6000文字超えです
「「すみませんでした」」
初めてクエスト失敗を経験した帰り道。俺と笛の彼女の声が被った。
「えっ、いや、そんな謝らなくても……私もやられちゃったわけだし……」
3人で一回ずつの乙。それで3乙。しかも全員が同じモンスターでソロの時にやられた。仲良死とでも言うべきだろうか。
正直なところ、1回くらいならやられても良いだろうって思っていた。そんな甘い考えがありました。もし俺がイビルジョーに戦いを挑んだとき、既に2乙していたのなら俺がイビルジョーに挑むことは……まぁ、あったかもしれないけれど、その可能性は低かった。
相棒のやられた理由もちょっとどうかとは思うけれど、俺や彼女のように、自分から戦いを挑みやられたわけではないのだから、まだ良い気がする。
そして彼女に至っても、俺がイビルジョーを怒らせていなければ……いや、彼女の性格的にどの道乙るまで戦うか。
あえて言うのなら今回の原因は俺になるのだろう。でもなぁ……やっぱり強いモンスター戦ってみたいんだもん。こればっかりは許して欲しい。
流石に通常クエストでは自重するけど、今回は採取ツアー。失敗しても良いと言う気持ちは人のリミッターを外させる。それに……なんだかんだ言ってイビルジョーと戦っている間はやっぱり楽しかった。それは、武器も防具も揃っていない今しか経験できないこと。確かにやられはしたけれど、アイツからスタンを取ることもできたのだし、ちょっとだけ自分が誇らしい。
弱い弱いと言われたこの武器でも戦いにはなっていたと思う。それが嬉しかった。
そもそも、そんな考えがいけないのかね?
「ま、まぁ、とりあえず、今回で素材も集まっただろうし、良しとしよう」
無理矢理まとめてみる。
これ以上この話を続けると、色々と危ない気がしたから。
「ん~……そだね。また次から頑張ればいっか」
……その相棒さんの単純さが俺は大好きです。たぶん、色々と考えていることはあると思うけれど、そのままの君が素敵だと思う。
そして
――うーん。それじゃ、私は寝るから着いたら起こして。
なんて言って相棒は夢の世界へと旅立った。
さらに暫くすると相棒の寝息のようなものが聞こえてきた。俺もジョーと戦うとき無駄に緊張していたからちょいと疲れてる。ん~……特に話をすることもないし、此処は俺も寝かせてもらおうかな。全員寝てしまったとしても、着いたらネコが起こしてくれるだろう。
そう思い、目を閉じようとしたとき、笛の彼女に防具を引っ張られた。
「どしたの?」
彼女の表情の変化は乏しい。そのせいか、この彼女の考えていることがわかり難い。だから彼女から話しかけられるときは未だに緊張します。
このパーティーになってそれなりの時間は経ったけれど、野郎一人と言う状況は精神的に辛い時もあるのです。一見するとハーレムみたいではあるけれど、この臆病者にとってはそんな状況も其処まで嬉しいとは思えない。
いや、贅沢な悩みだとは思っていますよ?
「……私が戦う前からジョーの牙が壊れてたけど貴方が?」
「あ~……うん、まぁ、そうだね」
何故かちょっと恥ずかしかった。
別に恥ずかしがるようなことではないと思うけれど。
「そっか……やっぱり貴方は上手いね」
いや、それは違うだろう。
この世界へ来てからの時間は長くはないけれど、ゲームはそれなりにやりこんだ。それでいてこんな状況なんだ。本当に上手い奴ならHRが上限解放していてもおかしくはない。
そうだと言うのに、未だ俺のHRは4。それも飛び級までさせてもらってなのだから。それに上手さで言ったらこの彼女の方が上手い。もし俺がソロで続けていたら、未だHRなぞ1のままだろう。そして、きっとその俺はハンマーを担いでいない。
「俺がアイツの牙を壊せたのは、運が良かったからだよ。だから俺じゃなく、最初に君がジョーと戦っていたら牙は壊せたと思う」
運良く、尻尾回し攻撃を連発してくれたし、ショルダータックルの頻度も少なかった。それに本当ならローリングをせずタックルを躱さなければいけないところ、俺の立ち回りが悪いせいでフレーム回避せざるを得なかった。
初めての相手とは言っても、アレだけ戦った相手。もっと上手く戦えたはず。
「ううん、私じゃ無理だった……だって私はアレと戦ったとき、怖くて身体が動かなかった」
彼女にしては珍しく、消極的な発言だった。
怖くて……か。
俺はどうだったんだろう。確かに俺だって怖かった。手足は震えたし、呼吸だってアレだけ荒くなった。けれども、それ以上に――楽しかった。
でもそれはこの世界じゃおかしいこと……なのかな。
「貴方は上手い……上手いけれど、ちょっと怖い」
えっ、いや、そんなことを言われましても……えっ? 何? 俺ってそんなトリガーハッピー的な目で見られていたんですか? それは誤解です。至って正常……だと思います。
「い、いや、だってイビルジョーだよ? 戦いたく……な、なったりしませんか?」
「そりゃあ、なるけど……でも、いざ戦ってみるとそれでも身体は動かなかった。やっぱりこの世界はゲームと違うから……」
――ゲームと違う。
そんな言葉がやたらと印象に残った。
俺だってわかっているつもりではあったけれど、心の底ではそう思えていなかった……のだろうか。
それが良いことなのか、悪いことなのか今の俺にはわからない。
どうして俺がハンターをやっているのかって考えると、モンスターと戦うのが面白いから。と言うのが一番の理由になる。そしてモンスターと戦う時はやっぱり強い相手の方が面白い。圧倒的に自分が有利な状況も嫌いではないけれど、そんなものは直ぐに飽きる。
……アレ? それじゃあ、俺ってもしかしてドM?
い、いや、それはないはずだ。確かに縛りプレイ(エッチな方じゃないよ)も嫌いではないけれど……そ、それでも決してドMってわけではないはずだ。
「私はこの世界に来て一年以上経つ。ゲームと同じことも沢山あった。でも、やっぱりゲームとこの世界は根本的に違う。……貴方はどう思っているの?」
「俺だって、ゲームとは違うと思っているよ」
たぶん、きっと。
でも、なんだろうか。此処に来て、それもなんだか怪しくなってきた。今まで真剣に考えたことがなかったせいか、本当は自分がどう考えているのかがわからない。
「え、えと、もし俺がこの世界をゲームのままだと思っていたら、それって不味いこと……なのかな?」
「本当はどうなのか私にもわからないけど……私はやっぱりそう思えないから、貴方が少し怖い」
じゃあ、どないすりゃ良いんでしょうか……
怖いって言われても俺は普通なつもりだったんだけどなぁ。彼女の言葉にはちょっと傷ついています。メンタル弱いんです。
「でも、貴方はそのままで良いと思う。もし私と貴方が同じ考えだったら、この娘は一人になっちゃうから。それはきっと辛い」
……彼女が何を伝えたいのか、やっぱりわからない。
それでも、このパーティーのことを――相棒のことをちゃんと考えてくれているんだって思えて、それが嬉しかった。だからそっと笑ってみた。恥ずかしいから彼女に気づかれないよう、そっと。
この世界の人間がNPCにしか見えないと言った彼女。そんな彼女の目に今の相棒はどう見えているのだろうか? それが少し気になって。でも、なんとなく答えはわかったから、やっぱり俺は笑ってみた。
「そっか。結局、どうすれば良いのかわからないけどさ。うん、まぁ、このまま頑張ってみるよ」
「うん、私も頑張る」
この会話に意味があったのかはわからない。
でも、今の自分を否定されはしなかったから、少しだけ自信を持つことはできた。
「……ちゃんと装備が整ったら、今度こそゴーヤ倒す」
ふふっ、そうだな。
今回は完敗だった。次に戦うことになるのがいつになるのかはわからない。普通にいけばHRが7となった時なはず。そしてその時はきっと3人で戦うことになる。
大丈夫。きっとこの3人なら倒すことができる。負けっ放しのまま進むのは好きではないけれど、これで一つ目標ができたんだ。
それはきっと悪いことではないんじゃないかって思うのです。
目に見える目標があると言うことは良いことなのだし。
――――――――――
……と、とんでもない話を聞いてしまいましたぞ。
彼があの話を終わらせようとしていたのがわかったから、そんなに眠くはないのに私は寝ると言った。今回は採取をしていただけだから、身体はあまり疲れていない。そんなんだから私は夢の世界へ行くことができなかった。
そして聞こえてきた、彼と彼女の会話。
話の内容が気にならないと言ったら嘘になるけれど、どうしてか聞いちゃいけない気がして、一生懸命寝ようとした。
でも、寝ようと思えば思うほど私の意識は覚醒して……結局、全部聞いちゃいました。
バクバクと跳ねる心臓の音は彼らに聞こえちゃうんじゃないかって言うくらい。いっそ起きてしまおうとも思ったけれど、そしたらその後の空気がどうなるかくらいわかっていたから、私は寝たふりを続けた。
そして聞こえてきた二人の会話。
この世界とか、ゲームの世界とか、私には理解のできない会話だったけれど……わかってしまったこともある。
おかしいって思ってた。いくら察しの悪い私でも疑問に感じたことはあった。それでも私からソレを聞いちゃいけない気がして……聞いたことはあったけど深くは探っちゃダメだと思って……
だから私はあの時、彼から話をしてくれるまで聞かないって言ったし、聞こうとも思わなかった。
けれども、今日私は聞いてしまったのだ。
それが意図的なものではなかったとしても私は聞いちゃったのだ。
二人の会話の意味はやっぱりよくわかんない。
わかんないけど……そっか。そうだったんだ。
ずっとずっと疑問に思っていたことが一つ解決してしまった。
彼は――君はこの世界の人じゃなかったんだね。
そしてきっと彼女も。
どうして彼女がそのことに気がついたのかわからないけれど、だから彼女はこのパーティーに入ったんだろう。そしてあのセリフ。どうして私たちのパーティーに入りたいのかって彼が聞いたとき、彼女が言ったセリフ。
そう考えていくと、全部繋がってしまう。そしてその繋がったものはきっと間違えていない。
そうなると、思ってしまうことがあるのです。
あの時、ひたすら前へ進もうと自分に誓った私だけど、考えてしまうことがあるのです。
――私がこのパーティーに居ていいのかなって。
そんな卑屈な考え。
どうしよう……私はどうすればいいのかな?
このまま気づかないフリをし続けていってもいいと思う。でもきっとそんな未来は辛い……気がする。それなら聞いていたことを言ってしまった方が……
その方がいいのかな……
うん、やっぱりそっちの方がいいよね。
それが正解なのかはよくわかんない。わかんないけど……聞いちゃったことを言った方がいいと思う。それがこの二人のためにもなるんじゃないかなぁ思うのです。
だから私は一度大きく、でもそっと深呼吸をした。
やっぱり心臓の音は五月蝿い。でも此処は私が勇気を出さないといけないところ。此処で私が喋ってしまったら、私は一人になってしまうかもしれないけれど、きっと一人でもやっていける! ……はず。
臆病者の私は今動かなきゃずっと動かない。だから動くのです。無理してることはわかっているけれど、私は今動かないとダメなんです!
そして、私はゆっくりと目を開けた。
その瞬間、笛ちゃんと目が合った。
私は慌てて目を閉じた。
うぉぉぉおおお!? め、めちゃくちゃびっくりした! タ、タイミングがよすぎるよぉ……い、いやダメだ。此処で引いちゃダメなんだ。
てか、もう笛ちゃんに気づかれてしまったんだ。今更どう仕様も無い。
だからもう一度、目を開けようとした時だった。
「……貴方はハンマーしか使わないの」
そんな彼女の声が聞こえた。
あ、あれ? もしかして私が起きたことに気づいてない? いやでも、確かに目は合ったと思うんだけど……
「うん? ああ、これからもハンマーを担ぎ続けると思うよ。この武器が弱いことくらいわかってる。でも、やっぱりこの武器が一番好きだしなぁ」
彼の声。
目を開けるタイミングを完全に見逃しました。
「……この娘のおかげ?」
いやいや、ちょい待って笛ちゃん。
そう言うお話は私が寝ている時にしてもらいたいのですが……だって彼は私が起きていることに気づいていない。だからこれから彼が落とす言葉は彼の本心なはず。
ソレを聞くのは……怖い。
「まぁ、それが一番だよな。最初はどうなることかと思ったけど、今じゃ相棒がこのパーティーで一番活躍しているんだ。もし、相棒がいなかったら俺はハンマーじゃなかったって思うよ。だから本当に感謝してる」
……何これ。超恥ずかしい。
いかん、絶対に今の私の顔は真っ赤だ。
「……あの娘に直接言ってあげれば良いのに」
「んなもん、恥ずかしくて言えるか!」
本当に申し訳ないことだけど、言っちゃっているんですなぁ……
でも、彼の口から直接そんな言葉を聞けたことは嬉しかった。だって、あの彼の言葉なのだから。ずっと私が憧れていた存在なんだから。
顔がにやけないよう気をつける。でもちょっと罪悪感。もしかして、笛ちゃんわかってやってる?
「……もしあの娘がこのパーティーを抜けるって言った時、貴方は?」
彼女の言葉を聞き――トクリと、今までだって跳ねていた心臓がまた大きく跳ねた。
だってソレは今から私が言おうとしてくれた言葉だったから。
そして、私がその言葉を落としたとき……彼は何て言ってくれるんだろう。
「そりゃあ、止める。俺は今のパーティーでずっといきたい。だからそうなったら辛いだろうなぁ……それくらいこのパーティーは気に入っているよ。この3人じゃないならソロでやるんじゃないかな。だからできれば、ずっと居て欲しいけど……まぁ、もし相棒がそう言ったら止められないんだろうなぁ。それが相棒の本心なら止めることはできないと思う」
そうなんだ……
ストンと、心の底へ何かが落ちた感覚。
心の中でモヤモヤしていた何かもなくなった。
私の本心……なら、か。
私だって本当はこのパーティーを抜けたくはない。でも彼らのためになるなら……なんて思っていた。でも本当は抜けたくなかったから、彼の言葉は嬉しい。
純粋に、心の底から嬉しかった。
「……うん、私もそう思う。貴方とあの娘がいる今のこのパーティーは好き」
「でも、いきなりどうしたのさ? てか、君だってそれくらいわかっているでしょうに」
「言葉にしないと伝わらないことだってあるから」
……そんな彼女の言葉が誰に向けられているのかはわかった。
彼と彼女の言葉が嬉しかった。
今のパーティー……かぁ。
うん、私もそう思います。今、言葉にすることはできないけれど、それは私の嘘偽りない言葉だと胸張って言えます。私もこのパーティーが好きです。
なんだか、彼女の策略へ見事に嵌っちゃった気がするけれど……うん、今は悪い気分じゃない。
ごめんなさい。ヘタレな私が迷惑かけて。
ありがとう。そんな私を必要としてくれて。
うむ、コロコロと思っていたことは変わっちゃったけど、今日聞いたことは忘れよう。ちょっと無理かもしれないけれど、できるだけ頑張ってみよう。
それが正解なのかはわかんない。
わかんないけど、さっきよりはいいんじゃないかなって思います。
いつか話してくれる日まで私は待ちます。
今日聞いちゃったけど、それはそっと心の奥にしまっておきます。
きっとこの二人にはまだ私に話すことのできない秘密は沢山あると思う。でも、彼と彼女の言葉を聞けたから、もう大丈夫。今までみたいな不安はありません。
だから、これからも一緒に居てくれると私も嬉しいです。
そんな我が儘な私ですが、改めてよろしくお願いします。
誰にも聞こえないよう、心の中でそうそっと呟いた。