執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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ちょっと重巡洋艦に目を向けて無いなーっと。


第34話

「あー……もうマジめんどいしー……」

 

 そう零して鈴谷は頭上を見上げた。

 雲ひとつ無い空に浮かぶ太陽は燦々と輝き、鈴谷達乙女の白い肌を無慈悲に焼こうとしている。陽の強さに、出る前に塗った日焼け止めの効果は如何程であろうか、といった事を考えながら鈴谷は今自身が居る場所、グラウンドを見回した。

 

 様々な室外用用具の他にも、水場等が設置された普通の広いグラウンドだ。ただ、鈴谷自身は普通のグラウンド、つまり学校施設などのそれを知らないので比較は出来ていない。ただ、彼女にとっては良く知る、常の、普通のグラウンドであった。そして、そのグラウンドで

 

「うぼぁー…………ちくまー……ちーくーまー……我輩……もう駄目じゃー……」

 

「駄目ですわ……もう私駄目ですわ……最後に神戸牛をたらふく食べたかったですわー……」

 

「くまりんこー……」

 

「さぁ皆さん、適度に休んだら次の訓練に移りますよ」

 

「早く準備をなさい。この程度でへばって提督の艦娘を名乗れるものですか!」

 

 倒れこみ様々なうめき声を上げて伸びている艦娘達と、彼女達を叱咤する、鈴谷達と同じスポーツウェア姿の二人の艦娘を含めて、鈴谷の良く知る、常通りの、普通のグラウンドであった。

 

「あらあら、鈴谷はまだちょっとやれそうね?」

 

「当然でしょー? でも、ちょっとだるい感じするけど」

 

 鈴谷の隣で、他の者達とは違い二本の足でしっかりと立っている艦娘、赤い芋ジャージ姿の足柄が腕を組んだ、妙に胸を強調するポーズで佇んでいた。

 更にその隣には控えめながらも姉同様確りと立つ羽黒、乱れた髪を整える愛宕、何故か皆をカメラに収める青葉が居た。

 青葉にカメラを向けられた足柄は更に胸を強調し、隣に居る事で自然カメラのフレームにおさまってしまう鈴谷は硬い声を出した。

 

「ちょっと、青葉。別に撮るなって言わないけど、汗くさい姿はやめてよね?」

 

「えー、いいじゃないですか。こう、皆の汗水流す訓練姿を見たら、司令官だって私達の事気にしてくれますよー?」

 

「ちょ、マジでやめてよ!」

 

 鈴谷は向けられたカメラを手で遮り、本気で焦った相を見せた。

 

「あらあらー。鈴谷ってば乙女ねー」

 

 足柄のように強調するつもりもないだろうに、愛宕は腕を組んで微笑んだだけで彼女の胸が何よりも強く押し出された。その姿に、足柄は、ぐぬぬ、と自称チャームポイントである八重歯を見せて唸った。

 

「なによ、じゃあ愛宕はいいの?」

 

「んー……どうかなぁ……? 高雄と妙高はどぉう?」

 

 頬に手を当てのんびりと愛宕は彼女達より少し離れた所に立つ二人、妙高と高雄に水を向けた。元より興味があったのか、それとも無駄話を注意するつもりだったのか、兎に角二人はすぐに反応を見せた。

 

「提督に態々見せる必要も無いかとは思いますが……気にしていただけるのであれば、それも冥利かもしれませんね」

 

「余り殿方に見せたくは無い姿ではあるけれど……結果を出す為の努力の姿を、提督がどう評するかは興味があります」

 

「かたい」

 

「おかたいですねー」

 

 妙高と高雄の言葉に、鈴谷と青葉がなんともいえない相で返す。青葉達の即答に、硬いと評された二人は互いの顔を見やり、少しばかり困った相を作った。

 

「その、妙高姉さんと高雄さんは、あの、立場上仕方ないかと……私は思います。とっても頼りになりますし」

 

「ありがとう、羽黒」

 

 控えめな羽黒の言葉に、妙高は黙って頷き高雄は笑顔で応じた。三人の姿を視界に納めて、鈴谷はまた周囲を見回しつつここに居るメンバーの事を考え始めた。

 高雄、妙高。この二人は重巡洋艦娘のまとめ役である。本来ならまとめ役の立場にもっと相応しい――例えば、鈴谷達の前で倒れた利根を様々な角度で撮りだした青葉がまとめ役を担うべきであった。そういった類の鈴谷の視線を感じ取ったのだろう。青葉はカメラから目を離し、ぺろりと舌を出して肩をすくめた。

 

「いやー青葉は皆をこうして眺めているのが好きですから、監督役なんてとてもとても」

 

 そう返す青葉であるが、この鎮守府における一番最初の重巡洋艦艦娘で、更に相当の戦績保有者だ。妙高、高雄も相当だが、錬度と経験では青葉には一歩劣るのである。今鈴谷の隣で愛宕の胸に憎しみの視線をぶつける足柄も、のほほんと微笑む愛宕も、大人しく黙っている羽黒も、皆提督の下で武勲を重ねた艦娘であるが、青葉にはかなわない。

 そしてそれは彼女達と同じく、二本の足で立っている鈴谷も同じだ。

 

「なんていうか……もっと青葉に気張ってほしいじゃん、私……ら的には?」

 

 鈴谷の言に、足柄は真面目な相で青葉を見、それに続いて愛宕も青葉に目を向けた。愛宕の相はまだ笑顔のままであったが、どこか問うような、探るような目をしていた。

 それらの視線に晒された青葉は、また肩をすくめた。龍驤もそうだが、青葉もこの仕草を好んで行っている節が在る。おそらくそれは、この鎮守府の主を真似た物なのだろう。そこにまた、鈴谷に――鈴谷達に提督と青葉達古参の距離の近さを感じさせた。

 

「まぁ、皆さん色々思うことはあるとは思うんですがねー」

 

 意識した提督の真似だろう。口調も、仕草も真似て青葉はカメラを覗き込みある方向に向いた。それにつられて鈴谷達も目を動かす。青葉に誘われた双眸の先には、沢山の小さな影達が機敏に動き回っている。その小さな影達にまじって、鈴谷達とそう変わらない背丈の影があった。

 

 小さな影たちは駆逐艦娘達で、他の影は五人の軽巡洋艦娘だ。様々な型の駆逐艦娘達が、阿武隈、神通、川内、那珂、由良の指導の下体を動かしているのだ。艦娘は艤装を装備して初めて艦娘と呼ばれるに足る物となる。艤装のない彼女達はその見た目通りの能力しか有しない、ただの少女だ。だが、それでも地力を上げる事に意味が無いという事は無い。苦しみを知れば逆境に強くもなれる。そして、実戦で訓練以上の事は出来ない。ゆえに、少女達の体に負担が出ないように、神通達は駆逐艦娘達に訓練をつけている。

 が……その負担の残らない訓練でも、端から見たらどう見えるかといえば。

 

「青葉、何気にスパルタ気味ですが、よろしいですか?」

 

 皆一斉に首を横に振った。水雷戦隊、という艦隊の露払い、または負傷艦の護衛の為の戦隊を組む軽巡、駆逐には火力よりも速さが求められる。それでいて遠征の為の持久力も求められる為、自然地力をつける為の訓練は端から見たら熾烈を極めるものになりがちだ。

 それに比べれば、鈴谷達火力保有艦娘達、戦艦、重巡は戦術、砲撃理論や基礎体力を鍛えるだけですんでしまう為、人としての部分を延ばす必要はあまりない。

 妙高や高雄も相当きつい訓練プログラムを組んだつもりでも、軽巡達のそれに比べるとおかしな言葉であるが、迫力に欠けるのである。

 

「私なんかは……まぁ、古参ですので。龍驤さんや初霜さんを見てますから、ちょっと危ないんですよねー、ははははー」

 

 青葉は朗らかに笑うが、聞いている鈴谷からすれば笑えない。鈴谷の双眸の先では、その青葉の口から出た初霜が雪風と模擬戦闘を行っているのだ。体つきこそ幼く、見た目どおり非力ではあるが寸止めルールでやっている急所狙いは非常にえげつない。親友同士の二人が、喉、わきの下、水月、鼻の下、と貫手、掌打、拳で打ち込むのである。

 見目麗しい少女達の汗水を流す運動としては、物騒に過ぎた。

 

 ただ、軽巡や駆逐と重巡や戦艦の役目は違う。軽巡達が切り込み、護衛部隊なら、重巡達は指揮艦部隊だ。小回りが効かない分一発も無駄にしない為砲術理論を学び、その間に戦術を学ぶ。更に鈴谷達航空巡洋艦娘達は空母的な戦闘機運用も覚え、鈴谷達程ではないが他の重巡艦娘達も水上戦闘機の持ち帰った情報をどう取り扱うか多元的に考える為、古代の戦術指南書まで目を通さなければならない。過去の書物の中により良き未来を得る為の知恵があるからだ。

 つまり、局地的に一点投下されるのが軽巡達で、戦局を面的に見なければならないのが重巡達である。実際、鈴谷の姉妹で未だ地面に伏せている神戸生まれのお嬢様熊野は戦術と砲撃なら大の得意であるし、妹に水を飲ませて貰っている利根は龍驤鳳翔に次ぐ索敵上手だ。

 艦娘といっても一括りではなく、それぞれ向き不向きがある。

 

 ちなみに、鈴谷が見ていた初霜と雪風の模擬戦は、駆逐艦娘達の中で見ればレベルの高い物ではない。神通をして、危ない、見ていてはらはらする、兎に角混ざりたい、と言わしめたのは、今グラウンドに居ない皐月と霞の組み合わせによる模擬戦である。寸止めルールであるが、目潰し、肘撃ち、膝撃ちは当然の事。関節、打撃、全てを使って相手を潰そうとするのである。

 

「さて、そろそろ休憩も終わりです」

 

 手を打って鈴谷達の視線を集め、妙高が口を動かす。続いて高雄が頷いて未だ二本の足で立たぬ艦娘達一人一人を眺めて言う。

 

「さっさと起きなさい。提督の下に来た時から、私達に無様は許されておりません! 立って牙を剥きなさい!」

 

 高雄の意図された攻撃的な言葉に、数人が本当に牙を剥いた。だが、それらを向けられても高雄は涼しげな、いや、それ以上に嬉しそうな相でまた頷いた。それでこそ、といった相でだ。

 

 ――そんなだから、二人ともまとめ役なんて青葉に任されちゃうんだよ。

 

 鈴谷は小さく首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……しんどーい」

 

 自身のベッドに身を預け、鈴谷は足をばたつかせる。それを見ていた熊野は、寝巻き用の水色のネグリジェを広げながら口元に笑みを浮かべた。

 その相に何か思ったのだろう。鈴谷は熊野に尖った口を向けた。幼い仕草であるが、鈴谷はこういった仕草が様になるところがある。少なくとも、熊野がやれば似合わないそれも、だ。

 

「しんどいなんて言っても、今鈴谷は何を見ていて?」

 

「……べっつにー。そういうんじゃないしー」

 

 つい先ほどまで目を落としてた本、韓非子を少し乱暴に熊野に放り投げ、鈴谷は仰向けになって腕を伸ばした。

 

「んんー…………つかれたー」

 

「つかれたー、じゃありませんわよ、いきなり何をするんですの!?」

 

「夜だよ熊野ー……どっかの夜戦好きじゃないんだから、静かにねー」

 

「もう、本当に」

 

 熊野がネグリジェを置き本棚に本を戻す姿を見ながら、鈴谷は室内を見渡した。二つのベットに二つの机、それから小さなテーブルに本棚と小物入れ。

 重巡洋艦娘等の人数が少ない艦娘の寮は部屋が余りがちだ。希望すれば一人部屋が用意出来るほどに。ゆえに、鈴谷と熊野は最上達とは部屋を別にした。特に意味は無い。事実上改最上型であるからとか、趣味が合わないとか、そういう事ではない。ただ年頃の娘が一人部屋、或いは広い部屋を欲しがるのと同じような理由で鈴谷と熊野は部屋を分けたのだ。

 

「えーっと……鈴谷、これはどの本の隣ですの?」

 

「んー、それ円珠経と周詩の間に入れといてー」

 

「いえ、ジャンル違いませんの、それ?」

 

「いいのいいの、提督の為にはならないんだから、私的にはどこでもいいのー」

 

「もう……」

 

 片して自身のベッドへ戻り、またネグリジェを手に取った熊野に、鈴谷は問うた。

 

「ねー、熊野」

 

「なんですの?」

 

「そのネグリジェ、勝負用?」

 

「――……」

 

 鈴谷の言葉に、熊野は顔から湯気を出してネグリジェを箪笥に仕舞いだした。

 

「え、それ寝巻き用でしょ? なんで仕舞うの?」

 

「あ、あなたが変な事いうからでしてよ!」

 

「熊野ー、今夜だって言ってるじゃん?」

 

「うわほんまなぐりたいわー」

 

 神戸生まれの神戸っこ故の流暢な関西弁であった。ただし、頬は未だ赤い。照れ隠しも含んだ物なのだろう。鈴谷は青葉を、いや、提督を真似て肩をすくめて口を開いた。

 

「勉強するのも、女磨くのも、提督の為って……私たち良い女だよねー」

 

「……まぁ、そうですわね」

 

 熊野は今度は大人しめの寝巻きを取り出して広げだしていた。ただ、鈴谷に応えるその相は若干赤い。

 

「提督も、さっさと手を出せばいいのにねー」

 

「鈴谷……」

 

 再び真っ赤になった熊野の相に指差し、鈴谷はけらけらと笑い出す。顔を真っ赤にしたまま諦めの相で肩を落とす熊野を置いてけぼりで鈴谷は暫し笑い転げていた。

 やがて、笑いすぎてこぼれ出した涙を拭いながら、鈴谷は息を整え始め

 

「はやく提督に求められるような女になりたいなー」

 

 鈴谷は透明な、純粋な相で呟いた。求めているから、求められたい。愛しているから、愛されたい。出来うれば、ただ純粋に、ただ強く。自身と同じ物を提督に宿らせる為に、鈴谷は今日も自分を磨く。

 

「ねーねー熊野ー、私も勝負下着ネグリジェとかの方がいいかなー?」

 

「知りませんわよ!」

 

「熊野……夜だって言ってるじゃん?」

 

「ほんまあかんわこれ」

 

 こんな日常の中で。




戦艦にも目をむけてないんですがそれは。

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