぞ」

 

「司令官、こっちも美味しいわよ!」

 

 何故か提督が恐れる雷、鳳翔のコンビに餌付けされている檻の中で正座している男――提督を見ながら、皐月は肩を落とした。鳳翔と雷以外にも、順番待ちで檻の周囲に待機している艦娘は多い。

 古鷹、夕雲、瑞穂、千歳、電、金剛、榛名、霧島等が待機済みだ。

 皐月の視線のさきでは提督が、あー駄目になるんじゃー、等といいながらも確りと差し出された物を口にしている姿がある。

 前に比べればましであるが、それでもやはり不満がない訳ではない。皐月は頬を膨らませて隣に居る霞に言った。

 

「僕だって司令官と一緒にご飯食べたいのに、ずるいよ」

 

「仕方ないでしょ。これでもまだ穏便……かどうかは知らないけれど、マシではあるんだから」

 

 応える霞も、言葉ほどに納得していないのだろう。その相はどこか不満げだ。目の前にある手羽先を骨ごと噛み砕かんと口に運ぶ彼女の姿は、実に未練たらたらである。

 出来うるなら霞も提督に餌付けしたいのだろう。餌付けして手懐けてしまいたいが、彼女には今までで作り上げた人物像があるし、そういう事を堂々と出来る性格ではないのだ。

 気難しい乙女なのである。

 

「んんー……初霜だって僕と同じでしょ?」

 

 未練がありながらも動かない霞から目を離し、皐月は次に同じテーブルに居る初霜を見た。初霜はコップを満たすオレンジジュースで喉を潤していた最中だったが、コップから口を離して微笑んだ。

 

「そうですね」

 

「だよね、だよね!」

 

 初霜の同意に、わが意を得たりと皐月は力強く頷いた。

 

「あのまま部屋に持ち帰ってしまいたいですよね」

 

「ううん、そうじゃないよ初霜」

 

 うっとりと檻の中の提督を見つめる初霜の発言に、皐月は力強く首を横に振った。

 初霜の手に在るコップにはアルコールが含まれている物で満たされているのだと信じて、皐月は同じテーブルに居る最後の一人、雪風に言を向けた。

 

「雪風だって」

 

「はい! 雪風も首輪とかつけて持ち帰りたいです!」

 

「ううん、もういいや」

 

 天真爛漫な笑みで大分駄目なことを口走った雪風を放置して皐月は額を押さえた。今テーブルに集まる皐月を含めた四人、駆逐艦娘のトップエース達がこれである。霞はまだマシにしても、他の二人はもうなんかちょっと駄目であった。

 

「提督が幸せなら、私はそれでいいの……苦しみのない世界で、檻の中で私たちがずっとお守りできるなら、それもきっと提督の為になると思うの」

 

「ですよね! 雪風もそう思います! もうあのまま駆逐艦娘寮に運んで用意しておいた地下室に招いたらいいと思います!」

 

 初霜と雪風の物騒な会話に皐月は頭痛を覚えつつも、いつの間にか地下室なるものを用意していたという事に驚愕していた。

 

「……どんな地下室を用意したってのさ?」

 

 皐月の半眼、じと目に晒された二人は同時に首をかしげた。何故そんな目で見られるのか不思議なのだろう。ただ、律儀な二人はしっかりと皐月の言葉に応じた。

 

「何かあっても大丈夫なようにと、第一水雷戦隊と第二水雷戦隊合同で作った地下室です」

 

「そうです! 雪風達が保存食や水とかを用意して、十年くらいはなんとかなるようにしておきました!」

 

 やだ怖い、そんなことを胸中で零しながら皐月は頭を抱えた。初霜と雪風にアルコールが入っていることを切に願ったが、願ったところで地下室は実在するのだからあまり皐月にとって良い方向には向かってくれなかった。安息は尊く遠いのである。

 

「あぁもう……この鎮守府の艦娘は、本当に変な奴ばっかりじゃないか……僕が司令官をしっかり守らないと……」

 

 そう決心して呟く皐月は、じっと檻の中の提督をみつめていたが、何事か思いついたのか突如声を上げて霞の肩を掴んだ。

 

「霞!」

 

「なによ」

 

 瞳をキラキラとさせたまま、胡乱げに自身を見る霞の肩を揺さぶって皐月は続けた。

 

「僕も檻に入って提督にあーんってすれば良いんだ!」

 

「あんたも大概変な奴よ?」

 

 冷たく返す霞の背後で、それだ! と小さく叫ぶ艦娘達が居た。

 本当にこの鎮守府は駄目だった。




すごくあたまのわるいはなし

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