彼目掛けて滑空をしたゴア・マガラが叩き落された。
彼のホームランによって。
何が……起きたの?
いや、何をやったのかはわかってる。わかっているけれど……こんなの無茶苦茶だ。だって、もし彼の攻撃が当たらなかったら、あれだけダメージを受けていた彼は確実にベースキャンプへ運ばれる。そしてもし当たっていたとしても、ゴアが怯むのかはわからない。今回は運良く、スタンをしたから良かったけれど、例えそれを計算していたとしても――
そんなことをやろうとは絶対に思わない。
当たる確率は低く、どう考えたって当たったとしても分の良い賭けじゃない。それでも彼はソレをやった。正直、それが正気とは思えなかった。
「ナイス!」
無邪気に喜ぶあの娘の声。
私はどんな顔をして良いのかがわからなかった。
元々彼にそんな気はあった。あえて危険な方を選んでいくような気が。けれども、今回は流石に不味い。成功したから良いものの、もし失敗していればクエストクリア自体が怪しくなる。だから私はどんな顔をして良いのかがわからなかった。
確かに成功すればメリットはあるけれど、失敗した時のリスクが大きすぎる。そんなことくらい彼だってわかっているはず。
今いるこの世界とゲームはやっぱり違う。そうだと言うのに、彼は飛び込んで行く。それこそゲームと全く同じような感覚で。
私はそれがわからなくて、あの時彼に“怖い”と言った。そんな動き私には絶対にできないだろうし、他の人だって同じだと思うから。
そんなんだから、やっぱり私は彼が怖かった。
―――――――――――
「っしゃ、倒したーっ!」
「ギ、ギリギリだったね……」
エリア8。飛竜の卵なんかが落ちている場所の近くでゴア・マガラは動かなくなった。
もう少しで3スタンを取れそうではあったけれど……まぁ、倒せたのだし良しとしよう。これで俺たちも晴れてHR5となる。やれることは一気に広がった。うむうむ、順調順調。
さてさて、そんじゃ防具のためにも剥ぎ取らせてもらおうかな。上位のゴア素材が必要なのは3部位。レア素材は必要としないけれど、俺の運の悪さを考えると、あと数回は戦わなきゃいけない気がする。
必要素材も後で確認しないとかなぁ。なんて考えながら剥ぎ取りをしているとき、笛の彼女が何故か俺の方を見ていることに気づいた。どうしたのだろうか?
「剥ぎ取らないの?」
「あっ、うん……剥ぎ取る」
……うん? 何かあったのかね?
今回はカチ上げを彼女に叩き込んだりしてなかったと思うけど……彼女は怒ると怖そうだし、できるだけ怒らせないようにしたいのです。
「ありがとう。いただきました」
剥ぎ取りを終えてからいつもの言葉を落とす。
ゴア装備は、これからかなり長い間お世話になると思う。だから大事に使わせてもらおう。さて、次の目標は……まぁ、その辺も話し合えば良いか。今ばかりは無事HRが上がったことを喜ぼうじゃないか。
ガタゴト揺れる帰り道。
どうやら二人とも寝てしまったらしい。まぁ、緊急クエストって妙に緊張するもんね。それに今回は決して弱い相手ではなかったのだし、疲れて寝てしまうのも仕方無い。
そんじゃ、俺も寝よっかな。なんて思い、一つ大きく伸びをしてから目を閉じようとしたときだった。
「……今日の2回目のスタンを取った時だけど」
なんて急に笛の彼女から声をかけられた。
てっきり寝ているものとばかり思っていたから、超びっくりした。んもう、起きているのなら起きていると言って欲しかった。
んで、2回目のスタンを取った時と言うと……ああ、滑空してきたゴアに俺のホームランが当たった時か。今思い返しても、あの時はホント当たって良かったと思う。あの時当たっていなかったら、クエストをクリアできたのかも怪しいのだから。
「うん、それがどうしたの?」
「……スタン値の計算とかしてた?」
……いや、してないです。
てか、パーティーでスタン値計算とか俺じゃあできません。上昇値も減少値もはっきりとわかっていない相手。それでいて、彼女が当てた分まで計算するなんて俺には無理です。
「いんや、してなかったよ」
もしかして彼女はやっていたのだろうか? ちょっと信じられないけれど、その可能性もなくはない。
お、俺だってソロなら……できなくはないです。でも、スタン値を計算していたところでTAをやっているわけじゃないのだから、其処までメリットはないんだよね。
「あの時……貴方はどうして避けずに攻撃したの?」
おおぅ、しっかりと見られていたのか。ちょっと恥ずかしい。まぁ、その直前はゴアにボコボコにされていたわけだから、自分で思っている以上に目立っていたのかもしれない。
でも、そう言う目立ち方はちょっと勘弁願いたいところ。
さて、彼女の質問への答えだけど……どうしたものやら。
正直なところ、俺にもよくわからない。はっきりと覚えてはいないけれど、あの時は確かに納刀して回復しようと思ったはず。けれども、何故か身体は言うことを聞かず、そのまま博打みたいなことをした。
……あれ? もしかして俺が思っている以上にヤバい状況だった?
「ん~……どうしてなのかは俺もわかんないかな。なんか、攻撃したくなった……のかなぁ」
なんともまぁ、酷い回答となってしまった。
とは言っても、自分でも良くわかっていないのだ。あの時は、ゴアの動きしか視界に入らなかったし、たぶん何も考えていなかった。
「……危ないよ?」
ですよねぇ……
きっと、彼女も色々と思うことがあるのだろう。もし、俺と彼女が逆の立場だったとしたら、俺も何かを言っていたと思う。
てか、其処はパーティーとして言わなきゃいけないこと。だって一人だけの問題ではないのだから。
「すみませんでした」
だから、素直に謝った。
成功したから良かったものの、失敗していれば彼女たちに迷惑をかけていた。今更になって嫌な汗が吹き出してくる。
「あぅ、あっ、いや、そんな謝って欲しいわけじゃなくて……でも、危ないことはダメだと思うから……」
わたわたし始めてしまった彼女。
本心では『調子乗んなよ、このやろー』くらい思っているのかもしれない。でも、それを口に出さないのはきっと彼女の優しさ。思ったことははっきりと言って欲しい。なんて思うときもあるけれど、今ばかりは彼女の優しさに救われる。
「うん、ありがとう。できるだけ気をつけます」
ただ、その優しさに甘えることはダメなこと。
それくらいはわかっている。
協力し合うのは大切だ。でも、甘やかし合うのは違う。確かにソロよりはパーティーの方が絶対に効率は良い。けれども、一人が足を引っ張ってしまうことだってあるのだ。例えば、大剣の斬り上げ・ライトの散弾速射・弓の曲射・ガンスの無差別砲撃・片手の盾コン・SB・そしてハンマーのスタンプ。
難しいね、パーティーって。考えなきゃいけないことが多すぎて嫌になる。だから色々と考えなくて良いソロの方が楽と言う人はいるだろうし、その考えを否定はできない。
でも、今の俺はパーティーにいるわけだから、やっぱり考えないといけないんだと思う。上手くいかないことばかりではあるけれど、何も考えないのは違う。
自分にできることは精一杯してみたいのです。
「色々あるとは思いますが、これからもよろしくお願いします」
「……うん、よろしく」
さて、それじゃ俺も寝ようかな。
どうせ帰ったら、相棒が打ち上げしようと騒ぎ出すに決まっているのだ。でも、そんな日常は意外と気に入っていたりします。
おやすみなさい。
――――――――――
――これからもよろしく。
そんな言葉を落としてから彼は寝てしまった。
なんか上手くまとめられてしまった。
むぅ……本当はもっと言った方が良かったかもしれない。でもそこは口下手な私のせいで、本当に言わなきゃいけないことを言うことはできなかった。
この彼のあのハチャメチャな攻撃は大きな武器だと思う。現にあの彼の動きのおかげもあって順調に進めているのだから。それは彼の良いところ。
でも、良いと悪いは裏表。
今まではその表の面しか出てはいない。けれども、いつか絶対に裏の面が出るときは来る。いくら彼が上手くても、全て成功させることなんてできないのだから。そんな危なさが怖い。
そしてその危なさを操虫棍の彼女はわかっていないだろうし、きっと彼も理解はしていない。気づいているのは私だけだ。
直した方が良いのかなと思わないこともない。でも、それが彼の良いところだから、直さない方が良いのかなとも思う。
うーん、どうすれば良いのかなぁ……
そもそも、言って直ることなのかもわからない。だってアレはきっと彼の性格的な問題だから。ソレを直すのはちょっと難しい。
今はまだ問題なく進めている。でも、いつまで問題なく進めるのかはわからない。そしてもし、彼のせいでこのパーティーが躓いてしまった時、彼は……うん、その時は私が頑張ろう。
いつもいつも、彼にばかり頼っているのだ。そんな時くらいは私が頑張ろう。きっと、それで良いはず。
問題を先送りにしてしまっただけな気もするけれど、私にできるのはそれくらい。だって、この問題を解決するのは彼自身が変わらないといけないから。そしてもし彼が変わってしまった時、このパーティーがどうなるのかはわからない。今はそう言うことにしておこう。
不安は残る。でも、もしこの先の未来で彼が躓いてしまった時は私が頑張ると決めました。
ふふっ、パーティーはやらなきゃいけないことが沢山だ。
でも、そのことが何故か嬉しかった。