二匹のガーグァの引く馬車(?)に乗り、しっかりとは整備をされていないボコボコの道を進む。
ホロなどは付いていないため、風や日差しは直接身体に当たる。道がデコボコなせいでお尻は痛いし、乗り心地はあまり良いものではない。けれども、それが何処か心地よかった。元の世界ではこんなことを経験したことなどはないし、貴重な体験と言ったところ。
いつの日か、これにも慣れてきてしまう日が来るのだろうか?
馬車に揺られながら、ゆっくりと過ぎていく景色をボーっと眺める。遺跡平原までは半日かかると言われた。長い旅になりそうだ。
目を閉じ、あの世界よりも澄んだ空気を全身で感じていると、俺の腹から『くぅ』と音が鳴った。
「んニャ? もしかして旦那、お腹が減ってるのかニャ?」
ガーグァを操っていた唯一の同乗者であるアイルーが、此方を振り向いてからそんな言葉を落とした。腹が鳴るのも仕方無い。だって昨日から何も食べていなかったのだから。
しまったなぁ。どうして集会所で飯を食べてこなかったのだろうか。
「そんなわけがないだろうが。お前の聞き間違えだよ」
「それは失礼したニャ。見たところ旦那は新米ハンターだから、飯を食べ忘れているんじゃないかって思ったんだニャ」
はい、その通りです。飯食べ忘れました。
「まぁ、最近はそんなことをやるハンターもいないし、いたとしても相当な馬鹿ニャ」
はっはっはー。相当な馬鹿か。
……マタタビ爆弾ぶつけんぞ。この猫畜生が。
まぁ、そんなことができるはずもなく、腹の減りを誤魔化すためにもアイルーと一緒に笑った。
しかし、どうやら俺の体は自分に正直ならしく、笑った瞬間また腹が鳴った。
「…………旦那」
それは哀れみの視線だった。
やめて、そんな目で俺を見ないで。
「いや、だって初めてだったからどうして良いのかわからなくて……」
逆ギレしてやろうかとも考えたけれど、其処は自分の中に残っていた小さなプライドが止めてくれた。
正直、今にも泣きそうです。
「あ~、え~……う、うん。それなら仕方無いニャ。誰だって最初は上手くいかないニャ。き、気にすることないニャ」
慌てたように俺を慰めるアイルー。
余計に悲しくなった。何が悲しくて畜生などに慰められねばならんのだ。こんな調子でこの先大丈夫かねぇ。
「仕方無いから旦那には特別にこれをあげるニャ」
そう言ってアイルーは小さなボトルを二つほど投げ渡してきた。
落とさないよう、なんとかそれをキャッチ。
「これは?」
「携帯食料ニャ。それを飲めばとりあえず餓死する心配はなくなるニャ!」
ああ、そう言えばアイルーを倒すとよく携帯食料を落としてくれたよな。
もらったソレを持ち上げ少し揺らす。へぇ、携帯食料ってボトルに入った液体だったんだな。てっきり乾パンとかだと思っていた。
「おう、ありがとな」
そうお礼を言ってからキャップを開けた。
匂いは……少し甘い感じかな。
そうやって匂いを確かめてから、ゲームのキャラがやっていたように、ボトルを傾け一気に飲み込んだ。
「なにコレ! 超不味い!!」
携帯食料の味は未だかつてない不味さだった。吐き出さなかっただけでも褒めて欲しい。
組み合わせなど関係なしに、色々な食材を混ぜてひたすら煮込めばこんな味になるんだろうなぁ。すごく身体に良さそうな味と言った方が伝わるかもしれない。
そしてボトル一つを飲み終わった瞬間、身体の奥から力が湧いてきた。ゲームでは携帯食料一つでスタミナが25アップ。なるほど、こう言う感じなのか。
もう一つもらっているがそれは取っておくことにした。とてもじゃないがもう一ついただく気にはなれない。確かに携帯食料は便利だが、味が終わっている。
こりゃあ、元気ドリンコの大量生産が急がれますな。
「遺跡平原へ着くのはもう少しかかるけれど、旦那はどうして採取ツアーなんて受注したのニャ?」
「初めてのクエストだからだよ。モンスターなんていきなり倒せる気がしない。だから練習がてら採取ツアーに来たんだ」
本当なら俺だって、アルセルタスくらいは倒したかったよ。けれどもモンスターなど実際に見たことがない。そしてあの小さなアルセルタスですらその全長は4mを超える。俺はいきなり目の前に4m以上の虫が出てきたら気絶する自信がある。
だからはまずはこの世界に慣れようって思ったんだ。
「なるほど、わかったニャ。でもいくら採取ツアーでも環境は不安定で大型種も出るから気をつけるニャ」
ああ、わかっている。でも、もし出たときは全力で逃げるから大丈夫だよ。
その後も、アイルーにはこの世界のことを聞きながら、ガタゴトと揺られ続けた。
何も考えずに此処まで来てしまったが、今更になって不安に押し潰されそうになった。それでも前に進まなきゃいけないってのが、人生難しいところだ。
――――――――
「それじゃ行ってくるニャ!」
「ああ、行ってくるよ」
遺跡平原ベースキャンプ。地図と松明が用意されている支給品ボックスの隣には川があり、よく見れば数匹の魚影が確認できた。
クエストの時間は50分。半日もかけてやってきと言うのに、御丁寧にクエストの時間はゲームと同じらしい。
どうしてそんなにクエストの時間が短いのか聞くと、アイルー曰く、自然を守るためだそうだ。ずっとずっと昔、この世界には高度な文明が存在した。しかし、自然のことなど考えもしなかったせいで結局、その文明は滅んでしまったらしい。
そんな歴史があったため、自然はできるだけ壊さないように。と、言うことらしい。だから必要以上にモンスターを狩ることも許されてはいない。真のハンターとは人を守るだけでなく、自然も守らなければいけないと言われた。
正直、俺にはよくわからなかった。自然を守りつつ、モンスターから人を守ると言うことが。
「よっし、行くか!」
地図と松明を手に取り、いつものように声を出した。
少しでも臆病な自分が前に進んでくれるように。
そうやってから俺はベースキャンプを離れた。
ベースキャンプを離れると、直ぐに草食竜の姿を見ることができた。
「でっか……」
ゲームをやっていた頃は“良心的生肉”などと馬鹿にしていたが、実際に見てみると迫力がヤバい。俺に攻撃をしてくることはなさそうだが、モッシャモッシゃと何かの草を食べているのを見るだけで大迫力だ。なにコレ、超怖い。
い、今倒すのはやめておいてやろう。
……はいそうです。臆病者なんです。
暫くの間、何だかわからない草や、木の実を集めつつ遺跡平原を探索。意味もなくケルビを追いかけたり、転がってくるクンチュウから逃げ回ったりと全てがやること、見ること全てが新鮮だった。
とは言え……流石に一匹くらい倒さないと不味いよなぁ。
残された時間はもう半分もない。別にこのまま戦闘などせずに帰っても良い。けれども、それは嫌だった。変に意地っ張りな性格が邪魔をする。
それでも、自分に対してくらいは素直になりたかった。
「アッアッオーウ!」
「ヒィーフフン!」
そして目の前には数匹の小狗竜。
背中に担いでいたハンマーを手に取る。見た目ほど重くはないが、ずしりと確かにその重さを感じることはできた。
モーション値もスタン値も覚えている。ゲームでは数千回と担ぎ一番使い慣れた武器。けれども現実では一度も振り下ろしたことがない。
「アッ? アッオーウ!」
手足が震えた。
ただの小型モンスターが超怖い。
一度、大きく息を吸う。
わかっているさ。今の自分がひたすらに格好悪いことくらい。
でも、きっとまだ間に合う。
「行くぞ! コラァ!!」
大きな声と共に息を吐き出す。
手足はもう――震えない。
手に持っていたハンマーを右腰の辺りに構える。その瞬間、ハンマーがピシュンと光を放ち始めた。腰にハンマーを構えたまま、ジャギィ集団に接近。
呼吸は荒い、ものすごい速さでスタミナが消費していることがわかる。
「ギャ? オーウ!」
ハンマーを振り上げる。そして渾身の力を込めてそのまま振り下ろした。
一匹のジャギィが吹っ飛んでいくのが見えた。
所謂、スタンプ。吹き飛ばし効果があるため、パーティープレイではほぼ御法度と言っても良い技。けれども、ハンマーの中ではかなり強力な技。
スタンプをしてから直ぐに横へローリングをし、硬直を回避。そしてまた腰へハンマーを構える。一発で倒せるほど今の武器は強くない。それくらいはわかっている。
構えたハンマーが一度光る、その瞬間、一匹のジャギィに向かって攻撃。
ローリング一回分の距離を一気に詰め、ハンマーを振り上げた。
溜2攻撃。つまり、かち上げ。モーション値はそれほど高くないが、スタン値が2番目に高い技。やはり味方をぶち上げる効果があるため、パーティーでは注意が必要。
かち上げを決めた後は直ぐにローリング。ヒット&アウェイ。最初はチキンなくらいがちょうど良い。
その後も距離をとってからスタンプとかち上げを繰り返した。初期武器なせいかジャギィさんたちなかなか死んでくれません。
さらに一対一など糞喰らえととばかりに集団で襲いかかって来るせいで、尻尾攻撃や噛み付きを何度も喰らった。けれども、何故か痛みは感じない。感覚が麻痺しているのだろうか。
そして何度目かのかち上げを喰らわせた時、ジャギィが混乱したかのようにフラフラとし始めた。
なるほどこれがスタンか。
相変わらず息は荒い。攻撃を喰らい過ぎて体力だって残り僅かだろう。それでも今回は俺が勝たせてもらう。
フラついて一匹のジャギィにハンマーを振り下ろす。見せてやろうじゃないか。弱小と呼ばれた武器の最大火力技を。
一回、二回とハンマーを振り下ろす。二回目を振り下ろしてからそのまま一度ぐるりと回る。そしてその勢いを利用して――……
――――――――
「……あれ?」
気がつくと、何故かベースキャンプにいた。
「……おかえりニャ」
アイルーの声。
なんとなく理解できた。
そっか……俺、ダメだったんだな。
「運んできたアイルーはドスジャギィにやられたって言っていたニャ」
全く気づかなかった。
周りのことを全く見ていなかったんだな。目の前の敵だけで精一杯だった。
「もう残り時間は少ないけれど、どうするニャ? ネコタクチケットなら支給品ボックスに入っているはずニャ」
納品するよ。
自分の実力もよくわかった。
無言で立ち上がってから支給品ボックスへ行き、中からネコタクチケットを取り出した。そしてそれを納品ボックスへ。
ゲームのような音楽が流れることはなかった。
「お疲れ様ニャ。帰りはゆっくり休むといいニャ!」
ありがとう。安全運転で頼むよ。
アイルーの言葉を聞き、来るときと同じように馬車へ乗ったが、バルバレへの帰り道はよく覚えていない。
「此方が報酬となります。お疲れ様でした」
バルバレへ着くと、ギルドの人から報酬を受け取った。でも、生肉と砥石以外の報酬は全て売却。
辺りは既に暗く、空を見上げると飲み込まれそうなほど綺麗な星空が広がっていた。身体が重い。今ならぐっすりと寝ることができそうだ。
ああ、でもその前に何か飯を食べたいな。でも何処で食べれば良いのやら……
……自分が情けなかった。
いけると思った。なんとかなると思った。
「そんな上手くいかないことくらいわかってたんだけどなぁ……」
そんな独り言が落ちると同時にお腹が鳴った。
「腹……減ったな」
集会所へ戻れば飯を食べることができるだろうか。
なんて考え、集会所へ戻ろうとした時だった。
「おい、オマエ。そんな顔をしてどうしたニャルよ?」
突然、そんな声をかけられた。
その声の方を向くと、何処かで見たことのあるようなアイルーが一匹。
「腹が減ってさ。どうにも元気が出ないんだ」
「なるほどグンニャリニャルか。せっかくだから、私が料理を作ってやるニャル。その生肉を渡すニャルよ」
何が何だかわからなかったが、言われた通りにそのアイルーへ先程受け取った生肉を渡した。生肉を渡すとアイルーは俺に座って待っていろと言い、調理を始めた。
石窯から肉の焼ける良い香りが広がる。その香りを嗅ぐと俺の腹はまた鳴った。
そんな俺を見て、アイルーは笑っていた。
「ほら、石窯焼きこんがり肉ニャルよ」
数分ほどで料理は完成。
こんがりと焼かれた骨付き肉からは食欲の誘う香りが止まらない。
「いただきます!」
一つ言葉を出してから、俺はその肉へ我武者羅に噛み付いた。噛み付いた瞬間口の中には肉の脂と旨みが染み出す。
俺がこの世界へ来て初めて食べた料理は泣くほどに美味しかった。
「ご馳走様。ありがとう美味しかったよ」
「ニャハ。まさか泣くとは思っていなかったニャル」
うっせー、ほっとけ。
俺だって色々あるんだよ。あの料理を食べた瞬間、溜め込んでいた感情が爆発した。そりゃあ涙くらい流れる。
「……また、食べに来ても良いか?」
「もちろんニャル。お腹が空いたらいつでも来るニャルよ!」
ありがとう。うん、また来るよ。
お礼を言い、手を挙げアイルーと別れる。
上を見上げれば其処にはやはり満天の星空。澄んだ空気にそんな星空良く映えた。
自分が今日成長することができたのかはわからない。それでも確かに進むことはできたんじゃないかなって思うんだ。
よっし、なんだか頑張れそうな気がしてきた。
「ああ、ちょっと待つニャルよ」
振り返る。
どうしたのだろうか。
「300zニャル」
……君、商売上手ね。
~次回予告~
なんやかんやあって上位ハンターとなった主人公
そして地底火山で突撃型生肉との戦闘中、その事件は起きた!
-振り向きへホームラン第3話-
“ほ~い、凶暴竜ですよ!”
お楽しみに
まぁ、嘘ですが
と、言うことで第2話でした
世界観は基本的にゲームを基準に書いていきます
次話は闘技大会の話っぽいです
ハンマーはちょっとおやすみ
では、次話でお会いしましょう
感想・質問なんでもお待ちしております