執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第20話

「以上、口頭での報告よ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 初霜は加賀の報告に礼を返した。

 

 現在、二人が居るのは伊良湖の開いている甘味処の一室だ。加賀は今日最後の戦闘機開発を終え、提督に報告も済ませた。あとは初霜に加賀が秘書艦であった時にあった事、やった事を報告すれば加賀の秘書艦としての仕事はすべて終わる事になる。加賀は港で第一艦隊の帰還を待ち、初霜に事情を説明し、ここに来たのだ。港で説明では、余りに素っ気無いと思ったのだろう。もしくは、それ以外に理由があるのか、だ。

 

「書類上での報告は、提督にも渡してあるからあとでそちらも見て」

 

「はい」

 

「あとは……そうね、愚痴になるけれど」

 

「えぇ、大丈夫です」

 

 初霜のその言葉に、加賀は小さく頷いた。加賀がここに来たもう一つは、同僚、それも秘書艦としての愚痴だ。これを零せる相手となれば、相当に限られる。初霜か、大淀くらいだ。

 

「思ったより、上手く出来なかったわ……」

 

 戦闘機開発の事だ。その為に加賀は秘書艦代理になったというのに、結果ははかばかしい物ではなかった。作られなかったわけではないが、数がそろえれた訳でもない。空母艦娘達の戦力を向上出来なかったという事実が、加賀を弱気にさせた。

 

「私だって、ソナーも機雷も上手く作れないですから」

 

 事実である。例えばこの初霜は、大型建造で提督と妖精をサポートした際、大和、矢矧、大鳳を一発で出した実績を持つ。ただし、ソナー等の開発となるとどうしてか彼女はさっぱりなのだ。機銃ばかりだしてしまうので、ソナー機雷狙いの開発からは外された事もある。

 

 初霜の言葉に加賀は常の相で頷き、自身の前に置かれているワラビもちを一つ口に運んだ。その顔には先ほどまであった僅かばかりの気弱さもない。初霜も加賀と同じように自身の前にある水羊羹を一つすくい口に入れた。

 口の中にあったワラビもちを嚥下し終えたのだろう。加賀は、そう言えば、と口を開いた。

 

「提督が、また良く分からない事を言っていたわ」

 

「またですか?」

 

 また、と秘書艦に言われるほど、提督の奇矯な言動はぽろぽろと零れているのである。もっとも提督からすれば、奇矯程度で済んでいるのか、と安心する事だろうが。

 

「えぇ、開発で数回回して報告した後、ウィキがあれば……とか小さく呟いたのだけれど……」

 

 加賀は初霜に問うような視線を向け、初霜は首を横に振った。ウィキ、というのが電子百科事典で在る事は初霜にも理解出来ている。ぴこぴこいうのは全部ファミコン、と認識している加賀は危ういが。兎にも角にも、そういった物がインターネット上に存在するのは初霜も分かっているが、それと戦闘機開発になんの関係があるか彼女には分からない。

 

 開発レシピ、等と少々軽めに称されるそれであるが、中身は艦娘の兵器開発である。現在進行形の秘匿情報である。そんな物が軍部の情報から漏れて一般の電子百科に載ろうものなら、国家の一大事だ。しかも現状での開発レシピは不安定な物ばかりで絶対的なものは無く、またそれぞれの鎮守府についた提督独自の、いわば試行錯誤の物ばかりだ。レア艦娘建造レシピの様にほぼ確定され、公開を許されたレシピなど開発レシピには殆ど無い。

 

「まぁ、提督ですし」

 

「そうね、提督ですものね」

 

 提督の奇矯な言動に一つ項目が増えただけである。その程度は流してしまえる程度に加賀と初霜は提督を理解してた。具体的にはベットの下の本を見つけてしまった母親や姉の様な物だ。あぁ、年頃ですものね、と流すだけである。ちなみに、初霜はそのままそっと戻し、加賀は机の上にそれを置くタイプである。

 

「あぁ、そう言えば提督といえば……青葉と同じように、提督にも少し質問をしてみたの」

 

「部屋からでてどうするか、何をしたいか、とかのあれですか?」

 

「そうね、それね。で、どこに行きたいかと聞いたら、あの人なんて答えたと思う?」

 

「……なんです?」

 

 初霜の真剣な相に、加賀もまた真剣な相で応える。

 

「趣味の悪いネクタイをつけて空港のロビーに行きたいと」

 

「……?」

 

「その後、過去にあった飛行機事故の話をして、レバノン料理を食べてから何もせず帰ると言っていました。一人で」

 

「大淀さんにお医者様を手配してもらうべきかしら……」

 

 どうでもいい話だが、提督が空港のロビーと口にしたのを聞いた加賀は小さくガッツポーズをし、その後の話を聞いて握った拳で壁を殴った。驚いていた提督に加賀は、虫が居たので、と誤魔化しておいたが、それを提督が信じたか信じていなかったのかは加賀には分からなかった。そしてもっとどうでもいい話だが、レバノン料理は食べられる場所が大分限られている。恐らく日本の空港の食堂では口に出来ない筈だ。もう一つどうでもいい話だが、空港で一人航空事故の話などしていると、まず間違いなく警備員に連れて行かれるのでお試しの際はご了承下さい。

 

「ところで……」

 

 加賀は一度初霜から目を離し、自分の湯飲みへ目を落とした。茶柱などは立っておらず、ただ薄緑の液体が注がれているだけだ。それに映る自身の顔を見てから、加賀は初霜に視線を戻した。

 

「青葉が何しているか理解しているのね?」

 

 先ほどの加賀の会話に、初霜はすぐに応じた。それは初霜が加賀と同じ情報を持っているからに他ならない。初霜は常の表情で頷き、湯飲みを口元へと運んで小さく仰いだ。控えめに喉を鳴らし湯飲みをテーブルに戻して、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「加賀さんには直接?」

 

「いいえ」

 

 加賀は首を横に振った。扶桑と青葉が一緒に居たの目にして以来、数度青葉が誰かと一緒に居たのを見たが、青葉は加賀に対して常に一礼するだけで話しかけても来ない。そしてそれは

 

「私も、直接ではないんですよ」

 

 初霜も同じだ。その理由もまた、加賀も初霜も理解していた。

 加賀は提督が提督になって以来求め続けた正規空母だ。一日に四度回す艦娘建造では特定のレシピで常に回し続け、相当な時間をかけて建造した艦娘である。蒼龍8人、飛龍2人、赤城2人、翔鶴2人、瑞鶴3人、軽空母、水母沢山、という結果の後、やっと建造された空母なのだ。加賀が着任した際の提督の喜びようは、だからだろう。尋常な物ではなかったのだ。声も無く両手を勢い良く天井に突き上げ、暫し無言で佇み、震える声で提督は言ったのだ。

 

『きた……やっときた……お前の為に提督になったのに……ずっといなくて……もう諦めかけてたんだよ……やっとだ……! やっとだぞ畜生! よし、まずロックだな!』

 

 この言葉は当時も秘書艦であった初霜はもちろんの事、加賀も当然覚えている。そしてその発言の中から、加賀という存在が提督をこの鎮守府に着任させた、という特異性により、この情報は鎮守府内で大きく報じられた。ゆえに、加賀が幾ら遅い着任であろうと誰も彼女を軽んじない。加賀という艦娘は、その存在自体が殊勲であるのだ。

 

 対して初霜は、誰もが認める秘書艦だ。その存在は大きく、事実提督からの信頼もあつい。山城が第一艦隊旗艦として機能できない時には、何度も第一艦隊旗艦として海上に出た事もある。輸送任務でも確実に仕事をこなし、第一艦隊として出撃すれば夜戦で大いに活躍した事もある。三ヶ月に一度の特別海域作戦で何度彼女が活躍したかは、この鎮守府に所属する艦娘なら誰に聞かずとも知っている筈だ。そして彼女が多くの艦娘達から秘書艦として認められている最大の理由は、その地味な仕事ぶりである。山城が海域から戻ってくると、提督はすぐに初霜を呼び単艦で彼女を執務室に置いていた。他の誰でもなく、彼女だけをもっとも長く、だ。

 

 ただ、その初霜を執務室に置いた提督は、大抵そのまま退室して鎮守府から消えてしまっていた。本当に、どこにもいないのだ。常に、忽然と消えてしまうのだ。そうなると、仕事は執務室にいる初霜が行うことになる。こうした地味な仕事の積み重ねが、初霜をこの鎮守府の、あの提督の秘書艦たらしめているのだ。

 

 ゆえに、青葉は二人に質問しない。出来ない。何かの間違いで尻尾を踏んでしまえば、青葉であっても無事では済まないからだ。導火線に火がついたのなら、それに水をかけるなり踏み消すなりと出来るが、尻尾を踏めば大抵どうにも出来ない。あとは、戦闘機という牙で噛まれるか、魚雷という爪で抉られるか、その程度の違いしかない。

 

「放っておいても?」

 

「良いと思います」

 

 加賀の言葉に、初霜はふわりと微笑む。幼い顔立ちであるが、その輪郭の中にある表情は、とても大人びた物だ。ただ、加賀はその中に自身に似通った何かを感じ取った。

 

「私達が私達のまま、そうある事を許してくれているのは提督ですもの。青葉さんのそれも、青葉さんらしくある為の物だと思います」

 

 けれど、と小さく初霜は呟いた。その声は加賀には辛うじて拾える程度の囁きだった。

 

「それが提督の体を、心を傷つける様なら……」

 

 その先を初霜は俯いて口にしなかった。かつて、加賀は初霜をこう評した。

『固執はあってもこだわりは無い』と。

 事実、そうであった。初霜は秘書艦であることにこだわりは無い。理由があればすぐ加賀に譲り、過去にも特定の開発の為に何度もその席から離れた。

 だが、固執はある。加賀は初霜の目を見つめたまま、胸中で呟いた。

 

 ――提督だ。

 

 加賀の胸中の呟きは、正鵠を射ていた。初霜のその感情の根底にはいったいどの様な物が潜んでいるのか加賀には窺い知れない。せめてそれが負の感情ではない事を祈るだけだ。

 ただ、青葉のあれも提督を想っての行動であるのだろうと見ていた加賀は、それが初霜の短い導火線に火をつけないか、それが心配になってきた。水をかける暇も無い、踏み消す暇も無い、そんな導火線だ。火が触れたら、即爆発するだろう。

 

 第一水雷戦隊にもっとも長く所属し、第二水雷戦隊で最後に将旗を掲げた艦。陽炎型や夕雲型の様な生まれからの名機ではなく、改装によってやっと平凡な艦になった艦。長い艦歴の中で駆逐艦として動き続け、走り続け、守り続け、戦い続け、そして最後まで空に火線を放ち続け散った、ただ経験だけを重ねた凡庸な艦だ。幼い顔立ちは少女のものでしかなく、艦娘の顔は苛烈であって当然だ。

 未だ俯いたままの初霜の相がいかなる物であるか、加賀には分からない。ただ、分からなくても察する事は出来るし、感じる事は出来る。殊、今の初霜からは加賀の良く知る艦娘と同じような気配が滲み出ていた。

 

 ――龍驤と同じような物ね。

 

 加賀と同じく、戦闘機を用いて海の戦場を駆る艦娘だ。戦闘機の運用方法は弓に式紙と違いはあるが、空での動かし方はそこまで離れていない。加賀は脳裏で描いたその龍驤も、見た目こそ少女然とした姿であるが、艦娘としては実に苛烈だ、とため息をついた。"前"にある武勲艦としての本能か、苛烈という言葉が霞むほどに龍驤は苛烈だ。一度敵と見えれば、龍驤の激越は少女の相を容易く消す。まさしく、青鬼も赤鬼も後ずさりする程の恐怖を振りまいて、龍驤は空を制するのだ。 

 

 ――あぁ、もう。前の意趣返しも兼ねて、扶桑辺りも巻き込みましょうか。

 

 多分事情を話せば、龍驤や鳳翔も巻き込めるだろうが、被害が少ないに越した事はない。その想定された被害に扶桑を巻き込もうとする辺り、加賀も相当に酷かったが。

 この場合、誰が一番悪いのか。そんな事を加賀は思った。そして特に時間もかけず、加賀は答えを見つけた。

 

 ――出てこない提督が一番悪い。

 

 その通りだった。

 




錬度が一番高い嫁艦を単艦放置は基本。

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