執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第18話

 食堂からの帰り道、姉妹や仲間達から離れ一人、てくてく、といった調子でその少女が歩いていると、開けた庭のベンチにぼんやりとした様子で座っている少女を見つけた。

 少々歩調を変え、少女はベンチに座る黒髪の少女へ近づいていき――

 

「お帰りなさい、初霜」

 

 自身の被っていた帽子を初霜の頭に乗せ、暁は微笑んだ。

 

 

 

 

 

「今日はどのメンバーで海に出たの?」

 

「今日は、山城さん、龍驤さん、鳳翔さん、羽黒さん、球磨さん、私、ですね」

 

「ふーん、いいメンバーじゃない」

 

「はい、結果を出せたと思います」

 

 そう言って控えめな笑みを見せる初霜に、暁はつられて幼い笑みを零し、すぐそれを打ち消した。自身の相を覆う笑顔に、納得いかないと勢い良く首を横に振ったのだ。

 

 ――淑女! 暁は淑女だもの!

 

 むふん、と鼻から息を吐き暁は握りこぶしを作って空を見上げる。一人前のレディを自認する暁である。笑みと言う物はもっと余裕を見せる相であるべきで、子供のような笑みは暁にとってレディらしからぬ物であるのだ。

 

 暁は見上げた空にぼんやりと薄く映る、熊野、イタリア、瑞穂、愛宕等の姿に力をこめて頷き、握っていた拳に更に力をこめた。あと、どうでもいい話だが暁の目に映る姿の中にグワットの姿はなかった。グワットの姿はなかった。

 初霜は隣の暁を真似てか、同じように空を見上げて首をかしげている。彼女の目には当然ただの青い空と白い雲とまばゆい太陽があるだけの、常の空であった。

 

 暁は余裕をもった相を装って咳をはらう。その姿が既に余裕のなさを見せてしまっているのだが、艦娘としてはともかく、少女として幼い暁にはまだまだ理解し得ない事である。

 帽子を頭に乗せたまま、首をかしげてじっと暁の顔を見る初霜に、暁は口を動かした。

 

「初霜が秘書艦として頑張って、作戦でもっと頑張ってくれれば、同じ第一水雷戦隊の仲間として暁ももっと頑張れるわ!」

 

 暁なりの声援であり、感謝だ。初霜と暁は所属する駆逐隊は違うが、上は同じだ。第一水雷戦隊旗艦阿武隈の下、地味で目立たぬ、だからこそ意味のある仕事を重ねてきた仲間である。その仲間が提督の秘書艦として、また第一艦隊の準レギュラーメンバーである事に暁は妬まず、そんな初霜が居るから自身も進めると言ったのである。

 その言葉に初霜は、にこり、と微笑み頭に乗せられていた帽子を深々と被った。

 

「暁さんにそう言って貰えるなら、私ももっと頑張らないといけませんね」

 

「それでこそ初期秘書艦なんだから」

 

 暁は胸を張って応える。何故に胸を張ったかはレディにしか分からない。グワット辺りなら分かるかも知れないが、彼女は現在プリンツに魚の骨をとって貰っている最中なのでここには居ない。そしてその隣では魚の骨が喉にささって妹の名を叫ぶ利根が居たが、特に関係はない。

 

「それにしても……秘書艦、秘書艦……レディの響きよね!」

 

「そ、そうかしら……?」

 

 目をきらきらと輝かせて、暁は初霜の肩を勢い良く掴んだ。

 

「眼鏡とかスーツとか、こう紙一杯持って社長の横に居るんでしょ? 暁知ってるんだから!」

 

「……」

 

 初霜は何も応えず、自身の姿を見下ろした。

 胸の辺りを小さく叩き、スーツではない事を確かめる。鼻の辺りを、とんとん、と指で叩き、眼鏡がない事を確かめる。そして、彼女は暁に顔を向けた。

 

「そうした方がいいんでしょうか?」

 

「んー……」

 

 暁はゆっくりと初霜の姿を眺めて、なにやら真剣に考え込み始めた。彼女の淑女理論が分析を始めてしまったのだろう。このままでは長考に入ると感じた初霜は、

 

「今度妙高さんや高雄さん、鳳翔さんに聞きましょうか」

 

 そう言った。暁は思考の渦の入り口から脱し、目を閉じた。初霜が口にした艦娘達の顔を瞼の裏に描き、ふむふむ、といった様子で頷きながら目を開ける。

 

「なるほど、なかなかいい人選じゃない。じゃあ暁は熊野達に聞いておくわね。情報は多様じゃないと」

 

 良い事言った、と隠す事もない相で満足げに頷く暁に、初霜は嬉しそうに頷き返す。どういった事であれ、自身の事を考えてもらえるというのは、幸せな事である。それゆえの、初霜の笑顔であった。

 笑顔の初霜に気を良くしたのだろう。暁はベンチから立ち上がり、傍に置かれていた自販機へ、てくてく、と歩いていく。

 

「初霜、何飲む?」

 

「そ、そんな、悪いです」

 

 慌ててベンチから腰を上げようとする初霜に、暁は人差し指を突きつけた。

 

「暁はお姉ちゃんなんだから、いいの!」

 

 これを聞いた初霜は、おとなしくベンチに座りなおした。初霜にとって、その言葉は無視できないからだ。

 

 暁は座りなおした初霜を見届けてから自販機に顔を向け、ポケットに入れてある愛用のデフォルメ化された猫の顔型の財布から小銭を取り出して投入口に入れた。ボタンを押して、また同じを事を繰り返す。違うのは押したボタンだけだ。

 両手にそれぞれ缶を持ち、暁はベンチに戻ってくる。左手に在るオレンジジュースを初霜に渡すと、暁は右手にある缶コーヒーのプルトップをあけた。同じように、手に在る缶をあけた初霜が暁に小さく頭を下げる。

 

「頂きます」

 

「はい、どうぞ」

 

 初霜はオレンジジュースを、暁はU○Cの缶コーヒーに口をつけ、小さく仰いだ。

 その姿を第三者が見ていれば、仲の良い姉妹だと微笑んだだろう。ベンチで並び座る暁と初霜は、着ている服こそセーラー服にブレザーとそれぞれ違うが、顔立ちや体つきは驚くほど似ている。先ほど初霜に対して暁が自身を「姉」と言ったのも、決して間違いではないのだ。

 

 初春型、という駆逐艦は軍上層部の無茶な要求によって作られた。従来の駆逐艦より小型に、従来の駆逐艦同様の武装に、と建造された初霜の姉である初春と子日は、その無理な設計が祟って問題を抱える艦となってしまったのだ。そうなると、設計を見直さなければならない。そのため、若葉と初霜の建造には特Ⅲ型――暁型の設計思想が一部流用された訳である。

 もちろん、それは彼女達の"前"の頃の話だ。少女の体を持った今はまた違った可能性もあったのだが……結果は、今並んで座る二人を見れば言うまでもない事だろう。

 

「秘書艦……かぁ」

 

 コーヒージュース、とでも言うべき甘い缶コーヒーから口を離し、暁は流れる雲を遠い目で見つめて呟く。先ほどまでの話題であったその単語に、初霜は暁に返した。

 

「初めの五隻……五人からの伝統でしたよね」

 

「そうそう。初めて人と接して、人と艦の間をとりもった五人……」

 

 艦娘として人類と接触したその五人が、今も多くの艦娘達と僅かな人間――提督の間をとりもっている。人との相性が特に高かった五人の同型同名艦娘は、今も各鎮守府や警備府に着任する提督の補佐役として、大本営から一番最初に与えられている艦娘――所謂初期秘書艦だ。

 

「秘書艦かー……」

 

 妹一人、姉三人がその最初の五人である事に思う事があるのか、暁は缶コーヒーを両手で包み込み大きなため息をついた。少しばかり不安げに顔を窺おうとしていた初霜は、しかしそれを為せなかった。暁が突然隣にいる初霜に顔を向けたからだ。

 

「吹雪と電と叢雲はまだ分かるの! 漣や五月雨って大丈夫なの?」

 

 別に重たい事は考えておらず、暁はそんな事を考えていたらしい。安堵のため息を小さく零す初霜を無視して、暁は更に口を動かす。

 

「だって漣なんて言ってる事よくわかんないし、五月雨はばーってやってごんってやって良くこけてるじゃない!」

 

 初霜にはその擬音は判然と出来なかったが、暁の言いたい事は理解できた。漣は少々――大分……酷く癖の強い艦娘であるし、五月雨は何もない道でもこけるような艦娘だ。補佐役としてどうかと思わないでもない。と初霜は頷いたが、それだけではない事も理解している。

 

「艦娘も色々だから、提督も色々なんですよ」

 

 吹雪を標準とするなら、叢雲は意志の弱い提督を引っ張るタイプで、電は我の強い提督を包み込むタイプだ。そして件の二人はというと、五月雨は庇護欲の強い提督と相性が良く、漣はオブラートに包んでマイルドにして明言を避けて人に優しく例えるなら、他者と接する事に少々問題がある自分の世界だけでも十分生きていける引きこもりがちなう○こ製造機一歩前インドア派の提督達から大人気の艦娘であった。

 

 それぞれがそれぞれに、需要があるわけである。

 初霜からの説明を聞いて、なるほどなるほど、と頷いていた暁は、ん? といった様子で首をかしげて初霜の顔を覗き込み始めた。

 

「あ、あの……何か?」

 

「んー……んー……? んー…………まぁ、いいか」

 

 初霜には応えず、暁は缶に残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がった。珍しく、ぷくり、と頬を膨らませる初霜の顔を見て、暁は彼女の頭から帽子を取る。

 

「あ……」

 

 と零し、名残惜しそうに自身の頭をさする初霜に、暁は顔を近づけて

 

「ひはいです……あかふひさん」

 

 両手で初霜の両頬を引っ張った。が、それも直ぐに終わる。両頬を開放された初霜は、自分の前に立つ暁を見上げて、唇を尖らせた。

 

「もう、なんなんですか」

 

「初霜だなーって思って」

 

「わかりません……」

 

 本当に意味不明だと思っているのだろう。素直にそう書いてある初霜の顔を見て、暁は笑った。淑女らしからぬ笑みであったが、暁は幼い顔に相応しい笑顔で暫しコロコロと笑うと、

 

「あぁ、あと少しで輸送任務ね」

 

 自身の右手に巻いてあるデフォルメされた犬の顔型の腕時計、そこにデジタル表記された数字を確かめながら暁は左手に持っていた帽子を自身の頭に乗せた。

 

「じゃあ、いってくるわ。暁も頑張るんだから、初霜も頑張ってね!」

 

 そして暁は、初霜に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 輸送任務までの時間は、まだ30分以上ある。だが、可能な限り15分以上の余裕をもって任務につくのがこの鎮守府のルールだ。暁は一旦背後に振り返った。彼女の目に、小さくなってなお、未だ暁に手を振っている初霜の姿が見えた。それに大きく両手を振って応え、暁はまた前に向き直り歩いていく。目的地は港に設置された待機所だ。

 

 だが、そこにつく少し前に、暁は声をかけられた。

 

「どもどもー、青葉ですー。今ちょっとだけよろしいですか?」

 

 青葉だ。トレードマークのメモとペンと手に話しかけてくる青葉に、暁は時計を確かめてから頷いた。

 

「時間遵守はレディの嗜みなんだから、早くしてよね!」

 

「えぇ、それはもちろん。では、提督が執務室から出てくるには、どうすれば良いと思います?」

 

「部屋の前で宴会するとか?」

 

「おや、日本神話をご存知で?」

 

「ううん、この前那智が食堂で言ってた」

 

「あー」

 

 そんな調子で、二人は会話を続けていく。青葉は質問し、暁はそれに答える。その質問も終えたところで、今度は暁が青葉に質問した。

 

「青葉、これなにか意味のある質問なの?」

 

「……あー……いえ、なんと言いますかー……」

 

 目を泳がせ言葉を淀ませる青葉に、暁は目に力を込めた。

 

「司令官をいじめたりするの?」

 

「それはないです。絶対ないです。命にかけてもないです」

 

 そう返しながら、青葉は内心冷や汗をかいていた。ただの少女、ただの駆逐艦娘にしか見えない暁だが、専用の艤装に第二特殊改装を施された古強者の一人だ。少なくとも、青葉より先に提督の下に在った艦娘である。

 

「ふーん、じゃあ、いいわ。そろそろ時間だから、もう行くわよ?」

 

「えぇ、ご協力どうも」

 

 去っていく暁の背が視界から消え去るまで見送ってから、青葉は力を抜いて息を吐いた。失敗した、と思いながら。

 

 青葉は暁が答えた先ほどの回答を確かめながら、艦時代、そして現在も彼女が所属する水雷戦隊の名を小さく呟いた。

 

 「第一水雷戦隊……」

 

 第一水雷戦隊。主力戦艦部隊を護衛するための戦隊であり、戦艦娘自体に護衛の必要が少なくなった今現在での捉え方をするなら。

 提督を守る、小さな盾達だ。

 

 ――これだから駆逐艦は怖い。

 

 青葉は脳裏にこの鎮守府の初期からの秘書艦の顔と、今しがた暁が見せた鋭い双眸を確りと思い浮かべながら、メモ帳をうちわ代わりに顔をあおいだ。

 




多分もふもふにとってprprは近い従姉とかだと思う

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