離れた場所にいるのにも関わらず、歓声が聞こえた。
それはもう何度も聞いたもの。けれども何度聞いてもその歓声に慣れることはない。鳥肌が立ち、心臓が暴れる。
ピリピリと空気が震える。手足も震えているのは武者震いであって欲しい。
大きく息を吸う。
そして何時ものように声を出した。
「よっしゃ! 行くかッ!!」
そう声を出し、自分に気合を入れてから何時ものように全力で闘技場へと続く門を潜った。
――――――――
初めてのクエストから帰って来て次の日。ベッドに寝転がりながら、これからの予定について考えていた。
とてもじゃないが、今のままでは集会所のクエストなど受注することはできない。装備は初期のまま、技術だってない。そして何より、自信の無さから来る重圧が俺を縛り付けていた。
このままじゃダメだ。
そんなことはわかっている。かと言って、採取ツアーよりも簡単なクエストなどはなく、いくら採取ツアーに行ったところで慣れることはあっても、自信がつくことはないだろう。
それじゃあ意味がない。
強い武器を使う前に、頑強な防具を身につける前に自分自身をどうにかする必要があった。
「……闘技大会行ってみようかな」
確か、HRが1でも闘技大会には出ることはできたはず。この世界の闘技大会の仕組みは良くわからないが、其処でソロSでも取ることができれば自信になる……たぶん。
それから一ヶ月以上、ひたすら闘技大会へ出場し続けることになるが、最初はそんな気持ちだった。ただただ、自信をつけたい。その時はそれだけを考えていた。
「こんにちわー。闘技大会受付へようこそー。今後ともとことんよろしくぅ」
集会所へ行き、闘技大会の受付嬢へ話しかけた。気怠そうな顔。間伸びした声。変わった人。それが彼女の第一印象。
「ここでは、ハンターとモンスターの攻防を、お客様に楽しんでもらえる大会を開催しているよー」
ああ、アレってそう言う設定だったのか。まぁ、それで入場料などを集めているのだろう。モンスターとハンターが戦っているところなど、一般人ではまず目にすることはできないだろうし、なかなか上手い商売かもしれない。
……あれ? つまり俺は観客のいる前でモンスターと戦わなければいけないのか?
マジで?
「えと、闘技大会に参加したいんだけど、俺でも参加できるか?」
「うん、大丈夫だよー。君はまだHRが1だから出ることのできる大会は少ないけれど、参加できる大会もあるよー」
良かった。とりあえず参加はできるのか。
確か、イャンクックとケチャワチャは最初から参加することができたはず。ケチャワチャのソロSは難易度が高い。けれども、イャンクックのソロSなら充分狙うことはできる。
「じゃあ、イャンクックをお願いするよ」
「はーい、イャンクックの討伐だねー。えっと……もしかして一人で参加するのー?」
なんだろう。一人で参加するのはおかしいことなのか? そりゃあ二人で参加した方が良いタイムが出るに決まっているが、二人で参加してしまったら意味がない。
俺の目的は自信をつけるためにソロSを出すことなのだから。
「そのつもりだけど……一人だと不味いか?」
「ううん、問題はないよー。ただ一人で参加する人は珍しいんだー。基本的闘技大会は二人で参加するように考えているから。それで、武器は何を使うのー?」
二人でやること前提と言うのはゲームと一緒か。
ヤバイな。急に緊張してきた。ジャギィすら倒すことのできなかった俺が大型種なんて倒すことができるのだろうか。
「片手剣で頼む」
「了解ー。闘技大会は4時間後にあるからそれまで待っててねー」
ガンランスでもSを取れないことはないけれど、安定してSを取ることができるのは片手剣。ただこの世界では使ったことないんだよな……練習なしでぶっつけ本番。大丈夫かなぁ。
「ああ、よろしく頼むよ」
とりあえず、飯でも食べるか。
相変わらず賑やかな集会所内。
空いている席へ適当に座り、肉料理と飲み物を注文。お酒でも飲みたいところだったが、流石に我慢した。
料理が運ばれてくる間、集会所にいるハンターたちを眺める。どいつもこいつもゴツイ見た目ばかり、そして複合装備をしている奴は一人も見なかった。パッと見だけど、全員が一式装備。この世界では複合装備と言う考えがないのだろうか。絶対に複合装備の方が強いと思うんだが……
「……隣、いい?」
そんな考え事をしていると声をかけられた。
「ああ、大丈夫だよ」
とりあえずそう返してから、声をかけてきたハンターを見る。武器はハンマーのヴェノムモンスター。装備はジンオウガ一式。たぶんHRはまだ下位だろう。それは俺が採取ツアーに出かけたときにハイタッチをしたハンターだった。
そう言えば、女性のハンターもあまり見かけないな。見るのは野郎ばかり。そりゃあ集会所だってむさ苦しくもなる。
「……ありがと」
そう言ってから彼女は俺の隣の席へ座り、野菜と酒を注文した。
いいなー。お酒。俺も闘技大会が終わったら飲もう。きっと最高に美味しいだろう。
「一人なのか?」
せっかく隣に座ったのだから話しかけてみた。彼女がハンマーを担いでいなかったら、きっと声はかけなかっただろう。ハンマー使いは貴重なのだ。
「そうだけど……悪い?」
「んなわけがない。パーティーでハンマー担ぐとタゲが散って面倒だし、ソロでも良いんじゃないか? ただソロの奴は珍しいって思っただけだよ」
ソロなら振り向きスタンプで見方を吹っ飛ばすこともない。ハンマーならやっぱりスタンプを入れていきたいよな。
「そう……」
そんな俺の言葉に彼女はそんな言葉だけを落とした。
ふむ、どうやら会話は苦手っぽいな。それならもう話かけるのは止めておこうか。俺だって沈黙を会話で無理矢理埋めるのは好きじゃない。
その後は本当に会話などは何もなかった。
運ばれてきた料理へ食らいついたが、昨日ほど美味しいとは感じない。いや、普通に美味しかったんだけどさ。
そして終に闘技大会が開催される時間になった。
立ち上がってから大きく一伸び。ヤバいヤバい、急に緊張してきた。本当に俺なんかが闘技大会へ参加しても良いのだろうか。
「……行くの?」
「闘技大会へな」
アルコールが回っているせいか、彼女の顔は少々赤くなっていた。お酒、いいなぁ。
「一人で?」
「そうだよ。今の俺じゃ誰かと組んでも迷惑しかかけないしな。さて、行くとするよ。またな」
「うん、また」
最初から上手くいくなんて思っていない。
そんじゃま、ボコボコにされてくるか!
時間になってから再び受付嬢の所へ行き、闘技大会の説明を軽く聞いてから、闘技場へと向かう。遺跡平原なんかと違い、闘技場は集会所の傍にあり直ぐに着くことができた。
とりあえず支給された武器防具を装備し、いくつかのアイテムを受け取る。
そして歓声が聞こえた。
まだ支給品ボックスやベッドが用意されている場所で、モンスターのいる闘技場へは入っていないと言うのに。
おいおい……思っていた以上にお客が多いんじゃないか? 本当に勘弁してくれよ……
手足が震える。呼吸は荒い。右手に付いている盾がすごく重く感じる。
けれども、もう逃げることはできそうにない。逃げる気もない。
「っしゃ! いきます!!」
色々な感情が溢れ出しそうだったから、いつも以上に大きな声を出した。
討伐できるかなんてわからない。きっと観客からヤジを飛ばされ、指差されて笑われるだろう。
それで良いさ。
笑われて生きていこうじゃないか。
そう自分に言い訳をしてから、莫迦みたいに大きく聞こえる歓声の方へ全力で走っていった。
――――――――
「お疲れ様ー。どうだったー?」
……ダメでした。5乙しました。
ヤバいよ、クックさん超強い。
あのヘンテコな嘴でつつかれるし、初めての乗りは失敗するし、尻尾振り回すし、爆弾当てると発狂するし、空飛ぶし、ヤジを飛ばされて泣きそうになるし、火吐くし……
何アレ? どうすれば良いんだよ。いくら初めての武器とは言え流石に酷い。倒せる気がしない。
「最初はそんなもんだよー。この悔しさをバネにガンバレー」
はい、精進します……
受付嬢とそんな会話をした後、集会所にある机に突っ伏した。
緊張やら何やらで体はもうボロボロ。こんな調子で大丈夫だろうか。
「……闘技大会どうだったの?」
この沈んだ気分を変えようとお酒を頼もうとした時、そんな声をかけられた。
顔を上げる。其処には出発前に隣に座っていた彼女がいた。もしかしてずっと此処に居たのだろうか。
「5乙で失敗。先生にボコボコにされたよ。良い勉強になりました……」
再び机に突っ伏す。
恥ずかしいったらありゃしない。
「そう……。これからどうするの?」
「闘技大会を続けるよ。このままじゃ終われない」
正直、滅茶苦茶悔しい。
もう少しなんとかなると思っていた。けれども、手も足も出ずボコボコにされた。僅かに残っていたプライドなど粉々に叩き潰された。
「そっか……。お酒、飲む?」
「はい、いただきます」
そんな彼女からの誘いに乗り、一緒にお酒を飲んだ。
グラス同士をぶつけると高い音が響いたが、賑やかな集会所ではやはり直ぐに消える。
カンパイ。身も心も乾ききった身体に冷たいエールが良く染みた。
ホント、このままじゃ終われないよなぁ……
サブタイトルの“カンパイ”は乾杯と完敗を……いえ、なんでもないです
と、言うことで第3話でした
闘技大会はこのお話で終わらせたかったのですが、気がつくと3000文字を超えていたので諦めました
なかなか話が進みませんね
次話ではなんとか闘技大会を終わらせたいところ
では、次話でお会いしましょう
感想・質問なんでもお待ちしております