執務室の新人提督   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第14話

「提督、外を見てどうしたの?」

 

 冷たげな、ひやりとした声に提督はばつの悪い顔で、自身の隣に立つ声の主を見上げた。

 白い着物と、短めの青い袴。サイドポニーに結われた髪は茶色で、相は――声同様、冷たげだ。

 

 提督の隣で冷然と佇むのは、元加賀型戦艦一番艦、現加賀型正規空母一番艦、加賀であった。彼女は持っていた書類を執務机に置き、

 

「今日の貴方の仕事です。お願いします」

 

「あ、はい」

 

 提督の隣に立ったままじっと彼の手元を見つめる彼女からは、そこから動き出す気配は欠片も見出せない。ペンを手に取り、書類に向かおうとした提督であったが、頭をかいてからもう一度隣を見上げた。

 

「あー……加賀さん、その、なんだろうなぁ」

 

「……なに?」

 

 冷めた相に相応しい双眸で、加賀は提督を見下ろしたまま首をかしげた。仕草は愛らしいが、加賀のまとう冷たい気配のせいで、獲物を狙う肉食獣の予備動作の様にしか提督には見えなかった。無論、そんな思いはおくびにも出さない。

 

「そっちに、秘書艦用の小さな机がある訳で」

 

「あれですか」

 

 提督の言葉に、加賀は執務室にあるそれを流し見る。提督用の執務机から少し離れた所に置かれたその机は、

 

「……少し小さいのではないかしら?」

 

「うん、そうですね」

 

 加賀の言う通り少しばかり小さかった。本来執務室にあった秘書艦用の机は、もう少し大きい物であったのだが、提督の秘書艦である、駆逐艦娘の中でも特に小柄な初霜用にと合わせた所、こうなってしまったのである。兵器だろうが日常品であろうが、特化すれば汎用性が犠牲になる。

 脳内で初霜用の机に、ちょこなん、と座る加賀を思い浮かべてから、提督は、無いな、と心の中で頷いた。

 

「じゃあ、ソファーにでも座っていれば――」

 

「……何、迷惑なの?」

 

「なんでもないです」

 

 物騒な光を帯びだした加賀の瞳から逃げるように、提督はペンを持つ手に力を入れ、書類に向き直った。

 

 ――仕事に集中しよう。うん、それでいこう。

 

 そう考え、提督は今日の仕事分に取り掛かった。時計の秒針の音と、提督が走らせるペンの音だけが執務室に木霊する時間がしばらく続く。

 が、人の集中力は一時間と持たない。ましてや隣に、その頃には背後に近い場所ではあったが、兎に角他者の気配があればなお更だ。

 提督は執務机に置かれた湯飲みに手を伸ばし、なんとはなしに小さな秘書艦用の机を見た。

 

 ――初霜さん、今頃海の上か。

 

「初霜の事?」

 

 提督の視線の先にある物を理解したのだろう。加賀は小さな声で提督に問うた。

 加賀の言葉に、提督は素直に頷いた。

 

「今日は、第一艦隊に編入されていたのよね?」

 

「うん、対空要員としてね」

 

「夜戦、対空、おまけに秘書艦と忙しいわね、あの子も。で、旗艦は?」

 

「山城さん」

 

 提督の上げた名前に加賀は、あぁ、と呟いて頷いた。

 

「"第一艦隊旗艦"ね。なら大丈夫だわ」

 

「? あ、うん」

 

 加賀の言葉に妙な違和感を覚えた提督だったが、このまま少し会話をしてみようかと思い、持っていた湯飲みを机に戻して口をもう少し動かす事にした。

 

「それにしても加賀さん、よく秘書艦の代役なんて引き受けたねー?」

 

「非番だったのよ。それに、特に用事もなかったから」

 

 この鎮守府における初期秘書艦である初霜は、第一艦隊の旗艦を兼任しない。他所では知らず、この提督の鎮守府では、旗艦は旗艦、秘書は秘書と分けている。

 普段提督の仕事を補佐する上に、作戦行動にまで出てしまうのはどうだろうか、という提督の考えの下、分業化されたのだ。

 その時、提督が意識せず零した『それすぐ赤色にならないか?』という言葉は誰一人として理解できなかったのだが。

 

「まぁ……暫くの仕事は戦闘機の開発込みだから、加賀さんに頼んだろうねぇ、初霜さんも」

 

 一枚の書類を手に取り、提督はその内容を確かめる。数日前、提督が大淀に渡した戦闘機開発許可申請への大本営からの返事だ。

 

 ――好き勝手に、開発は出来ないんだよなぁ。

 

 独断専行などもっての外。何をするにも許可、というのは当たり前の事であるが、提督にとっては今更だ。彼の鎮守府の戦力は、既に異常だ。しかし、それでも現場では足りていない物がある。それを補う為の開発だ。

 

「戦闘機開発……私にもなにか手伝えればいいけれど」

 

「いやいや、手伝うも何も、加賀さん達じゃないとさー?」

 

「龍驤や鳳翔さんに頼んだらどう?」

 

「二人とも今は海の上じゃないか」

 

「……そうね」

 

 加賀は提督の手に在る書類を見て、顎に手を当てた。

 

「提督、資材は?」

 

「大丈夫だよ。その辺は問題ない」

 

「どの子を開発したいの?」

 

「彩雲と烈風はもう少し欲しいかな……使い回しじゃなくて、それぞれ皆に専用として渡せれたら、ベストだと思う。まぁ、流石にそこまでの数は許可されていないけれどね」

 

 基本的に、戦闘機は空母系の艦娘達の間で使い回しされる。強力な戦闘機は建造が困難だ。自然、性能の高い戦闘機は龍驤と鳳翔に回され、彼女達の癖がついてしまう。そうなると、他の空母に渡された際、戦闘機達の機動が僅かだがぶれるのだ。

 

 もっとも、それは提督が山城から報告された話で、実際に目にした訳ではない。ただ、聞いた以上どうにかするのが提督の仕事だ、と彼は大本営に許可を求めたのだ。

 それにしても、と提督は手に在った書類を机に戻した。

 

「このタイミングで初霜さんが加賀さんと代わったって言うのは、多分あれだねぇー」

 

「えぇ、大淀や長門と話し合って、かつ貴方の役に立てるようにと作戦に参加したんでしょうね」

 

「そんなに頑張っても、僕はなにも返せないんだけどなぁ……初霜さん」

 

 しみじみとした呟く提督を斜め後ろから窺いながら、加賀は少しばかり眉をひそめて口を開いた。

 

「貴方、駆逐艦の子に懸想しているの?」

 

「なんでそうなるんですかね?」

 

 顔を加賀に向けて頬を引きつらせる提督の目を、加賀はじっと覗き込みため息を吐く。

 

「仕事に戻りましょう、ロリコ――提督」

 

「今なんて言おうとしたのかな?」

 

「それは精神病の一つだとはっきり口にした方が?」

 

「まず僕はそれじゃないと理解して欲しい」

 

 はっきりと口にした提督に、加賀は頷いただけだ。それが了解の意であるのか、どうでもいいの意であるかは、提督には分からなかった。白黒はっきりしたいと提督は考えたが、今仕事中であるのも事実だと思いなおし、不承不承頷いて妖精達に渡す戦闘機用の資材記載書を机に広げた。この書類は最終的に秘書艦の手によって妖精に渡される。そこに記された資材数で、妖精達は開発、建造を始めるのだ。

 

「あー……彩雲、烈風、流星狙いは……」

 

 ――あぁ、こっちにはアレがないからなぁ、流石にこの辺りは確りと覚えちゃいないなぁ。

 

 それでも、とあやふやな記憶を頼りに、眉間に皺を寄せながら背を丸めて書類にペンを走らせようとしていた提督は、しかし突如固まった。

 

「確か、この配分だった筈よ」

 

 加賀が、その書類に各資材の消費数を記していく。提督の背後から。提督の頭に乗せて、としか言えない姿で。加賀の何が提督の頭に乗っていたかは、言う必要も無いだろう。

 提督は慌てて机に伏せ、加賀の豊かなそれから逃げる。机に突っ伏した間抜けな姿で、提督は目を閉じて声をあげた。

 

「加賀さん、心臓に悪いよ……」

 

「そう……?」

 

 加賀は真っ直ぐと背を伸ばし、机にへばりつく提督を見下ろす。提督は首だけ動かし、背後にいる加賀に目を向けた。視線が交差した二人は、それぞれの反応を見せた。加賀は腕を組んで窓の外をみつめ、提督は癖なのだろう、頭をかいていた。

 

「……扶桑」

 

「はい?」

 

 突然とある航空戦艦娘の名を零した加賀に、提督は首を傾げた。加賀は窓の外を見つめたまま、提督の言葉に応える。

 

「窓の外の道に、扶桑が居たわ」

 

「あぁ、なるほど……」

 

「妹は第一艦隊旗艦、彼女も準一軍メンバー……立派なものね」

 

「うん、彼女達にはいつも助けられているよ。なんというか、扶桑さんなんて数少ない癒し枠の人でもあるしねぇ」

 

 偶に執務室に妹と共に来る扶桑の佇まいを思い出したのだろう、提督は笑みを浮かべた。その言葉に、加賀は窓から視線をそらし、俯いた。その相がどこか苦しそうな気配を含んでいる事に気づいた提督は、慌てて身を起こし目を見開いた。

 

「え、ちょ、加賀さん? なにその反応? え、違うの? 実は優しい近所のお姉さん枠じゃないの扶桑さん?」

 

「少し前の話なのだけれど――……いえ、やっぱりやめましょう」

 

「すっごい気になるんですがそれは」

 

 その提督の言葉が、加賀の背を押してしまったのだろう。加賀は遠くを見る目で執務室の壁を見つめながら、話し始めた。

 

「この前、廊下で初霜と扶桑がすれ違ったのを遠くから見たのだけれど……扶桑、初霜に向かって手を合わせていたわ……」

 

「Holy shit!」

 

 金剛が居たらびびるくらい流暢なイントネーションで提督が叫んだ。態々流暢なイントネーションで叫ぶような事では無かったが。

 

「あと、初霜と雪風と時雨が扶桑とすれ違ったのを遠くから見た時は……扶桑、彼女達に向かって膝をついて賛美歌を歌いだしていたわ……」

 

 提督は無言で数度机を叩き、それが終えると暫くただ静かに肩を震わせていた。

 ちなみに、扶桑に突如賛美歌を捧げられた彼女達の反応だが、時雨はハイライトの消えた瞳で扶桑をじっと見つめ、雪風は初霜の背に隠れて泣き出しつつ確りと魚雷を装填し、初霜は周囲を見回し退路を確保しようとしていた。

 偶然その場を通った山城が、扶桑を引きずって去らなかったらどうなっていたのか、それは歴史のIFである。

 

 提督は天井を仰ぎ見、ため息と共に言葉をつむいだ。

 

「仕事に戻ろう」

 

「そうね」

 

 提督は机の上にある書類に向き直り、加賀は提督に覆いかぶさり再び頭に豊かな双丘を乗せた。提督は数秒ほど固まり、また机に伏せて暖かく柔らかいそれから逃げる。疲れた顔で目を閉じ、提督は声を上げた。

 

「加賀さん……?」

 

「冗談よ」

 

 加賀は小さく呟いて、微笑んだ。

 

「半分くらいは」

 

 加賀の笑みは、当然提督には見えなかった。




夏と冬は忙しい加賀さん

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