振り向きへホームラン【完結】   作:puc119

56 / 69
第54話~彼女たちの場合~

 

 

 正直なところ、彼がまたパーティーを離れてソロでやると言うのは不満だった。

 そりゃあ、私たちのことを思ってのことだってのはわかっていたけれど、別に私はそんなこと気にしないもん。少しぐらい時間がかかっても良いから皆と一緒にクエストへ行きたかった。

 

 そう思ったから最初は彼の提案に反対した。早く強い装備を作った方がいいってのもわかる。でも、別にソロでやる意味はそんなにないはず。

 結局、彼が提案してきたその日は、結論が出ないまま別れることに。そんなどうにもモヤモヤとする気持ちのまま帰ろうとした時、笛ちゃんに呼び止められた。

 

 どうしたのだろうかと思っていると――

 

「……彼の提案を受けてあげて」

 

 なんて言われてしまった。

 むぅ、これで2対1と私が不利になってしまった。それでも引くつもりはやっぱりない。

 

「私は彼の素材集めくらいならいくらでも手伝うし、それで時間がかかることなんて気にしないよ?」

「……私だってそう」

 

 うん? そうなの? じゃあできれば私側についてもらいたいのだけど……

 そうだと言うのに、どうして笛ちゃんは私を説得しようとするのだろう。

 

「ただ……今回は私たちのためにもなると思う」

「ん~……どう言うこと?」

 

 私たちの……ため?

 そりゃあ、彼のクエストへついて行くよりは自分たちの装備を強化するためのクエストへ行った方がいいのはわかるけど、なんかそう言うことではない気がする。

 

「いつも彼に頼ってばかりだった。だから私たちだけでも頑張らないと」

 

 ああ、なるほど。そう言うことですか。

 それは私も思っていたこと。特に私なんて彼に頼ってばかりだった。初めて彼とクエストに行ってからずっと。

 

 そして、多分だけど笛ちゃんは――私のために言ってくれている。

 

 私たちが、初めてクエストを失敗したあの日の帰り道で聞いてしまった二人の会話。彼はそのことに気づいていないと思うけれど、私はもう知ってしまった。

 

 この二人はこの世界の人じゃないって。

 

 じゃあ、どうやってこの世界へ来たのか。それはわからない。あの話を聞いていた限り、たぶんいきなりこの世界へ来ちゃったんだと思う。

 いきなりこの世界へ来た二人。つまり裏を返すとそれは――いきなりこの世界から消えてしまうことにだって繋がってしまう。私としてはずっと一緒にいてもらいたいけれど、そればっかりはどう仕様も無い。そしてこの二人がある日突然消えてしまうその瞬間から私は、一人となる。

 

 そうなってしまった時、私が今みたく毎日モンスターを倒すようなことができるとは思わない。だから笛ちゃんのセリフは私を思ってのことだと思う。彼女は私が聞いていたことを知っているはずだから。

 そして、笛ちゃんが私のためとは言わず、私たちのためと言ったのは彼女の優しさなんだろう。

 

 ……うん、わっかりました。

 此処まで気を遣ってもらったんだもん。流石に断ることなんてできない。

 

「……そうだね。そろそろ自分だけでも頑張らないとだよね。わかった。彼の提案を受けるよ」

 

 もしこの二人がいなくなった時、私はどうなるんだろうか……

 

「大丈夫、今は私もいるから」

 

 ふふっ、そうだね。

 

 ありがとう。

 

「でも、彼がソロで頑張ってる間、私たちは何をやるの?」

「……貴女の防具を作っちゃおー。何か作りたい防具ってある?」

 

 なるほど、それはいい。

 そして防具……防具かぁ。な、何がいいんでしょうね? 恥ずかしながら本当にそう言う知識はないんです。だって防具って言ってもモンスターの数だけあるじゃん。そんなの覚えきれない。

 

 作りたい防具かぁ……リノプロ装備とか言ったらどうせ怒られるよね。

 そうなると……

 

 

「あっ、じゃあ笛ちゃんが前付けてた防具がいい」

 

 あれ? でも上位防具はあるのかな? 多分あるとは思うけれど、ちょっと不安だ。

 

「ジンオウSってこと?」

 

 おおー、良かった、どうやらあるみたいだ。

 私はジンオウガと戦ったことはないけれど、笛ちゃんが一式を装備していたってことは、慣れているはず。それなら多少は戦い易いんじゃないかぁって思うのです。

 

「うん。どうかな?」

「ジンオウガなら大丈夫だと思う。じゃあ私たちの目標はジンオウS一式ってことで」

「了解です!」

 

 うむ、今は笛ちゃんがすごく心強いです。

 ジンオウガは確か……電気を出すモンスターだったよね。初見でも戦える相手だといいけど……。ブラキディオスみたいな感じだとちょっと辛い。

 

「……それじゃ、また明日。頑張ってこー」

「うん、またね」

 

 

 

 

 

 

 そんな会話を笛ちゃんとした次の日。

 彼に提案を受けることを伝えた。でも、ただ伝えるだけじゃ負けた気がしたから、できるだけ嫌そうな顔をして。そんな私の表情に彼はやっぱり申し訳なさそうな表情。

 それがちょっと面白かった。でも、これくらいは許して欲しい。彼が私たちを頼ってくれないのがいけないのだ。

 

 そしてその日から彼と別れ、私と笛ちゃん二人のパーティーとなった。前回も一度そう言うことがあったけれど、今回は暫くの間続くことになると思う。せめて彼より早く防具を作っちゃいたいなぁ。

 

 彼と別れて直ぐ、私たちも防具を作るためクエストへ出発。

 ちょっと面倒なことにジンオウガは天空山にしか出ないらしい。それでその天空山だけど、なんと往復で2日半もかかってしまうのです。

 こりゃあ、大変だ。

 

 天空山へ着くまで1日と少し。其処から帰るのにも1日と少し。防具一式が完成するまでどれくらいかかるんだろ……

 そんな長い道のりだったけれど、その間は笛ちゃんと色々なお話をした。

 それは彼がいたら絶対にできないような会話。本人がいないのをいいことに言いたい放題。そしてそれが、本当に楽しかったです。

 ただ、どんな会話の内容だったのかは割愛させていただきます。私と笛ちゃん二人だけの秘密なのだ。

 

 そんな会話を楽しみながらも天空山に到着。

 天空山は今まで見たフィールドとは雰囲気が全然違くて、なんて言うか今にも崩れ落ちちゃうんじゃないかって感じだった。採掘なんかをしながら色々なエリアを回ったけれど、段差がすごく多い。そんな独特な雰囲気なフィールドにジンオウガはいた。

 

 ジンオウガの見た目は青、黄、白とすごくカラフル。

 カッコイイと言えばカッコイイかもしれないけれど、見た目は怖い。

 

 よしっ、頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 ……ジンオウガ強い。

 

 なんとかクリアすることはできたけれど、私が2回も倒れてしまった。

 ジンオウガの何が強いって、電気が完全に溜まった状態になるともう手がつけられないところ。尻尾ならまだ攻撃できるけれど、それが切れちゃうともうどうしていいのかがわからない。

 笛ちゃんがいてくれて本当に助かった。

 

「お疲れ様」

「うー、お疲れ様……」

 

 まずいなぁ、こんなに強いとは思っていなかった。一式防具を作るってことは、あともう何回か戦う必要がある。こんな調子で大丈夫だろうか。

 

 

 彼と別れて最初のクエストはそんな感じとなってしまった。

 一応クリアすることはできたけれど……なんとも厳しい感じ。むぅ、やっぱり3人いないと大変だ。そうだと言うのに、彼はよく一人でやろうなんて思えるよね。

 

「……次からだけど、ジンオウガがバチバチ状態になったら、乗り攻撃お願い」

「あっ、うん。了解です!」

 

 そう言えば、今回は自分がやられないよう必死で乗りを全然狙っていなかった。そかそか、乗れば良かったのか。

 うむ、次からはもう少し戦えそうな気がしてきた。

 

「ジンオウガって何頭くらい倒さないとかな?」

「どんなに少なくても4頭くらい。それに碧玉がなかなか出ないからもっと増えるかも」

 

 おおぅ。少なくて4頭ですか。

 そして碧玉ってのが……うん? 碧玉? それなら確か……

 

 アイテムポーチの中身をガサゴソと確認。クエスト中で慌てていたからしっかりと確認はできなかったけれど、雷狼竜の碧玉とやらを拾った気が……ああ、うん。やっぱり持ってた。

 

「碧玉とか言うのなら出たよ?」

「……え? ホ、ホントに?」

 

 超驚かれた。でも、何がそんなに驚くことなのかはわからない。

 

「うん、バチバチが解けたとき、落し物をしたから拾ってみたんだ。そしたらその碧玉って奴だった」

 

 なるほど、この碧玉ってのはどうやら珍しい素材なんだね。それは良かった。

 そして私の言葉に笛ちゃんは、物欲センサーがー。とか、リアルラックがー。とか、良くわからないことを呟いていた。

 でも、どうやら悪いことではないのだし、良しとしよう。

 

 

 

 

 

 ジンオウガ討伐2頭目。

 

 1頭目を倒してから、また直ぐに2頭目を倒すために天空山へ出発。例のごとく一日以上の間、揺られ続けた。その間は寝たり笛ちゃんと会話をしたりと、なかなか忙しいのです。

 

 そして前回のことも踏まえてのクエスト。

 1度戦い、少しくらいはジンオウガの動きにも慣れてきたから、今回は一度も倒れませんでした! それはバチバチ状態になったら乗るって言う、笛ちゃんのアドバイスのおかげもあったんだと思う。

 素材も集まってきたし、うん、なんかいい感じだ。

 

 

 バルバレに戻り防具に必要な素材を確認してもらうと、ジンオウガ素材は雷狼竜の高電殻って言うのと、雷狼竜の堅殻って言うのが足りなかった。でもたぶんあと一回行けば集まると思う。

 そして何故かジンオウガ装備にはアルセルタスの素材が必要みたい。いや、まぁ、色は似てると思うけどさ……

 

「……あれ? 雷狼竜の甲殻はいつ手に入れたの?」

 

 驚いたような笛ちゃんの声。

 甲殻ってのは……ジンオウガの下位素材だっけ?

 

「えと、確か私が頼んだふらっとハンターが取って来てくれたんだと思う」

 

 あのハンターたちにはいつもお世話になってます。私が戦ったことのないモンスターの素材を持ってきてくれるし。

 お金も其処まで要求されないし、リターンの方が多いと思う。

 

「えっ……そんなのあるの?」

 

 いや、普通にあるけど……

 

「うん、失敗しちゃうことの方が多いけど、たまに成功してくれるよ。笛ちゃんも頼んでみたら?」

「し、知らない人に話しかけるのはちょっと」

 

 それくらい頑張ろうよ……

 

 

 

 

 ジンオウガ討伐3頭目。

 

 3頭目ってこともあり……うん、流石に慣れました。

 どうしていいのかわからなかったバチバチ状態の時も、今ではちゃんと攻撃することができる。確かに動きは速いし、攻撃と攻撃の間も短い。でも絶対に躱せないような攻撃でもないから、慣れれば其処まで強い相手じゃないんじゃないかな。

 とは言え、ソロじゃ無理です。笛ちゃんと一緒だから此処まで強気になれてます。

 

 3頭目の討伐も終え、これでジンオウガ素材は揃いました!

 そしてなんて言うか……ちょっとだけ自信もついたかなって思います。

 

 

 

 

 

 3頭目のジンオウガの討伐が終わって直ぐ。もうどうせだったら、このまま必要な素材を全部集めちゃおうってことで遺跡平原へアルセルタスの討伐に出発。

 

 ……アルセルタス、か。

 

 上位のアルセルタスと戦うのは初めてだけど、やっぱり彼と初めて行ったクエストのことを思い出した。

 

 そんなアルセルタスも笛ちゃんが鬼のように閃光玉を使ってくれたこともあり、あっさりと討伐完了。なるほど、今まではどう使うのかよくわからなかったけれど、閃光玉はそう使うのか。私も今度試してみようかな。

 

 そして! ついに素材が全部集まりました!!

 

 彼と別れてからもう8日目になっちゃったけれども、これで私の防具を作ることができるはず。彼の方は順調だろうか?

 

 その日は素材が全部集まったってこともあり、打ち上げをすることに。彼がいないのは寂しいけれど、たまには笛ちゃんと二人で飲むのも悪くはないのです。

 そんなウキウキ気分でバルバレへ戻ると、彼が闘技大会へ出場するってことを聞いた。

 

 ……いや、どうして闘技大会?

 彼のことだし、それが無駄なことではないんだろうけれど、私には彼が何を思って闘技大会へ参加するのかがわからなかった。

 

「……今日はいつもみたいに飲まないんだ」

 

 そんな彼は良いとして、笛ちゃんと二人で打ち上げ。

 今日もアルコールは美味しいです。一山越えたのだしなおのこと。

 

「うん。だって、今はいないんだもん」

 

 笛ちゃんの言葉に私がそう答えると、彼女は可愛らしく笑った。

 お酒は好きだけど、彼がいないのならその量も減ってしまうのです。

 

 

 

 

 それから二日は疲れた身体を休めるため、クエストへは行かなかった。

 とりあえず加工屋へ防具をお願いして、その後は笛ちゃんと買い物をしたり、渋る彼女にふらっとハンターの依頼の仕方を教えたりなど。

 笛ちゃんは人見知りな方だとは思っていたけれど、此処までだとは思わなかった。

 

 そして二日経ち私の防具が完成。そんなことはないはずなのに、新しい防具を装備しただけで、自分がすごく上手くなったように感じた。

 あと、笛ちゃんの防具も完成だそうです。でも私と違って所々下位の防具だし、一式でもない。似合っているとは思うけれど、それで大丈夫なのかな? 素材が足りない場合とかは仕方ない時もあるけれど、普通なら一式防具なはず。でも笛ちゃんはそれでいいって言ってるし……ふむ、よくわかりませんな。

 

 この後はどうしようか。と話あった結果、あともう一度だけ二人でクエストへ行き、それから彼と合流しようってことになった。

 そして行くクエストはガララアジャラとしました。前回は私がやられちゃったし、笛ちゃんの武器を強化するのにも使うそうだから丁度いい。

 

 そんなガララアジャラのクエストだけど、囲まれても焦らないこと。後ろ脚をひたすら狙い続けることを意識。

 そして今回は私もやられることなく討伐完了。私が慣れたってのもあると思うけど、笛ちゃんの演奏のおかげで耳を塞がなくても良くなったのが大きかったです。

 

 お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼と別れてからそれなりの時間が経った。

 もっと上手くできたんじゃないかなぁって思うところはあったし、まだまだ自分が上手いなんて思えない。

 それでも彼抜きで上位の防具を一式揃えることができた今、少しは胸を張ることができると思う。それほどに、彼の存在って言うのは私の中で大きかったんです。

 そして、前よりも少しだけ上を見ることができるようになったのだし、こうやって別れることになってしまったのも結果的に良かったのかなって思います。

 

「それじゃ、あの彼のとこへ行こっか」

「……うん」

 

 そしてそんな私に付き合ってくれた彼女。

 彼女には何度も何度も助けられた。3人目のパーティーが彼女で本当に良かったって思う。

 

 あとどれくらい一緒に居られるのかなんてわからないけれど、どうかもう少しだけ一緒に居てくれると嬉しいです。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。